トップページ > ナジックリリース > 第22号 > 未来を見据え希望を持って人生を歩んでいくための力を育む
未来を見据え希望を持って人生を歩んでいくための力を育む
文部科学省
高等教育局 局長
磯田文雄
Fumio Isoda
[聞き手]
学生情報センターグループ 代表
北澤俊和
我が国のキャリア教育、職業教育の在り方について、中教審答申では、学校教育と職業や人材育成との連関はその根幹に「一人一人がより幸福な人生を送っていくことができるようにするためのもの」という教育や学習の本旨があることを忘れてはならないと提言した。文部科学省高等教育局の磯田文雄局長に答申の意義と人材育成のあるべき姿を伺った。
社会の構造変化に沿った新たなキャリア教育・職業教育の在り方
――中央教育審議会キャリア教育・職業教育特別部会は2011年1月31日に「今後の学校におけるキャリア教育・職業教育の在り方について」の答申をまとめました。この答申について、磯田局長のご意見をお聞かせください。
磯田局長(以下、敬称略) キャリア教育・職業教育特別部会は2008年12月文部科学大臣より諮問を受け設置され、これまで関係省庁、有識者など各界から広くご意見をいただきつつ30回にわたる審議を重ね、答申をまとめました。
また、今回の答申は、従来の教育界、産業界などの枠を超え、各界一体となって幼児教育から高等教育までを通じ網羅的に提言しているという点で、過去に例を見ない大きな意義があります。
今回の答申の背景には、経済のグローバル化で産業構造や雇用慣行が大きく変化し、それに伴って教育、雇用・労働をめぐる新たな課題が生じたことが挙げられます。
――社会構造の変化に伴い、学生の職業観や人生観が変わってきています。それと共に、産業界の大学に対する期待も様変わりしています。このような時代にあり、高等教育機関がカバーする教育の領域も変化しているのではないでしょうか。
磯田 近年、就職状況が思わしくないので、職業観の醸成やキャリア教育、職業教育の在り方に注目が集まっていますが、この種の議論がされるのは、今回が初めてではありません。
日本社会が大きく変貌した高度経済成長期にも人材育成の在り方が現在と異なる視点で議論されました。
今日の日本は21世紀型の産業構造へと大きく変わろうとしている最中ですから、現代にふさわしい職業観や人生観を持つ人材の育成が必要になるのは当然のことです。
一方で、従来は家庭や地域、学校などの組織体が人と人との繋がりを形成してきましたが、今はその伝統的なコミュニティーを維持することが難しくなっています。
「新しい公共」の担い手を育てるための高等教育機関の役割は何なのかを、社会の動きもよく見据えて議論していかねばなりません。
昨今は学生が高等教育機関に期待する内容が多様化し、社会からの要請も多岐にわたっています。既存のカリキュラムに職業関連科目を追加するだけではなく、学位プログラムの中で、社会に役立つ能力をどのように身に付けさせるのかを考える必要があるでしょう。
意識の隔たりが企業と学生の間のミスマッチの原因
――バブル経済が崩壊して以来、新卒者の就職率(内定率)は厳しい状況が続いています。
磯田 就職率(内定率)として見ると、今が最も厳しい状況であることは間違いないでしょう。文部科学省としては、産業界に向けて雇用機会の増大をお願いしています。
一方で産業界からは「かつてのように新卒者の雇用を増やしたい気持ちはあるが、日本経済の行く末を考えると簡単に増員できない」との意見をいただいています。
政府としても経済の立て直しが重要であるとの認識は持っています。しかし、この状況を抜本的に解決することは容易ではありません。
ある調査によりますと、大学3年生の夏からインターンシップに参加し、秋から本格的な就職活動を始めても2人に1人が4年の秋になっても就職が決まらないという報告がありました。
多くの大学生が、大学生活の大半を就職活動に費やしている事態は深刻です。産業界からも大学からも、長すぎる就職活動は不適切であるとの見解が示されています。
――内定が出ない原因の一つに、学生の安定志向が指摘されています。自身に適した職業とは何か、どのような仕事がしたいのかなどを十分に考えずに、大手企業を志向するのがミスマッチの原因に繋がるのではないでしょうか。
