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第1部 大学国際化の現状と展望

平成21年度は、大学を拠点とする日本社会の国際化に向けて、大きな動きがあった年だった。
まず「留学生30万人計画」がスタート。その一環として「国際化拠点整備事業(グローバル30)」によって13の拠点大学が採択された。

一方、9月に発足した鳩山内閣は「東アジア共同体構想」を打ち出し、東アジア地域における教育交流・文化交流の拡充に力を注ごうとしている。

日本の大学、そして日本社会が目指すべき国際化の姿とはいかなるものか、理念からシステム、プロセスに至るまでを、大学国際化の最前線で推進に取り組む寺島実郎氏(財団法人日本総合研究所会長・多摩大学学長・学生情報センターグループ特別顧問)と、徳永保氏(文部科学省高等教育局長)のお二人に語り合っていただいた。

寺島実郎

財団法人日本総合研究所会長
多摩大学学長
学生情報センターグループ特別顧問

日本のビジネスモデルに
留学生をきちんと取り込んで
育て生かしきっていくという
戦略的なしたたかさがないと、
国際競争に勝てない。

德永 保

文部科学省高等教育局長

留学生30万人計画や
日中韓の大学間交流において、
産業界を交えて出口問題も含めた
留学生政策の新規モデルを
つくっていかなければならない。

東アジア共同体構想で教育交流が重視されるのはなぜか

寺島 「東アジア共同体」というと、ある日突然EUのような共同体がアジアにできると楽観している、浮ついたキャッチフレーズのようにも響きます。しかし、そうではない。むしろ、いまだに東アジアの中に存在する相互不信の壁を乗り越えるために「東アジア共同体」ということを言い続けなければならないわけです。

そもそもEUは、ドイツとフランスの間に横たわる相互不信を払拭していくプロセスとして始まりました。

二度にわたって欧州を戦乱に巻き込んだドイツが第二次世界大戦後再び力をつけていったことに対して焦燥感を抱いたフランスはじめ欧州が、ドイツをその箱の中に閉じ込めることで制御していこうと考えたのが、きっかけです。

一方、ドイツも、欧州に対する影響力を拡大していくためには、自ら欧州の箱の中に納まり力を合わせていくことが大事だと考えた。

こうして1952年の欧州石炭鉄鋼共同体設立から始まり、ステップ・バイ・ステップで枠組を拡充させていくことにより27カ国が加盟する今日のEUを築いていったわけです。

翻って、日本とアジアとの関係を眺めてみると、東南アジアとの関係は、戦後比較的良好なものを築いてきたと思います。けれど、肝心要の隣国である韓国と中国との間には、まだまだ相互不信がある。特に経済的にも軍事的にも強大化していく中国に対しては、日本側にも根強い不安がある。

だからこそ、互いの不信を解き、理解を深めていく具体的なプロセスが非常に重要になってきます。そういった相互理解を深める上で、教育交流や留学生の拡充が重要なのは論を待ちません。

EUでは、すでにエラスムス計画がありますね。ヨーロッパ大学間のネットワークを築き、互いに単位を認定するといった仕組みを段階的に築いてきた。私もかねてから、こういった仕組みをアジアにも築けないものかと考えていました。

せっかく留学生30万人計画という大きな目標を掲げたので、留学の中身を充実させるため単位を相互認定することは、段階的接近法として非常に重要になってくるでしょう。

実際、德永局長ご自身、韓国へ働きかけられましたね。また、今般開かれた日中韓三国の首脳会議では、大学間交流、単位の互換が議題にあがりました。まずは日中韓三国における教育交流の流れができたことに大いなる注目をし、期待しているところです。

日中韓の大学間交流が日本の大学改革を推し進める

德永 八月後半に韓国に行って「日韓で質の伴う大学間交流をしましょう」という提案を行いました。また、鳩山総理の日中韓首脳会談を受け、先日は中国に赴いて「大学間交流実現に向けて有識者レベルでの定期的会合を持ちませんか」という提案を行ってきました。

韓国も中国も非常に反応はよかったですね。日本のみならず、中国にも韓国にも、東アジア共同体としての交流を深めていきたいという思いが強くあると感じました。

日中韓三国の大学間交流がもたらす意義は、主に二つあると思います。
一つは、今、寺島先生がおっしゃったように、若い世代がじかに触れ合い相互理解を深めることで、国同士の理解、信頼を深めていくことです。

そのためには、単なる留学生の受け入れというだけではなく、もっと流動性の高い、エラスムス計画のような大学間交流を図っていくことが重要だと考えます。そういう意味では、留学生30万人計画も、福田内閣当時に策定されたものではありますが、同じ発想に基づいているといっていいでしょう。

策定に当たって福田元総理は「静かなる社会革命を起こす」とおっしゃっています。つまり、こういうことだと私は理解しています。日本のグローバル化ということがいわれているが、多くの日本人は社会の中で実感していない。

本来、社会の中で一番先端的であるべき大学がグローバル化していないからだ。だから、日本社会をグローバル化させるためには、まず大学が社会の先頭に立ってグローバル化していかなければならない。そのためには、多数の外国人教員と外国人学生を日本の大学に受け入れる必要がある。

ただ、実現のためには、日本の大学のありようを世界から見えるようにしていかなければなりません。

私共も様々な大学改革を進めてきましたが、シラバスや、GPA(グレード・ポイント・アベレージ)の問題などは、どちらかというと、これまでは、大学関係者の内輪の話に留まっていました。

しかし、ここにきて、大学教育が国内の問題にとどまらず国際的な大学間の競争や交流が問題となることにより、大学教育を明確なルールのもとに実施しようという気運が高まっています。

その中、日中韓で大学間交流が深められていくことは、大学改革においても大いなるチャンスだと考えています。

中韓のみならず東アジア全体、さらには欧米から見ても大学教育が十分に可視化・体系化されているような大学になることが求められるからです。これが、二つめの意義です。

後退した国際化を突き破る個別大学のユニークな戦略

寺島 最近、中国の天津や新疆にある大学へ、多摩大学の学生を国際交流に送り出しています。これが相当に刺激が大きいようで、帰ってきてから周りの人間を刺激するし、中国から来ている留学生との接点も広がるなどして、学生全体に大きなインパクトを与えるんですね。

相互交流の意味は非常に大きいと実感しているところです。
ところが、あらためて日本全体の国際化状況を眺めてみると、非常に心もとないものがある。たとえば、留学生比率。OECD全体平均で七%くらいなのに対して、日本は二・六%程度しかない。德永さんが作成された資料を眺めていて考えさせられました。
実際、グローバル化という掛け声は発しているものの、今日本は、逆に内向きになってきているんですね。気がついたら「帰国子女」という言葉をあまり聞かないというのも、一例。80年代末にニューヨークの日本人学校に通っていた日本人は2,000人に達していたのに、現在では半分以下になっています。

これは、ニューヨークに限らず全世界で起こっていること。日本の企業が80年代末に押し出していた状況と比べると、格段に引いてしまった。しかも、もっとも海外に進出してきた商社においてですら、商社マンが発展途上国への勤務を希望しないという傾向が生まれている。

日本は戦後、豊かで安定した社会を築いてきたけれど、いつの間にか目線が内側に向かうようになっていたんですね。そういう状況下で、世界は逆にグローバル経済のまっただ中に向かっているという皮肉なコントラストを描いているのが現状。

こういう日本を変えていくのは、やはり人を育てる教育だと思います。ですから、意図して相互交流を図っていく必要があると、最近一段と確信しているところです。
だから、各大学の挑戦を促す受け皿を文部科学省がつくっているのは、非常に心強い。

あるいは、世界各地に展開していく日本の教育の橋頭堡づくりのようなことも構想していらっしゃる。小さな大学にとっては、共通インフラとして重宝に活用できそうです。

德永 今お話になられた日本人がアメリカから減っているというお話は、私も深刻に受け止めています。私は、九二~九三年にNSF(米国国立科学財団)に在籍していたのですが、当時、NIH(米国国立衛生研究所)で働いている若い研究者の出身国別比率は、一位がインドで、二位が日本、次いで、中国、韓国と続いて、アメリカは六番目だったんです。ところが、現在は、日本人が激減しているといいます。

思うに、テレビやネットが発達した結果、実際に外国に足を運んだことがないのに、ヴァーチャルな情報で体験したつもりになっている若者が多くなったのではないでしょうか。

もともと教育の本質は、教師と子どもたちとの人格的な触れ合いを通じて発達を図ることにあるので、異文化を理解する上でも実際に外国に出かけて実体験を通して触れ合うことが重要だと考えています。

したがって、外国に出かける若者が減ったのは、国際交流を深める上で深刻な問題だと考えています。
この問題については、個別具体的に国際間の大学連携という形をとって対応するのが有効ではないかと考えています。私が筑波大学事務局長をしていたときに、北アフリカ研究センターを設立しました。

これは、乾燥地農法の研究やバイオサイエンス、あるいはイスラム社会の情報化など、アラブ・イスラム・地中海・オリエント・マグレブといった地域にかかわる様々な研究テーマを持ち寄った総合的な研究センターとして発足させたものですが、このとき、学長や研究者らとともに大勢で10日間ほどチュニジアに行ってきました。

向こうで建設中の新しい学術研究都市の知的スポンサーとして全面的に協力を申し出るためです。そうしたら、わざわざパリからJBIC(国際協力銀行)の支店長が駆けつけてくれ、いっしょにやろうと言ってくださったんですね。

こういう具合に、外国との連携を深めていくには、国が上から網をかぶせるのではなく、展開力を持った大学の具体的な活動を国が支援していく形の方が現実的なのではないかと考えています。

チュニジアと筑波大学との関係でいえば、今でも筑波大学ではチュニジアの留学生を全面的に受け入れ、国内の他大学にも紹介するなどの関係を築いています。

東アジア、日中韓の大学間交流についても同様に、展開力のある個別の大学が主体となってユニークな連携を深めていく方が有効ではないかと思っているところです。

寺島 この間、長崎大学に行って初めて知ったのですが、あそこには大変ユニークな研究センターが二つあるんですね。

一つは、先導生命科学研究支援センター。被爆地ということもあるのでしょう、ここのアイソトープ実験施設では、放射線障害や放射線管理に関する先導的な研究を行っています。

しかも、研究だけではなく、チェルノブイリの被災者たちを支援するなどの交流を通じて、思いもかけないところとの連携を国際的に築いていっている。

もう一つは、熱帯感染症の研究を中心とした熱帯医学研究所。アフリカやアジア、中南米の研究者とも連携してHIVをはじめ、様々な新型ウイルスなどに関し、密度の濃い研究をしているんです。

こういう人類にとって非常に重要な課題について具体的に解決するために人材交流を図る。これが国際交流の正しいあり方なんだな、と二つの研究所を見学して心打たれた次第です。

話はやや飛びますが、留学生受け入れ戦略できわめて成功している国にオーストラリアがありますね。一般に「オーストラリア・モデル」とも呼ばれる、その留学システムはどんなものか。

まず最初の一年間は語学能力を高めることに専念させるんですね。二年目は、それに専門的な知識を付加した専門学校のようなコースに移行させる。その上で、大学の三年生に編入させていくんです。そのシステム設計がうまくいっている。

日本も、留学生30万人計画を達成するためには、各大学の努力に加え、やはり基盤インフラの構築が肝要だと思います。

たとえば、英語で受講できるシステムの構築も重要ですが、一方で、日本語学校などを活用して、日本語をしっかり身につけさせるためのシステムを築くことも重要だと思うんですね。

