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大学改革と教育の可能性 (独立行政法人 産業技術総合研究所 理事長 吉川弘之)

大学改革と教育の可能性

~「持続可能性(サスティナビリティ)」の時代における大学の在り方~

独立行政法人 産業技術総合研究所
理事長 吉川弘之

あらゆる学問分野において細分化と縦割りが著しく進展したことにより、さまざまな分野で齟齬が生じてきた。

新しい時代の精神「サスティナビリティ」の中での大学の在り方、教員の在り方、学長のリーダーシップを問い直し、次代に向けた改革を断行しなければならない。


◎聞き手
学生情報センターグループ 代表 北澤俊和
株式会社学生情報センター 社長 西尾 謙


人類の真理追究の道のり

北澤 ご著書の中で、教育とは「知識の伝達」であり、教育の改革は、教育すべき内容の変化に対応して行われるべきだと述べておられます。詳しくお聞かせいただけますか?

吉川理事長(以下敬称略) 教育改革について考えるには、まず学問や科学の歴史を、大きな流れの中でとらえ理解しておく必要があります。15世紀から17世紀にかけ、ヨーロッパ人が盛んに船舶で世界中を巡った「大航海時代」と呼ばれる時期がありました。当時、物理学はまだ幼い段階にあり、地の果てがどうなっているのかは判明していませんでした。その未知の世界に勇敢に挑んでいき、地球が丸いことを実証したわけですが、これはつまり「探検の時代」であったと表現できます。

この「探検して真理を追究する姿勢」が、「時代の精神」となって世界に浸透し、その後の科学の発展を促します。地球の探検とは、本質的には「遠くを見ようとする行為」であり、探検の延長は、さらに遠くにある宇宙を探る天文学に繋がります。

天体観測には「望遠鏡」を用いますが、これは時代とともに進化し、今やパラボラアンテナのような巨大な曲面を使った「反射望遠鏡」がつくられ、遠くの星まで見られるようになりました。さらには、地球上では大気によって像がぼやけてしまうということで、人工衛星による天体観測が行われるようになり、ほとんど宇宙の果てまで見えるという、究極に近いレベルまで進歩しました。

一方で「顕微鏡」というものがあり、こちらは物質を拡大して細部を観察し、真理を追究する目的で使用されます。顕微鏡を使った学問が物理学ですが、ここでもやはり「探検の精神」が根底にあるのです。つまり物理学も天文学と同様、「大航海時代」の精神に繋がっています。顕微鏡も進化し、今では原子が整列している様子まで見えるようになりました。こうして、この数百年の間に、人類は世界の真理を果てしなく追究し解明してきたのです。

北澤 つまり科学の世界においては、すでに真理追究の、ほとんど最終段階まで到達しつつある。
吉川 そう言っていいと思います。さて、教育および教員の在り方ですが、こちらも近年大きく変化してきました。

本来、学問とは、大航海時代の精神そのままに探究し続け、進化すればするほど「細分化」が進んでいくものです。学者が研究を深めるためには、どうしても範囲を狭める必要があるからです。

東京大学を例に説明すると、東大には約6000名の教員がおり、学問の分野もそれに応じて約6000あります。さらに、一人の教員は平均して10ほどのテーマ研究を進めているのですが、例えばある教員が一つの論文を書き終え、そのテーマを究めたと思っても、たかだか6万分の一を知ったにすぎないわけです。もちろん、学問を深めること自体は素晴らしいのですが、見方を変えれば、狭いテーマでいくら論文を書き連ねても、世界全体についてわかったことにはならないのです。

ここに教育上の大きな問題が発生します。学問が極限まで進化したことによって極端な細分化が進み、個々の分野の知識においては、人間の生きる意味や意義と重なる部分が非常に小さくなってしまいました。

生きていくという行為は「全的」なものであり、学問の部分的な知識とはまったく違います。つまり、現代に生きる若者が求めている「全的な知識」とのギャップが広がっているのです。その結果、学生にとって教員という存在は、昔のように憧れたり目標にする対象ではなくなり、むしろ「なりたくない」と思われることのほうが多くなってしまったのではないですか? こうした基本状況の変化に、まず教員自身が気づかねばなりません。

西尾 学問の進化が、結果的に教育面ではマイナス要素を生んでしまったというあたりに、教育改革の方向性を探るヒントがあるように思われます。
吉川 もう一つ、学問や科学の進化が地球環境に与えた影響について確認しておきましょう。

