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地域の特性を生かし、海外留学生のニーズに響く教育を

中央大学総長・学長
社団法人 学術・文化・産業ネットワーク多摩会長
永井和之

国公私41大学と九自治体や企業が加盟し一都ニ県にまたがる我が国最大の産官学連携組織である学術・文化・産業ネットワーク多摩。会長で、中央大学総長・学長の永井和之氏に、地域と大学のあり方を含めたその国際戦略をお伺いした。


留学生30万人計画の問題点

――政府が発表した「留学生30万人計画」について、いかに優秀な外国人学生を集めるかが焦点、という声が多いようですが、ネットワーク多摩会長として、また中央大学総長・学長のお立場も含めて、どのようなお考えですか。

永井総長・学長(以下敬称略) 前提として、私はこの計画には二つの点で乗り越えなければならない課題があると思っています。一つ目は、この計画が出た背景を見ていると、根本には経済政策があることに気づきます。つまり、日本が少子高齢化していく中で、労働力をどう確保するかの解決策であり、ある程度の教養と技術を兼ね備えた人材を日本社会に受け入れていくのがその主眼です。誤解を恐れずに言うと、一種の移民政策と言っていいでしょうね。

経済政策としてなら、むしろ一定の評価をしてもいいと思うのですが、純粋に文教政策としてとらえた場合は問題点があると感じています。文教政策、即ち日本人の学生のレベルを上げるのであれば、日本人学生を30万人、海外に出して鍛えていく政策の方が、人材養成という観点から効果があると考えています。中央大学学長としての立場からしますと、あえて言うなら出す方に重点を置きたいと考えているわけです。

受け入れることを否定しているわけではなく、本来のあるべき姿で言うと、二つ目の課題は日本で何を教えるのかということです。多くの留学生を受け入れるための方法論として、英語による授業、あるいは、英語だけで学位が取れるプログラムの充実が言われます。なるほど、日本語の障壁がなくなれば、留学生は増えるかもしれません。

でも、それで異文化を理解したうえでの国際人を養成することにつながるのでしょうか。
現在どこの国でも留学生獲得競争が行われていて、そこでは英語で単位が取れ、世界から教員を集め、無国籍的な教育プログラムが行われています。それが本当の意味での国際化時代の人材養成なのか、非常に疑問がありますね。

外国に行く目的は、とりもなおさず異文化に接することです。異文化に遭遇して、ショックを受けたり、感激したりすることによって、国際人に脱皮していくのであり、そういうものを与える教育内容でなければ、むしろ留学生の興味を惹かないのではないでしょうか。この二つの点が、いまの留学生政策に対して私が抱いている問題意識であり、この課題を明確にするのが先決でしょう。

その地域、その大学でなければ学べない教育の提供が大切

――それでは、日本でどのような教育内容を構築し、受け入れ体制をつくっていくことが望ましいとお考えですか。
永井 やはり、大学で教える学問だけではなく、その地域の人々や企業との関わりによって得られる、そこでしか学べないものを提供することでしょう。そういう意味で、この多摩という地はさまざまな可能性を持っています。

たとえば、首都圏の中でも極めて少子高齢化が進んでいるエリアであり、多摩ニュータウンの一部の地域の平均年齢は、なんと私と同じ63歳です(笑)。かつ、広大な地域で交通機関のネットワークも南北にはなく、交流が難しいこの地に留学生を受け入れる場合、どうすればいいのかを考えておかねばなりません。

――それらは海外留学生にとってマイナス要因にも思えますが。
永井 それが違うんです。産業でも、近代的産業もあれば伝統産業もあるという地域です。「留学生30万人計画」では企業での受け入れ、就職支援にも力点が置かれていますが、留学生の就職状況は非常に厳しいものがあります。

この地域の企業には先端産業もありますが、多くの地場企業ではアナログな技術がいまだに現役で稼働しています。これらの技術は日本人の知恵とノウハウの結集ですから、専門職として母国で活躍する留学生には大いに役立つ技術になるでしょう。
また、多摩には、多くの特色を持った大学が集まっていることでも、多様な留学生ニーズへの対応が可能になります。

トップクラスの人材だけを狙うのではなく、バラエティに富んだ専門的、職業的ニーズに対応することが肝心なのです。ネットワーク多摩には、このような多様な留学生を受け入れる可能性が十分にあるのです。
さらにもう一つ、いま、留学生を受け入れる宿舎をどうするかが問題になっていますが、近年、多摩ニュータウンに相当な数の空き部屋が出ていることを逆手に取り、留学生の宿舎として活用する案が出ています。

少子化問題と宿舎問題を逆転の発想で解決するアイデア

――それは非常に大きなメリットですね。どこの大学でも宿舎の問題には苦慮しているようです。
永井 しかも、この案のいいところは、単に宿舎が格安で確保されるということだけではありません。さきほど申しましたが、住民の大半はシニアなのです。