そうして、安定的に成果があがってくれば、安心して日本に留学しようという学生も増えてくるでしょう。

同時に、生活インフラの充実も欠かせません。何より住む場所。寄宿舎やコンドミニアムがある大学はいいですが、それは稀なケース。だから、各地域の大学が連携して整備していくことが求められる。

その関連でいえば、北九州市立大学などは面白いですね。「日本一留学生に親切な大学」として知られているとか。なぜかというと「お母さん制度」というのがあって、留学生が病気になったり困ったりしたときに電話で相談できる人を、留学生一人につきひとりつけてサポートしているからなんですね。

今、多摩大学でも、留学生をいかにして拡充するか検討するプロジェクトチームをつくって、学生もメンバーに入れているのですが、彼らが、この間、この北九州市立大学と別府にある立命館アジア太平洋大学を視察してきて、やはり、そういったインフラ部分の整備が重要と感じたようです。

日常生活感覚の国際化「出口」の国際化

德永 英語で教えるのか、日本語はどうするのかという問題は、これまでの留学生政策で一番ふらふらしてきたところです。

考えてみれば、留学してもっとも大切なことは、専門知識を身につけること以上に、人脈を築くことだと思うんです。日本の商社やメーカーがアメリカのビジネススクールに社員を留学させるのもそのためですね。

日本に来た留学生も同じで、日本語を覚えて、人脈を築くことが、彼自身のセールスポイントにもなり財産にもなる。

寺島 まったく同感です。
德永 ですから、やはり、英語だけで教育して帰すというのでは留学生のためにならない。英語で受講できる環境を整備するべきですが、一方で、日本語も身につけてもらい、日本人の友人をたくさんつくって帰ってもらうという哲学を留学生政策でも確立しないといけないな、と思いました。

それから、北九州に私も三年間いたことがあるのですが、あそこは、東京と上海を直線で結んだ真ん中に位置するんですね。正確にいえば、実は上海の方が近い。ですから、福岡の市営地下鉄は何十年も前からハングルと中国語と英語表記をしていますね。そういう意味では、東京の人がいう「国際化」よりも、九州の人がいう「国際化」の方が、ずっと身近なんですね。

寺島 その通りですね。

德永 たとえば、下関港は小さな港ですが、対韓国貿易においては日本最大。そういう意味でいえば、抽象画のような観念的な国際交流ではなく、日常生活感覚の国際交流をいかにして進めていくかというのが、大学の国際化においても大切になってくると思います。

寺島 それとともに「EXIT(出口)」プランをどうするのかというのも重要ですね。留学生が卒業した後に日本の産業社会に受け入れられていくかどうか。これは、大学の関係者も含めて、産業界ときちんと向き合っていくことが大切。

よくいわれる話に、優秀な留学生はみなアメリカに行くという状況がありますね。なぜか。それは、アメリカの企業が特別面倒見がいいからではないんです。

たとえばシリコンバレーでも、留学生をフェアに雇って鍛えて、自分たちが中国で展開していくときには、中国からの留学生卒業生をビジネスモデルの先頭に立たせて母国に送り出す。そういうダイナミックな企業戦略の中に、留学生を受け入れ育て母国に送り出す仕組みが自然に形成されているからなんです。

一方、日本の場合、そういう努力をしている企業もあるけれど、まだまだ足りません。日本の貿易の二割が中国相手になりアジアとの貿易が全体の五割近くに迫る中、これまで最大の貿易相手だったアメリカの比率は13%にまで凋落しています。

つまり、日本の飯の食い方が変わってきた。そういった中、日本のビジネスモデルに留学生をきちんと取り込んで育て生かしきっていくという戦略的なしたたかさがないと、国際競争に勝てない。産業界としても、そういう問題意識を共有すべき局面にきているわけです。

中国から来た留学生を単に通訳代わりに雇うというのではなく、経営企画やR&Dのメンバーとして育て、彼らと共に戦略を築いていくようにならないと、本当の意味で中国やアジアで成果をあげられる企業にはなれないと思う。

ですから、大学、文部科学省、産業界が一つのテーブルについて、出口のプラットホームを築き上げていくことも喫緊の課題だと考えています。

德永 「出口」問題に関しては、反省していることがあります。といいますのは、留学生30万人計画は六省庁共管にして、出口を意識し、経済産業省にも入ってもらった。あるいは、就職活動のための期間ビザを延長してもらうよう法務省にも協力してもらった。しかし、旧態依然たる政策形成モデルで、役所が集まっただけで、産業界を巻き込むことが十分でなかったのです。

ですから、産業界の方を前にして、留学生30万人計画の話をすると「それは今日初めて聞きました」というような反応が返ってくることが多いんです。

せっかく民主党政権が誕生して、鳩山総理も日中韓の大学間交流を打ち出していることですから、産業界も交えて、出口問題も含めた留学生政策の新規モデルをつくっていかなければ、と考えているところです。

寺島 さらに、産業界で働くという選択肢だけでなく、留学生がより学問を深めるためのプラットホームづくりも同時に必要でしょうね。

実は今、私が推進協議会議長となって、大阪の梅田北ヤードに「アジア太平洋研究所」を設立しようとしているのですが、これも「出口」プランのひとつとして構想されたものです。

産官学の連携を基に、情報の磁場となる公共政策志向のシンクタンクを目指していますが、留学生にとっては卒業後数年間、共通研究のプロジェクトに参加していける「止まり木」のようなプラットホームにしたいと考えています。

設立されれば、大学側からは出口のプラットホームとして、産業界からは留学生を活用していくための磁場として位置づけられることになるでしょう。

米スミソニアン研究所にウイルソンセンターという施設があるのですが、そこでは世界中から研究者を呼び寄せて、共通の秘書までつけた上で、二年間自由に自分の研究テーマを深めてください、とやっているんですね。

これが、世界中の研究者がアメリカ社会を理解し、国際的な人脈を築いていく上で、一つの大きな磁場になっている。日本には、磁場どころか「止まり木」すらない。そういう状況を変えたいんですね。

いずれにしろ、このような試みが多様な形で積み上げられていってはじめて、東アジア共同体といった言葉も絵空事ではなくなっていくと考えています。留学生30万人計画も、そうやって、個々の大学や企業、地域が自分のテーマとして中身をつけていってはじめて意義のあるものになるでしょう。

德永 おっしゃるように、留学生30万人計画でも日中韓交流でも、多様なプログラムや政策を展開していくことが大切ですね。

ただし、これまでは産業界と大学の接点が少なく、どちらかというと、互いに注文合戦に終始していたきらいがあります。大学のグローバル化を実りあるものにするためにも、これからは、互いに協力し合って、戦略を練らなくてはいけませんね。

寺島実郎

1947年生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程を修了後、三井物産株式会社に入社。米国三井物産ワシントン事務所長などを経て、現在三井物産戦略研究所会長を兼任。また、財団法人日本総合研究所会長、多摩大学学長、中央教育審議会委員など多方面で活躍中。中央教育審議会では、第1期から現在の第4期まで、委員に名を連ねる唯一の人物。第15回石橋湛山賞を受賞した『新経済主義宣言(新潮社)』など多数の著書がある。近著は『世界を知る力(PHP新書)』。

德永 保

1952年生まれ。76年初等中等教育局特殊教育課。体育局スポーツ課係長、官房総務課審議班審議第二係長・審議第一係長、三重県教育委員会指導課長、初等中等教育局中学校課補佐・コンピュータ教育専門官、高等教育局大学課補佐、官房総務課副長、官房企画官(米国国立科学財団出張)、北九州市教育長・企画局長、教育助成局地方課長・財務課長、官房会計課長、総括会計官、筑波大学事務局長、高等教育局官房審議官(高等局担当)、研究振興局長を経て現職。

創設時から脈々と続く「門戸開放」の精神で「世界のリーディング・ユニバーシティ」の実現を目指す


東北大学総長 井上明久

井上総長就任時に策定されたアクションプランに基づいて独自の国際化を進めてきた東北大学は、国際化戦略の根幹として「グローバル30」を位置づけている。
これまでの同大学の国際交流や留学生の受け入れの実績、さらには独自の国際ネットワークを生かしながら、東北大学ならではの国際化を実現し、世界のリーディング・ユニバーシティを目指している。


世界リーディング・ユニバーシティを目指す東北大学の国際化

――文部科学省から「グローバル30」拠点としての採択が発表された際、どのように受け止められたのでしょうか?

井上総長( 以下、敬称略)  私が2006年11月に総長に就任した直後、東北大学がこれまで築き上げてきた伝統と実績をもって人類社会へ貢献するというビジョンを明確にし、その実現のためのプランの策定を開始しました。

翌年三月に「井上プラン2007」としてこれを発表しました。このプランでは「世界リーディング・ユニバーシティに向けて」という目標を掲げ、その重要な柱の一つとしてグローバル化を組み入れ、様々な取り組みを行ってきたところです。このような中、今回「グローバル30」拠点に採択されました。

文部科学省「グローバル30」事業においては、質の高い教育の提供と、海外の学生が我が国に留学しやすい環境を提供することとし、英語による授業等の実施体制の構築や、留学生受け入れに関する体制の整備、戦略的な国際連携の推進等を通じて、留学生と切磋琢磨する環境の中で国際的に活躍できる高度な人物を養成することが目的とされており、本学のアクションプランである「井上プラン2007」実現を図るために、必要不可欠な事業であると判断しました。

幸いにも、これまでの東北大学の実績が評価され、拠点に採択されましたので、本学のグローバル30事業である“Future Global Leadership”を私のリーダーシップのもと、大学として全力を挙げて取り組むつもりです。

井上プラン実現のための中核事業として「グローバル30」を位置付ける

――東北大学の国際化の取り組みを理解するために「井上プラン」とはどのようなものか、また、どのような経緯で策定されたものなのかについて、より具体的にお聞きしたいと思います。

井上 国立大学法人制度のもとで大学を今後どのように運営していくべきか、その基本方針を立てる必要があったことがプランを策定する一つのきっかけでした。法人への移行は吉本前総長時代に行われたわけですが、私の総長就任に際して、東北大学を支える全構成員、教員、職員、学生、同窓生、そして地域社会に対し、大学の将来像を明確に示し、その実現に向かって一体となって進んでいく大学改革を最大の目標として位置付けました。

また2007年に創立100周年を迎え、次の100年に向けた新たな飛躍の方向性を定める、大学にとって重要な歴史的な機会であったこともプラン策定の契機でした。

東北大学を取り巻く環境の変化が加速するなか、世界最先端研究成果の創出に裏打ちされたグローバルな視点をもって、地球規模で活躍する指導的人材を輩出することこそが、国際社会から知の拠点としての貢献を付託されている我々の使命であると考え、世界を先導していく大学へと進化していく決意を表明いたしました。

長年の国際交流の実績を基盤に強みを生かしたユニークな国際化を

――「グローバル30」では、これまでの蓄積や強みを生かしたユニークな国際化の取り組みが求められています。東北大学ならではの強みをどのように生かしていこうとお考えでしょうか。

井上 東北大学はもともと世界と地域に開かれた大学として発展してきました。本学は、大正時代に日本で初めて女性を学生として受け入れ、また外国人留学生の博士第一号も本学より輩出しております。

そうした門戸開放の精神は現在も息づいています。その精神を引き継いで、世界に開かれた大学として発展させていきたいと考えています。研究大学としての国際的プレゼンスを向上し、世界中の学生から東北大学で学びたいと言われるような魅力ある大学にすることが重要であると考えます。

