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日本の将来を切り開き、新しい価値基準を創造できる自立性の高い人材を養成 (名古屋大学総長 濱口 道成)

日本の将来を切り開き、新しい価値基準を創造できる自立性の高い人材を養成

名古屋大学総長
濱口 道成

名古屋大学は高度な研究機関としてその評価は世界的にも際立っている。21世紀になってノーベル賞を受賞した七人の日本人のうち、四人が名古屋大学の卒業生か関係者であり、日本のものづくりを担う中部地区の産業界にも大きな影響力を持っている。少子高齢化などにより日本の国力の低下が不安視される中、関東、関西にはできない名古屋大学独自の人材育成や国際化に注目が集まる。2009年4月に新総長に就任された濱口 道成総長にビジョンを伺った。


目指すのは、自立性と国際的通用性の高い人材

――今まで、優れた人材を送り出してきた名古屋大学ですが、新総長として、貴学が期待する人材像についてお考えをお聞かせください。
濱口総長(以下敬称略) あるべき人材像や人材育成を語る前に名古屋大学の特徴的な事物を整理しておく必要があります。

まず、名古屋大学のある中部地区は日本の産業の心臓であり、日本の活力の中心であるといえるでしょう。名古屋港は日本の五大港の中で輸出額総額が最多です。2005年の統計では日本の黒字の59%は名古屋港からの出荷です。「名古屋が稼いで、東京が使う」という構図があります。その構図の中で、名古屋という地には引き続き日本の活力を支えていくという役割があります。また、関東地区や関西地区の大学と比べても、名古屋大学の影響力は非常に大きく、私たちは大きな社会的責任を背負っていると感じています。

一方、名大生・学生に目を向けてみますと、名古屋は地元志向が強く、多くの学生が中部四県の出身で、自宅通学の学生もたくさんいます。大学に入っても親の保護のもとにいる学生が多いのです。それ以前に、今の学生は、金銭的にも物質的にも、非常に恵まれた環境で育っています。高い生活水準を当然のこととして享受してきた若者が、今、様々な意味で大転換期にあるこれからの日本を背負っていかなくてはなりません。
今の学生は、物質的な生活水準は高いものの、非常に難しい時代を生きているといえるでしょう。

一つには、今は情報が過剰に流通し、真理の賞味期限が短くなっています。昨日の真実が今日の真実ではない、という不安定さがあります。同時に、情報の質的な分別が非常に分かりづらく、新聞の情報が表面的になり過ぎる一方で、インターネットの中の無記名の情報に真実が含まれていたりします。今は、真実が見えにくく、真実をつかんでも、すぐに消えていくような時代なのです。よりどころとする価値基準を見出せない時代ともいえます。

また、中国やインドなどが台頭してくる中で、日本のものづくりは元気をなくしているように見えます。例えば、日本の携帯電話は世界最先端の技術がありながら、政策上や展開上の弱点から国際的なシェアを得られていません。

このように情報過多で価値基準が見えにくく、他国との競争が厳しくなる時代であるからこそ、自立性の高い人材と、国際的通用性の高い人材を育成しなくてはならないと考えています。自立性と国際的通用性の高い人材とは、情報の質を判断でき、自分なりの基準で価値判断を下し、日本ならではの発想や価値基準をグローバルに展開し、国際的に貢献できる人材です。

現場体験と海外体験を経て器の大きい学生を養成する

――では、自立性と国際的通用性の高い人材を育成するために、実際どのような施策が考えられますか。
濱口 文理融合型の学部をつくったり、何か目新しい授業をしたりというように枠組みを変えるだけでは、名古屋大学が求められている器の大きい人材を輩出することはできないでしょう。

私が医学部長時代に取り組んできたのは、学生になるべく多くの現場体験をさせることと、海外生活をさせることでした。学生を海外に送り出すには、大学としても大きなリスクが伴います。資金と準備も必要です。しかし、学生諸君は現場体験と海外体験を通じて、判断力と行動力のある自立した人間へと成長します。現場体験や海外体験を積んだ学生は、その経験から得た考え方や成果を、同級生や下級生に伝えてきました。

そして今はそれをさらに進めて、海外研修をして帰国した学生に、これから海外研修へ行く学生に対し、実体験を英語で事前トレーニングさせています。学生から学生へと、海外の現場体験で得た自立性と国際的通用性の萌芽を連綿と伝えていこうとしています。名古屋大学では、2009年4月から英語教育を大きく変えました。

実際に英語を使える力、英語でディベートもできる力、同時にTOEICやTOEFLで高得点を取れる力をつけることが目的です。しかし英語力や海外体験だけでは不十分なのです。日本文化や日本人としてのアイデンティティがコアにある人材にしっかりと育て上げることが重要だと考えています。

今、大学は多くの留学生を海外から迎えようとしています。これは望むと望まざるとにかかわらず、現実の問題として日本を異質な社会に変えていくことになっていきます。日本人の高齢者や外国人を活用して日本の活力を維持していこうとするとき、英語が読めるだけではなくて、ディベートできる能力を持っていて、しかも日本人としての核をきっちり持っている人間を育てなければなりません。

自立していることとグローバルということ、そして複眼的な思考を持った人間が必要なのです。例えば医学の現場で働いていた人間が医学だけで動いていると、全体的な課題をこなせないのです。工学的知識もある、文系の知識もある、そして日本社会だけで通用する特殊な能力ではなく国際的な通用性もある人材が現場にいることが必要なのです。

その意味では、価値判断のしっかりした自立性の高い人材とは、日本人としてのアンデンティティを持ち、日本人の豊かな感性を発揮する人材でもあります。日本人としてのアイデンティティと国際的通用性を同時に育てることは、これからの人材育成で非常に重視すべきことだと思います。

中長期的ビジョンのもとに数値にとらわれない改革を目指す

――大学の教育改革は、そのような大きな変化を踏まえる必要があるわけですね。
濱口 まさにそのとおりで、システムや枠組みを変えるだけでは、改革とはいえません。改革とは、中長期的な目標と、そこへ至る道筋を描いた上で進めていくものでしょう。近年の大学改革では、「経営」というキーワードをよく耳にしますが、そのたびに私は違和感を覚えます。

名古屋大学は産業の盛んな中部地区にありますから、私たちは企業経営に携わる方々と身近に接しています。経営というものは、身銭を切ってリスクを取り、汗水流して働き利潤を得るという非常に厳しい世界であると感じています。一方、大学は、人材育成というミッションのために、国民の税金を使わせていただいています。これを「大学経営」などと称すのは、現場で本当の経営をしている方々に対する冒涜になります。経営という言葉を使う大学人は、税金を使って人材を育成しているという実感が希薄になっているのです。

我々は、10年先、20年先の日本を支える人材を育成する機関であり、そのために税金を使わせていただきます。無駄なお金の使い方をしないように運営をきっちりやっていきます、というのが、本来、大学人としての姿勢だと思います。経営ではなく運営なのです。

その中で評価というのは大事なのですが、どういう基準で評価をするかというのが重要なのです。2008年にノーベル物理学賞を受賞された小林誠先生と益川敏英先生の「小林・益川理論」は1973年に発表されたものです。しかも、その論文は、『ネイチャー』や『サイエンス』といった有名誌ではなく、日本の雑誌に掲載されたものです。

昨今は研究者の業績が「有名誌に何本の論文を発表したか」といった基準で評価されたり、大学の業績も2年や3年の短期間で評価され、しかも外部評価やコンサルティングによる数値目標が設定され、その達成度合いで評価される傾向にあります。

大学の使命は、30年後あるいは50年後の日本を支えていく人材を育成することです。大学で受けた教育の価値は、学生が40歳や50歳になったときに明らかになるといっても過言ではありません。大学の教育とはそれくらい中長期的なビジョンを持って行うべきものであり、大学の教育改革も数十年後の未来を想定して進めるべきものです。大学の評価というものは、大学が自分自身の能力や実績を洗いざらい調べ上げ、どこに弱点があり、どう改善し、どの強みを生かしていくのかということを検証するという観点では、非常に意味あることです。

例えば、直近の過去の業績を評価することで、課題と成果を整理し、今後の計画に役立てることができます。しかし、短期的視野でのみ評価するのは危険ですし、定量的な評価にのみとらわれるのも同様です。数値目標を設定し、その達成度を計測するという定量的評価法は、分かりやすいだけに説得力がありますが、教育や科学は数値評価に偏ると、やはり衰退していきます。

そもそも、名古屋大学の伝統である「自由闊達」な気風とは、多様性を許容し、個性を尊重するというものです。ノーベル賞を受賞された益川先生は、「英語が話せない」とおっしゃりながらも、英語で論文をお書きになり、世界的な貢献をされ、評価されています。

そのような際立った個性が名古屋大学から育っていったことは私たちの誇りです。また、産業界では、伊藤忠商事の丹羽宇一郎会長やトヨタ自動車の豊田章一郎名誉会長、日本ガイシの柴田昌治会長などは、名古屋の文化で生まれ育った方々です。

この名古屋大学の文化を受け継ぎながら、国際化やグローバリゼーションという時代の要請に対応していく中で、東大や京大にはない自主性と国際的通用性を備えた人材を育成できると確信しています。

名古屋という地域から、日本という国へ目を向けると、巨額の財政赤字を抱えながら、少子高齢化が進んでいます。医療費一つをとって見ても、2005年で33兆円の医療費が、2035年には90兆円になるという試算があります。日本の社会構造が変わっているのですが、新しい設計図は見えていません。65歳以上も働いて生産性を維持したり、アメリカやフランスのように外国人の移民を増やして国力を維持する道へと進んだりするかもしれません。

若者はこうした厳しい未来を生きることになります。一層、多様性を許容し、個性を尊重する自由闊達な風土が大切になるでしょう。そうした日本の未来を見据えながら、中長期的なビジョンと道筋を描き、名古屋大学らしい教育改革を進めていきたいと考えています。

濱口 道成 Michinari Hamaguchi

1951年生まれ。名古屋大学医学部卒業。80年に名古屋大学大学院医学研究科博士課程修了。85年より米ロックフェラー大分子腫瘍学講座研究員。93年、名古屋大付属病院教授。2005年より同大医学部長。09年4月より現職。腫瘍生物学専攻。全国医学部長病院長会議理事。

学生、教職員、卒業生が三位一体となりグローバル化と地域貢献で使命を果たす (千葉大学長 齋藤 康)

学生、教職員、卒業生が三位一体となりグローバル化と地域貢献で使命を果たす

千葉大学長
齋藤 康

千葉大学は、九つの学部、九つの大学院研究科・学府を擁する、首都圏を代表する総合大学である。千葉県内の、西千葉、亥鼻、松戸、柏の葉の四つのキャンパスに、学部で約1万1000人、大学院で約3600人、合わせて約1万4600人の学生が学んでいる。

2008年4月の学長就任以来、学生との対話を重視し、総合大学の強みを生かした数々の改革を進めている齋藤学長。大学の理念として、「つねに、より高きものをめざして」を掲げる千葉大学の現在と将来展望などお話を伺った。


学生との積極的対話を通して理想の大学像を探る

――齋藤学長は、「大学とは自ら作り上げるもの」とおっしゃっています。千葉大学が目指す大学像とは、どのようなものなのでしょうか。
齋藤学長(以下敬称略) これは私の持論なのですが、大学とは、学生、教職員、卒業生が三位一体となり、ともに作り上げていくものだと考えています。そのためには、私たちが学生と積極的に対話することが大切です。

私は今でも学生と面談する時間を積極的に作り、そこで学生の要望や意見に真剣に耳を傾け、そこから生まれたアイデアでよいものがあれば、進んで採り入れるようにしています。

もちろん、学生側からも、教職員に積極的にコミュニケートできるようになればいいのですが、年齢やキャリア、ポジションの違いなどで学生が躊躇してしまうこともあるでしょう。ですから教職員自身が、授業や大学祭、ボランティア活動など、学生の活動の場に積極的に出向いて、声をかけてほしいと思っています。

こうすることで、学生たちと同じ目線で考え、学生の自主性を引き出すことができるのではないでしょうか。こうしてはじめて、私が考える「教職員が学生の近くにいて、学生と一緒に泣き笑いしながら学ぶ」環境を実現できるのだと思います。
実際、こうした対話を触媒にして、学生たちが発案し、形になったものはたくさんあります。たとえば、千葉大学には「学生憲章」がありますが、実はこの憲章は、学生のプロジェクトチームが自ら作り上げたものです。

また、環境ISOに関するプロジェクトにも、学生が積極的に関わっています。千葉大学では、2003年10月から、全学挙げて環境ISO(ISO14001)の認証取得に取り組み、2005年、西千葉キャンパスが最初に認定されました。

