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大学の質とは何か
大学は“淘汰の時代”を迎え、個性・特色を明確にすることで機能的に分化しながら、多様化の方向に進んでいると言える。また、規制緩和の一環として、大学設置基準等においても「事前規制から事後チェック」への転換が図られてきた。
こうした環境の変化は、高等教育機関としての大学の在り方を根底から再認識しようとする動きに繋がってきている。教育力を向上させ、大学としての質を保証することで、社会との信頼を築き上げることが喫緊の課題なのである。
設置基準の隙間を埋める
2008年4月、「教育力の向上」と「質の保証」の観点から大学設置基準等の一部が改正・施行され、既設を含めたすべての国公私立大学に適用された(大学院・短大にも準用)。この改正にはシラバスの明示、成績評価・卒業認定基準の明確化、そしてファカルティ・ディベロップメント(FD)実施の義務化などが盛り込まれている。
大学設置基準の大綱化(1991年)以降、政策誘導という一面はあるにせよ、各々の大学は独自の改革に取り組み、環境も大きく変化してきている。
2003年度からは「構造改革特別区域法」に基づいて、株式会社による大学が設立されたり、すべての授業をインターネットで行う通信制の大学が開設されたりと、以前は想像さえできなかった設置形態の大学等も、「個性化」「多様化」の産物として出現している。
授業形態の多様化も進み、大学として専用の施設を持たない、ビデオ授業で教員がいないなど、さまざまな問題が浮上し、文部科学省から改善勧告を受ける大学も出てきている。
今回の改正の背景のひとつには、大綱化により緩和された基準の隙をついた設置・授業形態の多様化に一定の歯止めをかけるため、改めて基準を明文化する必要が生じたことが挙げられるだろう。
入口から出口までの関連づけ
わが国の大学の質は従来、事前規制と入学試験によって保たれてきたと言える。しかし、大綱化による「事後チェック」への転換によって、運営や品質管理は各大学の自主性と責任に委ねられることとなった。
また、少子化の影響から受験者数、入学者数確保のため、推薦入試やAO入試を実施する大学が増加。加えて数値の上では「全入」が成立しており、いわゆる「入口」における質の保証が、本来の機能を十分に果たしにくくなってきている。
こうした事態は、05年の中央教育審議会(中教審)答申「我が国の高等教育の将来像」(将来像答申)で既に把握されており、大学の個性・特色の明確化とともに、教員の教育研究能力向上(FD)と「出口管理強化」の重要性に言及。
各々の大学の個性化・特色化を推進していく上で、「入口」=アドミッション・ポリシー(受入れ方針)、「プロセス」=カリキュラム・ポリシー(教育研究課程の編成・実施方針)、「出口」=ディプロマ・ポリシー(学業評価・学位授与方針)を明確にし、それらを相互に関連づけ運用していくことが重要だとしている。
「教育力」探る試み
大学の入口と出口を繋ぐプロセスにおいて、質の向上に大きく寄与する取組みのひとつがFDである。高等学校以下の学習指導要領の変更に伴い、学力・勉学意欲の多様な学生が増加している中で、質の高い教育を実施するためには、教員の能力・資質を向上させることが必要不可欠になってきている。
また本来、大学における教育活動は研究活動と表裏一体であるから、教育活動の改善が研究活動にも良い結果をもたらすはずである。
「FDに真剣に取り組もう、教育力を高めようと考えている大学が増えていることを実感しています」と語るのは、読売新聞東京本社・編集委員の中西茂氏である。中西氏は同紙の長期連載記事「教育ルネサンス」のデスクを務め、わが国の教育問題を取材し続けている。
「大学改革の議論の中で、FDの必要性や重要性は、確かにその都度言及されてきたのですが、過去の調査データを見ると、講演会の開催だけにとどまっているといったケースもまだあるようです。今回の設置基準等改正によるFDの義務化というタイミングで実態を把握し、全大学の『教育力』を探ろうと考えています」(中西氏)
読売新聞社が実施する調査は「大学の実力――教育力向上への取組み」。728校ある国公私立4年制大学の全学長を対象に実施され、偏差値やブランドによらない大学選びのための情報を提供するのが狙いだという。
調査では、学生の授業評価や教員評価を始めとして、FDの取組みとその成果、学長自身の教育方針など、教育力向上の取組み等について約50項目が多角的に問われる。調査項目については「大学の実力検討委員会」(座長・清成忠男法政大学学事顧問)で検討を重ねた。
