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即戦力となるエキスパートをどう育成するか
国際化時代において、知的財産をめぐる諸問題は、日本にとって年々重要性を増している。
こうした動きに大学はいかに対応していくべきか
――、日本で初めて知的財産学部を設置した大阪工業大学の挑戦に着目した。
遅れてスタートした知的財産戦略
1980年代、家電や自動車といった日本の工業製品は、海外、特にアメリカの市場を席巻した。
ヘンリー・フォードが大量生産方式を導入し、かつて自動車王国の名をほしいままにしたアメリカでは、失業者たちがデモで日本車を破壊するパフォーマンスを行い、貿易摩擦が大きな話題となった。
この時点で、日本は「ものづくり大国」として大きな成功を収めたわけだが、危機感を抱いたアメリカは、80年代以降、特許などの「知的財産」を重視する産業再生策に取り組む。その結果、90年代には、情報技術の分野で見事に世界のトップに躍り出た。
アメリカが復活したとき、日本はどうなっていたか――。
バブル景気の崩壊によって経済が縮小し、製造業においては、高賃金など経営コストがネックとなって、多数の企業・メーカーが、賃金の低いアジア諸国に工場をシフトするようになった。その結果、国内では工業の空洞化問題が深刻化し、今や「ものづくり」だけでは経済が立ち行かない状況に陥りつつある。
その一方で、企業活動の国際化、経済のボーダレス化にともない、発明や特許、模倣品、海賊版などを巡る紛争も国際化し、知的財産権をグローバルな視点で捉えて対応しなければならない時代を迎えた。ところが近年まで、日本では知的財産に関する国家的戦略がなく、何か問題が起こったときには、当事者である個々の企業が対応にあたっていた。つまりこの分野では、国家としてアメリカに二十年の遅れを取ってしまったのである。
求められる知的財産のスペシャリスト
政府の「知的財産戦略会議」は、こうした状況を打破し、「知的財産立国」の実現を目指して始められた。アメリカが、知的財産権に着目して大きく経済を発展させたように、「ものづくり」で以前ほど大きなアドバンテージを持てなくなった日本も、今後は「知的財産」を守り育てていくことによって、経済を活性化させなければならない。もちろん、自国の知的財産を育成し、きちんと権利を保護できれば、国際競争力の強化にもつながる。
平成14年7月に同会議でまとめられた「知的財産戦略大綱」に基づき、同年11月に成立した「知的財産基本法」では、「知的財産の創造の推進」「国、地方公共団体、大学等および事業者の連携と協力」「知的財産の保護、活用」「知的財産に関する専門的知識を有する人材の確保、養成」といった基本方針が謳われている。
これらの方針のうち、知的財産の創造については、各企業や工業系の大学など、従来から存在する組織や人材が取り組んでいける。しかし、知的財産の保護を担当する法律面の専門家育成については、近年まで専門の教育機関がなく、これまでは特許事務所や自治体、企業の知的財産部門等、現場でのOJTにまかされていた。
知的財産が大きく注目される中、現時点でスペシャリストの絶対数が不足しており、各組織は就職後に一から教育しなければならない人材よりも、実務レベルの力を身につけた即戦力を求めている。これは、当然の流れといえるだろう。
日本で唯一の知的財産学部が誕生
こうした情勢のもと、平成15年4月に、日本初の「知的財産学部」を設置した大学がある。大正11年創設の工業学校を起源に持つ大阪工業大学である。同大学は、工学部と情報科学部を軸に、これまで技術者育成に取り組んできた。
「知的財産学部」は法学系の学部であり、理工学系の大学が文科系学部を新設した点も特徴的だが、同大学の狙いは、日本の現状と将来を見据えた先見性に富んだものであった。
「本学が知的財産学部を新設した最大の目的は、日本が知的財産立国として世界に躍進していくためのスペシャリスト育成にあります。知的財産には、著作権や商標権、特許権など幅広い分野がありますが、なかでも工学、情報分野で新しく開発された科学技術の知的財産権を法的に守る役割は、たいへん大きいといえます。
その意味で、理工学系の大学には、常に最新技術の情報があり、これを知的財産学部の教育に随時リンクさせることができるため、即戦力の育成が可能となるのです」
元特許庁のキャリアで、学部長を務める石井正教授は、自信を込めて語る。これは今の日本で求められている人材像であり、現在日本で唯一の知的財産学部をスタートさせた同大学の取り組みは、各界から大きな関心が寄せられている。
大阪工業大学知的財産学部の教育内容の骨子を整理すると、まず、通常の法学部と同様に、民法や民事訴訟法、商法などの基礎知識と並行して、知的財産に関する法律を学ぶ。そのうえで知的財産を保護・活用するための管理、戦略、契約、国際法務等の実務を身につけさせる。さらに、経済や経営、国際的専門家として必要な英語能力、科学技術などを体系的に学び、知的財産のエキスパートを育成するという。