国際化を進めていくための強みと考えているのは、第一にはグローバルネットワークの構築を固めるために、大学間交流協定の締結、AEARU(The Association of East Asian Research Universities;東アジア研究型大学協会)、 APRU(Association of Pacific Rim Universities;環太平洋大学協会)、 T.I.M.E.(Top Industrial Managers for Europe)といった、国際水準の大学等が参加する国際コンソーシアムに本学も加盟して積極的に参画し、海外拠点の活用等を図ってきていることです。本学が有するこれらの豊富で強固なグローバルネットワークを大いに活用し、教育・研究活動を展開し、留学生等の受け入れ推進、さらには、大学全体の国際化の推進に取り組んで行きたいと考えております。

第二に12のグローバルCOE、世界トップレベルの研究拠点(WPI)を持つ研究大学として認知され、大学院を中心に留学生受け入れに長年の実績があるということです。

現在、在籍している外国人留学生数は約1350名で、日本のトップ10に入ると聞いています。また、外国で研鑽を積んだ教員が多数在籍しており、外国人教員の比率も国立大学中でトップ3の水準にあります。私が所属していた金属材料研究所の助手の外国人比率は、30~40パーセントに達しています。

さらに、27カ国の140の大学と協定を結んでいるということも、国際化を推進する上での強みの一つであると考えています。

これらは世界水準の研究成果を多数発信してきたからこそ成し遂げた成果だと考えており、今後は、こうした取り組みを学部を含めた全学レベルでさらに推進し、留学生や研究者の受け入れ推進に繋げたいと考えています。

国際教育院を中心に留学生が学びやすい環境を整備

――「グローバル30」では、外国人学生や教職員をどれぐらい増やすか、その数値目標を求めています。東北大学の目標と具体的な施策はどのようなものでしょうか。

井上 「グローバル30」では2022年度を目標年度としていますが、東北大学では10年後に、外国人留学生数と外国人教員数を現在の約3倍にするという目標を立てました。そのための学内の環境整備や海外での広報活動などに力を注いでいくことが、重要と考えています。

まず学内の環境整備面では英語による授業で学位を取ることができるコースを、工学部、理学部、農学部の3学部で新設し、大学院においては、既設3コースに新設9コースを加え、少なくとも12コースを開設する計画です。

そのための全学組織として、国際教育院を新設し、東北大学にふさわしい教育を企画・運営・実施することにしました。また、留学前から卒業後のキャリア支援までの留学生のためのワンストップのサービス体制も整えていこうとしています。

広報活動としては140ある海外の提携大学のうち主要な大学で「東北大学ディ」を実施し、東北大学の研究教育環境をアピールしながら、留学生や研究者の受け入れ拡大、国際交流推進等につなげていきたいと考えています。

2009年12月には中国の上海交通大学において、この催しを実施しました。今後、海外の協定校等と連携し、同様の事業を展開していきます。

さらに、正規の留学生だけでなく、これまで毎年実施してきたサマースクールの受講生および、提携大学間で単位互換協定などを拡充することで短期留学生の増員を図るなど、多様な留学形態に対応できる体制を整えるほか、奨学金や宿舎も充実していく方針です。

この他、東北大学ならではのユニークな取り組みとしては、ロシアとの国際交流推進があげられます。これまでのロシアの科学アカデミーや大学との交流実績を基盤として、ロシア交流推進室を新設して、取り組みを強化することとしました。

現在本組織において「グローバル30」において指定された、ロシアにおける「海外大学共同利用事務所」の整備について、鋭意検討を進めています。

一方、日本人学生に対しては、国際的に活躍しうる人材育成施策として「スタディ・アブロード」や「海外インターンシップ」、海外派遣プログラムを新設するほか、英語のカリキュラムを増強することもすでに開始しております。

特性や立地を生かしたユニークな国際化を目指す

――東北大学らしい国際化を進めていくとは、どのようなことであるとお考えでしょうか。

井上 東北大学はご存じのとおり「杜の都」仙台市に立地し、美しい自然に恵まれ、安全と利便性を兼ね備えた環境を提供できます。勉学と研究に最適な環境の中で、世界中から意欲を持った人々が集い、最高峰の知の創造に挑戦します。

東北大学ならではの伝統や実績、社会的役割を基盤とした国際化を推進するにあたっては、他大学も含めた地域、行政、経済界等と一体となって協力し、着実に活動を積み重ねて参ります。世界リーディング・ユニバーシティを目指す我々にとって、その実現への大きな一歩を踏み出したことをうれしく思うとともに、これまで以上に果敢な挑戦をしていく所存です。

井上明久 Akihisa Inoue

1975年東北大学大学院工学研究科金属材料工学専攻博士課程修了。工学博士。76年東北大学金属材料研究所助手、85年同助教授、90年同教授。2000年金属材料研究所長、02年総長補佐、05年副学長などを経て、06年11月から東北大学総長に就任。このほか06年12月から日本学士院会員、07年6月から国立大学協会副会長、08年2月から米国ナショナルアカデミー(工学)外国人会員など。専門分野は金属材料学・非平衡物質工学。

世界各国の有能な人材が集うことが「世界を担う知の拠点」である東京大学の使命


東京大学理事・副学長 田中明彦

2009年4月から濱田純一新総長による新体制となった東京大学では、前総長体制から取り組んできた東京大学憲章に基づいた教育研究の国際化の推進に加え「世界を担う知の拠点」を目指す濱田新総長の方針として、グローバル30への取り組みを決めた。

濱田新体制の中で国際化を担当する田中理事・副学長に、東京大学が推進する国際化と、東京大学ならではのグローバル30の考え方についてお伺いした。

留学生拡大による国際化はタフな東大生づくりの一環

――まず、東京大学としてグローバル30をどのように受けとめているのか、またどのような意図・理由によりグローバル30に応募したのかについて、お聞かせください。

田中副学長(以下、敬称略)2009年4月から、小宮山宏前総長の任期満了に伴い、濱田純一総長が就任したわけですが、従来より取り組んでいた国際化を、さらに推進していこうと考えています。その取り組みの中で、さらに多くの東京大学で学ぶにふさわしい有能な人材を留学生として獲得するため、グローバル30を活用していきたいと考えています。

なぜ、外国人留学生を増やそうとしているかといえば、優秀な外国人留学生をさらに増やすことにより、世界の一流大学としての東京大学のポジションを維持し、さらに向上させていきたいというねらいがあるからです。

もう一つの国際化のねらいは、濱田総長も就任当初から繰り返し述べている「タフな東大生をつくる」ことに資すると考えていることがあります。

キャンパス内に日本人とは異なるバックグラウンドを持った優秀な留学生をさらに増やすことで、日本人学生にもよい影響を与えたい。つまり、学内の国際化を通じて、よりタフで優秀な人材を育てたいという意図があるのです。

私たちがグローバル30の取り組みにおいて究極的な目標にしているのは、まさにこうした点にあります。

現状の2,500人超の規模を3,500人以上の規模に拡大

――グローバル30では外国人留学生受け入れの数値目標を求めています。どのような目標を掲げたのでしょうか。
田中 私たちがグローバル30を通じて行おうとしている取り組みは、量よりはむしろ質の確保に力点があるわけで、数を満たすことに固執するつもりはありません。2009年5月現在の数値ですが、東京大学にはすでに2,555人の外国人留学生が在籍していますが2020年度には、現状に1,000人を上乗せし3,500人規模にしたいと考えています。

そのためには、優秀な学生をどれだけ見出していけるか、また、そうした優秀な学生に東京大学で学びたいと思ってもらえるかが、まさに問われているわけで、東京大学を学ぶにふさわしい魅力的な大学にしていくこと、また、外国人が学びやすい受け入れ環境を充実させていくことが重要な課題になっています。

また、本学では現在、留学生の相当数が大学院に在籍しています。グローバル30により、英語のみで学位が取得できる大学院のコースは今後も増えていきます。英語のみで学位が取得できる学部のコースは2011年10月に設置予定ですが、本学としては初めてのケースとなりますので、留学生の受け入れ体制をさらに強化していきます。

中国と共に潜在的な人材の宝庫であるインド、ベトナムに注力し拡大を図る

――グローバル30において、東京大学は留学生の受け入れ重点国として、特にインド、ベトナムのアジア二カ国をあげ、これらの国々からの受け入れの環境整備を行っていくと聞いています。これは、どのような理由からでしょうか。

田中 インド、ベトナムの二カ国にとくに注力するのは、一つには高等教育が発展途上で、まだまだ高等教育が受けられない潜在的に優秀な人材の多い国々・地域に対して東京大学が貢献していくことが、「世界を担う知の拠点」としての使命であると考えているからです。これらの国は、潜在的にとてつもなく有能な人材がありながら日本を選んでいないという現状があります。

中国については、これまでも多くの留学生を受け入れており750人の中国人留学生が在籍しています。
これに対して、インド人留学生は現状わずか二四人にすぎません。私たちは、インドをこれまで日本の大学にあまり目を向けてくれなかった国の典型としてとらえており、今後はインドの優秀な若者が東京大学に目を向けてもらえるような取り組みを行っていきたいと考えています。

また、ベトナム人留学生は現在100人程度受け入れていますが、国の規模からしてもまだ十分な留学生数を受け入れているとは考えておりません。そういう意味で、同様にベトナムからの受け入れを増やしていくために受け入れ重点国の一つとして位置づけました。

同時に欧米からも優秀な学生、研究者を集めたいと考えています。東京大学には、欧米を相手にする一流の研究者がとてつもなく多くいます。欧米の大学とは日常的に連携や交流が行われています。こうしたつながりを活用し、強化しながら、さらに留学生の受け入れ拡大を図っていきたいと考えています。

東京大学ならではの研究領域に英語で学位取得できるコースを新設

――世界に伍して最先端の研究を行う東京大学での優秀な外国人留学生の受け入れとはどのようなものでしょうか。大学院レベルでは、どのような施策を推進していくのでしょうか。

田中 今回のグローバル30の取り組みの中核といえるかもしれませんが、英語のみによる授業で学位を取得できるコースを多数新設しようと考えています。たとえば、先ほど申し上げた、インド人学生が圧倒的に少ない理由として、東京大学において学位を取得するためには、日本語能力を相当の水準に高めなければならないことが挙げられます。同様に、欧米など世界各地から、さらに多くの有能な人材を集めるためにも、英語により学位が取れる環境を整備することが喫緊の課題であると認識しています。

大学院教育では、英語による学位取得が可能なコースとして、サステイナビリティ学教育プログラム、国際バイオエンジニアリング英語コース、国際農業開発学コースなど、社会科学から理工学、医学、農学など多岐にわたる一二のコースを順次開設していくことにしています。

東京大学は一流の研究者を擁する大学院大学ですから、大学院や研究所は世界トップレベルの国際化がより求められているのだと考えています。東京大学はあらゆる分野で世界一流の研究を行っているという自負を持っていますが、同等レベルにある世界トップの大学や研究所との競争に打ち勝ち優位性を発揮できるかが問題なのです。

そういう意味で、東京大学は優位性を発揮できる研究分野・領域、即ち最先端にある分野や日本ならではの独自性を持つ分野や領域の研究環境の整備に取り組む必要があります。

リベラル・アーツの伝統と共存する英語コースの新設で留学生に対応

――学士課程での外国人留学生の受け入れ環境の整備についてはどのようにお考えでしょうか。

田中 まず、教養学部前期課程に国際科類を新設して、日本や東アジアの社会の理解を深めるためのコースや、世界的な課題になっている環境・エネルギー問題などの理解を深めるための国際的かつ文理融合的な教養教育を行っていこうと考えています。