 物理学の研究が進むことにより、次々と新しい物質や知識が生み出され、それを使った装置が発明されてきました。例えば熱に関する知識が増えたことによって、熱機関が進化してきたように、自動車や航空機、情報機器やロボット工学など、あらゆるジャンルにおいて、新しい知識が新しい装置、つまり「人工物」をつくり出してきたのです。

ところが人工物は、それぞれ「狭い学問」を基にしてつくられたため、全体という観点が欠落しています。全体を見ずにつくった人工物が地球上に充満したことによって、一つひとつは人類の役に立つ装置であるにもかかわらず、結果的に地球環境の破壊に繋がってしまった。人間が自然から離反してしまった基本的な構造が、ここにあります。

 今起こっている環境問題は、人間の知識、つまり科学の進歩が原因で引き起こされたものなのです。この問題を、私は比喩的に家と自動車を使って説明しています。家は建築家がつくるものであり、建築という一つの分野の中で発達してきました。

一方、自動車は、機械工学という分野の中でつくられて発達してきたものです。それぞれ別々にできたものでありながら、両者は人間の生活の場で出会うわけですが、分野が違うだけに、共存しようとすると矛盾が生じます。家と自動車が出会う場所はガレージ。このガレージは、家の一部でありながら物置のようであったり、あるいは暗い地下室であったりと、どうも美しくありません。

なぜかというと、家の概念と自動車の概念との境界にあるはずのガレージの概念がなく、この部分の知識が抜け落ちているからです。
このように、人間が持つ科学知識には「欠落箇所」がたくさんあり、分野の違う人工物と人工物との間では、矛盾した関係が至る所で生まれています。繰り返しになりますが、狭い学問でつくられた人工物が、究極を求めて進化していくうちに、自然の姿とはまったく違うものになり、それらがいつの間にか自然環境を破壊してきたという図式が成り立つのです。

探検の時代から温存の時代へ

北澤 そうした問題を受け、教育や学問はどのように変化していくべきでしょうか。
吉川 ここで冒頭の話と繋がるのですが、従来の学問・科学は、究極の真理を追究する「大航海時代」の精神によって進歩してきました。そして極端な細分化を伴いながら、究極のレベルまで発達した一方で、さまざまな矛盾や自然環境の悪化といった問題を引き起こしてしまいました。

こうした状況の変化を受け、学問・科学のテーマも変わっていくべきなのです。世の中が学問に何を求めているかを考えたとき、「持続可能性(サスティナビリティ)」という言葉がありますが、真にその意味を考えている大学人が何人いるのでしょうか。

時代の精神が変わってきたのです。15世紀の大航海時代の精神での学問や科学が環境破壊を起こしたのだとすれば、今後の時代の精神は「サスティナビリティ」で、この地球をできるだけ温存していこうというのが目的となり、まったく違うわけです。今の学問は未知のものを探検しようとする学問しかないのです。

その意味で人類は今、ようやく学問の半分をやり終えたところだと言えます。
いわば残りの半分をつくっていく時代に入ったのですから、学者たちはそれをまず意識しなければなりません。自分の能力をすぐに変えることはできませんが、こうした「時代の精神の変化」に対して、培ってきた能力をどのように役立てていけるかを計画し、それを自分の研究課題とした上で、さらに教育体制に組み込んで、学生を育てていかねばなりません。それが実現できれば、新しい時代の精神に対して大学が社会に発信し、学問や科学を変えていくことができるのです。

学長のリーダーシップとは

北澤 吉川先生は地球規模の問題や学問の歴史的背景を踏まえ、教育問題について考えてこられたわけですね。そうであってこそ、本当に意味のある改革が可能であることがよくわかりました。さて、具体的に大学改革を進めていくには、やはり学長のリーダーシップが不可欠だと思いますが、東大総長を務められたご経験から、先生のお考えをお聞かせください。

吉川 本来、大学というものは、一人ひとりの教員が、固有の教育理念や信念を持ち、手塩にかけて築き上げてきたオリジナルの学問を、情熱をもって学生たちに教える、という大儀によって成り立っています。つまり個々の教員の「学問の自治」というものが存在するわけです。

