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日本とアジアの「大いなる架け橋」となることが九州大学の国際的使命

九州大学総長
有川節夫

アジア地域と歴史的につながりが深く、独自の文化交流を行ってきた福岡。この地にあり、対アジアについての国際化では1日の長があるのが九州大学である。留学生政策もやはり、アジア地域でのプレゼンスを最大限に活用する考えだ。


留学生政策は、産官学+民(地域)が一体となった取り組みが必要

――九州は歴史的にアジア地域との交流が盛んで、九州大学も独自の国際化戦略を推進しています。そんな中で、政府の留学生30万人計画が持ち上がりましたが、この施策をどのようにとらえていますか。

有川総長(以下敬称略) 現在、日本には約12万人の留学生がいます。それが30万人になるということは、おおよそ三倍になるということですから、ごく単純に言えば、九州大学では、現在1300人いる留学生が約4000人になる計算になります。これだけの数となると、やはり現在行っている戦略の拡大の延長線上というわけにはいきません。あらゆることを想定し、体制を整備しなければなりません。

大学としては、まず教育プログラムを充実しなければなりません。英語で行う講義の拡充、新しいコースの設定などをすでに開始しています。ただ、こうした大学の対応だけでは不十分です。卒業後の受け入れ先である産業界においても、これだけ多くの留学生が来るのであれば、大企業だけでなく、中小企業や地場産業においても受け入れ体制が必要となります。

では、そういう体制が企業側にあるのか、受け入れるとしたら条件は何なのか、といったことも考えておく必要があります。官はもちろん、地元財界などと連携した、産学官での取り組みが欠かせません。
さらに言えば、最も大事なのが「民」です。九州大学が、アジア展開で一定の実績を出すことができているのは、地元自治体の協力、地元市民の理解が大きいのです。これは、この地域が歴史的にアジア地域と深い交流があったことと無縁ではありません。

キャンパス担当理事の経験からわかるのですが、大学にとっては、地域との関係が極めて重要であり、それなくして大学は成り立たないとさえ言えると感じています。また、同時に、地域も大学の重要性を強く認識し始めています。たとえば、4000人の留学生がいるということは、大学の中で勉強するだけではなく、地域に住み、買い物をし、地域の人々と交流するわけです。それを地域の人々が受け入れる用意があるのか、それによって地域はどう変わっていくのかを考えなければなりません。これは大学だけで考えればいいことではなく、大学と地域が一体となった取り組みが必要だということです。

――留学生の宿舎など、ハードの整備が気になるところです。
有川 そうですね。ただし、国立大学の法人化によって、大学としても積極的に取り組めるようになりました。現在の伊都キャンパスの宿舎は、PFIという枠組みのもとで、民間の技術的能力などを活用してできた学生寮第一号と言っていいでしょう。

現在の宿舎は、総戸数が約250ですが、家族で住めるタイプも建設中です。これからもさらに整備を進めますが、それだけでは不十分ですので、民間や自治体の協力が必要です。日本人学生を含めて、入学後の最初の1年間は宿舎を優先的に割り当てますが、2年目からは新入生のために空けていただきます。その代わり、自治体の協力で、公営住宅を格安で提供いただいています。このような取り組みをさらに大規模に進めていく必要があるでしょう。

アジアと環境で独自の地歩を築いてきた強みを生かす

――九大は、特にアジア地域で、環境問題に対するプロジェクトを大々的に進めています。アジア地域ではこれから、環境対策が大きな課題となり、またビジネスにもなります。そういった意味で、アジアと環境という二つの点で優位に進めることができると思うのですが。

有川 おっしゃるとおりです。すでに九州大学は、近未来の水素利用技術に関する世界的な研究拠点になっていますし、さらに、次の時代を見据えて核融合関係にも力を入れています。これらはエネルギー面の研究成果として高い評価を得ると同時に、環境問題に強い人材を輩出しています。加えて、もう一つ重要なのが炭素資源です。

九州大学では、今年度より、新炭素資源学という新しい領域がグローバルCOEプログラムとして立ち上がりました。時代遅れと思われるかもしれませんが、新エネルギー開発が進む一方で、特にアジアでは、依然として石油、石炭などの化石燃料に大きく依存している現状があります。新エネルギーへの転換だけではなく、現在使用されている化石燃料をクリーンに利用する技術も求められています。

ところが、どの国でもこの道の専門家が不足してきており、知識や技術が急速に失われつつあります。この点、九州大学は、近隣に炭鉱があったこともあって、昔から石炭研究については強い大学でした。研究が途切れる前にグローバルCOEプログラムとして立ち上げることができてよかったと思っています。