それに続く後期課程では、学際日本研究コースや環境・エネルギーコースを開設し、英語のみによる単位取得が可能な環境を整備していこうと考えています。

ただ、学部教育の国際化は、東京大学の伝統や制度の面で困難な取り組みで、どのような工夫を凝らすかが課題です。学部教育において英語による授業をどのように実現するかは最も頭を痛めた点でした。私たちは「レイト・スペシャリゼーション」と呼んでいますが、東京大学は早い段階で専門分野を決めず、入学から二年間はじっくりとリベラル・アーツを学ぶということを伝統とし特色としてきました。

グローバル30では四年間で学位(学士号)を取得できる英語コースの新設を求めていますが、これを従来の教養課程に導入しようとすると、教養教育のすべてを英語化しないといけないことになってしまいます。これは日本人学生の教育環境を考えると非現実なことであり、かつ本来の教育目的にもそぐわないことです。東京大学の教養課程の伝統とグローバル30をどのように共存させ、融合させるか、これが今後の課題となります。

東京大学で学ぼうという世界の若者は、東京大学や日本でしか学べない分野を指向している優秀な人材なのです。留学生の動機やモチベーションを十分に満たすことのできる環境を日本でつくりあげることが重要です。そのためにも奨学金の整備、住宅を含めた生活環境の整備、キャンパス内の国際化は必須です。研究・教育レベルの充実と共にこれらの環境整備にも最重点に取り組んでいこうと考えています。

田中明彦 Akihiko Tanaka

1977年東京大学教養学部卒業後、マサチューセッツ工科大学で博士号(政治学)取得。平和・安全保障研究所研究員、東京大学教養学部助手・助教授を経て90年に東京大学東洋文化研究所教授に就任。09年から同大学理事・副学長。07年から早稲田大学高等研究所諮問委員会委員、08年から日本国際政治学会理事長を兼任しているほか、政府の各種審議会、研究会に多数参加している。専門は国際政治学。

「人間教育」と「環境」を掲げ上智らしさで「世界に並び立つ大学」を目指す

上智大学学長 石澤良昭

1913年にカトリック修道会イエズス会により開設された上智大学は、すべて英語による講義が行われている国際教養学部に代表されるとおり、言語教育を重視する大学として、また、外国人留学生、帰国生・留学経験者、外国人教員が多い大学として古くから知られてきた。

「グローバル30」ではこうした同大学ならではの特色・強みを生かした、ユニークな国際化拠点大学づくりを行おうとしている。具体的にどのような取り組みを行おうとしているのか、国際化についての認識や考え方などについて学長の石澤良昭氏に伺った。


新たな国際化を目指す取り組みの起爆剤としてグローバル30を活用

――このたび「グローバル30」にエントリーされた理由をお聞かせください。

石澤学長(以下、敬称略) 福田元総理の「留学生30万人計画」の方針に基づき「グローバル30」プログラムが文部科学省から発表されるかなり以前から、「日本の大学はいずれ国際競争にさらされる」との危機感を持っていました。

国内では上智はある程度の評価を得ていますが、「世界に並び立つ大学」を目指すためにどうすべきかについて議論を展開してきました。今年三月に学術交流担当副学長を中心とする国際化推進ワーキンググループの答申が出されました。

また、昨年から始まった卒業生が大学に様々な観点からアドバイスする教育研究諮問会議からも「国際化へのさらなる取り組み」について答申をいただきました。

こうした答申をベースとして「上智らしい国際化」をテーマとする取り組みを実施しようとしていた矢先に、「グローバル30」の公募がなされたわけです。絶妙のタイミングでした。また「備えあれば憂いなし」ともいえるでしょうか、「グローバル30」がなくても「国際化推進プロジェクト」を実施する予定でしたので、財源的にも外部から評価をいただけるという意味からも意義があり、採択されるよう準備万端整えて応募しました。

長年の国際化の実績をベースに外国人学生の受け入れ増を図る

――「グローバル30」の申請に当たって、特に強調されたことは何でしょうか。

石澤 まず第一に、上智大学は60年前から英語による授業を行い、英語による学位を与えてきたという実績です。また、専任教員のうち約二割におよぶ外国人教員を要しているということも強調しました。

二つ目は、本学はご存じのとおりカトリックのイエズス会系の大学ですが、イエズス会は中国を除く全アジア、南北アメリカ、ヨーロッパとまさに全世界に高校・大学の国際的なネットワークを長年にわたり機能させ、多くの実績を積み重ねてきました。こうしたネットワークをベースに、優秀な外国人学生の受け入れを図っていくということです。

三つ目は2008年から始まった、リーダーシップ養成のための国際連携プログラム「東アジア四大学グローバル・リーダーシッププログラム」です。このプログラムは、文部科学省の「大学教育の国際化プログラム(交流プログラム開発型)」にも採択され、一週間にわたり英語でパネルディスカッションやフィールドワークを行い質の高い語学力を有したグローバルリーダーを四大学が協力して養成していくために、これを第一回目として、毎年持ち回りで開催していくことにしています。

これら上智らしいユニークで他の大学にはない実績を掲げて応募しましたが、選考基準の中には科研費の採択件数など、本学のように国立の総合大学に比し比較的規模の小さな大学には不利な条件も含まれていたため、正直なところ心配もありました。そういう意味でも、本学が国際化拠点大学の一つとして選ばれたということはたいへんうれしいことで、また、今回本大学を選んでいただけたのは、他大学にはないこれら実績が評価されてのことではないかと考えています。

2020年度には外国人学生数2,600人強を目指す

――「グローバル30」における外国人学生数等の目標値を具体的にお聞かせください。
石澤 2020年度に2,600人強の外国人学生を擁する大学になるという目標を掲げました。現在、上智大学には1,000人強の外国人学生が在籍しておりますので、この実績に、さらに1,600人を積み上げるというものです。

また、この2,600人強という目標値は学部および大学院の研究科に所属する正規留学生、サマーセッションの受講生、新設を予定している日本語教育センターの学生、および研修生を含めた数値です。

われわれとしては、この目標を達成するために、新たな仕組みをつくるというわけではなく、現在の教育体制を大きく変えることなく、この目標を達成していきたいと考えています。また、これまでのノウハウが蓄積されており、比較的自然体で達成できるのではないかと考えています。このあたりは、これから新たに国際化の取り組みを行う大学に比べ、上智大学ならではの強みではないかと考えています。

世界の四つの国・地域を中心に留学生受け入れのための活動を展開

――外国人学生受け入れのための環境整備、および留学生の確保についての取り組みについては、どのようにお考えでしょうか。
石澤 まず、奨学金の整備があります。グローバル30の取り組みにあたっては、留学の費用を用意できない優秀な外国人学生のための奨学金、奨学基金の整備が一つの課題になっています。現在五億円程度の奨学金を用意していますが、これをさらに増額していく方向で準備を進めているところです。

また、留学生の受け入れ拡大に伴い、学生寮を整備していこうと考えています。日本人学生を含め、世界のあらゆる国々の学生が一つ屋根の下で生活し、交流を深められる場が必要です。まだまだアイデアのレベルですが、大きな規模の寮が必要となるでしょう。これを大学単独で整備するには限界があります。民間のご協力をお願いしたい分野です。

なお、留学生の確保に当たっては、北米、ルクセンブルグを拠点にしたEU諸国、メキシコを拠点にした中南米諸国、カンボジアを拠点にしたASEAN諸国の四つの国・地域を中心にした活動を行っていきます。このうちカンボジアについては、日本の大学でネットワークを有する大学は稀有で、上智ならではのネットワークを最大限活用していきたいと考えています。

世界でもユニークな21世紀の上智モデルをつくりあげる

――グローバル30を通じて国際化拠点大学をめざすうえで、どのように上智大学らしさを追求していくお考えでしょうか。
石澤 上智大学は、十三~十四世紀のパリ大学(ソルボンヌ)の神学部を源流としています。

中世のヨーロッパの大学が当時の国際化に果たした役割などを二十一世紀的に解釈しながら、その精神を受け継いで、ユニークな大学の国際化をめざしていこうと考えています。私としては、こうしたことが上智大学らしさもしくは上智モデルを作る一つの原点だと考えています。

具体的な施策や取り組みがあります。大きな方針の一つは「英語プラスワン」です。これはますます世界言語化しつつある英語とともに、本学で学べる十八カ国語の中からもう一つの言語をしっかりと身に着けようという全学を通じた教育目標です。これにはさまざまな意味が込められていまして、言語を学ぶことを通じて、その国の文化や価値観の理解を目指すというものです。

二つ目が、国際社会での活動等において、リーダーシップを発揮する人材を多数輩出することが目標です。国際通用性に加えて、Multiplying Agents(他者に波及的影響を与える)資質を有する人材を国際社会に輩出していきたいと願っています。

今回の「グローバル30」も、単に外国人留学生を増加させる取り組みとしてとらえているわけではなく、「グローバル30」を通じて、学内の国際化をさらに進めることにより、日本人学生にも他言語によるコミュニケーションや異文化理解のための機会を増やし、国際化に対応した人材、リーダーを育成していこうという大きなねらいがあるわけです。

三つ目が、キリスト教ヒューマニズムに基づいた人材育成です。イエズス会の教育目標として、「Men and Women for Others, with Others」を掲げています。「他者のために、他者と共に生きる人」ということです。簡単に述べると、「自分の才能や能力を自分の満足や利益のためでなく、他者のために役に立てる人」のことを意味します。

どんな地域、どんな国に行っても、その地に根ざしてしっかりと活躍できる人材、リーダーがこれからますます求められてくるはずです。2013年に本学は100周年を迎えます。「グローバル30」プロジェクトがある一定の成果を出す頃とも重なるわけですが、上智は「人間教育と環境」を掲げ、「世界に並び立つ大学」を目指しております。

最後に、外国人学生に対しては、先ほど述べたとおり英語で授業を受け学位が取れるコースを拡充し大学の国際性を高めていくわけですが、単に英語で学ぶことができる大学というのではなく、日本でしか学べないこと、上智でしか学べないことをきちんと学んでもらいたいと考えています。日本人であれ外国人であれ、上智は世界の未来を担うリーダーを養成し、「世界に並び立つ大学」としての環境をつくりあげていこうとしています。

石澤良昭 Yosiaki Isizawa

1937年、北海道生まれ。61年、上智大学外国語学部フランス語学科卒業後、71年、中央大学大学院博士課程文学研究科東洋史専攻博士過程修了。聖マリアンナ医科大学助教授、鹿児島大学教授などを経て、82年に上智大学教授に就任。2005年、第13代上智大学学長。また、上智大学アジア人材養成研究センター、2007年から文化庁文化審議会会長(2007年~)を兼任している。専門は東南アジア史、カンボジア王国のアンコール・ワット時代の碑刻文解読研究。

明治ならではの国際化戦略で21世紀を生き抜く強い明治に変革する


明治大学学長 納谷廣美

2004年に就任した納谷学長は21世紀に対応した新しい大学づくりのための意識改革や大学改革に意欲的に取り組んできた。その一環として推進しているのが大学の国際化だ。
学内のコンセンサスを深めながら、明治らしい国際化を図っていくことが、そのポイントになっている。

そこで、大学改革における国際化がどのような経緯で開始されたのかを含めて、「グローバル30」の取り組みについてお伺いした。


多くの大学が取り組める国際化のモデルをつくりたい

――このたび明治大学が文部科学省の「グローバル30」の国際化拠点大学に選ばれたことについて、学長としてどのように受け止めておられますか。

納谷学長(以下、敬称略) 私学や中小規模の国公立大学のモデルとなれるような国際化をめざしたいと考え、そのためのアイデアを盛り込んだプランを作成しました。今回、「グローバル30」で国際化拠点大学の一つに選ばれたのは、そうした点が評価されたからだと考えております。