この敷地内には、各学部の他、附属の小中学校や大学構内で様々な業務を担っていただいている協力企業の方々も含まれており、こうした総合的なキャンパスで環境ISOを取得したのは、国立大学法人でははじめてのことです。その後、松戸、柏の葉、亥鼻と、主要四キャンパスすべてにおいて、環境ISOの認証を取得しました。

この認定の準備段階から、環境ISO学生委員会が主体となって活動しているのです。学生が、内部研修講師を務めつつ、マニュアルや目標、ステッカーなどの原案の作成に携わるなど、委員会の学生が大学事務局の業務を実際に行いながら取り組んでいるのが特徴で、この学生委員会の活動は単位認定しています。
こうした学生主体での環境マネジメントの運営も、他の大学に見られないもので、文科省の「特色ある大学教育支援プログラム」にも採択されています。

人間教育の根幹としての「普遍教育」と大学のグローバル化

――グローバルCOEの獲得に見られるように、千葉大学は高度な研究を推し進める一方、人間教育にも力を入れていらっしゃいます。今後、教育に関してどのような改革を考えていますか。

齋藤 私は、大学には大きく分けて、学ぶ道筋が二つあると考えています。一つは、専門分野を深く学ぶ場所であり、そこで自分の専門性を高め、学問を深く探究します。そしてもう一つが、幅広い教養とともに豊かな人間性を身につけ、優れた社会人として活躍するための人間形成の場所です。狭い領域に執着するのではなく、その専門性を社会に活かし、世の中で価値ある人材として世に送り出さなければなりません。そのために、千葉大学では「普遍教育」という科目の履修を義務づけています。

「普遍教育」とは、なかなか耳慣れない言葉ですが、社会で生活していくために必要な基礎能力を向上させるための科目と、幅広く厚みのある人間育成のための教養的な科目を合わせた教育を指しています。具体的には、コミュニケーション能力を強化する英語科目、外国語初修科目、スポーツ・健康に関する科目、教養を深める教養コア科目、教養展開科目などで構成されています。

千葉大学では、「普遍教育」として約1300の科目を開講しており、全学の1、2年次にこの普遍教育科目を履修するようにしています。
また、「教員が学生の近くにいる大学」の実践として、「普遍教育」を少人数制で実施する体制を目指しています。大教室での講義だけでなく、五人、10人というスモールグループで実施できる方式を模索しています。

各学部の縦割りの弊害をなくし、学部間の垣根を低くして、専門科目が自由に履修できる環境づくりも進めています。今のような多様化が進んだ時代にあって、一つの学部だけで学問が完結するということはありません。

医学部、工学部、理学部の融合はすでに取り組んできていますが、今後は、文系や理系の融合ということも視野に入れていこうと考えています。
――「留学生30万人計画」もあり、各大学はグローバル化を推し進めています。千葉大学の取り組みを教えてください。

齋藤 グローバル化には、さらに積極的に取り組んでいきます。その一環として、大学間交流協定の拡大も、今後の大きな目標の一つです。現在、アジア地域で23大学、アメリカなど北米地域で八大学、欧州で15大学、オーストラリアで三大学と提携を結んでおり、さらに増やしていく予定です。

特に中国では、北京に千葉大学のオフィスを設けて大学をアピールする一方、中国の大学とダブルディグリー・プログラム(相手校への留学を通じ、卒業時に本属の大学の学位と相手大学の学位を取得できる制度)を発足させています。これにより、さらに国際交流の輪が広がっていくことでしょう。

海外からの留学生は、年々増加傾向にあり、学部学生、大学院生、研究生を合わせると、870名を超える学生が、千葉大学で学んでいます。
留学生といえば、私にこんな経験があります。以前、私の研究室に、中国からの女子留学生が在籍していました。経済的に恵まれた環境ではないので、ちゃんと食事をしているのか心配でなりませんでした。

私一人で学生アパートに訪ねるわけにはいかないので、妻と一緒に訪ねていき、妻には、お米など食料品がきちんと備わっているかチェックさせたものです(笑)。

留学生受け入れ増で大きなネックになるのが、こうした宿舎等のハード面の問題とともに、入国手続から始まり滞在中の生活面のサポートに至るまでの留学生のケアです。教職員がすべてケアするには限界があり、「30万人計画」の中で、今後は留学生のサポートがさらに必要になってきます。餅は餅屋といいますが、やはりリーズナブルで、信頼できるところにアウトソースすることも考えるべきでしょう。

地域と連携を強化し、大学の存在をさらに身近に

――千葉大学は、地域との連携を大切にしていますね。
齋藤 地域と密接に関わり、地元に貢献することも、大学の大切な使命です。マスコミにも取り上げられましたが、2006年に地元のプロサッカーチーム、プロ野球チームとの連携協力に関する協定を結びました。具体的には、試合でイベントに参加したり、監督を客員教授として招いたり、教育学部の学生がインターンシップでプロ野球チームのスタッフに関わったりなど、様々な交流を重ねています。

2008年11月には、学内の学生組織が中心となって、広く参加を呼びかけ、1万人規模の東京湾岸のゴミ拾いボランティアを行いました。
他の例を挙げると、柏の葉キャンパスでは、「柏の葉カレッジリンク・プログラム」を実施しています。ここでは、おもに、環境・健康・食の視点から、地元の人たちとともに、〝よりよく生きる〟ことをテーマに学習しています。ここは、地域と大学が一緒に考える場として、新しい可能性の発見と育成を図っているところです。

大学は、すべての人にとって、もっと身近な存在であってほしいと思っています。最近のことですが、60歳を過ぎた本学の卒業生が、「学生時代にはできなかった脳に関する勉強をもう一度やり直したい」といって大学に戻ってこられました。年齢を重ねても変わらない貪欲な知への探求心には、本当に頭が下がる思いです。こうした積極的な学びの姿勢は、学生たちにも教職員にとっても、大変よい刺激になっているのです。

大学は、卒業生はもちろん、地元の人にとっても、何かを知りたいとき、学びたいときに、いつでも力になれる場所、いわば「知の駆け込み寺」ともいえる存在になるべきだと考えています。

千葉大学が目指す日本の「羅針盤」としての役割

――このような厳しい経済環境の中、大学も変革を迫られています。最後に、千葉大学の目指す役割と今後についてお聞かせください。
齋藤 財政的な背景から無駄を排除し、研究教育の効率化を図ることはある面必要なことです。ただ、本来、学問は多様なもので、短期の評価だけで計れるものではないと思います。すべてを効率の観点で見るのはいかがなものでしょうか。

学問というものは、不動のものであり、長い年月をかけて、ようやく完成するものであると思います。私は、むしろ教育ぐらいは、目先の効率に惑わされず、しっかりしたものを提供していく必要があると考えます。

戦前の京都大学もそうでしたが、大学というところは、時には世論の波に抗して、きっちり反論する場であってもいいと思います。周囲におもねることなく、自分の意見を忌憚なく言える場としても、大学は必要な存在なのだと思います。

幸い、学生も、昔と変わらず優秀です。基本的に素直で、礼儀正しい。年齢を重ねた側から見れば、少し苦言を呈したくなる部分はあるかもしれませんが(笑)、私は学生を信頼しています。

今後、千葉大学はその総合力を活かし、気概を持って日本の「羅針盤」の役割を果たしていくべき存在にならなければなりません。それが私たちに課せられた使命だと考えます。

齋藤 康 Yasushi Saito

1942年生まれ。68年新潟大学医学部卒業。75年千葉大学医学部助手、84年同大医学部講師、93年山形大学医学部教授を歴任し、95年千葉大学医学部教授に就任。千葉大学医学部附属動物実験施設長、同大医学部附属病院長、同大予防医学センター長等を経て、2008年4月より現職。日本老年病学会理事、日本臨床栄養学会理事、日本肥満学会副理事長、日本動脈硬化学会理事。

「夢」を原動力に世界と地域に貢献する (神戸大学長 福田秀樹)

「夢」を原動力に世界と地域に貢献する

「夢」を原動力に世界と地域に貢献する
「グローバル・エクセレンス」の実現に挑む

神戸大学長
福田秀樹

2009年4月から神戸大学の新学長に就任された福田秀樹氏は、民間企業経験者の学長として多方面から注目を集めている。民間企業での経験や、マネージメント力を今後の大学改革にどう活かすのか。福田新学長にお伺いした。


民間企業経験を活かして自然科学系組織を改組

――民間企業の研究者から転進して、神戸大学工学部の教授に就任されたのが1994年。その後、企業での経験をどう活かしてこられましたか。

福田学長(以下敬称略) 私は24年間、民間企業の研究所に勤務し、47歳のときに神戸大学の教授に就任しました。民間時代の大半を研究者として過ごしたのですが、最後の5年間は主にマネジメント業務に従事しました。会社全体のプロジェクトの計画立案、運営、研究者・技術者の統括といった仕事です。この経験は大学への転職後も活きています。

私は「自然科学系先端融合研究環」という組織に所属しているのですが、前身は自然科学研究科という名称でした。当時は、理学部、工学部、農学部、海事科学部などの五つの部局が、その自然科学研究科に属していました。しかし、組織として効率的な体制になってはいなかった。そこで、私が責任者として改組することになりました。

それぞれ部局ごとに文化も価値観も異なります。各部局が改組にかける期待や希望もそれぞれです。多様な考えをどうまとめて、一つのベクトルへとまとめていくか。実際は容易ではありませんでした。各部局の代表者だけが集まって話をすると、エゴのぶつかり合いで前に進めません。そこで、利害関係のないベテラン教員二名にオブザーバーとして参加してもらい、議論を進めていきました。

革新的な改組案に対しては、「文部科学省から反対されるに違いない。無理だ」と消極的な意見も出てきました。しかし、民間出身の私には先入観がありませんから、逆に改革への足かせも少なかったと思います。

結局、工学研究科、理学研究科、農学研究科、海事研究科に再編し、それらを統括するコア組織として自然科学系先端融合研究環を置き、それぞれの部局から人材を集めて研究チームをつくるという体制に改組したのです。この一連の仕事で、民間時代のマネジメント経験が大いに役立ちました。

バランス感覚で大学のプレゼンスを高める

――企業と大学を比較して、今後の大学のあるべき姿をどうお考えですか。
福田 まず企業の特質からいいますと、企業は利益を上げる集団ですから、効率の追求を非常に重視します。プロジェクトのスパンもどんどん短くなっており、短期的な利益を求める傾向が強くなっています。

一方、大学の長所は、多様な研究に自由に取り組めることです。もちろん、様々な制約もありますが、各種の研究を進め、その情報を発信し、その成果を社会に還元することが、大学の使命の一つです。ですから、大学運営においては、自由な研究環境を担保することを重視すべきでしょう。
法人化後の大学運営においては、「経営感覚」や「効率」といったキーワードが頻繁に使われるようになっています。もちろん、今の大学は、〝お金も物も与えられて、やりたいことをやっていればいい〟という時代ではありません。しかし、大学のあり方が、あまりに企業に近いものになってしまうと問題です。そこのバランスをいかにとっていくかが、法人化後の大学マネジメントで問われているのだと思います。

例えば、研究分野のバランスです。社会の喫緊のニーズに応える研究も重要ですが、国や地球の未来を見据えた基礎研究も同じく重要です。
2008年にノーベル賞を受賞された小林誠先生、益川敏英先生の研究は基礎研究でした。

研究が発表されたのは1970年代で、研究テーマは、社会の問題の解決にすぐに役立つというものではありませんでした。しかし、40年近く経ってから、その研究の重要性が認められました。企業は成果が出るのを長い期間待てませんから、長期的視野の基礎研究は、大学の役割の一つです。

しかし一方で、今は大学のプレゼンスが問われています。大学の社会貢献や存在価値が、外部に明示されていなければなりません。そのためには、研究情報を発信し、研究成果を社会に還元したり、外部から客観的に評価を受ける仕組みも大事です。

大学にしかできない、将来に備えた基礎研究と、現代の社会に貢献できる研究と、両方のバランスをうまくとっていく必要があるでしょう。
本学は2006年より「神戸大学ビジョン2015」を掲げ、研究・教育におけるグローバル・エクセレンスの実現を目指しています。中期に当たる2010年からの3年間を「チャレンジ・フェーズ」、つまり「神戸大学がグローバル・エクセレンスの実現に挑戦する時代」と位置づけています。「挑戦する時代」ですから、具体策を打ち出していき、目に見える変革を積み重ねていくことが、私の役割です。

一つには、本学の研究者・教育者に対する評価とインセンティブの制度を整えたいと考えています。企業の研究者であれば、「特許をいくつ取得したか」「研究が実用化され、どれだけの利益を生み出したか」といった尺度で、数字で業績を評価することができます。しかし、大学の研究者や教育者には、もっと長期的な視点で、継続的に評価していく必要があります。その評価制度をどう整備するかという課題が一つです。