磯田 産業界と大学、文部科学省で検討会を開いた際に「中小企業の新卒求人倍率は2.16倍」とのデータが話題に上りましたが、中小企業からは「この数字を見て、中小企業には旺盛な採用意欲があると受け止められては困る」との意見が出ました。
有効求人倍率が2倍以上の中小企業は限られており、全国中小企業団体中央会でも、景気回復を実感できない段階では積極的な採用は難しいとの見解が出ています。しかし、積極的な採用を展開する中小企業が存在するのも事実です。
これに対して学生の意識はどうかというと「日本の労働市場では、中小企業から大企業に転職するのは難しい」と大半の学生や保護者が考えているそうです。
その真偽のほどはともかくとして、学生は大企業に挑戦するほうが将来の選択肢が広がると思っているようです。こうした考えを持つ学生や保護者に対してどのようにアプローチすればよいのか、また、大学側で何をすべきなのかも検討しています。
多様化する社会を生き抜く力を大学や企業で育成する
――希望する仕事に就けずに苦労しているのは新卒者だけではありません。一昔前は、就職できなかった新卒者が一旦フリーターや派遣社員に就いても、数年後には正社員に移行できましたが、最近では30歳を過ぎてもアルバイトや派遣社員などの不安定なままという人が少なくないようです。
磯田 確かに、一度、非正規雇用の層に入ると、そこから正規雇用に移行するのは難しいという状況は認識しています。
我々としては学生が非正規雇用層に入ることを可能な限り防ぎたいですし、仮にそうなっても、早い段階で正規雇用にきちんと移行できる仕組みを整えたいと思っています。
近年は、働き方が多様化しています。ワークシェアリングであったり、外国人採用枠の拡大であったり。そう考えると、高等教育機関における人材育成で重要なのは、様々な人々とコミュニケーションを取りながら働くことのできる多様性を持った人材を育成することだと考えています。
また、キャリア教育や職業教育に対しても、学生からは「面接のために正しいおじぎの方法を教えてほしい」などの要望が出ますが、大学も産業界もその必要はないとの認識で一致しています。我々も高等教育機関における人材育成は単なるハウツーであるべきではないと考えています。
産業界が求めている能力は、例えば、難しい交渉事をまとめる調整力や一年がかりのプロジェクトをやり遂げる探求力です。こうした能力を学生に身に付けさせるという考え方は、従来の学士教育の方向性と大きく変わるものではありません。
――地域社会との交流も、実社会が必要とする能力とは何かを知る良い機会になるのではないでしょうか。
磯田 昨今は、地元産業界との連携や共同研究、まちづくりプロジェクトへの参画など、地域社会と交流する機会が増えていると聞いています。
インターンシップにしても、単なる会社見学ではなく、会社が抱える課題や会社の本質に触れる機会を持てるようなプログラムが企業から提供され始めているようです。
学生にとってお客様扱いではなく、企業を内側から見ることは自分自身のキャリアや働き方を考える好機になります。
中長期的にはこのようなインターンシップを推進したいと考えています。大学はあくまで教育プログラムとしてのインターンシップ受け入れを企業に依頼しています。
実社会で体験を積んだことで、大学での勉強の刺激になったり、役立ったりするからこそ、学生をインターンシップに派遣するわけです。企業側も、忙しいなか、学生を受け入れていただくのですから、双方にとってプラスになる交流にしてもらいたいと思います。
例えば、産業界の方にキャリアコーディネーターとして大学教育に参画してもらうとか、大学と企業が人材育成プログラムについて意見を交換するといったことも必要です。
採用活動だけに留まらない交流を持つことが、長期的にはより良い職業教育や人材育成プログラムに繋がっていくのではないでしょうか。
企業や地域との連携を強化することで結果、学生の就業力育成に繋がる
――昨年8月から政府の「新卒者雇用・特命チーム」による『新卒者雇用に関する緊急対策』が始まりました。「大学生の就業力育成支援事業」などについてお考えをお聞かせください。
磯田 各大学が主体的に取り組み、興味深い試みが多数行われていることには感謝しています。例えば、工学系の学部や学科が研究領域が近い地元企業と交流を図るような試みは、我々としても参考にしたいと思っています。