学内の教育・研究の質を変えていくには、国際化の視点から大学そのものを抜本的に見直すことが必要であり、そのためには「グローバル30」に選定されることが最大のチャンスだと考え2004年に学長に就任して以来行ってきた一連の大学改革の総決算とも覚悟して臨んだわけです。

即ち、真の目的は、留学生の受け入れ数を増やすことだけではなく21世紀の環境に適応した大学のあるべき姿を実現することにあるのです。

国際化の取り組みを通じて21世紀の明治大学像を確立する

――「グローバル30」において明治大学はどのような目標を立てたのでしょうか。また、明治大学の国際化構想にはどのような特徴があるのでしょうか。

納谷 明治大学のグローバル30は「グローバルコモン・プログラム」構想として取り組むものですが2020年度までに学部を中心に4,000名の留学生を受け入れ1,500人の日本人学生を世界に送り出すという目標を明確に打ち出しました。

他の12大学とくに国立大学では従来の体制を活用した大学院研究科を中心とした留学生の受け入れ増を図っていくという、リスクも少なく実現の可能性も高いやり方が主流です。

しかし、明治大学の国際化の真のねらいは旧来の大学の体質を抜本的に変革しようとすることにあります。明治大学にとって、学部を中心とする国際化は避けて通ることができないのです。多くの私学は、学部の学生を中心に成り立っているわけで、学部に手をつけなければ大学の改革は実現しません。

グローバル30に先だって国際日本学部を新設したねらいも、まさにそこにあります。私たちは大学改革の一つのテーマとして、環境と国際化に対応した二十一世紀型の教養教育を掲げ、そのあり方を模索してきました。

その中で、従来の学部体制そのものに手をつけざるを得ないと考えました。国際日本学部新設は、その一つの回答でもあります。こうした変革を進める中で「グローバル30」が発表されたわけで、一連の大学改革の総仕上げにふさわしいと考えました。4,000名の留学生受け入れなどの目標を設定したことも、まさに同じ理由です。

明治百数十年の歴史の中で築いてきた、成熟した体制を変革していくことは様々な困難と共に大きなリスクもかかえています。しかし、急速に大学を取り巻く環境が変化し、かつ大学に求められる機能や役割も変わっていく中で、変革をやり遂げないと二十一世紀に向けての明治大学のあるべき姿が明らかにならないわけです。

「グローバル30」の学長ヒアリングの際、私は「リスクのある取り組みであることは十分承知している。しかしこの挑戦に逡巡したら二十一世紀の明治大学はない。明治大学はすでにルビコン川を渡った」と学長としての決意を表明しました。
この「グローバル30」に採択されることを願いつつ、国際化推進のために学長のもとに全学的組織として「国際連携機構」を創設しています。

学内の意識改革が学長就任後の最初の課題に

――学部を中心にした一連の改革・国際化を進めていくために、どのように問題意識や意思の統一・共有を図っていかれたのでしょうか。

納谷 私は2004年4月に総長兼学長に就任しました(制度改革にともない総長制度は2004年度限りで廃止されました)。その当時、本学では、インフラも教職員の意識の面でも、十分な段階にはありませんでした。変わることへの不安や現状維持を求める人たちが圧倒的に多かったのです。

私は機会あるごとに「教職員にとって居心地のよい大学が、学生や社会が望む大学か。誰のための大学かということを考えてもらいたい」と何度も呼びかけてきました。学費を主要な財源としている私学は、学部に優秀な学生が集まり、学生が大学を巣立って社会の一線で活躍するという循環を維持・発展させていかない限り存続できません。私の訴えを通じて、そうした問題意識が徐々に深まっていきました。

学長一期目で「社会との連携」をテーマに、いろいろな新しい取り組みを展開しました。その中で、文部科学省の「大学教育改革支援プログラム」(GP)、「グローバルCOEプログラム」なども活用しました。

後者の先駆的な国策事業「21世紀COEプログラム」(2002年度開始)のときは、本当に残念なことでしたが、本学が申請した同プログラムはすべて不採択でした。

そこで「採択されるためには何を変えるべきなのか」を徹底して議論し、大学としては評価の高い教育研究に対し予算や人材面で支援するという姿勢を明確に打ち出しました。その変化はまず教育面に現れ、それが研究の分野にも波及していきました。

まさに「教育が動くと研究が動いた」のです。即ち個々の教員レベルではなく大学として推進する体制に転換しました。「研究知財戦略機構」という研究組織を新設し、変革に対する学長の本気を示したのです。

そうした中で取り組んだ大型研究が2008年度「グローバルCOEプログラム」に採択されたことは、教員の意識を変えるという面でも大きな追い風となりました。

ボトムアップの体制づくりで国際化の取り組みが急加速

――先ほど、大学改革の総仕上げとして位置づけているとおっしゃいましたが、学内の意識変化を含めた下地づくりを進めてきた後に「グローバル30」があるわけですね。

納谷 私が学長に就任した当初から「国際化」は避けて通れない重要な課題だと認識していました。戦前の明治はある意味で「世界に開かれた大学」でしたが、戦後、特に学園紛争の影響もあり国際化に立ち遅れてしまいました。大学改革に対する学内のコンセンサスを深め、意識を高めてもらうことを優先的に取り組んできたことで2004年当時の留学生数約400人が2009年前半には900人弱と倍増しています。

海外協定校も30大学程度でしたが、同様に100大学を超える数に急増しました。これは各学部や研究科の意識が変わり、何もしなければ他の学部に置いていかれるという危機感が意欲に変わったことで、こうした成果が出てきたのです。

「急がば回れ」ではありませんが、学内の基本的な仕組みの整備と意識改革を先行させたことは誤りではなかったと確信しています。今後は「グローバル30」に採択されたことで、教職員の自信と自覚が格段にあがり、明治大学の国際化がさらに加速されていくことは間違いありません。

明治らしい国際化明治らしい社会貢献をめざす

――明治らしい国際化を進める、明治らしさを海外に発信していくという面では、国際化の課題をどのようにとらえておらえるのでしょうか。

納谷 学長に就任して、さまざまな国を訪問しました。最近、まだ内戦の影響が残るボスニア・ヘルツェゴビナから、たっての要請があり訪問しました。戦後荒廃の中から復興して経済大国になった日本は彼らにとって大きな希望の星でもあり、関心の的でもあるわけです。世界には、機会があれば日本で学びたいと考えている若者がたくさんいます。

そうした若者を発掘し、留学のチャンスを提供しながら受け入れ増を図っていくというアプローチをするべきだと考えています。これが明治らしい国際化の方向の一つだと思っています。

もう一つの取り組みは、民間企業や他大学などと積極的に連携しながら効率的な国際化のソリューションモデルを確立することです。留学生の募集に当たっての連携、来日後の宿舎の手当てなどを含め、連携の輪を広げていこうとしています。

これらを通じて得たノウハウを積極的に公開していきたいと考えています。冒頭に「私学や中小規模の国公立大学のモデルとなる国際化をめざしたい」と申し上げたのは、まさにそうした考え方からなのです。

納谷廣美 Hiromi Naya

1962年、明治大学法学部卒業。1966年、東京大学大学院法学政治学研究科修士課程修了後、司法修習生を経て1968年に弁護士(第一東京弁護士会)となる。同年、明治大学法学部専任助手着任し、講師、助教授を経て、1980年より教授。教務部長、法学部長等を経て、2004年に学長に就任。学外では、大学基準協会会長、日本私立大学連盟副会長なども兼任している。専門は民事訴訟法。

長期的戦略とAPUで培った実績を基盤とした立命館ならではの国際化戦略を推進する


立命館大学学長 川口清史

立命館は1980年代から全学的なグローバル化を大学の長期戦略の中核に位置づけ、立命館アジア太平洋大学(APU)の創設など、日本の大学の先駆的な存在として国際化戦略を展開してきた。「グローバル30」を機に立命館大学は今後その先駆性をどう発展・強化しようとしているのか、同大学学長の川口氏に、国際化に関する考え方をお伺いした。

1980年代から学生の海外留学に取り組む

――立命館大学は我が国の大学の中でも早い段階から国際化を戦略の柱として位置づけ、取り組みを行ってこられました。その背景等についてお伺いします。

川口総長(以下、敬称略) 立命館大学は1980年代から国際化を重要課題として位置づけ、取り組みを開始しました。その最初となるのが国際関係学部の創設です。この取り組みを通じて、大学全体の国際化を推進するねらいがありました。国際関係学部を中心に日本人学生を海外に送り出す留学政策を進めたのです。

現在、毎年1,500人を超える学生を海外に送り出していますが、これは日本の大学の中ではトップの水準にあります。留学プログラムは共同学位プログラムや交換留学など様々で、早い段階から独自の留学プログラムを開拓し、定着させてきました。

たとえば、アメリカン大学とデュアル・ディグリー協定を締結し、それぞれの大学で2年間のコースを受講すれば両大学の学位を取得できるプログラムを1994年にスタートさせました。

また、カナダのブリティッシュ・コロンビア大学とは、同大学のキャンパス内に現地の学生と共に生活できる学生寮を建設し、共に暮らし共に学ぶ一年間のプログラムを創設1991年から毎年100名の学生を送り出しています。このほかにも各学部が独自の留学プログラムを運営しています。
こうした取り組みが年間1,500人を超える海外留学実績につながっており2020年には2,400人を目標に、拡大していこうとしています。

グローバル30でAPUの成功をさらに充実させる

――国際化のもう一つの目標である留学生の受け入れはどのような目標でしょうか。

川口 優秀な外国人学生が留学先として日本を選択しないといわれてきましたが、これを打破するための立命館ならではの挑戦が英語基準での学生の入学を可能にした2000年の立命館アジア太平洋大学(APU)の創設です。

日本で唯一の国際大学として学生・教員の半数を外国人とすること、英語と日本語の二言語で授業を行うことなどを基本方針として2010年には満10年を迎えます。現在、97カ国・地域から集まった約2,800人の留学生が在籍していますが、その半数は卒業後、日本で就職し、各界で活躍するという実績をつくりあげてきました。一私学の取り組みとしては、かなりリスクの大きな冒険的なものでしたが、開学10年の実績を重ねて、APUは中国、韓国、タイ、ベトナムなどのアジア諸国を中心にたいへん高い評価を得るまでになりました。

APUの経験をもとに、次の国際化戦略として立命館大学の国際化、留学生の受け入れ拡大に取り組んできました。

そのような中で、「留学生30万人計画」のもと「グローバル30」が発表されたわけです。立命館大学としてはさらに国際化を充実させようとしたタイミングで行われるプログラムであり、推進のための起爆剤として活用しようと考えました。

APUとは別のアプローチが必要

――立命館にはAPUという成功モデルがあり、設立準備から10年以上積み上げてきたインフラもあります。今後の立命館大学の国際化は、どのようなものでしょうか。

川口 APUの資源を生かしながらも基本的にはAPUとは違った取り組みが必要だと考えています。国際大学としてゼロから立ち上げたAPUとは背景が異なるからです。立命館にはAPUの立ち上げや運営に関わった教職員が多数おりますので、その経験やネットワーク、ノウハウは他大学にはない貴重な財産です。

これらを最大限に駆使して立命館大学の歴史・伝統や地域での役割を踏まえた国際化を進めていきます。立命館大学の国際化が目標ラインに到達した段階では、APUとの連携で大きな相乗効果を発揮するでしょう。