それと同時に、インセンティブをどう与えるかも重要です。評価された人が何らかのインセンティブを得られるシステムをつくりたいと考えています。例えば、新しい評価制度で評価の高かった研究者に対しては、その研究グループのポストや人員を増やす。あるいは、ボーナスを支払うなどで金銭面のインセンティブを与える。そのようにして、「あなたを評価しています」「大事にしています」という大学からのメッセージを、研究者や教育者に発信できるようにしたい。そうした環境でこそ教職員の能力がより発揮されると思うからです。

また、今は大学間の競争も厳しい時代です。学内での評価や待遇に不満を感じている教員が、他大学に引き抜かれることもあります。そういう意味でも、評価とインセンティブの制度づくりは、ぜひ挑戦したい課題です。
また、国際色豊かな大学であることが、神戸大学の特徴の一つです。現在、1000名を超える留学生が在籍していますが、今後はさらにその数を増やしていきたいと考えています。そのためにはハード面の整備が必要です。留学生寮の拡充をはじめとしたインフラも、具体的に進めていきたいところです。

研究者自身が夢に溢れ学生同士が磨き合う大学に

――学生に対する教育面では、どのようなビジョンをお持ちですか。
福田 教職員が学生の立場に立って考え、行動できる大学にしていきたいと考えています。大学の先生は、知識はもちろん学生より豊富ですし、自分のやり方が正しいと思い込みがちです。しかし、時代は変わっています。

例えば、今の学生は非常に恵まれた環境に育っています。欲しいものがすぐに買え、行きたいところにも簡単に行くことができます。しかし、努力と工夫で欲しいものを手に入れるほうが、喜びは大きいものです。ハングリー精神はそういう環境で育まれます。

また、困難な状況に陥ってこそ、人のありがたみが身にしみるものです。だから昔の方がよかったと言いたいわけではありませんが、昔と今とでは、学生が置かれている環境も、学生の気質も大きく異なることは事実です。ですから、教職員が自分のバックグラウンドにとらわれて学生に接していると、現代に生きる学生のよいところを伸ばすことはできません。今の学生を最大限に伸ばすためには、やはり学生の立場に立った教育が必要なのではないでしょうか。

「大学生の学力が落ちている」と騒がれていますが、私はそう思いません。今の学生も、能力、知識、ポテンシャルともに非常に高いものを持っています。ただし、人間関係を構築する力が足りないように感じます。

企業の人事担当の方々とお話ししていても、「人間関係が苦手な若手社員が増えている」とよく聞きます。能力はあるのに、人間関係がうまくできないので、孤立してしまう。そういう社員が多いと、企業としても困るのです。私の研究室には60名超の学生がいますが、学生同士が互いに切磋琢磨できる環境を意識的につくっています。学生同士が対話をし、時には批判し合い、そして協力し合える環境です。そういう環境づくりを、神戸大学全体に広げていきたいとも考えています。

具体的には、教育と研究の両面で大きな成果を生むであろう試みとして、「フラッグシップ・プロジェクト」というものを構想しています。
神戸大学は、近隣の大阪大学や京都大学と比べると規模こそ小さいのですが、神戸大学だから実現できることがあるはずです。例えば、神戸大学の各分野の力を結集してプロジェクトを立ち上げるといったことです。本学は自然科学系、社会科学系、生命・医学系、人文・人間科学系の四つの学術系列に分かれており、各学術系列には、世界的にも評価されている個人やグループの研究者がいます。

しかし、それらの人々が結集して一つのプロジェクトを立ち上げた例はありません。大学としての規模が大きすぎると、全分野の研究者が一つのプロジェクトを進めるのは困難ですが、神戸大学の規模ならそれが可能です。このプロジェクトを「フラッグシップ・プロジェクト」と名づけ、例えば「グリーンで安心安全な社会を構築する」といった目標のもとに英知を結集し、研究と社会貢献を展開していきたいと考えています。

神戸大学の研究者が、共通の大目標に向かって邁進している姿は、学生にも素晴らしい刺激を与えると思います。学生たちには、大学生活で自分のやりたいこと、一生をかけて追究していきたいテーマを見つけ、そこで自分の「夢」を見つけてほしいのです。それを社会で実現するための基礎力を身につけさせることが、教職員のミッションです。

研究者や教育者自身が互いに協力し、夢に向かって仕事をする。その姿を見て、学生も成長するのです。教員が学生に背中を見せることが重要です。

神戸という地が育んだ、国際性と開放性。そのメリットを活かし、未来に向けて明るい夢を実現していきたいと思います。神戸大学なら、2015年の「グローバル・エクセレンス」はきっと達成できる。私はそれを確信し、努力していきます。

福田 秀樹 Hideki Fukuda

1947年生まれ。70年に京都大学工学部を卒業後、鐘淵化学工業株式会社(現カネカ株式会社)に入社。94年に神戸大学工学部教授、神戸大学大学院自然科学研究科教授に就任。その後、神戸大学付属図書館副館長、同大大学院自然科学研究科長、同大自然科学系先端融合研究環長などを歴任し、2009年4月より現職。専門は生物化学工学。工学博士。

社会のあるべき姿を追求する「自立型人材」の育成が法政大学の使命 (法政大学 総長・理事長 増田壽男)

社会のあるべき姿を追求する「自立型人材」の育成が法政大学の使命

法政大学 総長・理事長
増田壽男

この10年に相次いで学部・学科を新設してきた法政大学。自治体とのグリーン事業提携やISO14001の認証取得等、環境問題にも積極的に取り組んでいる。法政大学が一連の改革で目指しているものは何か。総長・理事長の増田壽男氏にそのビジョンをお伺いした。


「自立型人材」を育成する独自の取り組み

――法政大学は教育理念として「自立型人材」の育成を掲げています。具体的にどのような取り組みをなさっていますか。
増田総長・理事長(以下敬称略) 大学というのは学生が義務的に勉強するのではなく、人生の中ではじめて自らすすんで勉強する場なのです。この「学生の自主性」を多面的に大学としてサポートする仕組みが必要で、その特徴的なものが「ピア・サポートコミュニティ」です。

これは文部科学省の学生支援GPにも認定されましたが、上級生が下級生をボランティアでサポートする組織です。法政大学には全国から学生が入学しますが、かつては「県人会」といった組織があり、同郷の学生同士の結びつきがありました。しかし、近年ではそうした結びつきが薄くなってきています。

そこで、学生同士のネットワークを復活させようと試みたのが、「ピア・サポートコミュニティ」です。ここには現在、約500名の学生がボランティアスタッフとして登録されています。その学生たちが、自主的に活動を企画して、その中で下級生をサポートしています。例えば、県人会ふうに同郷の学生の集まりをつくったり、ボランティア活動を呼びかけたりしています。学生同士で切磋琢磨する環境をつくっていくことは、自立的人材を育成する方策の一つです。

もう一つは、2003年に新設した、キャリアデザイン学部を中心とした取り組みです。かつては、大学を出たら会社員になり、定年までその会社に勤めあげるのが一般的なコースでした。しかし、今の学生の就職に対する考え方や企業のあり方は、もっと多様化しています。

しかし、そのような状況の変化がありながら、学生がいざ「自分はどのような仕事をしたいのか」と考えようとしても、予備知識がほとんどない。自分の人生を見据えて、キャリアを考えるすべがないのです。ならば、学生が自分のキャリアを自らデザインしていくために、学問的に学ぶことのできる学部が必要になると、キャリアデザイン学部を設置したのです。今では、キャリア教育を他の学部にも広げています。これも、自立的人材を育成する法政大学の独自の取り組みといえるでしょう。

長期的視野を持つ人材の輩出は大学の使命

――法政大学はこの10年で人間環境学部、生命科学部、スポーツ健康学部など、相次いで学部、学科を新設しました。一連の教育改革でどういうビジョンを描いていらっしゃいますか。
増田 2009年度のスポーツ健康学部の設置で、学部の新設は一段落する予定です。これからの課題は、新設した学部の教育内容を充実させつつ、当初からある学部の改革を並行して進めることです。新しい学部は教員の数も多いので、少人数制の充実した教育環境をつくりやすいのですが、経済学部などは、一学年で1000名ほどの学生がいます。

教員の数は増やしているものの、どういう体系でどういう教育をするのか、もっと考える必要があると考えています。また、学部の理念や目標がはっきりしている新設学部に比べ、法学部や文学部、経済学部などは、理念と目標を現代のニーズに合ったものにリニューアルしつつ、教育内容も刷新していかなくてはなりません。

文部科学省は「学士力を高める」という方針を打ち出しています。国際競争力を強化して、各国の大学と比較しても負けない学生を育成しなくてはなりません。日本の大学の学生によくあるように、「単位を取りやすい科目を選んで1年生から4年生まで楽に進級して卒業する」ということでは、「大学でいったい何を学んだのか」という疑問が出ることになりかねません。そうした問題への対応も含めて、新しい教育体系や教員養成システムをつくっていく必要を強く感じています。

では、大学教育の成果は、何をもって測ればよいのでしょうか。高校教育の成果なら、その是非はともかく、有名大学に何名入ったか、という尺度で測ることができます。現時点での大学のそれは、どのような企業に何名入社したか、ということでしょう。しかし、現実は、企業も大学の名前で8割以上採用しますし、学生も自らの人生をキャリアデザインすることなく、企業の名前で就職を選んでしまいます。これでは、大学がどのような教育をしたか、また学生の可能性や向上力を評価することにはなりません。

ですから、大学の教育改革と同時に、企業の側も変わる必要があります。学生を採用するときに、大学の名前ではなく能力や中味で選抜するのです。大学は教育内容を充実させて学生の能力を高める、そして企業は学生の能力を評価して採用する、というように変わるべきなのです。
ただし、ここで問題があります。企業は即戦力を求めます。

入社してすぐに役立つ知識や能力を評価する傾向にあります。大学側は、教育内容を充実させているとはいえ、今回の不況ような、誰もが予測不可能な事態が突然発生したとき、企業も何をしていいかわからない。学生に「20年先、30年先を見据えて、どういう社会をつくるか」という課題に取り組む能力を養成する場は、やはり大学しかないと思います。長期的視野で社会のあるべき姿を追求する人材を育成することは、大学の使命なのです。

社会人に開かれた大学をつくることも、今後さらに重要になるでしょう。欧米の大学には社会人学生が大勢いますが、日本の大学ではわずかです。「学びたい」という意欲はいつ湧き出るかわかりません。私は大学を、社会人が学習したいときにいつでも帰ってこられるような場所にしたいのです。そのためにも、教育や研究意欲のある人が大学で再度学べるような、また意欲ある人を企業や社会がいつでも大学に送り込めるようなシステムになってほしいと思います。

法政大学は、日本で最初に通信教育課程をつくった大学です。現在は法学部、文学部、経済学部に通信教育課程があります。私は40年近く大学の教員をしていますが、通信教育課程の社会人学生は本当に素晴らしい卒論を書きます。社会人大学院の需要もこれから高まってくるでしょう。「学びたい」という強い意欲を持つ人が、いつでも存分に学べるように、大学をもっと開かれた場にしたいと考えています。

目標とプランと自己評価が日本の大学を変える

――FD(ファカルティ・ディベロプメント)でも独自の活動をしていらっしゃいますが、そのあたりも伺えますか。
増田 FDの一番の難しさは、「大学教員の教育をどうするか」というノウハウが日本にないことですね。小中高は教員免許があり、科目ごとの教育法がノウハウとしてできあがっています。

ところが、大学では、博士課程を出た人などが論文で採用されて教員になります。その人がどういう教育をするかは、ほとんど評価の対象とならずに採用され、採用されるとすぐに授業を任され、自分なりに工夫していきますが、「こうすれば授業がよくなる」と教わる場はどこにもないのです。大学の教員は個性的な人物が多いですから、授業もユニークでよいという面は確かにあります。ただ、大学の教育体系として、全体的に見てよいものになっているかどうかは常に検討しなくてはなりません。FDは文部科学省から義務化されなくても大学に必要なものなのです。

ただし、課題はあります。例えば、学生の成績評価です。小中高のように「5」は何%と標準分布化しようとしても、個性的な教員が様々にユニークな授業をしていますから、単純に標準化できません。さらに難しいのは、教員評価と教員の査定の問題です。教員評価を「教育力の向上」のためでなく教員を査定して賃金に結びつけるやり方をしているところはほとんどが失敗しています。「大学教員の資質を向上させる」という本来のFDに立ち返るならば、FDはかなりの成果を上げるはずです。

