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大学は、問題解決力を育成する「場」になり得るか
大学全入時代を目前にして、いま日本の大学の存在意義が問い直されている。
止まらない学力低下、ブランド価値の低下、産業界からは即戦力の要望
――変化する教育環境に大学はどう対応し、どう変わるのか。その方向性を探る。
精神科医 和田秀樹
変わり始めた大学の「価値」
昔と違って、今は「大学で勉強しないといけない時代」とよく言われる。
もちろん、これにはいくつかの背景があるが、ここでは次の三点を挙げておこう。
学校名より能力重視のビジネス社会
仮に東大を出ていても、就職の際は多少有利でも、定年まで面倒を見てくれる保証がなくなった。
また、会社だっていつ潰れるかわからない。さらに、終身雇用の時代と比べて、会社に入ってから新入社員を教育していくというスタンスから、入る前から力のある人がほしいというスタンスに企業のほうも変わってきた。
企業内で教育するつもりであれば、やれば伸びるポテンシャルや、努力する能力を見ればいいのだから、受験で入るのが難しい大学の人間をとっておくのが無難だった。
しかし、即戦力がほしいのなら、大学できちんと勉強をし、経済学なら経済学をきちんと身につけた人間のほうがありがたいだろう。
実際、学校名があてにならなくなってから、東大法学部の学生も、大部分が司法試験や公務員試験の予備校に通う。そして、東大卒の司法試験の合格者は景気が悪くなってから二倍ほどに増えている。
歯止めのきかない学力低下
昔のように高校卒業時の学力が世界一であったり(もちろん平均してのことであるが)、大学入学がきわめて難しい時代であれば、大学に入ってからろくに勉強していなくても学力はあてにできる。
たとえば仕事で英語を使わざるを得なくするとすぐにできるようになるし、基礎的な数学力があるから、経済のことや数字を使う仕事でもすぐ飲み込めるということが、ほとんどの大卒者に期待できた。
しかし、現在では早稲田、慶應クラスの大学の学生でも受験時に数学をとっていなければ、二割が分数の計算もできず、七割が中学レベルの二次方程式が解けない。また、以前から成績の悪かったTOEFLの成績も、現在ではかの北朝鮮と並んでアジア最低になっているが、聴き取り以上に、「語彙と読み取り」「構成と書き取り」の得点で諸外国に差をつけられ、最下位の座に甘んじている。
そうでなくても、学力低下が進んでいるのに、ゆとり教育の施行でさらなる学力の低下が予想されるし、少子化と大学の定員増のために2009年には大学の志願者数と定員が逆転する。
このような状況下では、雇う側も「大学に入った」「大学を出た」だけでは能力を信用しないだろう。大学でちゃんと勉強しない人間は企業には商品価値がなくなったのである。
大学の「高校」化
大学進学率五割の時代では、大学卒は高学歴者とはいえない。
最近になって日本でもロースクールが創設されることになったが、おそらくは、これだけにとどまらないだろう。
アメリカのように、ビジネススクールやロースクールのようなグラジュエートスクールを卒業していなければ高学歴者とみなされない社会が、日本に到来する可能性は大きい。
そうなると大学は、日本の旧制高校のような位置づけになるだろう。そこで勉強をして、グラジュエートスクールに入れなければ、高学歴者ではないというわけだ。
しかし、これらのさまざまな変化以上に問題になるのは、これからの時代に必要とされる能力が変化することだろう。
新しい時代に必要な学力とは
旧来の受験学力では古いとよくいわれる。
だからこそ、これからの時代に通用するような学力をつける必要があるのだと。
しかし、このような言説が多い割には、その新しい学力や能力とはどんなものかも、あるいはそれを創造性とか、生きる力とかさまざまな形で(しかも何を意味するかわからない漠然とした形で)語られるにしても、それをどのように身につければいいのかも論じられることは少ない。
私自身は、獲得目標をはっきりさせなければ、それを身につけるためにどのような勉強や努力をすればいいのかわからないし、現実にそれが身につかないと考えている。
そこで、私が目標とするこれからの時代に必要とされる能力のモデルを提示したい。
人間の情報処理過程をコンピュータになぞらえて研究する学問に認知心理学がある。脳科学が脳のハード面を研究する学問であるのに対して、ソフトを研究するのが認知心理学だ。