多様なプログラムの開発で4,000人超の留学生受け入れを

――「グローバル30」では留学生受け入れの数値目標を求めていますが、立命館大学はどのような目標値を掲げたのでしょうか。

川口 「グローバル30」を含めた一連の国際化の取り組みを通じて2020年には4,000名超の外国人留学生受け入れを目指すという目標を設定しました。外国人留学生の在籍者数は2008年度で1119名でしたが、さらに約3,000名の外国人留学生を受け入れるということです。

他国の学生と交流することで学生はたくましくなります。目標が実現すれば10人に1人が留学生という環境になり、普段のキャンパスライフでの中で国際感覚を肌で身につけることが可能になるでしょう。現在外国人留学生の多くは、立命館の研究や教育面のプログラムを理解し自ら選択してくれています。

これまでの実績を基盤に、大学としてより能動的に、かつ積極的に優秀な外国人留学生の受け入れに努めていきます。また交換留学プログラムにおいても、送り出した学生数に応じて受け入れを拡大していかなければなりません。その意味でも、外国人留学生が学びやすい、生活しやすい環境づくりや教育の質の向上を、重要な課題として受け止めています。

これからの国際化の戦略的課題は自由に行き来できる留学環境の整備

――留学生の受け入れを拡大させていくことについて、各大学は様々な対策を検討していますが、その具体策として何が最も有効だと考えていますか。

川口 複合的に国際化を進めていくことが必要になりますが、とりわけ英語による授業、英語で学位が取得できる環境整備は重要なポイントだと思います。APUには毎年、多くの中国人留学生が入学してきますが、その大半は英語コースを選択します。立命館大学においても、英語で学位を取ることのできる教育環境の整備や充実は避けて通れない課題だと考えています。

しかし、「留学生30万人計画」により結果として多くの外国人留学生が日本で就職し、日本社会が受け入れていくならば、英語による授業のみでなく、生活の基盤となる日本語による授業をさらに充実させなければなりません。日本の国や社会が長期的に、外国人留学生受け入れをどのように位置づけていくか、産業界や地域社会も含めた全体的なコンセンサスを醸成する動きや、より国際競争力のある留学生支援を国が行うべきでしょう。

また我が国では、東アジア版のエラスムス計画を推進していこうという動きがあります。これは中国や韓国の大学と競いながら留学生を獲得していくのではなく、三カ国の大学が共同で若い人材の交流を推進していくというものです。私も大賛成で三国の大学間で共同の短期留学プログラムを多数設けて、学生が相互に交流する環境をつくり出すことが中国、韓国とのより友好的かつ戦略的な国際学術・教育交流に発展していくと確信します。

サマースクールなどの短期プログラムや、学位や単位の共通化を図って高頻度で留学を繰り返す体制をつくりあげるなど、多様な留学生プログラムが現在求められているのです。

多様な形態で世界各国・地域からの留学生を受け入れ、同時にさらに多くの日本人学生を海外へ送り出す。この動きを加速させ、これまでの先駆的な取り組みとわが国トップレベルの実績をもとに、立命館ならではの国際化を着実に展開していきます。

川口清史 Kiyofumi Kawaguchi

京都大学経済学部卒業。同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。1976年立命館大学産業社会学部助教授を経て、87年同学部教授。94年同大学政策科学部教授。2007年、同大学学長に就任。学校法人立命館の総長を兼任している。この間、99年の政策科学部開設に事務局長として参加したほか、教学部長、調査企画室長を歴任した。専門分野は経済学(経済・社会システム、経済事情及び政策学)。

地域における留学生受け入れの課題~大学間連携と地域社会を巻き込んでの「国際化」を考える~

【出席者】(写真右より)

龍谷大学副学長
 西垣泰幸氏

同志社大学副学長
 黒木保博氏

京都大学理事・副学長
 西村周三氏

学生情報センター代表
北澤俊和

(大学名五十音順、本文中・敬称略)

政府の施策として進められている「留学生30万人計画」や各大学が推進する国際化の取り組みにおいて、教育の質の向上を含めた教育環境整備、宿舎整備等の生活支援、インターンシップから就職サポート等、様々な留学生の受け入れ環境の整備が重要な課題として浮上してきている。

これらの課題への対応には、各大学の努力は当然必要だが、大学間や国・自治体、地域社会、産業界など広範な連携が必要になってくると思われる。そこで大学コンソーシアム組織設立の歴史が長く行政を含めた大学間連携の先駆的存在であり、また日本を代表する伝統と規模を誇りつつ各々が強い個性を持つ京都三大学の国際担当副学長にお集まりいただき、留学生受け入れ環境整備や大学の国際化に伴う課題についてお話しいただいた。

留学生の受け入れ拡大は各大学の共通課題

――「留学生30万人計画」が政府の施策として打ち出され、21年度より「グローバル30」もスタートしたわけですが、それぞれの大学での国際化の取り組みについてお聞かせください。

西村 京都大学ではこれまで、外国人留学生の受け入れと日本人学生の海外留学をもっと増やしていこうと取り組んできました。そうした中、「留学生30万人計画」が国の施策としてオーソライズされ、そのアクションプログラムとして文部科学省の「グローバル30」がスタートしました。これを大いに活用して、大学の国際化を進めていきたいというのが基本的なスタンスです。

黒木 同志社大学は「国際主義」を大学の教育理念としています。この理念を体現する国際化を通じて、大学としての個性や特色を追求していきたいと考えています。今回「グローバル30」に応募したのも、それが動機でした。
様々な課題やそのためのアプローチがありますが、同志社大学にしかできない国際化を目指したいと考えています。今回の取り組みとしては、留学生の受け入れ環境の整備はもちろんのこと、同志社大学の特色や個性、強みといったものを十分に生かした国際化を図っていきたいと考えています。

西垣 龍谷大学では1985年から留学生の受け入れと日本人学生の海外派遣(留学)に本格的に取り組んできました。この取り組みの中で、留学生を対象にした奨学金制度も拡充整備され、現在では授業料の50%を奨学金として給付しています。
また、1996年には国際文化学部を設立して、教育プログラムなどの面での整備も急速に進みました。2008年度の実績では、海外からの留学生は短期を含め33ヶ国580名、日本人学生の海外留学は17カ国、447名に達しています。今後はこれらの取り組みをさらに拡充させていきたいと考えています。

京都らしいユニークな国際化を追求する

――現在、全国各地の大学で、それぞれの大学の特色や建学の理念、海外との歴史的な取り組みを踏まえた国際化の動きが活発になってきています。

歴史や伝統のある数多くの大学が集積している京都においては、各々の大学の特色を尊重しつつ、大学が連携して国際化に取り組むことができるベースがあると思いますが、この点はいかがでしょうか。

西垣 京都の大学間連携では、京都の大学らしいユニークな国際化が目指されるべきだと考えています。京都には日本を代表する文化・歴史資産が集積しているのはもちろん、比較的狭い地域に多数の大学が立地しているという他地域にはない特性もあります。

こうした文化資産をうまく活用したプログラムを共同で開発していったり、比較的他大学との行き来がしやすい地の利を生かしたりして、学生が複数の大学の特色ある授業を受けられるような制度・仕組み、あるいはeラーニングのような教育デバイスを活用したプログラムの共同開発が実現できれば、京都の大学のユニークな国際化が実現できるのではないかと考えています。

黒木 海外に出かけると「京都」という地名のネームバリューの大きさを改めて実感します。京都という街に立地する大学として、京都の文化的、歴史的資産、伝統や風土、産業や経済などをいかにうまく活用していくか、少し真剣に考える必要があると思います。先日、ある中国の大学研究者から、同志社大学は世界的にも類のないユニークな環境にあるユニークな大学だと評されました。

その理由を聞くと、「北に仏教の名刹である相国寺があり、南に皇室神道と深い関わりを持つ御所がある。その中間にキリスト教主義の同志社大学がある。宗教一つをとっても、京都という街は世界的にもユニークな存在だ」というわけです。この指摘には、ハッとしましたが、世界の学生の中には、こうした歴史的にも多様な文化を受け入れ、新しい文化を創造してきた京都という場所にある大学で学びたいというニーズは当然あるわけで、それに応える国際化が目指されるべきなのはいうまでもありませんね。

また、現在の京都もたいへんおもしろい街です。たとえば、京都には任天堂やロームなど、世界的な企業もたいへん数多く立地しています。こうしたインフラを生かした京都らしい大学の国際化を実現していくことが求められていると認識しています。

西村 ご指摘のとおり、京都という街は歴史的にも国際化の最先端の都市でしたし、現在も国際化が最も進んでいる都市といってよいでしょう。多くの外国人が観光で訪れる街ですから、市民のホスピタリティも板についたものです。京都にはそういう利点、強みがあるわけで、そういう京都の持っているインフラを再確認しながら、京都らしい国際化を図っていくことは、各大学の共通の課題ではないでしょうか。

ところで、国際化というと国と国の問題と受け止められがちですが、これから目指されるべきは人と人との国際化です。国から人レベルへの国際化というブレークスルーを行うには、京都ほどふさわしい場所はないと思いますね。このブレークスルーに、市内の大学が主導的な役割を果たすことも十分に可能ではないかと思いますね。京都をユニークな国際化の発信地にしたいものです。

住環境整備を大学間連携で

――留学生受け入れのための環境整備は、基本的には大学個々の主体的な取り組みではありますが、各大学が連携して進めるべき課題も多いように思います。この点についてはどのように考えますか。

西村 教育の質の向上を含めた学内環境の整備は避けて通れませんが、もう一方には、留学生のための宿舎などの受け入れ環境を早急に整備しなければならないという課題があります。これなどは市内の大学間連携が比較的しやすい課題ではないでしょうか。

これまでも大学コンソーシアム京都などを通じてさまざまな取り組みを行ってきましたが、もっと緊密な連携が模索されてもよいと考えています。たとえば、留学生は一年目には寮に入るケースが多いですが、その寮の整備について各大学が共同で取り組むようなやり方もあるのではないかと思いますね。

これに関しては「グローバル30」に採用されたことをきっかけに、同志社大学、立命館大学と三者で話し合いをスタートさせました。近い将来には、もっと広範な連携の輪に広げていければと思っています。また、民間のノウハウや資産などももっと積極的に活用していくべきでしょう。

これらの課題は、解決策の立案だけでなく実際どう運用するかが重要で、より手間がかかるものです。まさに費用対効果などの経営的視点も必要になってきます。これらの点で民間の知恵をもっと取り入れ、選択肢の幅を広げていくべきでしょう。

黒木 住環境整備などについては、大学の垣根を超えて取り組んでいきたい第一の課題ですね。西村先生がおっしゃるように、多様な知恵を持ち寄って、よりよい方法を柔軟な思考で考えたいと思います。一方、教育プログラムの大学間連携は、なかなか難しい課題で一朝一夕には実現しないかもしれませんが、たとえば留学生を対象にした日本語教育、日本の伝統文化に関するプログラムなど、比較的大学間で連携しやすい課題から手をつけていけばよいと思います。

要は、連携しやすいところから、どのような協調が可能か探り、実行に移していくことが最も現実的な方法だと思います。

西垣 大学コンソーシアム京都が各大学に実施したアンケート調査によると、各大学が切実な課題としているのが留学生の住環境の整備でした。そういう意味でも、大学間連携の嚆矢として、「住」を中心とした留学生受け入れ環境の整備のあり方を真剣に模索する好機ではないかと思います。

大学単体では資金的にも、また用地などでも、たいへん制約が大きいので、大学間の連携やあるいは自治体、地域、産業界との協力のもとで、この課題を克服していくことが必須ではないでしょうか。

