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社会のあるべき姿を追求する「自立型人材」の育成が法政大学の使命
法政大学 総長・理事長
増田壽男
この10年に相次いで学部・学科を新設してきた法政大学。自治体とのグリーン事業提携やISO14001の認証取得等、環境問題にも積極的に取り組んでいる。法政大学が一連の改革で目指しているものは何か。総長・理事長の増田壽男氏にそのビジョンをお伺いした。
「自立型人材」を育成する独自の取り組み
――法政大学は教育理念として「自立型人材」の育成を掲げています。具体的にどのような取り組みをなさっていますか。
増田総長・理事長(以下敬称略) 大学というのは学生が義務的に勉強するのではなく、人生の中ではじめて自らすすんで勉強する場なのです。この「学生の自主性」を多面的に大学としてサポートする仕組みが必要で、その特徴的なものが「ピア・サポートコミュニティ」です。
これは文部科学省の学生支援GPにも認定されましたが、上級生が下級生をボランティアでサポートする組織です。法政大学には全国から学生が入学しますが、かつては「県人会」といった組織があり、同郷の学生同士の結びつきがありました。しかし、近年ではそうした結びつきが薄くなってきています。
そこで、学生同士のネットワークを復活させようと試みたのが、「ピア・サポートコミュニティ」です。ここには現在、約500名の学生がボランティアスタッフとして登録されています。その学生たちが、自主的に活動を企画して、その中で下級生をサポートしています。例えば、県人会ふうに同郷の学生の集まりをつくったり、ボランティア活動を呼びかけたりしています。学生同士で切磋琢磨する環境をつくっていくことは、自立的人材を育成する方策の一つです。
もう一つは、2003年に新設した、キャリアデザイン学部を中心とした取り組みです。かつては、大学を出たら会社員になり、定年までその会社に勤めあげるのが一般的なコースでした。しかし、今の学生の就職に対する考え方や企業のあり方は、もっと多様化しています。
しかし、そのような状況の変化がありながら、学生がいざ「自分はどのような仕事をしたいのか」と考えようとしても、予備知識がほとんどない。自分の人生を見据えて、キャリアを考えるすべがないのです。ならば、学生が自分のキャリアを自らデザインしていくために、学問的に学ぶことのできる学部が必要になると、キャリアデザイン学部を設置したのです。今では、キャリア教育を他の学部にも広げています。これも、自立的人材を育成する法政大学の独自の取り組みといえるでしょう。
長期的視野を持つ人材の輩出は大学の使命
――法政大学はこの10年で人間環境学部、生命科学部、スポーツ健康学部など、相次いで学部、学科を新設しました。一連の教育改革でどういうビジョンを描いていらっしゃいますか。
増田 2009年度のスポーツ健康学部の設置で、学部の新設は一段落する予定です。これからの課題は、新設した学部の教育内容を充実させつつ、当初からある学部の改革を並行して進めることです。新しい学部は教員の数も多いので、少人数制の充実した教育環境をつくりやすいのですが、経済学部などは、一学年で1000名ほどの学生がいます。
教員の数は増やしているものの、どういう体系でどういう教育をするのか、もっと考える必要があると考えています。また、学部の理念や目標がはっきりしている新設学部に比べ、法学部や文学部、経済学部などは、理念と目標を現代のニーズに合ったものにリニューアルしつつ、教育内容も刷新していかなくてはなりません。
文部科学省は「学士力を高める」という方針を打ち出しています。国際競争力を強化して、各国の大学と比較しても負けない学生を育成しなくてはなりません。日本の大学の学生によくあるように、「単位を取りやすい科目を選んで1年生から4年生まで楽に進級して卒業する」ということでは、「大学でいったい何を学んだのか」という疑問が出ることになりかねません。そうした問題への対応も含めて、新しい教育体系や教員養成システムをつくっていく必要を強く感じています。
では、大学教育の成果は、何をもって測ればよいのでしょうか。高校教育の成果なら、その是非はともかく、有名大学に何名入ったか、という尺度で測ることができます。現時点での大学のそれは、どのような企業に何名入社したか、ということでしょう。しかし、現実は、企業も大学の名前で8割以上採用しますし、学生も自らの人生をキャリアデザインすることなく、企業の名前で就職を選んでしまいます。これでは、大学がどのような教育をしたか、また学生の可能性や向上力を評価することにはなりません。
ですから、大学の教育改革と同時に、企業の側も変わる必要があります。学生を採用するときに、大学の名前ではなく能力や中味で選抜するのです。大学は教育内容を充実させて学生の能力を高める、そして企業は学生の能力を評価して採用する、というように変わるべきなのです。
ただし、ここで問題があります。企業は即戦力を求めます。
入社してすぐに役立つ知識や能力を評価する傾向にあります。大学側は、教育内容を充実させているとはいえ、今回の不況ような、誰もが予測不可能な事態が突然発生したとき、企業も何をしていいかわからない。学生に「20年先、30年先を見据えて、どういう社会をつくるか」という課題に取り組む能力を養成する場は、やはり大学しかないと思います。長期的視野で社会のあるべき姿を追求する人材を育成することは、大学の使命なのです。
社会人に開かれた大学をつくることも、今後さらに重要になるでしょう。欧米の大学には社会人学生が大勢いますが、日本の大学ではわずかです。「学びたい」という意欲はいつ湧き出るかわかりません。私は大学を、社会人が学習したいときにいつでも帰ってこられるような場所にしたいのです。そのためにも、教育や研究意欲のある人が大学で再度学べるような、また意欲ある人を企業や社会がいつでも大学に送り込めるようなシステムになってほしいと思います。