それだけに、学長がリーダーシップをとって何かを変えていこうとするとき、大学は非常に難しい組織だと言えます。企業であれば「利益」がなければ存在しないわけです。「利益」が完全な真理であり善ですから、トップのリーダーシップの下、全従業員が動いていくことが可能です。しかし大学は、個々の教員が持つ教育理念や宝物として持っている学問を、情熱をもって教育する。これが大儀なのです。したがって、学長のリーダーシップが非常に難しいのです。

だからといってリーダーシップのない大学もまた存在し得ず、バラバラの寺子屋でいいかと言えばそうではない。したがって、学長には強いリーダーシップが求められるのです。

難しいけれど、大学のリーダーシップと企業のリーダーシップは違うのです。学長のリーダーシップの本質は、「確固たる思想」ではないかと私は考えています。すべての教員を説得できるだけの思想や哲理を持つことによって、「なるほど、そういうことなら一緒に協力しよう」と思ってもらえるわけです。

大学の教員というのは、一人ひとりが自立していますから、学長といえども、自説をもって論破して同意させることは不可能であり、そのような強引な方法をとるべきではありません。

そうではなく、まず学長自身が「非常に高い思想家」であることが必要であり、高い思想家でない人は、そもそも学長になるべきではないのです。一方、教員の中には、依然として守旧というか、旧い制度に懐かしさを感じている人がまだ多くいます。

これは不幸な歴史なのですが、外部からのさまざまな影響をはね除けるために学問の自治が生まれたのです。が今や、外部から大学に圧力がかけられるような時代はすでに終わっているのです。社会への発信は学者の責務であるはずです。

自治を持っている以上、その分だけ責任が重いのです。企業は企業としての自治を持ち責任を持っているが、会社員は自治を持っていない。教員一人ひとりは自治を持ち、大きな責任を社会に対して持っているのです。このことを意識していない教員が多いのです。

大学をいかに改革すべきか

西尾 吉川先生は、東大総長在任中に大きな改革をいくつも実現されました。いくつかのエピソードを交えていただきながら、大学改革の在り方についてご意見をお聞かせいただければと思います。

吉川 私が行った改革の中で最も大きなものは、キャンパスの再編事業ではないかと思っています。総長就任前から、「キャンパス計画室」を立ち上げて、これからの学問の在り方を見据えながら、東京大学の将来のグランドデザインを練っていました。

 具体的には、新たに柏キャンパスをつくって、本郷、駒場、柏の三カ所を拠点とする「三極構造」を構築しようというもので、まずは柏キャンパス建設のために奔走しました。資金が不足していたことから、大蔵省(現・財務省)まで交渉に出かけたこともありました。
結果的には、六本木の研究施設を手放すことによって資金を得て、柏キャンパスをつくることができたのですが、六本木の生産技術研究所の方々は、産学連携事業を進めるには六本木のほうが適していると考えておられたため、私は同研究所の教授会に出向き、直接の説得にあたりました。

総長が一学部の教授会に出たのは、東大の歴史上初めてのことだったそうですが、私はその席で、「これは東大全体の問題であるから、ここは手放して、その代わりにもっと広大な土地を手に入れようではありませんか」と訴えかけ、理解を得ることができたのです。

私が提唱した「三極構造」の根拠についてご説明しましょう。先ほど話した「時代の精神の変化」とも関連していますが、これからの科学の在り方や方向性に関して、東京大学として、単に伝統的な学問を守っていくだけでは不十分であり、学問そのものがもっとダイナミックに変化していかなければならないと私は考えました。

変化の方法には二つあって、一つは、既存のさまざまな学問が一カ所に集まって、お互いに刺激し合っていく中で、新しい潮流を生み育てていくという方法。もう一つは、まったく新しい考え方の下で、新しい学問領域を開拓していくという方法です。

複数の学問がぶつかり合う状況は、駒場キャンパスの教養部ですでに形成されていましたから、私は柏キャンパスを新しい学問の開拓の場とし、さらに本郷キャンパスでは伝統的な学問を維持・推進していくという役割分担を構想しました。これが東京大学の「三極構造」であり、大学で学問が進化していくためのモデルケースとして、社会に示すことができたと思っています。

現在までに柏キャンパスには多くの研究所ができて、新しい学問が次々と生まれており、この計画は当初の目的を果たしていると言えるでしょう。また、柏で生まれた新学問が、やがてスタンダードな学問に成長すれば、本郷キャンパスに移って伝統の学問として歩んでいくという図式も、新しい学問に取り組む人たちのモチベーションを鼓舞しているはずです。

北澤 国公私立を問わずキャンパス再編は大きな課題となっていますが、先生が提唱された「三極構造」は、学問を進化させていく上で理想的な姿と言えます。その他にはどのようなことに取り組まれましたか?

