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日本の将来を切り開き、新しい価値基準を創造できる自立性の高い人材を養成

名古屋大学総長
濱口 道成

名古屋大学は高度な研究機関としてその評価は世界的にも際立っている。21世紀になってノーベル賞を受賞した七人の日本人のうち、四人が名古屋大学の卒業生か関係者であり、日本のものづくりを担う中部地区の産業界にも大きな影響力を持っている。少子高齢化などにより日本の国力の低下が不安視される中、関東、関西にはできない名古屋大学独自の人材育成や国際化に注目が集まる。2009年4月に新総長に就任された濱口 道成総長にビジョンを伺った。


目指すのは、自立性と国際的通用性の高い人材

――今まで、優れた人材を送り出してきた名古屋大学ですが、新総長として、貴学が期待する人材像についてお考えをお聞かせください。
濱口総長(以下敬称略) あるべき人材像や人材育成を語る前に名古屋大学の特徴的な事物を整理しておく必要があります。

まず、名古屋大学のある中部地区は日本の産業の心臓であり、日本の活力の中心であるといえるでしょう。名古屋港は日本の五大港の中で輸出額総額が最多です。2005年の統計では日本の黒字の59%は名古屋港からの出荷です。「名古屋が稼いで、東京が使う」という構図があります。その構図の中で、名古屋という地には引き続き日本の活力を支えていくという役割があります。また、関東地区や関西地区の大学と比べても、名古屋大学の影響力は非常に大きく、私たちは大きな社会的責任を背負っていると感じています。

一方、名大生・学生に目を向けてみますと、名古屋は地元志向が強く、多くの学生が中部四県の出身で、自宅通学の学生もたくさんいます。大学に入っても親の保護のもとにいる学生が多いのです。それ以前に、今の学生は、金銭的にも物質的にも、非常に恵まれた環境で育っています。高い生活水準を当然のこととして享受してきた若者が、今、様々な意味で大転換期にあるこれからの日本を背負っていかなくてはなりません。
今の学生は、物質的な生活水準は高いものの、非常に難しい時代を生きているといえるでしょう。

一つには、今は情報が過剰に流通し、真理の賞味期限が短くなっています。昨日の真実が今日の真実ではない、という不安定さがあります。同時に、情報の質的な分別が非常に分かりづらく、新聞の情報が表面的になり過ぎる一方で、インターネットの中の無記名の情報に真実が含まれていたりします。今は、真実が見えにくく、真実をつかんでも、すぐに消えていくような時代なのです。よりどころとする価値基準を見出せない時代ともいえます。

また、中国やインドなどが台頭してくる中で、日本のものづくりは元気をなくしているように見えます。例えば、日本の携帯電話は世界最先端の技術がありながら、政策上や展開上の弱点から国際的なシェアを得られていません。

このように情報過多で価値基準が見えにくく、他国との競争が厳しくなる時代であるからこそ、自立性の高い人材と、国際的通用性の高い人材を育成しなくてはならないと考えています。自立性と国際的通用性の高い人材とは、情報の質を判断でき、自分なりの基準で価値判断を下し、日本ならではの発想や価値基準をグローバルに展開し、国際的に貢献できる人材です。

現場体験と海外体験を経て器の大きい学生を養成する

――では、自立性と国際的通用性の高い人材を育成するために、実際どのような施策が考えられますか。
濱口 文理融合型の学部をつくったり、何か目新しい授業をしたりというように枠組みを変えるだけでは、名古屋大学が求められている器の大きい人材を輩出することはできないでしょう。

私が医学部長時代に取り組んできたのは、学生になるべく多くの現場体験をさせることと、海外生活をさせることでした。学生を海外に送り出すには、大学としても大きなリスクが伴います。資金と準備も必要です。しかし、学生諸君は現場体験と海外体験を通じて、判断力と行動力のある自立した人間へと成長します。現場体験や海外体験を積んだ学生は、その経験から得た考え方や成果を、同級生や下級生に伝えてきました。

そして今はそれをさらに進めて、海外研修をして帰国した学生に、これから海外研修へ行く学生に対し、実体験を英語で事前トレーニングさせています。学生から学生へと、海外の現場体験で得た自立性と国際的通用性の萌芽を連綿と伝えていこうとしています。名古屋大学では、2009年4月から英語教育を大きく変えました。

実際に英語を使える力、英語でディベートもできる力、同時にTOEICやTOEFLで高得点を取れる力をつけることが目的です。しかし英語力や海外体験だけでは不十分なのです。日本文化や日本人としてのアイデンティティがコアにある人材にしっかりと育て上げることが重要だと考えています。

今、大学は多くの留学生を海外から迎えようとしています。これは望むと望まざるとにかかわらず、現実の問題として日本を異質な社会に変えていくことになっていきます。日本人の高齢者や外国人を活用して日本の活力を維持していこうとするとき、英語が読めるだけではなくて、ディベートできる能力を持っていて、しかも日本人としての核をきっちり持っている人間を育てなければなりません。

自立していることとグローバルということ、そして複眼的な思考を持った人間が必要なのです。例えば医学の現場で働いていた人間が医学だけで動いていると、全体的な課題をこなせないのです。工学的知識もある、文系の知識もある、そして日本社会だけで通用する特殊な能力ではなく国際的な通用性もある人材が現場にいることが必要なのです。