西村 まずはやりやすいところから大学、自治体、地域、民間企業などとの連携を始めて、ゆくゆくは市内の複数の大学の授業が受けられるような環境がつくられるというところまで進めば、外国人留学生にとっても、日本人学生にとっても、たいへん有意義で興味深い環境になると思いますね。

さらに付け加えるならば、日本人学生の海外留学についても、大学間で協調したほうが学生にとってより刺激的なものになり、より好ましいものになると思います。外国人留学生の受け入れ環境の整備は、広範囲の大学間連携を実現するための大変重要な契機になりうるものだと思います。

大学の国際化を広範な社会的な課題に

――外国人留学生の受け入れに当たっての、行政や地域社会・市民との協力や連携のあり方について、ご意見をお聞かせいただけますか。

西村 留学生を受け入れるための取り組みやその環境の整備は、基本的に大学が主体的に取り組むべき課題ですが、財源の見通しが立たないと具体的な計画づくりも進みません。

そうした意味では「グローバル30」は追い風になりました。しかし、財政が厳しくなり不透明感も増しているという点ではいささか危惧を感じています。たとえば、現在、地方財政がたいへん厳しい状況になってきている中、留学生住宅保証制度の継続が困難になりつつあります。

こうしたことも、ぜひ「国際都市京都」の将来ビジョンや地域の活性化といった面からも行政機関には確固とした方針や施策展開を切望していますが、そのためには、地域社会や市民の方々にご理解を深めていただく必要があります。何のための大学の国際化なのか、地域と大学との連携はどうあるべきなのかなどをわれわれ大学人ももう少し議論を深める必要があると考えています。

このあたりについては「留学生30万人計画」も、30万人ありきの議論になってしまっていることも否定できません。大学関係者以外の多様な人々を取り込んで、もっと広範な議論を深めることもたいへん重要だろうと思います。大学の国際化は日本の社会の課題、地域の課題でもあるわけです。

国や自治体は大学の国際化を支援するという立場になりがちですが、大学の国際化を地域の活性化や発展につなげていこうといったような発想に立ってもらえればたいへんありがたいと思います。

大学関係者も実績づくりのためだけの取り組みに終始するのではなく、地域にどういった貢献ができているのか、国や自治体からのサポートを実効性の高い実績にして還元できているのかを真剣に考える段階にきていると思います。

黒木 留学生住宅保証制度については、初期の制度設計に問題があったと考えています。こうした問題を是正したうえで、ぜひとも制度として存続させてもらいたいと考えています。

たしかに、財政的状況は厳しいものがありますが、世界各地のより多くの若者が集う街に変わることによって、地域社会にも様々なよい変化が起こるということを考えてもらいたいと思いますね。

大学の国際化を通じて実現する変化を地域社会の活性化につなげていくビジョンを考えていただければ、単に大学だけの課題ではなくなると思います。そういう意味では、この課題を大学の課題としてだけ考えていると、地域の連携や協力も得られないと思います。
そういう仕掛けもぜひ検討していかなければならないと思います。

西垣 現在、本学の留学生に聞きますと、将来日本ないし日系の企業で働きたいと考えている留学生がたいへん多く、それが日本留学の主要な動機になっています。こうした点で、インターンシップなどの整備を積極的に進めていますが、まずは京都の企業ともぜひ連携をしていきたいと考えています。

西村 それは私どもの大学も同様で、特にアジアからの留学生はその傾向が顕著です。このため、情報の提供などを含めたキャリアサポート体制の整備に取り組み始めました。

これは個人的な意見ですが、企業なども大学にどんどん意見を言ってもらって、大学にとっての大変重要なステークホルダーや構成員になっていただきたい、いい面でのインサイダーであってよいとさえ思っています。企業などとの連携も、今後国際化を考えていく上で重要な課題ですね。


西村周三 Shuzou Nishimura

京都市生まれ。京都大学大学院経済学研究科修士課程修了。横浜国立大学経済学部助教授、京都大学経済学部教授、同大学院経済学研究科教授、同研究科長を経て2006年4月より副学長および名誉教授に就任。専門は医療経済学、福祉経済学。日本経済学会、日本財政学会、日本保険学会会員。医療経済学会前会長。主な著書に『現代医療の経済学的分析』(1977年、メヂカルフレンド社)、『行動健康経済学』〔共著〕(2009年、日本評論社)などがある。

黒木保博氏 Yasuhiro Kuroki

宮崎県生まれ。同志社大学大学院文学研究科修了、2007年4月から副学長・国際連携推進機構長・国際センター長を務めている。社会学部・社会学研究科教授。これまで社会学部長・社会学研究科長、文学部長・文学研究科長、アメリカ研究所長、企画部長等を歴任した。専門は社会福祉学(ソーシャルワーク論、国際社会福祉論)、社団法人日本社会福祉教育学校連盟会長(現副会長)等を務める。趣味はアウトドア、大学体育会ヨット部長、京都キャンプ協会長等を務めている。

西垣泰幸氏 Yasuyuki Nishigaki

1956年、兵庫県生まれ。85年名古屋大学大学院経済学研究科博士課程満了。名古屋大学助手、四日市大学助教授などを経て94年より龍谷大学経済学部。2007年4月より副学長就任。専門分野は、公共経済学。租税、社会資本や、環境政策、最近では、非線形動学理論を応用した景気循環論なども研究している。主要業績:『公共経済学入門』八千代出版(2003年、編著)。“A Non-linear Approach to Japanese Business Cycles”, Global Business and Finance Review, (2007年、共著)など。

国際交流のプロ人材組織として幅広いネットワークを駆使し留学生30万人計画のハブとなる

特定非営利活動法人 国際教育交流協議会(JAFSA)常務理事
早稲田大学 留学センター 調査役
高橋史郎

留学生30万人計画を進めていくには、外国人留学生の質の確保という問題がある。
これは日本留学のブランディング戦略をいかに進めていくかという課題でもあり、それには国際教育交流に携わる教員・職員の人材養成が重要だ。

JAFSA(国際教育交流協議会)は、1968年に設立された国際教育交流に関する日本唯一のネットワーク組織だ。政府の留学生支援事業を担うJASSO(独立行政法人学生支援機構)と共に、日本を代表する国際教育交流のプロフェッショナルとして、40年以上にわたって内外で様々な活動を展開してきた。

JAFSAは全国の国公私立大学203校および在日公館など計231の団体会員と、教職員・学生などの個人会員で構成され、加えて企業などからなる賛助会員36団体も擁している(2009年11月25日現在)。

大学の現場で国際交流や留学生支援に携わる現役の教員・職員が中心的に活動する組織であり、留学生30万人計画の行方にも大きな影響を与える。
そこで、高橋史郎常務理事に基本的な活動や考え方、今後の課題と展望などについて伺った。


国際教育交流を実施する大学の4割、留学生の8割に到達するネットワーク

――これまでJAFSAはどのような活動を進めてきたのでしょうか。

高橋理事(以下、敬称略) JAFSAの「FSA」はもともとForeign Student Advisorの頭文字です。その名が示すとおり、発足当初は外国人留学生の受け入れが中心でした。その後、我が国の学生を海外に送り出す事業にも活動の幅を広げ、さらに様々な国際教育交流を推進する機関として活動してきました。専門職員向け研修会の実施、出版、イベント、メーリングリストなどによる情報の共有・情報交換の場の提供などの活動を展開しています。

――JAFSAのネットワークはどのような構成になっているのでしょうか。

高橋 JAFSAは、国公私立大学・教育機関・大使館・教職員・民間企業など幅広いネットワークを形成しています。
大学に注目して見ると、全国約770大学のうち、国際教育交流を実施しているところが約500校あり、4割の約200校がJAFSAの正会員になっています。

これを留学生数で見ると、日本にいる外国人留学生の八割がJAFSAの会員大学で勉強しています。すなわち、JAFSAを通じて発信する情報は日本にいる外国人留学生の八割が所属する大学に届くわけです。

国際的なネットワークも重要です。アメリカにはわれわれのカウンターパートであるNAFSA、ヨーロッパにはEAIEがあり、それぞれ年次総会で各国大学の見本市のようなイベントを開催しています。そこに、JAFSAもJASSOと共に日本の大学の情報を世界に発信することを目的に出展しています。また、各国の在日公館などを通じて二国間の協力関係も築いています。

JAFSAが「ハブ」となって力を結集し30万人計画に貢献したい

――留学生30万人計画を進めていく上での課題は何でしょうか。

高橋 一つには、外国人留学生の質の確保という問題があります。これは日本留学のブランディング戦略をいかに進めていくかという課題でもあり、それらを進めていく上で、国際教育交流の現場で活躍する教員・職員の人材育成が重要になってきます。

現在、日本にいる外国人留学生は約12万人ですから、30万人という量を増やしつつ質を保つためには、まず日本留学をアクセスしやすいものにして、より多くの優秀な学生に機会を提供できるようにする必要があります。

日本にどのような大学があり、どのような入試をやっているかといった情報を発信すると同時に、日本に来なくても受験できるような方式を取り入れる、秋季の入学を普及させるなどの入試制度改革も必要でしょう。

JAFSAとしても、WEBサイトで日本の大学を紹介していく情報提供の仕組みづくりを支援していきたいと思っています。また賛助会員には、外国人留学生の日本での就職活動のサポートや、日本での生活のためのハウジング情報から、保険等のリスクマネジメントサービスの提供ができる様々な企業が参加しています。これらの力をJAFSAが「ハブ」となって集約し、30万人計画の達成につないでいくのが使命であると考えています。

また、現在、JAFSAは、中国からの留学生に限られてはいますが「学歴認証システム」という中国人留学生が進学先の大学に提出する学歴や学位などに関する書類を認証するサービスの各大学への提供を開始しました。このシステムは中国政府教育部(日本の文部科学省に相当)、日本語教育振興会と連携を取って進めています。

――改革が必要な入試制度のポイントはどういう点でしょうか。

高橋 たとえば、入学時期は年に2回でも、出願期間をとくに指定せず、ほぼ毎月入学選考を行う随時出願(Rolling Admission)や、早期に合格者を出して入学者数を確保する早期出願(Early Admission)という方法は、じつは国際的には一般的に行われています。

もともと日本の大学は、世界の大学と始業時期等のスケジュールが異なるために、手続き面でタイムラグがあったり、入学するまでに半年待たなければならないなどの多くの不便を外国人留学生にかけています。それを緩和するためには入試制度や方式をフレキシビリティのあるものに変えていく必要があります。そこまで踏み込まないと、30万人という数値目標は達成しがたいでしょう。

日本留学のブランディング戦略「STUDY IN JAPAN」

――日本留学のブランディングという課題も出てきました。具体的にはどのようなことでしょうか。

高橋 アメリカ留学、イギリス留学、オーストラリア留学などは一つのブランドが確立していますが、日本は時期のずれによるデメリットがあるにも関わらずブランドの確立はまだ弱いといわざるを得ません。

日本でイギリスのブリティッシュカウンシルに相当する役割を担うのはJASSOですが、JAFSAもNGO的な立場で貢献したいと考えています。たとえば、NAFSAの年次総会で行われる大学フェアには、JASSOと共にJAFSAも会員大学を取りまとめて参加しています。JASSOでつくっていただいた「STUDY IN JAPAN」という日本の統一ブランドを掲げ、これからオールジャパンでこの課題に挑戦していくところです。

――国際教育交流の人材育成という課題にはどのように取り組まれますか。

高橋 国際教育交流担当職員の研修プログラムにおいてはJAFSAがいちばん充実していると自負しています。
毎年、初任者、中級者、上級者、管理職向けのレベル別研修を実施しており、とくに初任者向け研修は非常に活発です。国際教育交流担当職員は5年程度で別の部署に異動することが多く、常に初任者研修の需要があるからです。この分野を経験した人材が各方面に広がっていくということはよいことだと思います。