環境問題はすでに国境を越えています。中国から黄砂が飛んでくるのはいまに始まったことではありませんが、近年ではこれにさまざまな化学物質が混じってきています。もはや、環境は、東アジア共通の問題として認識されています。中国や韓国の大学からも共同研究の打診があり、2007年には「東アジア環境問題プロジェクト」を立ち上げ、国際的な産学官の研究のネットワークも構築されています。今後「エネルギーと環境の九州大学」が国際的にも認知され、海外との共同研究や研究者・学生の交流もさらに活発になるでしょう。
――現在では、世界的に優秀な学生の争奪戦になっていますが、そういう意味でも、環境問題に対する九大の先駆性は大きなプレゼンスになっているのですね。

有川 環境に関する知識や技術で存在感を示していくことは、日本の取る道であることは確かです。地球が人間の住めない星になってしまえば大学も企業も存在できないわけです。したがって環境問題は、大学として取り組んでいかなければならない使命の一つでしょう。
また、優秀な学生の争奪戦になっているとのことですが、私は、現在の若者は皆、優秀であると思っています。確かに入学当初は頼りなく見えることもありますが、学んでいく過程で、めきめき力をつけていく姿をこれまで何度も目の当たりにしています。

結局は育て方に帰結することで、教育機関であれば、「優秀な学生がほしい」ではなく、「優秀な学生に育てる」ということが基本だと思います。これに加えて、世の中が求めていること、また、学生が求めていることに対応できるプログラムに基づいた教育を行うことも必要です。学ぶ知識が世の中でどう活かされ、必要とされていくのかという摺り合わせも、現在では必ずしも十分ではありません。もちろん、いまはどのような応用ができるかわからない基礎研究分野に対しても、数十年先のことを考えた投資を怠ってはいけません。

イノベーションとは、えてして「役に立つかどうかはわからないが、とにかくやってみたい」という純粋な好奇心から生まれるものです。「役に立つこと」と「夢の実現」の二つを同時にバランスよくやっていかねばなりません。

――九大は、産学連携を積極的に展開していますね。
有川 九州大学の産学連携は順調です。大学から働きかけ、民間の技術を体系化し提供することも、大学の重要な役割の一つです。民間においては、経験や失敗に基づく知識やノウハウがあっても、そういうものを体系化して教育していくシステムを構築するのはなかなか大変です。一方、大学では、民間で一般化している経験や技術を知らずに、学生に現実と乖離した教育を行うことを避けなければなりません。そこに、産学連携の大きな意味が出てくるのです。

アジアにもEUレベルの諸国連合を築く好機

――これから、大学をとりまく環境は大きく変わり、大学も変化していかなければならないと思います。九大の未来像をどのようにお考えですか。
有川 世界第一級の教育・研究と診療活動を展開し、「アジアに開かれた知の世界的拠点大学」「西日本を代表する基幹総合大学」「都市と共に栄え、市民の誇りと頼りになる大学」を目指します。また、そのための戦略として、前総長の時代から「4+2+4アクションプラン」を掲げて取り組んでいます(図を参照)。このうち、重要なポイントが、「二つの方向性」です。

大学としては、新しい科学を創造していくのは当然であり、これは普遍的な使命と言えるでしょう。では、その方向と言えば、やはりアジアに向かうだろうと思います。九州はアジアと歴史的なつながりが深いですし、地理的な距離も近いです。福岡と釜山の距離が250キロ弱で、この距離は中継点なしに海底ケーブルを引ける限界ですし、ソウルにも福岡空港から直行便が出ています。

数年前、関西空港からソウルに行きましたが、福岡からの便に比べて、かなり時間がかかり、改めて「九州はアジアに近いんだな」と実感しました。これまでもアジア諸国とさまざまな取り組みを行ってきましたが、近年はこれらの国々も力をつけてきており、真のパートナーになってきました。そろそろアジアでも、EUレベルの諸国連合を視野にいれ、AUとでも言われてもいい時代になってきたのではないかと思います。その架け橋になる九州大学でありたいですね。

近い将来で言うと、特に、中国、インドとの取り組みを強化していきたいと思います。両国は人口も多く、関係を強化することで、こちらもパワーをいただくこととなります。そういう意味では、これからの成長の可能性を秘めた国が多いアフリカも注目しており、アジアから世界へと関係を深めていきたいと考えています。

有川節夫 Setsuo Arikawa

1941年鹿児島県生まれ。理学博士。専門は情報科学。66年、九州大学大学院理学研究科数学専攻修士課程修了。同年、九州大学理学部助手就任。京都大学数理解析研究所助手などを歴任した後、九州大学に戻り、大型計算機センター長、大学院システム情報科学研究科教授、附属図書館長、理事・副学長、国立情報学研究所客員教授などを経て、2008年10月より現職。

大学改革提言誌「Nasic Release」第18号
記事の内容は第18号(2009年1月1日発行)を抜粋したものです。
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