法政大学では、2008年11月に独自の大学評価体制を設けました。それまでも、文部科学省の規定で7年に一度の認証評価があります。認証評価は財団法人大学基準協会などが審査機関となって各大学を評価するものです。しかし、自ら自分の大学を評価することなしに、大学を変えることはできないのではないでしょうか。欧米の大学のホームページでは、最初に大学や学部の目標が掲げられ、どういうプランでその目標を達成するのか道筋が示されています。

学生を育てる上で目標を掲げるのは当然のことです。大学の全教職員が一つになって、どういう学生を育てるのか目標を掲げ、そこへ至る道筋を示し、実行していく。そしてその成果を自分たちで評価する。そうすることで、日本の大学は大きく変わり始めると思います。法政大学が2008年に新設した評価体制は、そのためのものです。毎年、全学で目標値を掲げ、年度末には実行値を出して自己評価をしていきます。
さらに、本学では早くから、外部の有識者からなる第三者評価委員会による評価も受けています。外部評価と自己評価の両輪で、教育の質の向上を続けていきます。

20年先、30年先を読み100年単位で地球を見る

――今は世界経済が混乱し、日本社会も活力をなくしています。こうした時代における大学の役割についてどうお考えですか。
増田 不況時には、人も企業も、目の前の問題に対応せざるをえなくなります。例えば、自動車が売れなくなると、自動車のCO2排出を抑制しなくてはならないという問題は脇に追いやられます。しかし、そうした状況においても、学問体系をベースに、20年先、30年先を長期的に俯瞰してメッセージを発信し、行動していくのが大学の役割であると思います。

環境分野を例にすると、法政大学では、1999年に人間環境学部を設置し、ISO14001を取得しています。経済学部や社会学部、デザイン工学部などでも環境問題に関する学問に力を入れ、毎年、環境報告書を出しています。
時代の先を読み、100年単位で国と地球を考えるという発想が、日本の社会には欠落しているように感じます。長期的視野を持った英知を結集し、社会に発信していくという、大学にしかできない使命を、法政大学はしっかり担っていきたいと考えています。

増田 壽男 Toshio Masuda

1941年生まれ。70年に慶應義塾大学大学院経済学研究科博士課程満期退学。同年に法政大学特別助手、79年に法政大学経済学部教授となり、同経済学部長を経て、2008年に現職。日本経済政策学会幹事・理事、経済理論学会幹事を歴任。社団法人日本私立大学連盟常務理事、財団法人大学基準協会理事。

国際社会のオンリーワン大学を目指す (日本大学総長 酒井健夫)

国際社会のオンリーワン大学を目指す

世界屈指の規模を誇りながら、きめ細かい双方向教育を通じて国際社会のオンリーワン大学を目指す

日本大学総長
酒井健夫

120年の歴史と伝統を誇り、日本最大規模の学生数と学部・学科数を有する日本大学。学部間や海外との相互交流を積極的に進め、専門領域の多様性とスケールメリットを活かした独自の教育改革を展開している。経済危機や環境問題がグローバルに起きている今、日本大学はどのような大学像を描いているのか。酒井健夫総長にお話を伺った。


意識改革と少人数教育で「自主創造」の精神を

――日本大学が建学の精神として掲げている「自主創造」する人材を育成すべく、どのような取り組みをされていますか。
酒井総長(以下敬称略) 今おっしゃった「自主創造」とは、自ら目標や課題を持ち、自ら道を切り拓いていく精神です。学生諸君にその精神を養うためにまず必要なことは、教職員自身が自らの意識を変えることです。

授業や研究の指導の中で、学生諸君を信頼し、親身になって褒めて、叱って、そして時には失敗もさせてみる。失敗を許すには教職員の勇気と我慢が必要ですが、失敗の体験は学生にとって貴重な経験となります。日本大学は実践教育を重視してきましたので、経験から学習することも重視しています。近年はややもすると教員がサラリーマン化する傾向にありますから、教員自身が自主創造を続けるという意識改革も重要だと考えています。

日本大学は学生数が日本で最も多く、世界的にも有数の規模でありながら、少人数教育に力を入れています。1年生の「サブゼミ」や「研究室制度」、また自然科学系では「フィールドサイエンス実習」という体験学習で、教員が学生とフェイス・トゥー・フェイスで教育をしています。現代の学生にぜひ身につけてもらいたい力は、コミュニケーション能力と判断力です。それを養うには、教員と学生が少人数で双方向に対話していく教育がぜひとも必要です。その双方向の教育の中で、学生が多くのことに気づいて、自主創造の力を身につけてくれるものと信じています。

大学と学生、大学と地域学部と学部の双方向教育が大切

――日本大学はスケールメリットを活かし、学部間の相互交流など時代のニーズに即した改革を進めていますね。
酒井 大学全入時代である今日、学生は、資質やモチベーションが昔とは異なっています。その学生側の変化に対応するために必要なのが、一方向の教育から双方向の教育への変革です。授業の様式を双方向にするだけではなく、日本大学の教育システム全体を双方向へと変革していく必要があります。

例えば、学生による授業評価を授業改善につなげたり、学生の単位履修歴を参考にしてシラバスを改善したり、またそれらの結果の分析をもとに学生に問題点を投げかけ、その回答を改革に活かすなど、様々な教育改革を推進しています。

これら改革の発展型として、オフィスアワーの設定を抜本的に改めようと考えています。かつての大学には教える側が主体だという先入観がありましたが、今は「何を学びたいか」という学生の意欲が主役でなくてはなりません。ですから、学生が知りたい、相談したいと思ったときにいつでも対応できるオフィスアワーの活用を推進してほしいと教職員には伝えています。

今は100年に一度の経済危機に見舞われています。しかし、この時代に応えて、社会の求める人材を養成するのが日本大学の使命であり、私も含めて教職員がそういう気概と自信、そしてプライドを持って、これらの改革を進めているところです。

スケールメリットという点では、先ほど申し上げた規模はもちろんのこと、専門分野は14学部、83学科あり、国公立を含めて、これだけ幅広く専門領域を持つ大学は、他にはありません。「工学部に入学したが、芸術学部の授業も学びたい」といった学生の意欲に応えるために、相互履修制度を設けています。この制度は、他の学部の授業を履修しても、60単位まで単位として認定するというものです。学生の自主的な勉学意欲や知的好奇心を、これだけ幅広い専門領域で満たせるのは、日本大学にしかない強みであると自負しています。

遠隔授業にも力を入れています。日本大学はキャンパスが広域にわたりますから、相互履修制度を利用したくても、地理的な制約があります。そこで、テレビを活用した遠隔授業で、距離の離れた学部の授業も受講できるようにしています。学生は、講義室のモニターを前に受講しますが、ネットを通じて教員と双方向にコミュニケーションできます。

この双方向教育は、学部や学科のみではありません。日本大学の付属中高に目を向けますと、付属高等学校が11校、2009年4月に神奈川県藤沢市に新たに中学校が開校し、付属中学校は六校となりました。

各学部と付属中高、また地域との双方向のコミュニケーションも重要です。市民公開講座を開講したり、科目等履修生という形で授業を受講してもらったり、キャンパスを地域で利用してもらったり、大学のリソースを地域の発展に役立てていただく。また地域の方々にも学部や中高の発展を支えていただく。双方向のコミュニケーションを豊かにしながら、大学は地域との信頼関係と互恵関係を強めていきたいと考えています。

地域のみならず、学生・生徒のご父母や卒業生である校友との双方向の信頼関係も大切にしたい。今は大学にも「安全と安心」が求められる時代になりました。特に地方から上京した新入生とその保護者には、様々な面で心配があると思います。そういう意味では、大学の管理能力も向上させていかなくてはなりません。ただ質のよい授業を提供するだけでなく、授業以外の私生活の面でも、大学が学生をサポートし、バックアップする必要があります。例えば、アルバイトやインターンシップも、大学が提携している企業や校友企業から斡旋していただく。

ダブルスクールでも、日本大学が連携している学校を紹介する。このような学生生活の4年間あるいは6年間をトータルで支援することも検討しています。

日本大学の卒業生は、2009年3月の卒業式で100万人を超えました。100万人というと、日本人のおよそ100人に一人が日本大学出身者だということです。しかも日本大学のネットワークは国内外に広がっています。国内は言うに及ばず世界的に見ても、他にはない日本大学の校友ネットワークを活用すれば、卒前教育と卒後教育の一体化が十分実現可能だと思っています。

――これまで日本大学は50件の研究活動で、文部科学省の私立大学学術研究高度化推進事業の選定を受けています。今後どのような展望のもとに研究拠点づくりを進めていくのでしょうか。

酒井 大学の研究には、二つあります。一つは、研究成果を社会に発信していくということ。もう一つは、研究成果を教育に還元していくということです。「よりよい教材を確保するためには、よりよい研究をすることが必要だ」というのが私の持論です。今後、教育、そして社会に還元するための研究を、質と量ともに高めていきたいと考えています。それによって社会に貢献することが、日本大学が研究拠点づくりで目指しているものです。

高度化推進事業を進めることで、教員と大学院学生の研究成果が著しく向上してきたと感じています。また、大学院の入学者数が、この10年で1000名ほど増えています。これは、研究の面白さが、学生に伝わっているからだと思います。また研究の質が向上し、科研費採択率や獲得額もこの約10年で飛躍的に増えました。また、私の研究室に七人の博士課程の大学院学生が在籍していますが、大学院学生が身近にいることは、学部学生にとって大きな刺激になっています。大学院学生が増えることで、よりよい教材と教育の提供という面で、好ましい循環が生まれているのです。

多領域の英知を結集し「地球益」を追求する

――政府は「留学生30万人計画」を打ち出していますが、大学のグローバル化に関するお考えや取り組みをお聞かせください。
酒井 一部の大学だけでなく、日本のすべての大学がグローバル化に対応する努力を行い、留学生の増加が日本の国力のボトムアップにつながるものでなければなりません。

日本大学も、世界に開かれた大学として、受け入れ体制を充実すべく、学生寮の検討などを進めています。26カ国108大学と提携していますので、その交流活動の活性化も図っています。留学生が学びやすいシステムの工夫も必要です。一つは英語で行う授業を増やすことですが、同時に日本語教育も重要でしょう。大学側は留学生が学びやすい環境を提供しつつ、留学生には日本をより深く知るために日本語や日本の文化を学んでもらう。大学のグローバル化においても、そのような双方向性が肝要でしょう。

日本大学では、学生を海外に派遣する海外研修も行っています。私自身も、現在JICA(ジャイカ=国際協力機構)のプロジェクトでウガンダの家畜衛生改善事業に携わっており、毎年、ドクターコースの学生四人を現地に派遣しています。日本のように設備が整っておらず、機材が故障してもなかなか修理できない。そういう環境の中で、自分たちで知恵を絞る体験をした学生は、やはり帰国してからが違います。経験はまさに財産です。大学の使命の一つである人材育成において、海外との交流は重要な要素です。

これまでに経験したことのない経済危機といわれている今、日本大学の学祖・山田顕義が、前身の日本法律学校を設置した1889年も日本は明治維新という大転換の時代にありました。しかし、視野を日本から世界へと広げると、現在は、明治維新以上の危機と大転換の時代であるかもしれません。今の時代、私たちは、日本の国民であると同時に、「地球人」としての意識を持たなくてはなりません。

個人、企業、国という範疇を超えて、人類の幸福と地球の発展という「地球益」を追求するために、我々は何をしなければならないのか、それを真剣に考えなくてはならない時代です。経済問題、人口問題、食糧問題、環境問題など、様々な分野の問題を解決していかなければ、地球が安定して持続的に発展していくことができなくなっています。

これまで人類は地球を開発し利用することを優先してきました。近年、「環境保全」という言葉が生まれましたが、もはや保全ではなく、「環境修復」が必要となっています。これまでにない新しい学問体系の中、総合的なアプローチで問題を解決していかなくてはならないのです。
この時代においては、日本大学のような幅広い専門領域を持つ総合大学こそが、大きな役割を果たしていけるのです。

あえていうとナンバーワンの大学という安易な道ではなく、国際社会におけるオンリーワンの大学を目指して、日本大学はこれからも邁進していきたいと考えています。

酒井 健夫 Takeo Sakai

1943年生まれ。66年、日本大学農獣医学部(現・生物資源科学部)獣医学科卒。93年より同学部教授、2005年より生物資源科学部長、日本大学理事、副総長を歴任後、08年9月より第12代総長、短期大学部学長に就任。その他、農林水産省獣医審議会長、日本産業動物学会長などを歴任。獣医師、医学博士。

「責任ある教育」の推進が地域と世界に貢献するマグネット・ユニバーシティを実現する (福岡大学長 衛藤卓也)