法政大学は、日本で最初に通信教育課程をつくった大学です。現在は法学部、文学部、経済学部に通信教育課程があります。私は40年近く大学の教員をしていますが、通信教育課程の社会人学生は本当に素晴らしい卒論を書きます。社会人大学院の需要もこれから高まってくるでしょう。「学びたい」という強い意欲を持つ人が、いつでも存分に学べるように、大学をもっと開かれた場にしたいと考えています。
目標とプランと自己評価が日本の大学を変える
――FD(ファカルティ・ディベロプメント)でも独自の活動をしていらっしゃいますが、そのあたりも伺えますか。
増田 FDの一番の難しさは、「大学教員の教育をどうするか」というノウハウが日本にないことですね。小中高は教員免許があり、科目ごとの教育法がノウハウとしてできあがっています。
ところが、大学では、博士課程を出た人などが論文で採用されて教員になります。その人がどういう教育をするかは、ほとんど評価の対象とならずに採用され、採用されるとすぐに授業を任され、自分なりに工夫していきますが、「こうすれば授業がよくなる」と教わる場はどこにもないのです。大学の教員は個性的な人物が多いですから、授業もユニークでよいという面は確かにあります。ただ、大学の教育体系として、全体的に見てよいものになっているかどうかは常に検討しなくてはなりません。FDは文部科学省から義務化されなくても大学に必要なものなのです。
ただし、課題はあります。例えば、学生の成績評価です。小中高のように「5」は何%と標準分布化しようとしても、個性的な教員が様々にユニークな授業をしていますから、単純に標準化できません。さらに難しいのは、教員評価と教員の査定の問題です。教員評価を「教育力の向上」のためでなく教員を査定して賃金に結びつけるやり方をしているところはほとんどが失敗しています。「大学教員の資質を向上させる」という本来のFDに立ち返るならば、FDはかなりの成果を上げるはずです。
法政大学では、2008年11月に独自の大学評価体制を設けました。それまでも、文部科学省の規定で7年に一度の認証評価があります。認証評価は財団法人大学基準協会などが審査機関となって各大学を評価するものです。しかし、自ら自分の大学を評価することなしに、大学を変えることはできないのではないでしょうか。欧米の大学のホームページでは、最初に大学や学部の目標が掲げられ、どういうプランでその目標を達成するのか道筋が示されています。
学生を育てる上で目標を掲げるのは当然のことです。大学の全教職員が一つになって、どういう学生を育てるのか目標を掲げ、そこへ至る道筋を示し、実行していく。そしてその成果を自分たちで評価する。そうすることで、日本の大学は大きく変わり始めると思います。法政大学が2008年に新設した評価体制は、そのためのものです。毎年、全学で目標値を掲げ、年度末には実行値を出して自己評価をしていきます。
さらに、本学では早くから、外部の有識者からなる第三者評価委員会による評価も受けています。外部評価と自己評価の両輪で、教育の質の向上を続けていきます。
20年先、30年先を読み100年単位で地球を見る
――今は世界経済が混乱し、日本社会も活力をなくしています。こうした時代における大学の役割についてどうお考えですか。
増田 不況時には、人も企業も、目の前の問題に対応せざるをえなくなります。例えば、自動車が売れなくなると、自動車のCO2排出を抑制しなくてはならないという問題は脇に追いやられます。しかし、そうした状況においても、学問体系をベースに、20年先、30年先を長期的に俯瞰してメッセージを発信し、行動していくのが大学の役割であると思います。
環境分野を例にすると、法政大学では、1999年に人間環境学部を設置し、ISO14001を取得しています。経済学部や社会学部、デザイン工学部などでも環境問題に関する学問に力を入れ、毎年、環境報告書を出しています。
時代の先を読み、100年単位で国と地球を考えるという発想が、日本の社会には欠落しているように感じます。長期的視野を持った英知を結集し、社会に発信していくという、大学にしかできない使命を、法政大学はしっかり担っていきたいと考えています。
増田 壽男 Toshio Masuda
1941年生まれ。70年に慶應義塾大学大学院経済学研究科博士課程満期退学。同年に法政大学特別助手、79年に法政大学経済学部教授となり、同経済学部長を経て、2008年に現職。日本経済政策学会幹事・理事、経済理論学会幹事を歴任。社団法人日本私立大学連盟常務理事、財団法人大学基準協会理事。
記事の内容は第19号(2009年6月1日発行)を抜粋したものです。
- 日本の将来を切り開き、新しい価値基準を創造できる自立性の高い人材を養成 (名古屋大学総長 濱口 道成)
- 学生、教職員、卒業生が三位一体となりグローバル化と地域貢献で使命を果たす (千葉大学長 齋藤 康)
- 「夢」を原動力に世界と地域に貢献する (神戸大学長 福田秀樹)
- 社会のあるべき姿を追求する「自立型人材」の育成が法政大学の使命 (法政大学 総長・理事長 増田壽男)
- 国際社会のオンリーワン大学を目指す (日本大学総長 酒井健夫)
- 「責任ある教育」の推進が地域と世界に貢献するマグネット・ユニバーシティを実現する (福岡大学長 衛藤卓也)
- 学生のための改革で、教育責任と質の保証を果たすことが知識基盤社会構築を担う大学の役割 (独立行政法人大学評価・学位授与機構教授 荻上紘一)
- 「戦略的大学連携支援事業」で特色ある大学づくりをさらに加速 (文部科学省高等教育局 義本博司)
- 5女子大学共同教職大学院運営モデルの構築 (学校法人日本女子大学常務理事 若林 元)
- ポーアイ4大学による連携事業 (ポーアイ4大学連携推進センター 田中綾子)
- 未来を担う若者をいかに社会全体で育てていくか (法政大学大学院 教授 諏訪康雄)