ただ、一方ではスペシャリストが育ちにくいという問題がありました。しかし、最近はこの分野の人材が大学間で異動するようになり、ノウハウが特定の大学を越えて広まりつつあります。JAFSAとしては、こうした大学からの国際教育交流人材の求人情報をメーリングリストで提供するなどして人材の流動化を促し、国際教育交流のスペシャリストが育つ土壌づくりに努めています。

多くの日本人学生を海外に送り出し国際競争力のある人材の育成を

――最後に、留学生30万人計画の一方で、国際競争力のある日本人の人材の養成も課題です。この点についてはいかがですか。
高橋 10年後、実際に外国人留学生が30万人になると、大学のキャンパスは大きく変わるはずです。多くの外国人留学生が同じ教室の中にいるという状況の中、英語による議論が活発に行われる場で、日本人の学生は外国人留学生と伍してやっていかなくてはいけません。

大変よい刺激になると思います。語学ももちろんですが、論理的構成力やライティングなどの基礎学力を鍛える必要がありますから、日本人学生の質の向上が大いに期待できます。

同時に、多くの日本人学生に海外での留学を経験してほしいと思います。現状では、留学することにより就活の時期が遅れるなどのハンデがあるため、敬遠される側面もあります。そこで、JAFSAでは、負担の小さい短期留学プログラムを推進を支援して留学に関心を持ってもらったり、賛助会員がアメリカでジョブフェアを開催し、そこで在米日本企業と日本人留学生のマッチングを図ったりなどの取り組みを始めています。

また、私見ですが、現在、国の政策は外国人留学生受け入れに偏り過ぎており、日本人学生の海外への送り出しは桁違いに低い予算しかついていません。我が国で国際的人材を養成するためにはこの点を改善し、日本人学生が留学しやすい環境をつくっていく必要もあると考えています。

高橋史郎 Shiro Takahashi

早稲田大学文学部哲学専攻卒業後、早稲田大学入職。在職中にアラスカ大学・フェアバンクス校国際交流課勤務(早稲田大学職員研修プログラムによる)、青山学院大学大学院修士課程(国際ビジネス専攻)修了。2004年留学センター事務長、2009年より現職。また、2006年よりJAFSA(国際交流協議会)常務理事。公私をあわせて99か国200の大学を訪問。2009年度JTB交流文化体験賞優秀賞受賞。著書に『世界の大学-知をめぐる巡礼の旅』(2003 丸善)、『私立大学マネジメント』(分担執筆、2009 東信堂)がある。

nasicのロゴが都大路を駆け抜けた「全国高等学校駅伝競走大会」レポート

平成21年度全国高等学校総合体育大会
男子第60回 女子第21回 全国高等学校駅伝競走大会
日時:平成21年12月20日(日) 女子=10:20 男子=12:30スタート
場所:京都市西京極陸上競技場付設マラソンコース
主催:財団法人日本陸上競技連盟、財団法人全国高等学校体育連盟、毎日新聞社
京都府、京都府教育委員会、京都市、京都市教育委員会
後援:文部科学省・NHK
特別協賛:ナジック学生情報センター

平成21年度全国高等学校総合体育大会
男子第60回 女子第21回 全国高等学校駅伝競走大会
日時:平成21年12月20日(日) 女子=10:20 男子=12:30スタート
場所:京都市西京極陸上競技場付設マラソンコース
主催:財団法人日本陸上競技連盟、財団法人全国高等学校体育連盟、毎日新聞社
京都府、京都府教育委員会、京都市、京都市教育委員会
後援:文部科学省・NHK
特別協賛:ナジック学生情報センター

学生情報センターは「繋がり」「情」「継続」をキーワードに学生たちの未来を拓く新たな教育環境づくりを目指して、様々な事業展開を行ってきた。また、それと並行して「びわ湖大学駅伝」「全国学生相撲選手権大会」の特別協賛などを通じ、学生スポーツの支援に積極的に関わってきた。

平成20年度の「全国高等学校駅伝競走大会」(以下、高校駅伝)では、大会ポスターやプログラム表紙コンテストへの協賛や大会への大学生ボランティアの協力企画などを実施した。これらの実績や長年にわたる様々な学生支援に対する企業姿勢に高い評価をいただき、ナジックのコーポレートイメージや企業理念を全国の高等学校並びに大会関係者に理解を得ることができた。

今大会は、高校駅伝大会史上初のゼッケンスポンサーとして、学生情報センターが選ばれた。
本大会は学生情報センターの本社所在地で発祥の地でもある京都で開催されるという意味でも、ナジックグループにとって大きな意義があるといえる。

これまで企業スポンサーシップに対して慎重な姿勢を保ち続けてきた高校スポーツを代表する本大会に、民間企業としてのより積極的な支援が可能になったことを記念する意味も込めて、今大会をレポートする。

高校駅伝の概要

高校駅伝は、日本陸上競技連盟、全国高等学校体育連盟などの主催により1950年に大阪で開催され、1966年から京都の都大路の現在のコースにて開催されるようになった。以来、京都の師走の風物詩として年々全国からの注目度が上がってきている。
89年からは女子大会も併催されるようになった。「インターハイ」(全国高等学校総合体育大会)の一競技ではあるが、「高校野球」「高校サッカー」と並ぶ存在感を持つようになってきた。

女子は、京都市右京区の西京極陸上競技場を出発し、平野神社前、烏丸鞍馬口の中継所を経て、室町小学校前で折り返し、北大路船岡山、西大路下立売の中継所を経て西京極に戻ってくるまでの五区間21.0975Km(いわゆるハーフマラソンの距離)を5人で繋ぐ。

男子は、西京極を出発し、烏丸鞍馬口、丸太町河原町の中継所を経て国際会館前で折り返し、丸太町寺町、烏丸紫明、西大路下立売の中継所を経て西京極に戻る七区間42.195kmを7人で繋ぐ。

例年は10月中旬から11月中旬に各都道府県単位で予選を行い、1位となった高校四七校が京都での本大会に出場する。

また、5年ごとに女子・男子別々に記念大会が行われる。記念大会では、都道府県代表に加えて、全国を一一に分けた地区ごとでも別に一校ずつを選び、計五八校で優勝を競うことになる。平成20年度は女子が記念大会の年だった。

今大会では、男子が60回記念大会の年になっているため、女子は四七校、男子は都道府県代表四七校に地区予選を勝ち抜いた地区代表一一校を加えた五八校が出場した(表参照)。

開会式で読み上げられた社名

今大会は12月19日(土)に西京極にある京都市体育館で開会式が行われた。
インフルエンザの影響もあり、例年行われている入場行進がとりやめられ、選手もマスク着用で開会式に臨んだ。
続いて、壇上で全国高体連会長杯など各杯および優勝旗の返還とレプリカの授与を行ったあと、三田清一全国高体連会長の挨拶があり、「日本古来の伝統と最先端の文化が同居する京都の師走を飾る高校生駅伝は、全国的にも注目される高校生スポーツです。

汗は体の躍動を、涙は心の成長を、そして感動は競技にみなさんが精一杯取り組む姿です。すべての選手が最大限の力を発揮し、その姿をこの京都の地から発信することを願っています」と述べた。


京都府、京都市関係者の挨拶、歓迎の言葉に続いて、主な出席者、支援者の紹介があり「ナジック学生情報センター」の名が特別協賛として読み上げられた。

選手宣誓は、愛知県豊川高校女子駅伝部の伊澤菜々花さんが「1人ひとりが持ち味を生かし、全力で次の走者にタスキを渡し、自分色の花を咲かせることを誓います」と、高らかに選手宣誓。豊川高校は、前回の女子大会で初優勝を果たし、今年も3年連続で県代表を勝ち取った。

その後のセレモニーでは、10年連続出場校の表彰などに続き、公募ポスターおよびプログラム表紙の優秀作品賞授与が行われた。
前年に引き続き、学生情報センターの北澤俊和グループ代表から京都芸術高等学校の横田祥子さんに表彰状が授与された。

今大会のゼッケンに表示されている「nasic」を全国各地域の高等学校の陸上部会の先生方に賛同いただき主催後援の全団体から承認を得るには、学生のスポーツを長年サポートしながらも、企業活動を通じて企業の社会的責任を十分果たしているかがいかに重要かを実感した。

大会当日のようすと結果

翌12月20日。本大会当日は、まず10時10分に女子大会から開始された。
各都道府県の代表四七校の女子選手が西京極陸上競技場から一斉にスタートし、都大路に飛び出していった。ゼッケンの「nasic」のロゴが選手たちの躍動と共に、上下に揺れる。

スタート直後から転倒が続いて発生するなど、アクシデントが続く序盤だったが、大きな怪我もなく、レースは順調に進んだ。
当日は薄曇で、選手にとってはちょうどいい駅伝日和。選手たちは、沿道で応援している観客の前をあっというまに通り過ぎていく。テレビで観戦するだけでは伝わることのないスピードに驚かされる。

スタートから、わずか一時間余り。選手たちは約21kmのコースを走り終え、競技場に戻ってきた。
今年の女子大会の優勝は、前年の覇者、豊川高校(愛知県)だった。終始一、二番手でリードを保ち、最終五区でいっきに突き放す貫禄の勝利となる。

女子選手全員が競技場に戻ってまもなく、男子大会が始まった。

12時30分、各都道府県代表四七校および記念大会の規定による地区代表11校、あわせて五八校の男子選手が競技場を飛び出し、ひときわ力強い足取りで都大路を疾走した。

二時間ほどで男子の先頭を走る選手が競技場に帰ってきた。今大会が39回目の出場になる世羅高校(広島)が、三区で8人をごぼう抜きして、そのままリードを保ち完勝。実力をいかんなく発揮した結果となった。

男女共に当日は向い風2mの強風の影響もあり、新記録はならなかったが、すべてのチームが限界に挑んだすばらしいレースとなった。

閉会式での新たな決意

決着のついた興奮が収まる16時。戦い抜いた満足感からか、さわやかな表情の選手たちがふたたび入場して、閉会式が始まった。
女子、男子とも、優勝校のほか、八位まで入賞校として表彰された。

入賞校は、優勝校といえども翌年のシード枠はなく、各県で一校しかない代表校の座を勝ち抜くしか来年の京都の都大路を走ることはできない。
大会に出場した選手1人ひとり、そして応援に駆けつけた高校生1人ひとりの、明るい未来を展望しているかのような晴れやかな表情が印象的だった。

高校駅伝初のゼッケンスポンサーとなった学生情報センターとしては、自社のロゴが都大路を疾走し、注目を浴びたことを誇らしく思う一方で、今後も「教育環境創造企業」としての社会的使命を果たすために、より幅広いサポートに努力しなければならないという緊張した思いをひしひしと感じた大会だった。


1着でゴールを駆け抜ける女子優勝校豊川高校のワイナイナ・ムルギ選手(左)と、男子優勝校世羅高校の藤川涼選手(右)。胸のゼッケンの「nasic」のロゴが、ゴールテープを切る。


スタート・ゴール地点である京都市西京極陸上競技場付設マラソンコースに設置された「nasic」の看板。


・大会前日にもかかわらず、真剣な表情の選手たち。インフルエンザ対策のためマスクを着用。


・支援者紹介を受け、起立し、挨拶をする学生情報センターの西尾社長。


・公募ポスターの優秀作品賞授与で表彰状を渡す学生情報センターの北澤代表。


「nasic」のロゴを胸に翻しながらスタートを切る選手たち。

一部写真提供協力:毎日新聞社