「責任ある教育」の推進が地域と世界に貢献するマグネット・ユニバーシティを実現する

福岡大学長 衛藤卓也

今年、創立75周年を迎える福岡大学は、九学部31学科、大学院10研究科32専攻、学生数2万人超を有する総合大学である。福岡県のみならず九州を代表する拠点大学として、地域との連携やアジアとの交流にも積極的に取り組んでいる。衛藤卓也学長は、地域に愛され信頼される「マグネット・ユニバーシティ」構想を掲げている。新たな四半世紀に福岡大学が目指す姿について、衛藤学長に伺った。


「心」の教育を取り入れ「知」と「心」の二つを磨く

――節目の年を迎え、今後、どのような人材を輩出したいとお考えですか。
衛藤学長(以下敬称略) 「知」と「心」をバランスよく学ぶことのできる人材が、私の描く福岡大生の人材像です。心の力が基盤としてあり、その上に知力が備わっている、一言でいうならば「バランスのとれた、明るくて気持ちのよい人間」といえるでしょう。

「心」といってもいろいろな解釈が可能です。倫理観がしっかりしている、正義感が強い、道理を重んじる、バランス感覚に優れている、柔軟性があるなど、「心の力」も様々です。福岡大生には、その中の一つでも二つでも、しっかりと兼ね備えた人物になってもらいたいと思っています。

「知」を学ぶとは、教養や専門知識を幅広く得ることであり、同時に論理的な思考力や総合的な判断力、豊かな表現力を身につけることです。「心」を学ぶとは、さきほどのように礼儀・マナー、倫理、良識、正義、包容力などを身につけることです。この「知」と「心」の両方を身につけてこそ、人は一回りも二回りも大きく成長できるのです。

ですから、教養科目のカリキュラムにも、「心」の科目群が必要ではないかと考えています。教養科目には、哲学や宗教といった科目がありますが、心や精神を磨くための科目があるべきではないかと考えています。例えば、教養科目の中に、礼儀やマナー、モラルを学ぶ授業があってもいい。

特に最近は、市場経済の歪みが露呈し、マネーゲーム的発想や利益至上主義の横行、そして偽装や改竄等の不祥事が起きるのは、知識を備えていても、人としての心がしっかり備わっていないからです。心の力という基礎がしっかりしていれば、様々な誘惑をはねのけることができるはずです。

大学の教員にとって、「心」は専門外という見方もあるかもしれません。しかし、だからこそ、あえて大学で「心」の教育をする価値があるのではないかと私は考えています。
そうして「知」と「心」の両方を磨いた学生は、多くの人の心を引きつける社会人へと成長することでしょう。

地域貢献と国際化の拠点を目指すマグネット・ユニバーシティ構想

――福岡大学は、「磁石のように人を引きつける」の意味を込めた「マグネット・ユニバーシティ」を掲げていますが、どのような構想でしょうか。

衛藤 福岡大学の知の拠点としての重要性と地域への影響力や貢献をさらに高め、国際性に富みグローバル社会をリードする総合大学としての魅力に磨きをかけるという構想です。福岡大学は今年、創立75周年を迎えます。本学は九州で最大規模の総合大学として、また本学が立地する七隈ゾーンのシンボル的存在として、地域の発展にますます大きな役割を担っていかなければなりません。

知的拠点としての福岡大学は、教育・研究・医療の三大高度機能が集積する、地域社会に開かれた交流拠点でもあります。それゆえに、福岡のシンボル的拠点といってもいいと思います。地域との関わり方では、地域社会の将来を担い、地域の発展に寄与する人材を育成・輩出する使命や、地域の方々に生涯教育や交流の場を提供する役割、そして高度な地域医療を提供し続けるミッションなどを、本学は担っています。

福岡大学が担うべきこうした使命を今後も果たしながら、さらに力強く邁進すべく、地域に愛され、地域の人々を引きつける大学へと発展させていく構想が、この「マグネット・ユニバーシティ」です。

「マグネット・ユニバーシティ」の取り組みとしては、小・中・高校生から社会人、地域住民、同窓生まで多様な人々の成長に貢献できる、裾野の広い教育プログラムを整備し、福岡大学を地域の一大教養センターへと発展させるよう取り組んでいます。また、地域住民の健康と医療に貢献する体制づくりも検討したいところです。本学は福岡大学病院と福岡大学筑紫病院の二つの病院を有しています。

二つの病院に加えて医学部、薬学部、スポーツ科学部をそろえているのも本学の大きな特長です。健康と医療の分野における地域貢献は、本学がこれからも果たすべき重要で必須の使命と心得ています。

地元企業との産学連携も推進しています。昨年1月には、福岡銀行と協定を締結しました。福岡大学が持つ研究成果、そして技術・ノウハウなどのシーズや知的財産と、福岡銀行の幅広い顧客ネットワークや金融やベンチャー育成のノウハウを持ち寄り、地域産業の発展や学術の振興、地域の未来を担う人材育成などを進めていきます。

「マグネット」の及ぶ範囲は福岡・九州にとどまりません。アジアの玄関口に立地する総合大学として、地域性と国際性の共存を図りたいと考えています。福岡という土地は、アジアとのアクセスが極めてよく、関東・中部・関西と比べても、アジア方面に対して地勢的優位性があります。
そのメリットを活かし、アジアからの留学生の受け入れを増やしていく予定です。

韓国と中国、それからベトナムやマレーシア、さらにモンゴルなどの中央アジア諸国まで範囲を広げ、将来のアジア諸国のリーダー育成に貢献したいと考えています。そのために、留学生のための基金を創設する案も出ています。裕福でなく、留学費用を負担できない優秀な外国人留学生に対して、返還の必要のない財政的支援を行うというものです。

今年3月には、福岡大学の産学官連携センターと、韓国釜山広域市の釜山テクノパークとの間で、環境分野におけるMOU(覚書)を締結しました。今後3年間にわたり、二カ国間で科学技術の情報交換、共同事業、技術移転のための情報交換などを進めていきます。こうした取り組みで、福岡大学の教育・研究・医療の質を高め、ブランド価値の向上にもつなげたいと考えています。

「責任ある教育」のために大学の安定と発展が必要

――経済の低迷で地方の活気が失われつつあります。福岡の拠点大学として、地域と大学の発展のためにどのような対応をお考えでしょうか。
衛藤 少子化の流れに不況の波が重なり、九州では定員割れを起こす大学も出てきています。規制緩和で大学の数が増えてから、競争が激しくなり、現在の大学の経営状況の厳しさは、目を背けられない現実です。加えて、認証評価の義務化や内部監査の実施、事業計画と事業報告書作成の義務化など、大学の質の向上も厳しく求められています。

この質の保証は、日本の高等教育において必要なことです。なぜなら、大学には「責任ある教育」を行う使命があるからです。「心」の教育といった根底部分の教育は、確かに地道で目立たないものです。地味でも注目されなくても、必要な教育をする使命を大学は負っていますから、質の保証への対応は、高等教育全体にとってよい流れだと感じています。

連携の分野では、「中高大連携」を強化していきます。福岡大学には、附属の大濠中学・大濠高校があり、男子校として一貫してきましたが、このたびの理事会で、女子も受け入れる方針に決定しました。こうした附属化・系列化を含め、中高大連携を戦略的に展開していきたいと考えています。

しかし、高等教育サービスにより、地域と国の発展に役立つという意味では、高等教育サービスはメリット・グッズ的要素を含みます。高等教育サービスは、受けた本人のみならず、社会と国にメリットを与えます。ですから、高等教育サービスを提供する大学に対して、国が補助政策を実施したり、補助金を支給したりしているのです。

国の補助政策として、特色ある取り組みをしている大学やプログラムを厚く補助するインセンティブ補助が推進されていますが、それとともに、大学が基本的な「責任ある教育」を遂行している限り、広く公平なエッセンシャル補助が一層推進されることを望んでいます。本学も現在、政府から多額の補助を受けており、ありがたく思っております。

あらゆる産業は、安定的な基盤があってこそ、持続的な成長・発展が可能だと思います。現在のように経済が低迷すると、安定がいかに重要か分かります。企業の倒産件数は戦後最大規模です。職を失うことにより、様々な機会を奪われる人々も出ています。社会と人々の生活にとって、安定的な基盤は非常に重要なものです。

安定と発展の重要性は、大学においても同じです。地域の大学の安定は、将来の発展の基盤となるとともに、地域の発展性と密接に関わってきます。大学に安定的な基盤があってこそ、地域に貢献する活動ができます。「責任ある教育」を行い、地域の将来を見据えて、人材育成を継続していくことができます。そして、地域と大学がともに発展していくことができるのです。

環境の分野では、「サスティナビリティ(持続可能性)」という言葉が使われています。経営の分野では最近、「生き残る力」を意味する「サバイバビリティ」という言葉さえ使われているようです。競争が成長・発展を促すという側面は確かにあります。しかし、行き過ぎた市場原理と過剰な競争で、安定的基盤と持続可能性が失われるのなら、それは大きな問題です。

福岡大学の目指す姿を考えるとき、私は一本の大きな木をイメージします。木の幹の一番高いところに建学の精神と教育研究の理念があり、その下に、教育・研究・医療の三機能、さらにその下に、第三の機能としての社会貢献活動があります。教育の幹から伸びる枝葉には、例えば、教養教育の見直し・充実、留学生受け入れの推進などが、社会貢献活動の幹の枝葉には、産学官連携やコミュニティ連携の推進などがあります。幹と枝葉を支える根の部分は、入学者であり、その保護者であり、また国の高等教育政策や補助金です。しっかりとした根が張っていてこそ、福岡大学の幹と枝葉を成長させていくことができます。

根をしっかりと張っていくために最も必要なものとは何でしょうか。一言でいうと、「責任ある教育」であり、「教育の質」です。質を保証しながら責任ある教育を進めることと、その教育を信頼して多くの入学者が集まること、そして福岡大学と地域がともに安定的に成長・発展していくことが必要です。まさに学生・大学・地域が三位一体となった成長・発展を遂げなければなりません。今後も、福岡の地域拠点としての期待を背負い、「責任ある教育」を展開しながら、教育の質の向上に努めたいと考えています。

衛藤 卓也 Takuya Eto

1945年生まれ。神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。英国リーズ大学交通研究所留学を経て、福岡大学商学部教授に就任。商学部長、エクステンションセンター長、副学長を歴任し、2007年より現職。日本交通学会理事、公益事業学会理事、日本海運経済学会評議員。著書に『交通経済論の展開』(千倉書房)などがある。

学生のための改革で、教育責任と質の保証を果たすことが知識基盤社会構築を担う大学の役割 (独立行政法人大学評価・学位授与機構教授 荻上紘一)

学生のための改革で、教育責任と質の保証を果たすことが知識基盤社会構築を担う大学の役割

独立行政法人大学評価・学位授与機構教授
文部科学省中央教育審議会委員
荻上紘一

第五期を迎える中央教育審議会の答申には、「学士力」確保の方針が示されている。国際的に見て、日本の大学はどういう位置にあるのか。グローバル化が進む中、日本の大学は今後どう変わっていく必要があるのか。現状の問題点と将来の大学像について、中教審委員を務める大学評価・学位授与機構教授の荻上紘一氏にお話を伺った。


履修主義から修得主義へ学生のための改革を

――中教審の答申が示した「学士力」は、現在の大学のどのような背景を踏まえているのでしょうか。
荻上教授(以下敬称略) 大学改革が盛んに叫ばれていますが、改革というものを誤解し、そもそもの方向設定を誤っている例もあるようです。改革といっても、現状を変えればいい、何か新しいことをすればいいというものではありません。大学の教育はひとえに学生のためにするものであり、当然、改革も学生のために進めるべきです。ひと昔前は、大学の組織や、教員の既得権益を守るための改革さえありましたが、最近では、幸いなことに「学生のために何ができるか」という考えが定着してきているようです。

例えば、FDです。かつて、大学進学率が10%台だった時代の学生には高い学習意欲がありましたから、大学の授業を聞いて、その内容がよく分からなくても、「難しいことを学んでいるのだから、今分からなくて当然だ。よし、勉強しよう」という姿勢でした。大学生は自分で勉強するものだったのです。そうして先生の背中を見て、学生はついていきました。

しかし、大学進学率が50%近い今は、「いかに大学生に勉強させるか」を考えないといけません。どれだけ教える中身が立派で、先生が人間的に魅力のある人でも、それだけでは学生は勉強しません。「大学は立派な研究者をそろえさえすればいいのだ」という時代ではありません。大学は、いかに学生に学習意欲を植えつけて、しっかりと教育するかを考えなくてはならなくなっています。二人に一人が大学に行く時代だからこそ、大学の教育の質的保証がますます大事になっています。