吉川 取り組んだ改革案がすべて実現したわけではありません。例えば、学問がダイナミックに変化していくためには、学部の構造もダイナミックに変えなければならないと考え、各部局に対して人材の再編成を提案しました。これは非常に難しい問題であり、3年間議論を重ねましたが、結局実現には至りませんでした。

その他、委任経理金という、いわゆる寄付金があるのですが、このうち一パーセントを総長に預けてもらえるようお願いしました。私としては、潤沢な資金を確保できる先生方が存在する一方で、資金を集めにくい分野の先生方にも資金が提供できる仕組みをつくろうと考えたのです。こちらは総長の任期終了半年前に認められ実現できたわけですが、後に理解が深まり、現在では10パーセントを再配分に回すようになっているということです。

西尾 吉川先生をもってしても、すべての提案が具体化したわけではなかったのですね。多くの先生方からの共感を得るために、どのような働きかけをされたのでしょうか。

吉川 当時は国立大学が法人化するずっと前ですから、総長といってもできることは限られていたのですが、常日頃から「大学の在り方に関わることは総長に任せていただきたい」ということを話すとともに、改革案については幾度となく明文化して全学に配布し、私の考えを伝えていきました。実際、話すだけでは効果は少ないもので、文章にすれば何らかのレスポンスが返ってきますから、そこから実のある議論が始まるわけです。

東大総長時代の改革の経験は、現在理事長を務めている産業技術総合研究所の組織づくりにも生かされています。中央省庁再編にともなって、全国に15カ所あった通商産業省管轄の研究所を一つにまとめ、経済産業省管轄の現在の組織としたのですが、まずすべての組織を解体し、皆で相談して61の研究ユニットに編成し直しました。

ここでは基礎研究と応用研究を同じグループに入れるという斬新な手法を採用しましたが、連続性のある研究が同時に進められることで成果が高まりました。国際的にも注目を浴びて、内外から評価を得ています。

また現在、ポストドクターの再教育機関である「アイスト・イノベーションスクール」の設立を進めています。これまでに述べた「学問の細分化」によって、狭い範囲の研究に専念してきたポストドクターたちに対して、関心の幅を広げてもらい、企業等で活躍できる人材に育てていくことを目的としています。

北澤 活躍の場を移されても、自らの専門分野に閉じこもらずに、広い視野を持つべきだという哲学を貫いておられるわけですね。
吉川 他の分野と対話ができる「感受性」が最も重要だと思っています。もっと簡潔に言えば「教員は人間でなければならない」。専門だけを教え、他の分野と対話ができない「ティーチング・マシン」では絶対にいけないのです。

吉川弘之 Hiroyuki Yoshikawa

1933年東京生まれ。56年に東京大学工学部精密工学科を卒業後、三菱造船を経て、理化学研究所に入所。78年に東京大学工学部教授に就任し、工学部長、生涯教育審議会会長、東京大学総長などを歴任する。また、日本学術会議元会長、元総合科学技術会議議員でもあり、現在、日本学術振興会学術最高顧問を兼任するなど、幅広く活躍中。『「産業科学技術」の哲学』(共著・東京大学出版会)など著書多数。専門は一般設計学・ロボット工学。

大学改革の現在と未来 (文部科学省 高等教育局長 清水 潔)

大学改革の現在と未来

大学審議会が『大学教育の改善について』を答申したのが1991年。いわゆる大学設置基準の大綱化(規制緩和)である。設置・運営の自由度が広がると同時に、自己点検・自己評価が義務づけられるなど、「護送船団」から「自己責任」への転換が図られ、「大学改革」の進行が一気に加速度を増すこととなった。