パソコンなどの発達によって、人間の頭のよさを規定するのはハード面よりむしろソフトの能力ではないかと考えられるようになって、この認知心理学が注目されている。
認知心理学で重視されるのは、問題解決能力である。実際、コンピュータでも演算速度が速い、ハードディスクが大きいということより、いろいろなことに使えるほうが便利でいいコンピュータということになるが、人間でもいろいろな問題が解決できるほうが頭がいいと考えていいだろう。
人間の抱える問題は多岐にわたる。たとえば、営業の仕事では、売上げを倍にするのも問題である。あるいは、同じ人があと三日で1000円しかお金が残っていないで、それをやりくりするのも問題である。もう少し長期的な問題として、来年の春までに資格試験に合格したいという問題もあるかもしれない。
認知心理学の考え方では、人間の脳は無から有を産まないと考えられている。
要するに脳にソフトがインプットされていないのに、天からひらめくということはないのだ。
そのために人間は、問題解決のために脳にインプットされた知識を使って推論を行うとされる。要するに知っていること、身につけたことを用いて、あれこれとあてはめてみて解答を出すというわけだ。
そう考えると知識というのは豊富であるに越したことはない。そういう点では、かつてから詰め込み教育といわれた日本の教育はけっして悪いものではないことになる。
実際、勉強もしないで、知識も身につけないで独創的なアイデアはそうそう出るものではない。
現実にノーベル賞を取るような学者は、最近、田中耕一さんのような例外が出たが、原則的に大学院レベルの教育を受けている。音楽でも絵でも小さい頃から基礎的なトレーニングをみっちり受けてきた人が独創的なものが創れるように、頭にインプットされたものが多いほど、問題解決のバリエーションが広がり、「頭がいい」ことになる。
知識教育をベースにした問題解決力の育成を
私が考えるに、日本の教育でこれまでまずかった点は、詰め込み教育を行っていたことでなくて、詰め込んだ知識を使って、考えない、推論を行わない、問題解決を行わないということではないだろうか。
もちろん、高校までの教育でも、数学などは、これまで解いた問題の解法を用いて、別の問題を解くという作業を行う。これはまさに問題解決である。あるいは、入試小論文などは、身につけた知識を用いて、情勢を考えるなどという問題も出される。
そういう基礎的なトレーニングを積み、基礎的な知識を身につけた後、それをもっと用いて推論を行うべき勉強の場が、大学なのではないかと私は考えるのだ。
実際、アメリカの大学教育やとくにグラジュエートスクールの教育では、ディスカッションや得られた知識や情報を用いてのシミュレーションやレポートが重視される。
しかし、日本では大学に入っても大教室で一方的に知識を伝える教育が主流だ。
実際、日本の高校までの教育は、80年代までは諸外国の垂涎の的とされ、米英などは日本の教育をモデルにしたとされる。
高校までの詰め込み教育は世界のモデルであったのに、それを変えようとした。その一方で、どこの国にも相手にされない大学教育はこれまで通りというのが日本の教育の実情だ。
大学がやってくれないのなら、せめて自衛のためにでも、これまで得た知識を用いて考える習慣をつけることが、大学の学び、大人の学びの第一歩だと私は信じる。
和田秀樹 Wada Hideki
精神科医。東京大学医学部付属病院精神神経科助手を経て、1991~94年アメリカカールメニンガー精神医学校に留学。老年精神医学、精神分析学(特に自己心理学)、集団精神療法学を専門とする。
日本初の心理学ビジネスのシンクタンク、ヒデキ・ワダ・インスティテュートを設立し、代表に就任する。主著に『痛快!心理学』(集英社インターナショナル)、『女性が元気になる心理学』(PHP文庫)、『〈自己愛〉と〈依存〉の精神分析』(PHP研究所)、『壊れた心をどう治すか』(PHP新書)、『多重人格』(講談社現代新書)などがある。
現在、心理学、教育問題、老人問題、能力開発、大学受験などのフィールドを中心に、テレビ、ラジオ、雑誌や数多くの単行本を執筆し、精力的に活動中。
●和田秀樹ホームページ http://www.hidekiwada.com/
記事の内容は第9号(2003年11月30日発行)を抜粋したものです。
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