国全体の知的レベルを上げるという意味で「知識基盤社会」という言葉が使われるようになりました。大学は、もはや一部のエリートが学ぶ場ではありません。知識基盤社会を構築するために、今の大学には、「受け入れたからには責任を持って教育をし、高い品質を保証して世に送り出す」ということが求められています。

以上のような背景から、中教審の今回の答申では「学士力」について触れています。「学士という学位を与えて学生を世に送り出す上で、大学として最低限これだけの力をつけさせよう」という参考指針です。以前、東京大学の卒業式の告辞で、当時の蓮實重彦総長が、「学士の品質保証期間はせいぜい3年、長くても5年」とおっしゃいました。そこまでは大学が責任を持って教育したが、その先は自分で努力を続けなくてはいけない、というメッセージでした。しかし、現状は、残念ながら、卒業の時点ですでに品質を保証できない学士も少なからずいます。日本に750以上の大学があり、一方では少子化が進む中で、学士力の保証はますます重要になっていきます。

大学で学ぶ内容のバランスも大事でしょう。大学教育というと、専門教育に力を入れる傾向があります。「くさび形」といって、経済学部の学生には経済学を、工学部では工学をと、初年次から専門教育をしがちです。しかし、専門教育の土台となる一般教養にも力を入れるべきです。学士力は、「どの専門でも共通して身につけるべき力」です。

また、「履修主義」から「修得主義」への転換も必要です。「日本の大学は入るのが難しく、出るのが易しい」とはよくいわれていることですが、OECDの中で日本の大学の卒業しやすさはダントツです。我が国の大学から卒業証書の〝自動販売機〟を排除しなければなりません。大学には厳格な成績評価が求められています。しかし、成績評価の厳格化を、それぞれの大学が個々に進めるというのでは、現実には難しい。少子化で大学同士の競争が激しくなっている中で、「留年させられるような大学には入りたくない」という学生の選択も働きうるからです。したがって、大学の成績評価の厳格化を、全国一斉に行うべきだと考えます。

何を教えたかではなく、何ができるようになったかで評価する、つまり、修得主義で学習成果を測るのです。国際的にはすでにそのような評価の流れに変わってきています。これまでの日本の履修主義だと、教室に行って黙って座っていればいいということになりかねません。履修主義から修得主義への転換は、小学校から始めるべき課題だと思います。

学士力の答申には、学士の最低基準などが盛り込まれています。それを参考にしていただくことで、大学改革がよりよい方向へ進むものと期待しています。そうして学生のための大学改革が進めば、知識基盤社会という言葉に実質的な意味が伴ってくると思います。

「留学生30万人計画」ではまずハード面の整備が必要

――政府は「留学生30万人計画」を打ち出しています。今後、より多くの留学生を受け入れるための大学改革も必要になりそうです。
荻上 留学生の数を増やすことも大事かもしれませんが、それよりも質の向上を重視しなくはいけません。たくさんの留学生に来てもらっても、結果が「日本に留学してよかった」「よい学生を受け入れてよかった」とならないと、かえってマイナスではないでしょうか。「留学生30万人計画」の財政的支援とともに、質保証の具体策も早急に検討すべきでしょう。現時点で、日本へ来る留学生に対する教育環境は、諸外国と比べて決してよいとはいえません。

留学生宿舎などのハード面の整備が、アメリカなどとは比較にならないほど不十分です。アメリカだと、留学生が住居探しで困るということはまずありません。ところが、日本の場合は、留学生を受け入れる教員が下宿探しを手伝わなければならないケースも珍しくありません。現時点で国や大学が用意している宿舎と、今後受け入れようとしている留学生の数との間には、相当大きな開きがあります。

まず、宿舎の問題を解決しなくてはなりません。複数の大学の共同宿舎をつくるのもよいでしょうが、学風を大切にするために独自に宿舎を持ちたいという大学もあります。しかし、宿舎の建設には多額の資金が必要です。民間の力を借り、宿舎の拡充を図る道もあります。国が留学生を増やすという方針を掲げる以上、国の投資も必要でしょう。

現在のような世界的経済危機においては、留学生に対する経済的支援も視野に入れなくてはならないでしょう。日本の慣習として、受け入れは積極的にするものの、あとは当事者の努力に任せるということがよくあります。かつて、大学が障害者を積極的に受け入れるようになったとき、受け入れるだけ受け入れて、あとは教員や学生のボランティア精神に任せ切りという大学も中にはありました。

「留学生30万人計画」で、それと同じ愚を繰り返してはいけません。受け入れるからには、宿舎や財政的支援を含め、学位授与までの各種条件を整えた上で受け入れるべきです。
一番大事なことは、留学生から見ても魅力のある質の高い教育を提供することです。留学生向けに英語で授業を行うという考えもありますが、私はその意見に単純には賛成できません。留学生が英語で授業を受けられる仕組みを整えたとしても、本当にそれだけで多くの優秀な留学生が来るでしょうか。特に文系の授業の多くは日本語で行わないと意味がないと思います。

英語で授業を受けたい学生は、アメリカやイギリスなど英語圏の国への留学を第一に考えるでしょう。日本が留学生の受け入れを増やすのなら、ぜひ日本で学びたいという意欲を持つ学生に来てもらいたい。

そう考えると、英語による授業を提供する方向へ向かうのではなく、日本語教育を充実させるべきではないでしょうか。例えば、アメリカの大学には、留学生向けの英語研修コースがあります。日本の大学も、半年から1年、しっかりと日本語を学んでもらってから、それぞれの専門へと進んでいくシステムをつくるべきだと思います。英語圏の大学より質の高い教育を(日本語で)提供することが、多くの優秀な留学生を日本に引きつける道ではないでしょうか。

とはいえ、英語による授業を売りにする大学があることはよいことだと思います。例えば、秋田県の国際教養大学(AIU)は、すべての授業を英語で行い、質の高い教育を提供することにより、高い評価を得ています。
これからの大学は、それぞれの大学が個性を持ち、その強みを伸ばしていくという考えに徹するべきでしょう。その上で、大学それぞれが強みを持ち寄り、協力してより質の高い教育を提供する。文部科学省が戦略的大学連携支援事業を始めていますが、機能別分化と大学間連携は表裏一体で進めるべきものだと思います。大学の個性がはっきりしてこそ、連携が活きてくるからです。

かつての大学は、「本学に入ったからには、本学の提供する授業で学んでください」という考え方でした。しかし、隣の大学に興味深い授業があるのに、それを受けられないというのは、学生にとって非常に窮屈な教育環境です。「学生のための改革」を考えると、学生が学びたいなら、それが他の大学の提供するものでも学べるようにするのが自然です。それがまた、大学全入時代の学生の学習意欲を高めることにもなるでしょう。

近年は大学間の競争が厳しくなっており、「競争的環境の中で個性輝く大学をつくる」ということが盛んにいわれてきました。しかし、中教審の今回の答申から、「競争と協同の調和」という方針に変わっています。学生のための高等教育を考えるなら、各大学が機能別分化で個性を際立たせ、互いに協力して強みを持ち寄る連携事業は、これから非常に重要になっていくと思います。

知識基盤社会構築のために日本が今なすべきこと

――未曾有の経済危機と呼ばれる今、各界が目先の問題の対応に追われがちです。知識基盤社会の構築という目標に向け、大学はどのような展望のもとに行動していけばよいとお考えでしょうか。

荻上 大学とは、自主的・自律的な運営のもとに高度な教育と研究を行い、学位を授与する機関です。人材を世に送り出す上で、高度な教育と研究を前提として、質の保証をしなければなりません。そうして大学が育てた優れた人材が、知識基盤社会を支えていくのです。小泉元首相の「米百俵」発言で有名になった、長岡藩の大参事・小林虎三郎の言葉を借りれば、国が栄えるのも、国が衰えるのも、すべて教育にかかっています。大学の責任はますます重くなっています。

大学が知識基盤社会を支えるということを考えると、大学がもっと開かれた存在になる必要があるでしょう。大学とは18歳で入学して、22歳で卒業するものだと限定的に考えず、学びたい人が、学びたいときに、いつでも学べる場となるべきです。社会に出ても、勉強したくなったら帰っていったり、家の近くの大学に入ったりすることが、気軽にできるようになるといい。

諸外国と比較すると、日本の社会人学生の比率は非常に低い。日本の教育には、先ほどいった履修主義に加えて、〝年齢主義〟もあります。これは大きな問題です。私は企業の方々によくこんなことを申し上げます。「完成品を受け入れるという考え方をやめて、荒削りな若者を受け入れ、企業の仕事を通して磨き、『この人にはこういう専門的能力を身につけてもらいたい』と判断したら、積極的に大学へ派遣してはどうですか」と。企業の方々はたいてい「そんな余裕はない」とおっしゃいますが、知識基盤社会を構築していくには、企業も柔軟にならなくてはならないと思います。

開かれた存在とはいえ、入学者の選抜は厳格に行わないといけません。現在、大学生の約4割が、推薦入試やAO入試などで入学しています。このAO入試は「Admission Office」の頭文字で、本来は丁寧な選抜を行うという趣旨でした。もちろん、そのようにきちんと行っているところもありますが、現実には受験生のほとんどが「学力不問」で入学しており、「実態はALL OKだ」と揶揄する向きもあるのです。

現在、大学入試センター試験とは別の「高大接続テスト」の可能性を議論していますが、大学生の半数近くが、ほぼフリーパスで大学に入っているという現状をなんとか変えていかないと、大学の質の保証は到底できません。

大学の質の保証をしていく上では、目標設定も重要です。どのような人材を育成するかという目標をきちんと設定し、そのために必要な教育内容・方法を定め、その教育を受けてもらうために、どのような学生を受け入れるべきかを考える。これまで目標設定をきちんとしてこなかった大学が多いのではないかと思います。より具体的に目標設定をし、それを達成するためのカリキュラムを用意する。そして、そのカリキュラムに合った学生を受け入れる。

中教審の今回の答申は、まさにこの重要性を強調しています。答申の趣旨をよく理解していただき、教育改革を進めていただければと思います。
質の保証のためには、第三者評価の役割も一層重要になります。第三者機関が大学の教育の質をきちんと評価し、高い評価を受けた大学には、国が財政支援をしていく。国立大学への運営交付金や私立大学への私学助成金は、すべての大学へ一律に与えるのではなく、評価に基づき、差をつけるべきだと思います。ただし、そのためには高等教育に対する公財政支出を倍増することが前提です。日本の大学が国際的に高い評価を受けるようになるには、そこまで抜本的な改革を進めていかないといけないと思います。

今の日本の政府は、財政事情が苦しいといって、教育投資を減らしています。しかし、「財政窮乏の折だからこそ、未来のために教育に投資せよ」というのが先ほど述べた小林虎三郎のいう「米百俵」の精神です。国内の学生に対する奨学金も、給付はまれで、貸与がほとんどです。昨今は奨学金に対する風当たりが強くなり、民間に任せればいいという声さえあります。しかし、人材は国の財産です。教育による利益は本人が受けるだけでなく、ひいては国の利益となります。経済的理由により大学で学べない優秀な人材に対する支援を、〝受益者負担〟という論理で総括して果たしてよいのでしょうか。

現在の状況が「米百俵」の精神とは逆へと向かっているとすれば残念なことです。日本の未来を考えるならば、教育にこそ各界の英知を集め、投資をするべきなのです。

荻上紘一 Koichi Ogiue

1963年東京大学理学部数学科卒業。東京工業大学助手、東京都立大学助教授、ミシガン州立大学客員助教授、ハワイ大学客員教授、東京都立大学教授、グラナダ大学客員教授、東京都立大学理学部長、東京都立大学総長、公立大学協会会長などを歴任し、2003年より独立行政法人大学評価・学位授与機構教授。東京都立大学名誉教授。理学博士。

「戦略的大学連携支援事業」で特色ある大学づくりをさらに加速 (文部科学省高等教育局 義本博司)

「戦略的大学連携支援事業」で特色ある大学づくりをさらに加速

文部科学省 高等教育局
大学振興課長 義本博司

国公私立大学間の積極的な連携を推進し、教育研究資源を有効活用することにより、地域の知の拠点を築き高等教育システムの強化を図る「戦略的大学連携支援事業」。文部科学省高等教育局大学振興課長・義本博司氏は、「大学の質的保証と機能別分化を促すために、大学間の連携は欠かせない」と語る。2008年度からスタートした同事業では、どのような新たな取り組みがなされているのか。現況と展望を伺った。


