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公平で真に世界に開かれ、国際的に卓越した研究教育拠点を目指す

京都大学総長
松本 紘

創立以来111年、京都の地において自主自立の精神を涵養し、世界に知られる著名な研究者を数多く擁する京都大学。第25代総長に就任した松本総長は、大学は世界レベルの人材と研究成果を生み出す大地であるべきとの「大学大地論」を展開する。留学生を含めた京大の戦略的課題をお伺いした。


拙速な留学生拡大に走るより基盤整備の充実を

――京都大学は、基本理念の中で「国際的に開かれた大学」を標榜し、実際、種々の国際交流を積極的に推進されています。ますます進む国際化の中で、留学生の問題についてどのようなお考えをお持ちですか。

松本総長(以下敬称略) 個人的な考えを含めて言うと、単に留学生の数を増やせばいいという風潮は、少々問題があると感じています。数を増やせば母数が大きくなりますから、総体的に優秀な学生が増えるのは確かかもしれません。しかし数的目標をあげて、期間を設定すると、えてして悪い側面が先行する可能性があります。留学生30万人計画の中でも議論されたことではありますが、留学生の質にも留意する必要があるでしょう。

また、留学生出身国についてのバランスを図ることも大切だと考えます。アジアからの優秀な留学生をスカウトする一方で、もっと欧米諸国からの優秀な留学生を増やしたいと思います。京都大学が競うべき欧米の世界トップレベルの大学、それこそハーバード大学やケンブリッジ大学では、世界中の優秀な学生が学んでいます。

たとえば、京大の卒業生でハーバードやケンブリッジの大学院で学ぶ学生はいますが、その逆はあまり聞かないですよね。これはなぜか。京大の先生方は国際化に大変熱心ですし、世界トップクラスの研究者も多数いるにもかかわらずです。
その理由は、もしアメリカから留学生が来て、向こうの大学で整備されているような環境を用意できているかと言えば、できていないからなのです。私も若い頃アメリカの大学に行きましたが、研究室にはラボ・テクニシャンがいて、研究者は研究のみに専念できるシステムが整っている。留学生向けの奨学金や宿舎に加えて、教育・研究が自由にできる周辺整備が欧米はできているが、日本はそこまで到達していません。そういった教育・研究環境の魅力を高めて、クオリティの高い留学生に来てもらい、それによって大学の活力が増すようにしたいものです。
――留学生を30万人も受け入れる体制をつくる前提としては、どのような施策が必要でしょうか。

松本 国の教育への支援体制から考え直すべきでしょう。よく言われることですが、高等教育への予算を、GDP比でせめてOECD諸国並みに引き上げることですね。それらの国の大学と競争していくわけですから、条件が違う中では競えない。教育や研究のレベルを上げるというのは教育機関として当然ですし、「この研究室に入りたいから」と海外から来てくれる優秀な学生もいますが、まだ少数です。30万人という話になったら、もっとシステマチックな部分で考えないといけないでしょう。

大学はいま、痩せた土地を一生懸命耕しているようなものです。畑というのは、どんないい苗を植えても土地に養分がないといい作物は育ちません。ところが、いまの政策は、本来必要な肥料や水をどんどん減らし、無駄な研究を減らして、大学を競争させて、生産性のいい部分に特化すればいいと考えている。しかし、学問というのは裾野が広がっていないとできません。すなわち、広い肥沃な大地があって、初めていい芽がたくさん育ちます。

私はこれを「大学大地論」と言っています。留学生30万人計画も確かに養分の大きな一つですが、一見無駄と思える大学の基盤である土地の元気を取り戻さないといけないのです。

民間との連携は、20年先を見据えたビジョンが必要

――京大は産学連携も積極的に取り組んでいます。そのようなネットワークを利用して、留学生の受け入れに民間活力を活用するという方向性は考えられないでしょうか。
松本 それは、私たちにも、企業にも、どこまでやる気があるかによると思います。企業の採用ニーズに合わせて私たちが留学生をしっかり育てて、卒業した学生を企業が受け入れてくれる、そういうスキームを20年かけて一緒に築きましょうというのであれば、それは大変に意義があります。

また、民間に協力してもらって、学生寮を建て、研究環境を整えるのもとてもいいことです。民間の投資が促進され、大学を中心に街も活気づくという展望があればいい。しかし、大学にいま資金がなくなってきていて、土地が痩せてきています。それでもやっているのは、日本人の勤勉さ、真面目さなのですが、そこに競争的資金という肥料や水を少し融通されても、土地全体は潤いません。このような政策では学問は進みません。
――企業では、高度な専門性を持った優秀な留学生を積極的に採ろうという動きを活発化させていますが。

松本 それは、日本人の学生も頼りないですからね(笑)。下手な日本人学生を採用するより、優秀な外国人学生を採りたいと企業が思うのは当然でしょう。ただ、いい学生は、みんなが狙っているわけですから、そこに競争が生まれます。京大でも、外国の方を職員として採用していろいろな大学を回ってもらい、先生方にも現地で学生と面接するなどの地道な活動を通して、いい学生が少しずつ入ってくるようになりました。しかし、そのような動きはごく一部分に過ぎません。