2004年には国立大学が法人化され、国公私立、境界なしの競争が激化。大綱化から15年以上を経た現在もなお、「大学改革」のチャレンジと模索は続いている。

本特集ではまず、わが国の高等教育政策立案と推進の最高責任者である清水潔氏(文部科学省高等教育局長)に、日本の高等教育政策の現状と将来について伺った。

そして、法政大学改革で大きな成果を上げた清成忠男氏(法政大学学事顧問)には、大学改革における「成功の条件」を伺った。
大学改革の進むべき方向を、それぞれの視点と見識で、両氏は明快に示してくださった。

新しい改革の潮流をつくる

文部科学省
高等教育局長 清水 潔

国公私立すべてを見渡し、少子化時代を切り抜ける生き残り的改革から、より発展的な改革に誘導すべく、文部科学省は次代に向けた政策づくりを進めている。高等教育局長・清水潔氏に話を伺った。


国立大学法人の改革の方向性

――2004年に国立大学が法人化され、また私立大学でもさまざまな改革が進められるなど、近年日本の大学は大きな変革期にあります。こうした現状をどのようにお考えでしょうか。

清水局長(以下敬称略) 約10年の間に、わが国の大学の状況は大きく変化しています。まず学部レベルの大学の数で見ると、国立大学は82校、公立大学は73校、私立大学が573校あり、全体数としては、1996年から07年までの間に、私立を中心に150校以上増加して、728校となっています。

一方、短期大学に関しては、96年には593校あったのが391校と、200校近くも減少しました。少子化の流れの中で、短期大学から4年制大学への転換が進んだのです。

そうした状況下、国公私立を問わず、各大学は多様な改革を進めてきました。国立大学にしても統合を進め、97校から現在の82校となりました。そして多くの私立大学では、自らの生き残りをかけて、入試制度を含めた多様な改革に取り組んでいます。

各々の大学が、今後も少子化が進行する中でどのような特色を出して改革を進めていくべきなのかということについて言えば、「機能および役割の分化」を考慮していくべき時期にさしかかっているのではないかと考えています。文部科学省としても、基本的にはこの「大学の機能と役割の分化」という課題に対し、どう支援し、指導するかといった観点で、行政を司っていくことになるでしょう。

――具体的には、どのような機能、役割の分化を想定し、また期待されているのでしょうか。

清水 例えば、大学の主な役割は教育と研究ですが、世界を視野に入れた教育・研究の拠点となるか、国内に目を向けた拠点となるか、地域に密着した拠点となるかといった棲み分けも必要でしょう。

また、高度専門職業人の養成に特化した教育か、幅広い教養を持った職業人の養成に対応できる教育かという分化も考えられますし、特定の専門分野に特化するとか、逆に幅広い総合的な教養教育を行う学校があってもいいと思います。あるいは地域の生涯学習を担っていくこと、産学連携等の社会貢献機能を強化していくことなども、今後の大学の目標となり得るでしょう。

――国立大学法人において、そうした役割分化、機能分化は、組織的に進められているのでしょうか。

清水 国立大学を法人化した狙いの一つに、各大学が自らのミッションを明確にして、そのミッションを果たしていくための経営、ガバナンスを構築するということがあります。ただし現時点で、82ある国立大学が、「機能や役割の分化」を明確にして運営されているわけではなく、まだその前段階にあると言えます。

法人化の成果として、例えば数年単位の期間を区切って具体的目標を設定し、実行した上で評価し、さらに改善を加えていくという、いわゆる「PDCAサイクル」の中で、大学を組織として経営する基礎づくりは、ほぼ達成されつつあります。

しかし、そもそも大学とは「ゆるやかな組織体」であり、組織全体での目標をあえて明確にせずに運営させてきた面がありますから、例えば教員一人ひとりまでコンセンサスをいかに取りつけるかなど、乗り越えなければならない課題はまだまだ残っています。

ただ、少なくとも経営体制として見た場合、各大学の学長が自らの役割をより明確に意識し、強いリーダーシップを発揮していく方向に向かっています。その結果、意思決定のシステムが、全学的な求心力を持つものに変化し、意思決定のスピードも確実に速くなってきました。

運営費交付金と競争的資金のバランス

――国立大学法人が、機能と役割分化に向けた改革を戦略的に進めるためには、相応の資金が必要になると思われます。ところが現状では、国立大学法人への運営費交付金の削減が進められており、今後どのように対応されていくのかお聞かせください。