また、知的財産分野の職種は、大きく二つの道に分かれていることから、それぞれの進路の志向に応じた教育も施される。一つは、特許の出願や裁判所での訴訟代理など、さまざまな手続きを行う弁理士や、弁理士のサポート業務などを担当する特許事務所員を目指す方向。
もう一つは、一般企業の知的財産部門に所属して、企業が開発した技術等を出願に結びつけたり、企業が保有する知的財産を活用する専門的な社員を目指す方向である。一期生が卒業するのは三年以上先だが、当初より専門職への就職を見据えた教育プログラムが組み立てられており、学生たちは、卒業後の進路について、しっかりとした展望を持って学んでいる。
企業出身の教員による実務教育
しかし、知的財産のエキスパートを育成するといっても、これまで現場で行われてきたOJTに匹敵する実務教育が、果たして大学の専門教育でどこまで可能なのであろうか。
「本学では、実務家の教員を多数確保しており、実務教育には自信を持っています。
具体的には、国内有数の家電メーカーに30数年勤務し、知的財産本部長を務めた教授や、大手精密機械メーカーで、あらゆるライセンス契約に携わった助教授などが所属しており、学生たちは、ごく最近まで第一線で活躍していた教員から、直接実務や知識を学ぶことができます」(石井教授)
教員に関しては、大学で育った教員のほかに、右に述べた実務家や官僚出身の教員たちが所属しており、まさに「産・官・学」のバランスの取れた構成となっている。今後、三年次のプログラムとして、学生を十数人のグループに分け、一グループに一人、企業の知財担当部長や特許事務所長等を講師につけて合宿を実施する予定だ。
「合宿では、日中はじっくりと実務の勉強をして、夜は講師と学生との懇談時間を設け、いろいろと話し合う機会をつくろうと思っています。そうした人間的な触れ合いを通して、知識だけでなく心の成長も図り、実社会で即戦力となれる人材を育成していくつもりです」
話をうかがうほどに、今後への期待が高まる。もちろん、大阪工業大学にできた新しい学部に期待を抱いているのは、学生自身や保護者も同様であろう。この学部が社会から待ち望まれていた証拠として、初年度は一四〇名の募集定員に対して、約1500名の応募が集まった。最終的に177名が入学したが、知的財産のスペシャリストという明確な目標を持って門をくぐった学生たちは、石井教授の期待以上に努力しているそうである。
女子学生の能力開発と大学改革の視点
さて、大阪工業大学に知的財産学部がつくられた背景には、これまで述べてきた面以外にも、いくつか注目すべき要素があった。その一つは、四年制大学を卒業した文科系の女子学生の就職難の問題である。
「就職氷河時代」という言葉はすでに使い古された感があるが、この問題が今も深刻であることに変わりはなく、たとえ有名大学を卒業しても、文科系学部の女子学生に関しては、非常に就職が難しい状態が継続している。石井教授によると、ここに現代の企業や大学が抱える問題が凝縮されているという。
「女子学生の就職が難しい理由として、企業が女性社員を育てられない、という側面があります。男性社員なら旧来の方法で育成できますが、男性中心の体質が残る企業では、女性の採用に二の足を踏むところも見られます」
ここまでは、現代社会の問題として一般的に指摘されてきた事柄だが、石井教授は、さらに大学の在り方についてもメスを入れる。
「大学の教育も、根本的に考え直す時期に来ているのではないでしょうか。文科系の学部でも、何らかの『専門的能力』の習得をより明確に掲げる教育に取り組まなければ、女子学生を、企業の求める人材に育成することはできません」
要するに、多くの大学、なかでも文科系学部は、ビジネスサイドのニーズに応えられる教育態勢が必ずしも充分ではないということだ。
だからこそ女子学生の就職難が続いているのであり、大学改革の方向性を考えるヒントも、そこにあるといえる。
その意味でも、知的財産学部は、大きな意味を持つ。現在、知的財産分野で働く人の数は五~六万人といわれ、半数は女性であるという。
世界各国の知的財産関連の法律の理解や語学力など、緻密で幅広い知識を体系的に勉強しなければならない知的財産の仕事に、女性は適していると考えられている。文科系の専門能力を身につけた女子学生を育てるという意味でも、知的財産学部は、まさに現代社会のニーズに応えられる学部として期待される。
今後の目標は、在学中に弁理士試験の合格を可能にする高度な専門教育に取り組むとともに、学部教育をベースに大学院の設立を目指すとのことである。
政府は、知的財産に関して、今後十年でアメリカを追い越せるよう取り組む方針だが、大阪工業大学知的財産学部の卒業生たちが、十年後、どのような活躍を見せてくれるか、これからも注目していきたい。
記事の内容は第9号(2003年11月30日発行)を抜粋したものです。
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