中西氏によると、物理的な制約等から、FDの実施状況について学部や学科単位で差のある実態を把握するのは難しいが、そうであればこそ、学長のリーダーシップの下、各大学がどこまで真剣に取り組もうとしているかをレポートすることは意義があるのではないかという。
「学長のリーダーシップや指導力は、今後、大学改革の中でさらに重要になっていくでしょう」と中西氏は指摘する。
なお集計結果は同紙に掲載され、ユニークな取組みについては追加取材を行い「教育ルネサンス」で紹介するなど、長期的な大学教育の現状分析が展開される予定である。
包括的な学習成果
大学設置基準の大綱化以降、FDも含め、改革の名の下にさまざまな取組みがなされてきている。
それらは大学、つまり「教育を提供する側」の問題として扱われてきたわけだが、ここに来て次の段階への移行、すなわち「教育を受ける側が大学で何を身につけていくか」という観点に重心が移りつつあると考えるのは、早稲田大学教育・総合科学学術院教授・吉田文氏である。
吉田氏は中教審大学分科会にある教育・制度部会の「学士課程教育の在り方に関する小委員会」専門委員も務めている。
08年3月に中教審が公表した「学士課程教育の構築に向けて(審議のまとめ)」は、同委員会で進められた審議結果を盛り込んだ報告である。同報告では「質の維持向上への努力を怠る大学の淘汰は不可避」と強調。
「わが国の大学の大きな問題の一つは『質』の管理が緩いことだ」と明確に指摘し、入口から出口まで、総合的に大学の質を保証する仕組みづくりが急務だとしている。
「学士課程教育の構築に向けて(審議のまとめ)」ではさらに、「学士力」についての提案がなされている。学士力とは、大学での学習活動の終わりに学生が何を知っているべきか、何を理解すべきか、何ができるべきかを示した学習成果(ラーニング・アウトカム)を明確にするための参考指針である。
「欧米でもラーニング・アウトカム重視の傾向に拍車がかかっています。その背景には、アカウンタビリティーの問題があります。投資に見合った付加価値を、大学は与えることができているかを説明する責任があるわけです。こうした流れが『学士力』の議論に一定程度の影響を及ぼしていることは事実です」(吉田氏)
「将来像答申」で、今世紀は「知識基盤社会」の時代と位置づけている。そうした中で、専門分野の知識や技能の習得はもちろん重要だが、それらが社会に出てから一生通用する時代ではないかもしれない。
したがって専門的な知識・技能を下支えするジェネリック・スキル(汎用的能力)を養成することが急務ではないかという認識も学士力が提唱されている背景であり、「応用可能性、転用可能性を育む能力が、今後さらに求められるでしょう」と吉田氏は力説する。
「学士課程教育の構築に向けて(審議のまとめ)」は中教審大学分科会での審議とヒアリングを経て、今夏頃に「答申」とされる予定だ。
グローバル化する時代の中で、「知識基盤社会」を形成する重要な担い手である大学は、強い進学需要に応えつつ、国際的なレベルをも備えた、質の高い教育を行うことが必要になってきている。教育力向上や質保証の取組みが、大学をさらに活性化させ、わが国の教育・研究が世界に伍するレベルにまで、いっそう底上げされていくことを期待したい。
中西茂(なかにし・しげる)
早稲田大学卒業。1983年、読売新聞東京本社入社。社会部文部省担当、解説部次長を経て、現在、編集委員(「教育ルネサンス」担当デスク)。
吉田文(よしだ・あや)
1981年、東京大学文学部卒業。89年、東京大学大学院教育学研究科博士課程満期退学。同年、放送教育開発センター助教授。メディア教育開発センター助教授、教授を経て、現在、早稲田大学教育・総合科学学術院教授。専門は教育社会学。
記事の内容は第17号(2008年6月1日発行)を抜粋したものです。
- 大学改革と教育の可能性 (独立行政法人 産業技術総合研究所 理事長 吉川弘之)
- 大学改革の現在と未来 (文部科学省 高等教育局長 清水 潔)
- リスクを超えて進まねば成功には至らない (法政大学学事顧問 清成 忠男)
- 女性を生涯にわたって応援し続ける大学を目指して (昭和女子大学 学長 坂東 眞理子)
- 生徒本位の大改革―都立高校再生の歩み (東京都教育委員会 教育長 中村正彦)
- 企業人から見た大学経営 (学校法人名城大学 理事長 大橋正昭)
- 費用対効果を見極め、選択と集中を (広島大学 理事 清水敏行)
- 学生のため、大学の将来の発展に繋がる組織改革を (筑波大学 理事・副学長 吉武 博通)
- 財務施策を駆使し、発展に導く (早稲田大学 常任理事 小林 栄一郎)
- 第1回大阪大学・京都大学・神戸大学連携国際シンポジウム
- 大学の質とは何か
- 学生情報センターグループ「教育環境創造」活動の軌跡