大学連携は各地で芽吹いていた

中央教育審議会の2005年「我が国の高等教育の将来像」において、我が国の少子高齢化の進展や通信情報技術の発達、グローバル化による国際的な競争などを背景として、大学間の連携と競争の重要性、多様な高等教育機関の機能別分化および個性・特色の明確化と質の向上、高等教育の質の保証など、我が国の高等教育機関のあるべき姿と課題が答申された。

その後、中教審のみならず経済財政諮問会議でも大学間連携の必要性が認識され、戦略的大学連携支援事業が2008年度からスタートしたわけである。
実際は、それ以前から全国各地でこの大学間連携の動きが芽生えていた。例えば、新薬の開発で、薬学と医学と工学それぞれに強みを持つ大学が連携するといった学際的分野での取り組みや、大学間の連携により他大学相互の設備を共同利用したり、カリキュラムの幅を広げるなど、教育的メリットを狙った事例。また、地域社会を巻き込んで大学間連携を行うという、地域単位での大学のコンソーシアム設立の動きなどが各地で数多く生まれていたのである。
そこで、国としてもこうした事業を支援していこうということになり、戦略的大学連携支援事業が本格化したわけである。

54件の連携事業がスタート

本事業では、2008年度の予算を30億円とし、総合的連携型の地元型と広域型、教育研究高度化型の三区分に分け、複数大学からの共同申請を募った。その結果、94件の申請があり、その中から54件を選定した。
その内容は極めて多様である。地域単位のコンソーシアムをベースに発展させるもの。そして教育と研究を共同で行い、共同の学位を取得するプログラムをつくるもの。または、異分野を融合して新しいタイプの研究を進めていくものなど、今までの枠組みにとらわれない大学の可能性を広げる様々な連携事業が始まっている。

例えば、総合的連携型では、神戸学院大学を中心に四大学が連携し、神戸のポートアイランドで防災などの取り組みを通して、安全・安心・健康に関する教育を地元に根ざして展開していく事業が選定された(30、31頁参照)。他にも、金沢医科大学と金沢工業大学による教育研究における医工連携事業などがある。

教育研究高度化型もバラエティーに富み、大きな可能性を秘めている。北九州市立大学、九州工業大学、早稲田大学の連携では、カーエレクトロニクスの高度専門人材を育成する事業が始まっている。また、徳島文理大学と香川大学、香川県立保健医療大学による事業は、香川県内の医療系学部を有する三大学の連携により、香川県の医療に関する知の拠点を形成し、地域に密着したチーム医療を実践できる高度な医療人の養成を目的としている。

学位プログラムを意識した取り組みもある。例えば、一橋大学と慶應義塾大学が連携して、EU研究の共同大学院を設置する事業である。その他にも、日本女子大学を中心とする五女子大学が、共同で教職大学院を運営するという事業もある(28、29頁参照)。
「戦略的大学連携支援事業」をスタートしたことにより、このような意欲的な取り組みが全国各地で始まっていることは、多くの大学に当事業の意義を深く理解いただけた証と考えている。

共同実施教育課程の可能性

今後の大学間の連携においては、それぞれの大学の強みを活かして機能を高めていくと同時に、機能の足りないところにおいては相互に補っていくという考えが非常に大事になるだろう。アメリカやイギリスの大学の教育改革のレポートを読んでも、その種の課題への取り組みが記されている。

一例として、共同実施教育課程の編成が挙げられる。共同実施教育課程の編成は、2008年の大学設置基準の改正で可能になった。
現在のところ、大学、大学院や短大間の同一学校種で学位取得のための連携が主に想定されているが、将来的には、様々な形での共同実施の教育課程が考えられる。大学と短大が連携するといった縦の連携が議論の俎上に乗ることだろう。

例えば、英語教育に強い短大が、大学と共同で英語教育課程を編成し、大学は短大に対して幅広い教養課程を編成するといった連携である。
また、学芸員や司書などの資格については、一つの大学で全科目を開設するのは難しい。そこで、複数の大学や短大が連携して、共同で教育課程を設けることも考えられるだろう。多様な形の共同実施教育課程のあり方について、中教審でも議論がなされていくのではないだろうか。

加えて、施設や設備や人的資源を共同で活用していくことも、これからますます重要になるはずである。研究の分野では、国公私立大学を通して共同利用の研究拠点を文部科学大臣が認定する制度が昨年からスタートし、人文・社会分野の研究施設について予算措置がついている。

教育の分野でも同様に、共同利用の教育拠点ができないか、今後中教審で議論が進むことだろう。例えば、留学生への宿舎や日本語教育の提供は、複数の大学が共同で行えばメリットは大きい。留学生宿舎をどうするかという問題は、様々な大学でお話を聞くことが多い。共同利用の仕組みの中で課題を解決することは、とても有効なことだと思う。

連携を持続し成果をあげるために

今回選定された事業に対しては、それぞれ最大の成果をあげられるように、文部科学省として支援していきたい。この春はスタートアップのシンポジウムや会合が多く開かれており、できる限り参加し意見交換をさせていただいた。ここから出てくる成果を検証し、学生や地域社会に役立つ連携に発展させていくことが大事だ。

本事業で成果をあげていくためには、大学間の連携をいかに持続していくかが、一つの鍵となるだろう。当初は各大学のトップや関係者の熱意でスタートしても、トップの間の意識のズレ等により、連携の足並みが乱れる危険性もある。緊密な連携を持続するために、トップのリーダーシップのもと、大学間の円滑なコミュニケーションや迅速な意思決定が行える体制をつくっていく必要があるだろう。

2009年度は、戦略的大学連携支援事業の予算を60億円へと倍増し、新たに30数件を選定する予定である。
昨年の12月に出た学士力に関する答申は、大学が相互に連携していかに教育や研究の質を高めていくかという課題に触れていることもあり、09年度の本事業の柱としては、大学連携による質的保証取組支援にも注力したいと考えている。

加えて、08年度は短大の応募が少なかったこともあり、本事業を積極的に利用して新たな事業に取り組んでもらえるよう、短大に呼びかけていくことも今後の課題である。
大学の機能別分化を進めていく観点からも、大学の質を保証する観点からも、大学間の連携は高等教育の政策の柱の一つである。こうした点からも、本事業を推進していきたい。

義本 博司 Hiroshi Yoshimoto

1961年生まれ。京都大学法学部卒。84年、文部科学省入省。初中局教科書管理課、高等局大学課、学際局国際企画課、福岡県教委義務教育課長などを経て、95年に在フランス大使館一等書記官。その後、初中局幼児教育課長、官房総務課広報室長、厚生労働省雇用均等・児童家庭局保育課長などを経て、2008年より現職。

5女子大学共同教職大学院運営モデルの構築 (学校法人日本女子大学常務理事 若林 元)

5女子大学共同教職大学院運営モデルの構築

2008年度の戦略的大学連携支援事業の選定を受け、日本女子大学、大妻女子大学、実践女子大学、昭和女子大学、東京家政大学の5女子大学による共同教職大学院の開設が進められている。「女性リーダー教員の養成」を目的とした本連携事業が構想された背景には、女性教員の管理職が数%しかいないといった教育現場の実情があった。大学の連携により、どのような新しい共同教職大学院が誕生するのか。その展望と課題を取材した。


5女子大学が平等に分担・協力する

政府が男女共同参画社会の実現を掲げてから歳月が流れた現在も、教育現場の女性教員の活用が十分に進められているとはいいがたい。小学校の教員における女性の割合はおよそ半数を占めるものの、管理職を務める女性教員の数となると極めて少ないのが現状である。

2007年度学校教員統計調査(中間報告)によると、校長職のうち女性教員の占める割合は、中学校でわずか4.9%、高等学校で5.3%に過ぎない。初等から高等教育の質の充実が求められている今日、優れた女性教員の育成は、我が国の教育体制の重要課題の一つといえるだろう。

このような問題意識を共有する五女子大学が、戦略的大学連携支援事業の選定を受け、「共同教職大学院」の設置を進めている。日本女子大学、大妻女子大学、実践女子大学、昭和女子大学、東京家政大学の五大学である。日本女子大学常務理事・若林元氏は、連携事業の経緯をこう語る。

「管理職を務める女性教員の数が少なく、『学校経営に女性教員の能力が十分に活かされていない』という問題意識がありました。2003年度に教職大学院制度ができてからは、『女性リーダー教員を養成する専門機関をつくりたい』と、五つの女子大がそれぞれに考えていましたが、『いくつかの大学が協力して、より質の高いプログラムをつくれないか』という考えのもと、五女子大学の学長がはじめて集まったのが2年前のことでした」

しかし、当時、複数の大学が共同で大学院を設置する上で考えられるのは、「連合」という仕組みだけだった。「連合」の仕組みでは、一つの大学が基幹大学となり、参加大学がそれぞれに教育プログラムを提供する。学位は基幹大学が授与し、提携の中心は基幹大学が担う形である。教職大学院の分野では、すでに京都教育大学が基幹大学となり、この「連合」形式の試みが始まっていた。

日本女子大学を中心とする五女子大学の間では、「お互いに平等な関係で協力したい」という意思があったが、「少子化の時代で経営が厳しい中、まったく新しいやり方でリスクを負えるかが課題だった」と若林氏は言う。
「ちょうどそこに、共同学部・共同研究科制度という新制度ができそうだという話がありました。情報を集めると、大学間が共同で教育課程を編成できるといいます。昨年の秋に新制度が公表されたのを機に、五女子大でこの制度を活用しようと決めました」(若林氏)

入学者は、五女子大学のうちの一大学に「本籍」を置くが、「学籍」は五大学すべてに持ち、学位は五女子大学学長の連名で授与される。これは日本ではじめてのことである。授業料収入も五つに分け、運営経費の負担も全く平等にする。そのために「共同事務センター」をつくり整理するという。

「女性ライフステージ論」などの専門科目も

五女子大学が連携することで、どのようなメリットが生まれるのか。一つは、各大学の特色が教育プログラムに活かされることである。各大学には、地域連携や女性のキャリアアップなど、長い歴史の中で培ってきた強みがある。それらの強みを持ち寄ることで、カリキュラムの幅を広げ、質を高めることができる。
「女子大学が連携して女性リーダー教員を養成する」という目的を達成するため、「女性教員」に焦点を当てる新たな科目も設置する。「共通科目の中に『女性リーダー教員養成に関する領域』を設け、『女性ライフステージ論』などの科目を入れます。これは他にない特色です」(若林氏)。

また、学生にとって通学が便利になる、という利点もある。本事業では共通科目は五大学の五つのキャンパスで開講する予定で、入学者はどのキャンパスで受講してもかまわない。教職大学院には卒業した学部生のほか、現職教員の入学者も少なくない。教壇に立ちながら大学院へ通う学生にとって、通学時間は短いほどよい。五つのキャンパスのうち、職場や自宅に最も近いキャンパスで学べるこの仕組みは、社会人学生にとって大きなメリットとなるだろう。
専門科目は、開校しているキャンパスで受講することになるが、開校地のバランスなどを考慮し、教員が他大学へ講義に行くこともある。また、1日のうちに複数のキャンパスを移動する必要がないように、〝1日一キャンパス〟でまとめて受講できるようにカリキュラムを組む。さらに、「テレビ会議システム」の活用も予定している。「テレビ会議システム」で開講している科目は、どのキャンパスにいても同時に受講できる。

円滑な意思決定システムの構築

ただし、課題も見えつつある。例えば、運営体制の整備だ。共同教職大学院を開設する前の体制としては、五大学の学長で構成する学長会議の下に設置準備委員会、設置部会を置き、その下部組織として各種ワーキンググループを置いている。大学院開設後は、適切な意思決定を円滑に行えるよう、各大学の理事会の下に、専任教員15名による研究科委員会と、各大学の理事長が指名したメンバーによる運営協議会を置く予定である(上図参照)。

「運営協議会と研究科委員会で検討した内容を、最終的に各法人の理事会で意思決定するわけですが、『一つの大学が反対したらどうするか』といった問題が予想されます」(若林氏)

大学によって意見が割れた場合の対応などは、今後、運営の中で整備していかなくてはならない課題だという。
高等教育の新たなテーマとして教育の「質の保証」が掲げられているが、質の保証を図る上で、大学連携は「極めて有効な手段」と若林氏は語る。

「五つの大学が集まると、教員の合計数も多くなります。同じ一つの分野で、より質の高い教育プログラムをつくろうとした場合、教員の数が多いことは強みです。能力と特色を持った教員を幅広く集められますから」(若林氏)
この五女子大学による共同教職大学院の開設は、2010年4月の予定である。

若林 元(わかばやし・はじむ)
学校法人日本女子大学常務理事

ポーアイ4大学による連携事業 (ポーアイ4大学連携推進センター 田中綾子)