その意味では、価値判断のしっかりした自立性の高い人材とは、日本人としてのアンデンティティを持ち、日本人の豊かな感性を発揮する人材でもあります。日本人としてのアイデンティティと国際的通用性を同時に育てることは、これからの人材育成で非常に重視すべきことだと思います。

中長期的ビジョンのもとに数値にとらわれない改革を目指す

――大学の教育改革は、そのような大きな変化を踏まえる必要があるわけですね。
濱口 まさにそのとおりで、システムや枠組みを変えるだけでは、改革とはいえません。改革とは、中長期的な目標と、そこへ至る道筋を描いた上で進めていくものでしょう。近年の大学改革では、「経営」というキーワードをよく耳にしますが、そのたびに私は違和感を覚えます。

名古屋大学は産業の盛んな中部地区にありますから、私たちは企業経営に携わる方々と身近に接しています。経営というものは、身銭を切ってリスクを取り、汗水流して働き利潤を得るという非常に厳しい世界であると感じています。一方、大学は、人材育成というミッションのために、国民の税金を使わせていただいています。これを「大学経営」などと称すのは、現場で本当の経営をしている方々に対する冒涜になります。経営という言葉を使う大学人は、税金を使って人材を育成しているという実感が希薄になっているのです。

我々は、10年先、20年先の日本を支える人材を育成する機関であり、そのために税金を使わせていただきます。無駄なお金の使い方をしないように運営をきっちりやっていきます、というのが、本来、大学人としての姿勢だと思います。経営ではなく運営なのです。

その中で評価というのは大事なのですが、どういう基準で評価をするかというのが重要なのです。2008年にノーベル物理学賞を受賞された小林誠先生と益川敏英先生の「小林・益川理論」は1973年に発表されたものです。しかも、その論文は、『ネイチャー』や『サイエンス』といった有名誌ではなく、日本の雑誌に掲載されたものです。

昨今は研究者の業績が「有名誌に何本の論文を発表したか」といった基準で評価されたり、大学の業績も2年や3年の短期間で評価され、しかも外部評価やコンサルティングによる数値目標が設定され、その達成度合いで評価される傾向にあります。

大学の使命は、30年後あるいは50年後の日本を支えていく人材を育成することです。大学で受けた教育の価値は、学生が40歳や50歳になったときに明らかになるといっても過言ではありません。大学の教育とはそれくらい中長期的なビジョンを持って行うべきものであり、大学の教育改革も数十年後の未来を想定して進めるべきものです。大学の評価というものは、大学が自分自身の能力や実績を洗いざらい調べ上げ、どこに弱点があり、どう改善し、どの強みを生かしていくのかということを検証するという観点では、非常に意味あることです。

例えば、直近の過去の業績を評価することで、課題と成果を整理し、今後の計画に役立てることができます。しかし、短期的視野でのみ評価するのは危険ですし、定量的な評価にのみとらわれるのも同様です。数値目標を設定し、その達成度を計測するという定量的評価法は、分かりやすいだけに説得力がありますが、教育や科学は数値評価に偏ると、やはり衰退していきます。

そもそも、名古屋大学の伝統である「自由闊達」な気風とは、多様性を許容し、個性を尊重するというものです。ノーベル賞を受賞された益川先生は、「英語が話せない」とおっしゃりながらも、英語で論文をお書きになり、世界的な貢献をされ、評価されています。

そのような際立った個性が名古屋大学から育っていったことは私たちの誇りです。また、産業界では、伊藤忠商事の丹羽宇一郎会長やトヨタ自動車の豊田章一郎名誉会長、日本ガイシの柴田昌治会長などは、名古屋の文化で生まれ育った方々です。

この名古屋大学の文化を受け継ぎながら、国際化やグローバリゼーションという時代の要請に対応していく中で、東大や京大にはない自主性と国際的通用性を備えた人材を育成できると確信しています。

名古屋という地域から、日本という国へ目を向けると、巨額の財政赤字を抱えながら、少子高齢化が進んでいます。医療費一つをとって見ても、2005年で33兆円の医療費が、2035年には90兆円になるという試算があります。日本の社会構造が変わっているのですが、新しい設計図は見えていません。65歳以上も働いて生産性を維持したり、アメリカやフランスのように外国人の移民を増やして国力を維持する道へと進んだりするかもしれません。

若者はこうした厳しい未来を生きることになります。一層、多様性を許容し、個性を尊重する自由闊達な風土が大切になるでしょう。そうした日本の未来を見据えながら、中長期的なビジョンと道筋を描き、名古屋大学らしい教育改革を進めていきたいと考えています。

濱口 道成 Michinari Hamaguchi

1951年生まれ。名古屋大学医学部卒業。80年に名古屋大学大学院医学研究科博士課程修了。85年より米ロックフェラー大分子腫瘍学講座研究員。93年、名古屋大付属病院教授。2005年より同大医学部長。09年4月より現職。腫瘍生物学専攻。全国医学部長病院長会議理事。

大学改革提言誌「Nasic Release」第19号
記事の内容は第19号(2009年6月1日発行)を抜粋したものです。
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