いい学生を世界中から集めようとしたら、国全体で取り組むべきものでしょう。魅力のない国には留学生が来るでしょうか。いま、日本の存在感が世界で薄くなっている現状を何とか変えていかなければいけないのです。

若手からシニアまで公平で一貫した研究支援の取り組みを強化

――京大は、「探検大学」と評されるほど、パイオニア精神に溢れていて、若手研究者を育てるのに熱心だという印象があります。大学間の国際化競争の中で、先駆者としての立場が有利に働くのではないでしょうか。

松本 確かに、一生懸命に若手を育ててきた自負はあります。ただ、それが京大の専売事項だと思うのは大間違いでしょうね。次の世代を育てるのは、大学にとって生命線ですから、どこの大学でも熱心に取り組んでいるでしょう。もちろん、他の大学があまり触手を伸ばしていない研究分野に京大は積極的に挑戦し、成果を挙げてきた強みはあるでしょう。

そういった地位を失わないためにも、さらなる新しい取り組みをしていく必要があります。具体的には、各種の研究支援を強化しています。
まず、若手で言えば、「スタートアップ研究費」があります。研究をスタートしたばかりの時は実績がないので、科学研究費や競争資金がなかなか取れません。そこで、初期投資の資金を支援するという制度です。そしてスタートしたもののなかなか芽が出ず、頓挫したのでは、最初にかけた資金が無駄になる。そこで、次の段階として「ステップアップ研究費」として支援をする仕組みをつくりました。

次に、研究成果が出始めた段階です。研究費の原資は競争資金ですから、毎年申請していると何年かに一回の確率で取れないときがある。研究室も中堅になると、10人、20人のグループを抱えている。そこで、中堅を支援する「シニア・コア研究者バックアップ研究費」を独自に運営しています。

さらに、脂がのりきっている中高年層。彼らはすでに世界でも認められた研究者で資金は潤沢でも、お金は必要です。なぜかと言えば、そういう人たちは世界と競い合っている。たとえば、資金が1億円足りないために、一つの機材を買うのを諦め、結果、競争に負けてしまうということがある。それなら、その足りない資金を融資しましょうということで、学校内融資を始めました。

そして今後、第一線を退いたシニア研究者にも支援プログラムをつくりたいと考えています。大学は組織である以上、定年といった人事の枠組みがあります。しかし、研究者としての能力がそこで終わるわけではありません。そこで、名誉教授に対する支援として、「シニア研究者サポートプラン」というのもスタートさせたいのです。つまり、これからスタートする若手、もうすぐ芽が出る準若手、コア研究者、ベテラン研究者、シニア研究者まで、一連の支援プログラムがこれで完成することになります。

ここで最も重要なことは、平等と公平は違うということです。「これらの資金は平等に配れ」という意見もよくあるのですが、平等にしたらベストにはならないのです。慎重に検討して公平にかつ「断ずべくして断ぜざれば後に悔いあり」と思ってやっています。

大学が人生の基軸となる時代の到来

――今後10年、20年後、大学をとりまく環境は大きく変化していくのは確実です。大学はどのように変わっていくべきだとお考えでしょうか。
松本 京大は京都という街に大きく支えられ、街に溶け込み、ともに発展することで、お互いが文化を高めあってきました。本学の経営協議会委員でもある山田啓二府知事がおっしゃっていたことですが、「京都は歴史があり、文化度も高い都市だが、一方で、革新的な気質もあり、新興企業をたくさん生み出してもいる。その源流が京都大学にある」ということでした。

京都大学の前身は第三高等学校ですが、大阪にあった三高の前身を、当時の京都府は、予算の2割を用意して誘致した経緯があるのです。当時の記録を見てみますと、大変な議論があったようですが、大学を呼んでこそ京都は伸びると当時の知事が英断されたそうです。

私は「大学基軸論」を提唱し、大学が人生の基軸にならないといけないのではないか、というより、なるべきなのだと話しています。大学で過ごす期間は短いですが、そこでの人間関係は一生続きます。人生の節目で困ったとき、やりなおしたいとき、大学に何度も戻ってくる、そこには、ともに学んだ仲間がいて、あるいは、そこから社会に広がっているネットワークがあって、お互いに支えあい、助けあう。大学を基軸として一つのファミリーを形成していく、そんな場所であるべきだと思っています。

少なくとも、京都大学に縁のあった方が、ここは人生の基軸になりうると思ってもらえるようなサービスを提供したいですし、そして、20年後にはすべての大学が、そこにかかわった人の一生の拠り所になるような、そんな時代になることを願っています。

松本 紘 Hiroshi Matsumoto

1942年生まれ。65年、京都大学工学部卒。67年、大学院工学研究科修士課程修了。同年、京都大学工学部助手、工学部附属電離層研究施設助教授、超高層電波研究センター教授、同センター長、宙空電波科学研究センター教授、宙空電波科学研究センター長・評議員、生存圏研究所教授・所長、理事、副学長を経て、2008年10月より現職。

大学改革提言誌「Nasic Release」第18号
記事の内容は第18号(2009年1月1日発行)を抜粋したものです。
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