就業力育成についての、新たな課題も見えてきました。現在議論しているのは、大学や学部、学科が単独ですべきことと、分野が近い組織が複数集まって連携するほうがより効果が出る場合と各々あるだろうということです。
また、大学の構成員は専門分野もバックボーンも多様ですから、各構成員の特性やネットワークを生かせば学生の就業力をさらに高められるでしょう。個人のネットワークも活用すれば、今まで大学には入ってこなかった種類の情報も入ってくる可能性があります。
――具体的にはどのような効果が期待できるのでしょうか。
磯田 学生は就職活動以外の角度から企業を知ることができます。新しい交流や意外なパートナーを発見するきっかけにもなるでしょう。
例えば信州大学では、サテライト・ベンチャー・ビジネス・ラボラトリーを運営していますが、この拠点を設けたことで地元企業が大学に集まるようになりました。
そして、企業から寄せられた意見は大学教育に反映され、その成果が再び企業に還元されるという好循環を生んでいます。
新卒者雇用・特命チームの対策は「緊急」を謳っていますが、今回の対策が信州大学のような循環を生むきっかけになれば、来年度以降の学生にもメリットを提供できるのではないでしょうか。
――緊急対策には「卒業後3年以内の既卒者も新卒者として扱う」ことが盛り込まれています。
磯田 昔は「753問題」と言えば、高校生の7割、中学生の5割、小学生の3割が授業についていけないことを意味しました。しかし10年ほど前から、この言葉は若者の離職率の高さを指摘する際に使われています。すなわち中卒の7割、高卒の5割、大卒の3割が3年以内に離職すると。
しかし教育現場では、就職ミスマッチがあったとしても、最終的に自らが望む仕事に就けるのであれば良しとする考え方もあります。
また、受け入れる企業側の中途採用数も増加傾向にありますから、社会全体の流れからして、卒業後3年以内の既卒者を新卒者として扱うのは問題ないと考えています。
――企業の採用計画では新卒者プラス既卒者の枠は決まっていますから、新卒者扱いの対象が広がれば、単純に応募者数が増えて、新卒者の内定率が低下するのではありませんか。
磯田 答申でも述べられているように教育や学習の本旨は、一人一人がより幸福な人生を送っていくことができるようにするためのものであることを忘れてはなりません。
既卒者を新卒者扱いにしなければ、最初の就職で失敗した人は復活のチャンスがなくなってしまいます。新卒でつまずくと二度とリカバリーができないとなれば、その人の人生は悪循環に陥るだけです。
それは結果として、労働力の損失、ひいては日本経済の活力低下に繋がります。より多くのチャンスが提供される社会を構築しようというのが我々の考え方です。
また、同時に「就職活動期間を短縮すると、企業とめぐり合う機会が減少する」といった考えも、一面からしか見ていない議論です。
就職活動は確かに重要ですが、学生生活のどのくらいの時間を割くのが、人生を総合的に見た場合必要で適切なのか、しっかりと議論しなければなりません。
我々が考えるべきは、若者の成長のために望ましいことは何かなのです。そういった観点から、多角的な施策を講じていきます。
磯田文雄(いそだ ふみお)
教育学修士、政治学修士。東京大学法学部卒業、米スタンフォード大学大学院修士課程修了。1977年文部省入省後、香川県教育委員会義務教育課長、文部省初等中等教育局企画官、教育助成局海外子女教育課長、筑波大学理事・副学長、文部科学省研究振興局長などを経て、2010年7月から現職。
記事の内容は第22号(2011年5月1日発行)を抜粋したものです。
- 未来を見据え希望を持って人生を歩んでいくための力を育む
- 日本経済の持続的発展には若年層の活力が不可欠
- 一橋大学「スマートで強靭なグローバル一橋」で世界ONLY ONEを目指す
- 広島大学・豊かな社会の実現を担う思いやりのある人材の養成を目指す
- 関西学院大学 全人教育を通じて複眼的視野を持った「世界市民」を養成する
- 芝浦工業大学 21世紀の日本の活路を拓く実践型イノベーション人材を育成する
- 明治学院大学・社会のために役立つ人材を建学の理念で養成する
- 青山学院大学・地の利を最大限に活用し世界を舞台に活躍する人材を輩出する
- 愛知大学・新名古屋キャンパスは「第二の創学・建学」の第一歩
- ナジックのロゴが京都・都大路を駆け抜けた