ポーアイ4大学による連携事業

安全・安心・健康のための総合プログラムを軸として

ポートアイランド内に隣接する神戸学院大学、神戸女子大学、兵庫医療大学、神戸女子短期大学は、以前から図書館の相互利用などの連携を始めていたが、戦略的大学連携支援事業に選定されたことで、防災、医療など各大学の特色を活かした連携事業へと乗り出した。“互いに徒歩圏内”という地の利を活かした連携の模様を取材した。


隣接四大学の地の利を活かして

神戸三宮の南に位置する人工島「ポートアイランド(略称「ポーアイ」)」。この西地域に神戸学院大学、神戸女子大学、兵庫医療大学、神戸女子短期大学が隣接している。この四大学は、戦略的大学連携支援事業に選定される以前から、単位互換制度や図書館の相互利用、合同オープンキャンパスの開催など独自の連携を進めていた。文部科学省による連携事業の情報を入手したとき、「『地域型』はポーアイの連携モデルに最適だ」と、すぐに応募の検討を始めたという。ポーアイ4大学連携推進センター・コーディネーターの田中綾子氏は、そのいきさつをこう語る。

「四大学にはそれぞれ得意分野があります。神戸女子大学・女子短期大学は女性教育に重きを置き、子育て支援講座や高齢者向け講座などを開くなど、地域とのつながりが強い。兵庫医療大学は医療相談会などを通じ地域貢献をしています。

神戸学院大学は防災と社会貢献に関して専門教育をしていて、地域の小中学校への出前授業や市民救命士の講習などを行ってきました。この連携事業は、教育、研究、社会貢献が柱ですから、私たちならその三本柱を推進することができるのではないかということで申請に至ったようです」

検討の結果、従来から取り組んできた図書館連携などを横軸とし、縦軸として新たに「ポーアイ防災推進プロジェクト」と「ポーアイ健康推進プロジェクト」を立ち上げることにした。横軸は学生支援のための経営的連携、縦軸は教育・研究・社会貢献を中心とする連携で、各種講座の開催や地域社会との交流事業を行う。

「ポーアイ防災推進プロジェクト」には、神戸学院大学の防災教育が、「健康推進プロジェクト」には、兵庫医療大学と神戸女子大学・女子短期大学の強みが活かされている。連携事業の目玉としては、防災・健康分野を中心とした「ポーアイ教養科目」を開講する。

ポーアイ4大学の大きな特色は、地の利である。単位互換制度や共同課程の新設でハードルとなるのは、大学の立地条件だ。大学間の移動に時間や交通費がかかり過ぎては、学生にメリットがない。「ポーアイ教養科目」の開講は、この地の利を活かした試みとして期待が大きい。また、本連携事業は第三者評価制度を取り入れており、神戸市立医療センター中央市民病院長、神戸市水上消防署長、兵庫県神戸水上警察署長、神戸市中央区長、神戸商工会議所、株式会社学生情報センターなどが外部評価委員を務めている。

学生プロジェクトの支援も

2008年10月から始まったポーアイ4大学の連携事業は、今までの各大学の社会貢献活動をベースに、地域住民と密接につながっている様子がうかがえる。兵庫医療大学の医療相談会は毎回ほぼ満席。神戸女子大学の学生が主催する子育て支援講座「くじらくらぶ」も親子連れに好評で、クリスマス会などのイベントも喜ばれているという。

地域の消防団の中には、「学生消防団」もあり、消防団のメンバーとともに、みなと神戸花火大会やバレンタインラブランなどの市民マラソン、駅伝などで警備にあたる。この消防団の活動は大人気で、「ポーアイに住まないと学生消防団に入れないので、引っ越ししてくる学生もいる」(田中氏)。

今後は、学生中心のプロジェクトに力を入れていきたいという。学生から研究や地域活動の企画を募り、選定を通過したプロジェクトに、一件25万円を上限に活動費を支給する考えだ。大学の教員がアドバイザーとしてプロジェクトを支援し、連携推進センターのスタッフもサポートする。
この取り組みの準備として、「ポーアイセミナー」を開催。学生たちが活動を発表し合う場で、学生同士の連携を促すのが目的だ。

今年2月にはじめて開催したところ、連絡先を交換し合う学生が多数見られ、一カ月後にはプロジェクトに参加するメンバーが増えていたり、メンバーが別のプロジェクトにも参加していたりと、交流が進んでいたそうだ。このセミナーは、「ボランティアの成功・失敗談を発表し合う」といったテーマを織り交ぜながら、年間10回ほど開催していく予定だ。

「多くの方々との調整と交流が、連携事業の大変で面白いところ」だが、「学生の様子を見ていると、手ごたえを感じる」と語る田中氏。「教育・研究はもちろん、社会貢献の面でも先生方の協力が不可欠です。パンフレットの作成、経理上のルールや報告フォーマットの共通化といった作業に加え、講演会などの開催もあります。多忙な毎日ですが、各大学の学長先生も私たちスタッフも、この連携事業が大きく育つことを望んでいます」。

ポーアイ4大学は、防災・減災、ボランティアに関し、東北福祉大学、工学院大学、大妻女子大学とも連携協定を結んでおり、この七大学による連携事業も構想しているという。これからの展開が楽しみである。

田中綾子(たなか・あやこ)

1997年神戸学院大学人文学部卒。2005~08年、現代GPコーディネーターを務める。08年より戦略的大学連携支援事業コーディネーター。現在、神戸学院大学大学院修士課程在学中。

未来を担う若者をいかに社会全体で育てていくか (法政大学大学院 教授 諏訪康雄)

未来を担う若者をいかに社会全体で育てていくか

法政大学大学院
政策創造研究科教授 諏訪康雄

社会人基礎力が定義づけられ、今後はそれを実際の教育にどのように反映していくかが課題となる。若者の育成方法の改善は社会の重大な責務であり、これまでのように学校や企業が個別に取り組んでいては前に進めない。景気後退局面に当たり、改めて社会人基礎力の意義が問い直されつつある昨今、もっと大きな視野に立って、産学官が連携を深めていく時代が訪れたのである。


共通言語としての社会人基礎力

「前に踏み出す力」「考え抜く力」「チームで働く力」という三つの要素で構成される「社会人基礎力」の考え方が浸透していくことで、様々なメリットが考えられる。
まず若者は、学校や職場、地域社会において、どのような能力が求められているかを具体的に意識できるようになる。そして、成長の各段階において、自分にその能力が身についているか自己分析しながら、自らの成長を促していくことができるであろう。また、自らの強みとして、身につけた社会人基礎力を面接試験などでアピールすることも可能となる。

企業にとっては、具体像が見えにくかった「企業が求める人材像」を、社会人基礎力の枠組みを活用することで、分かりやすく表現できるはずである。それを広く発信していけば、就職活動に取り組む若者にとって有効な情報となりえる。また、これら三つの要素は、入社後の育成システムの構築にも役立つはずであり、これを指標の一つとして、若手社員の実態を把握しながら育てていけば、定着率の向上も期待できるだろう。

これは学校においてもしかりである。正課の授業なりキャリア教育の中で、社会人基礎力が身につくようなカリキュラムを工夫すれば、しっかりした若者を育てていけるようになる。例えば、産学連携のもと、「体験」を盛り込んだプログラムをつくったり、大学の授業の中にグループワークの要素を取り入れたりすれば、学生に実行力やチームワークを身につける機会を与えることになる。社会人基礎力の概念が社会に浸透するということは、すなわち若者、企業、学校の三者が「共通言語」を持つということである。この共通言語を持たなかったがために、若者が社会で必要とされる能力を身につけるための有効な教育システムをつくれず、産学の相互理解も深まらなかったのではないだろうか。

例えば就職試験において、企業が学生を評価する際に注目する要素と、学生が企業にアピールする内容との間には、大きなギャップがある。企業は学生の人柄や可能性、入社に向けた熱意を評価しようとするが、学生はアルバイト経験も評価してほしいと考えている。つまり、学生はアルバイトを通じて何らかの能力が身につくと思っているが、企業は必ずしもそうとは考えていない、ということを意味している。こうした認識の乖離は、共通言語を持たないことが原因となって発生していると考えられるのである。

今後、社会人基礎力を共通言語として、学校と企業が「つながり」を強化していくことができれば、「職場で求められる能力」と「教育現場で身につけさせる能力」を適合させられるようになる。こうした取り組みが進むことによって、企業は本当に求めていた人材を獲得できるようになり、学生は自分に合った企業に就職できる可能性が高まることになる。

教育現場における取り組み

学校と企業の連携による体験型の育成プログラムとして、「インターンシップ」は非常に有効な手段といえる。ところが最近では、インターンシップを実施することだけが重視され、肝心の内容が二の次になっているケースも多く、効果が薄いという指摘もある。これを改善していくためには、「社会人基礎力の育成」という観点を持ち込むことが、非常に有効ではないかと考える。

例えば、具体的な実務能力をマスターすることはできなくても、会社の先輩たちに積極的に質問をしたり、明るく活発に挨拶をしたりすることを通して、「前に踏み出す力」を身につけることができる。あるいは、会議に参加したり、グループをつくって共同作業を行ったりすることを通して、チームワークの大切さに気づくこともできるだろう。さらに、インターンシップによって学生がどのように変化したかを把握・分析し、企業と大学が情報交換することで、より効果的に進化させていくことも重要なことだろう。

現在は中断しているが、ユニークなインターンシップの事例として、武蔵野大学と高知大学の取り組みを紹介しておきたい。両校は、共同事業という形で、学生だけで経営するバーチャルカンパニーを設立しており、学生は、その会社にインターンシップという形で派遣される。そこでは、学生自らが企画、運営、実施、検証といった一連の流れの中でビジネスを経験し、実社会で働いていく上で必要となる基礎力を幅広く学ぶことができるようになっている。従来の参加型のインターンシップでは、企業活動のごく一部しか体験できない可能性があったが、両校の事例では、学生自身が会社を運営することによって、社会人基礎力はもちろん、リーダーシップやアントレプレナーシップの育成につなげることもできると考えられる。

また、産学連携のもとで「プロジェクト型授業」を実施していく、という方法も大変有効である。プロジェクト型授業とは、学生自身が企業や実社会で現実に存在する様々な課題に取り組み、いかに解決していくかを考えることによって、高い教育効果を得ようとするものである。
例えば、慶應義塾大学大学院の附属研究所である「SFC研究所」では、産学連携による高度なプロジェクト型授業が実施されている。

具体的なパターンとしては、まず企業から何らかの課題がSFC研究所に委託される。これに対して、企業関係者、大学教員、学生がチームを組み、1年間かけて解決方法を研究していく。最終的にまとめられた研究成果を企業に報告・説明し、これに対して企業側が評価を行うのである。企業関係者やチームのメンバーと協力しながら実践的な研究を行うことで、学生たちは「考え抜く力」はもちろん、「コミュニケーション能力」や「チームワーク」、場合によっては「ストレスコントロール力」まで学ぶことができる。このように、社会人基礎力の醸成も兼ねた研究や授業をつくっていくことが、これからの教育機関には求められるのである。

この他、山形県立米沢工業高校では、地域の産業界によって組織された「米沢ビジネスネットワークオフィス」と連携して、ITに特化した専攻科を設けたり、長期のインターンシップを実施したりするなど積極的だ。高校在学中から実際の企業と関わりを持つことによって、生徒たちの社会人基礎力が高められることはいうまでもない。

産学官の連携強化が不可欠

若者たちが社会人基礎力を身につけていくためには、まず社会全体で共通認識を持ち、家庭、学校、企業、地方自治体、NPO等が連携しながら各段階において適切な教育を施すとともに、「気づき」を与えるような「体験」をさせていくことが重要である。

ただ、そうした育成を行うことが必ずしも目先の利益にはつながらないため、なかなか現場レベルで実践していくのが難しい。また、余力のある大きな大学や大企業の連携はある程度進んでいるが、今後は、地方の大学と地元中小企業との連携をより強化していくことが不可欠となる。さらに、様々なレベルにおける産学連携強化に向けて、行政側からも積極的に働きかけていくことが必要であろう。
世界の未来のために、社会全体で若者をしっかりと育てていく姿勢が求められているのである。

諏訪 康雄 Suwa Yasuo

1947年生まれ。70年、一橋大学法学部を卒業。イタリアのボローニャ大学に留学した後、77年に東京大学大学院法学政治学研究科博士課程の単位を取得し、満期退学。法政大学社会学部専任講師、同助教授、ニュー・サウス・ウェールズ大学客員研究員、ボローニャ大学法学部客員教授、法政大学社会学部教授などを歴任。2008年から法政大学大学院政策創造研究科教授に就任し、現在に至る。経済産業省の「社会人基礎力に関する研究会」の座長を務めた。