これはもちろんまだ構想の段階ですが、シニアの人が学生といろいろな形で触れ合い、世話係を買って出てくれれば、日本文化のよい先生になる。この地域のシニアというのは、企業に長年勤めた人ですから、豊富な経験を積んできているうえ、教養の高い方々が揃っています。
そういう人が、留学生と地域活動の中で交わることによって、日本文化が伝えられる。地域にとっても、若い留学生をコミュニティに迎えることは、いろいろな意味で活性化につながります。

――日本の生活習慣や気質、あるいはマナーなどを留学生にどう伝えるかも大きな課題ですが、とてもいい解決策になりそうです。
永井 そうなんですよ。団地の管理組合に入り、住民と共同体を形成していくことは非常にいい勉強になるはずです。日本の企業に就職する段になっても、生活習慣の違いにとまどうことも少なくなるでしょうし、日本人との付き合い方も学べます。生きた会話を通じて日本語の上達にも役立つでしょう。

中央大学でも日本語教育には力を入れていますが、しかし、座学の勉強だけでは生きた日本語はなかなか覚えられません。手っ取り早いのは、ネイティブと日常的に触れ合うことですよ。

私がアメリカのスタンフォードのロースクールに留学していたときに、現地のお世話係のような人がボランティアでついてくれました。これは、「イングリッシュアクション」という、留学生支援のためのプログラムで、リタイアしたシニアのアメリカ人がパートナーとして留学生一人ひとりについてくれる。子供の学校の世話から買い物の仕方、病院の紹介などさまざまな日常生活の相談に乗ってくれ、とても助かった思い出があります。

現地でのお父さん、お母さんになってくれて、生活に慣れるまでサポートしてくれる。実はこれが、多摩ニュータウンに住むシニアと留学生の交流というアイデアのもとになっています。留学生もすごく助けられますし、リタイアした地域の方にとっても、充実感が持てます。
ホームステイとして一緒に生活するまではできなくても、買い物に付き合ったり、生活の知恵や習慣を教えたり、地域の集まりに一緒に参加するといったことなら、教養と経験を兼ね備えたシニアの方々なら、喜んで引き受けてくれる人は多いはずです。

日本語も社会常識も、地域とのふれあいで身につく

――企業からの要望としても、大学で日本の社会常識や基本的なマナーを身につけさせてほしいという声も多いので役立ちそうです。
永井 実を言うと日本人の学生も同じ問題があるんですけどね(笑)。いまの新入生は社会をまったく理解していない。だから、1年生に対してまず何を教えるかというと「社会で生きていくというのはどういうことか」ということなんです。働くとはどういうことで、生きるとはどういうことかを考えさせる。実はこれが、キャリア教育の原点なんです。

本来、大学は、社会人になるための教育をする場であり、自分はどうやって生きていくか、何を目指していくのかを掴ませなくてはならない。それは、日本人でも外国人でも一緒で、インターンシップもその一環です。

――受け入れ側の企業も手間がかかるなどで、インターンシップが形骸化しているとも言われていますが。

永井 そこが問題です。形式的なインターンシップのプログラムなどをつくると、実態が見えにくくなる。その企業が、どのように社会に役立っている仕事をしているかは、入ってみないとわからない。
重要なのは、感じることなのです。実学というのは問題を問題として感じるところから始まるので、感じなければ始まらないのです。学生には「ありのままの企業を見てこい」とアドバイスしています。

地場産業の中小企業でも、インターンシップを受け入れてくれる会社は結構あります。幸い、当大学はOBも多いので、いろいろな産業に従事しており、受け入れ先の確保はだいたいできています。
また、留学生向けのイベントもOB会が主体になって運営してくれています。自分たちの勤めている企業を訪問させるイベントなど、頻繁に開催してくれていますね。

またこの間、上海で国際シンポジウムを開催してきましたが、上海白門会では現地勤務の日本人OBと中国人留学生のOBがともに活動するなど、海外にもネットワークが広がっています。そういう人的なネットワークが、中央大学という名前を広げるのに大きな役割を果たしています。
結局、グローバル化というのは、多様性を受け入れることだと思います。外国の異文化を理解する、あるいは受け入れ、許容する、そういうオープンな心を日本人が持つことが真の国際化につながる、私はそう考えます。

永井 和之 Kazuyuki Nagai

1945年生まれ。68年、中央大学法学部法律学科卒。同大学法学部助手、助教授、米国スタンフォード大学ロースクール客員研究員を経て、81年より中央大学法学部教授。99年同学部長、2005年11月中央大学学長、同年12月学校法人中央大学総長を兼任。専門は会社法、商法。社団法人日本私立大学連盟常務理事、文部科学省大学設置・学校法人審議会委員。

大学改革提言誌「Nasic Release」第18号
記事の内容は第18号(2009年1月1日発行)を抜粋したものです。
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