清水 ご指摘の通り、大学が教育・研究改革の戦略を自ら立てて、自らの責任のもとにおいて遂行していける裏づけとなるのは、財政にほかなりません。しかしながら、国立大学を法人化してからは、運営費交付金の効率化係数を設定し、毎年一パーセントずつ減らしていくことになっていますし、病院を持つ大学には、経営改善を明確な数字で求めるようになりました。

相対的な比較において、どの大学が財政的に豊かで豊かでないとか、あるいは私学に比べてどうなのか、といった議論はあるにせよ、従来どおりの十全な教育・研究費が確保できるかと言えば、それにはやはり予算的制約が生じてくるものと認識しています。

一方で、国公私立大すべてを対象とした「競争的な資金」を拠出しており、総額で650億円に達しています。その競争的資金をもとに、優れた教育、研究を実践して、実績をあげた大学や、国際的に通用するポテンシャルを持つ大学院などに対して、重点的に助成を行っているのです。

一部紹介すると、従来実施していた「特色ある大学教育支援プログラム」と「現代的教育ニーズ取組支援プログラム」を発展的に統合した「質の高い大学教育推進プログラム」を、新たに創設しました。また、最もよく知られている「21世紀COEプログラム」の成果を踏まえて、世界的に卓越した教育・研究拠点を支援していく「グローバルCOEプログラム」もスタートしています。

その他、「社会人の学び直しニーズ対応教育推進プログラム」「大学教育の国際化加速プログラム」「大学病院連携型高度医療人養成推進事業」など、大学改革に対する支援を充実させているところです。

――そうした支援策は、どのような効果をもたらすとお考えでしょうか。
清水 例えば「グローバルCOEプログラム」等に選ばれることによって、その大学は、資金を獲得すると同時に、いい意味での「ラベリング効果」を得ることにもなります。

したがって、それらを獲得するために、各々の大学において、自らの優れた部分を明確にし、それをさらに強化しようという動きが生まれるでしょう。そうなると必然的に、学内の資源をそこへ重点的に充てる必要が生じ、経営面における「選択と集中」が促されます。

競争的資金は、そうしたインセンティブとしても非常に有効であると考えているのです。そして、資源の「選択と集中」が行われた結果、各々の大学の「機能や役割の分化」がより明確になり推進されていくでしょう。このように、各々の大学の実績やポテンシャルを評価して助成することによって、国公私立大学の指導を進めていこうというのが、文部科学省としての考え方なのです。

ちなみに、基礎的な経費である、国立大学法人への運営費交付金および私立大学への私学助成の拡充を目指しつつ、各種の競争的な資金を組み合わせて支援していくことを、私どもは「デュアルサポート」と呼んでおり、この手法によって、わが国の大学の教育と研究の質を高めていこうとしているわけです。

私立大学をいかに支援していくか

――私立大学のお話が出ましたが、私学の現状は非常に厳しく、今後経営が立ち行かなくなるところも出てくるでしょう。私立大学の振興という面では、どのように考えておられますか。

清水 大学数、学生数ともに、全体の7割以上を占める私立大学をいかに支援していくかは、私どもにとって大変重要な政策課題となっています。現在私立大学は、少子化の影響を大きく受けて年々入学者が減り、定員割れの状況が拡大しつつあり、経営状態に関しても、赤字の大学が増えています。

ただし、より精緻に見てみると、これには地域間格差があり、都市部の大規模な法人に関しては、経営収支は概ね黒字の状態ですが、地方の小規模な法人になると、大きく定員を割り、赤字で経営が難しくなった大学が出始めています。真に生き残りをかけ私立の各大学は、学部学科の改組・再編や、さまざまな経営努力をされています。

文部科学省の支援としても、例えば税制上の特例措置を講じたり、大学の体制について、「教育を中心にする」「研究に重点を置く」「地域への貢献に重点を置く」というように、各々の大学が独自の方向性を選択するよう支援していくことや、各々の大学が小規模化し、教員の人数および分野が限定されている状況の中、国公私立の枠組みを超えて、複数の大学が各々特色のある教育プログラムを持ち寄って連携して教育内容を充実させるといった、新しい形の連携を推進していくことも考えています。

同じ地域で競争し合うだけでなく、お互いの資源を最大限に生かせるようにしようという考え方での制度づくりに向けて検討を進めているところです。

留学生30万人時代に向けて

――83年に「留学生10万人計画」が打ち出され、すでに実現されましたが、留学生の受け入れに関して、今後どのように取り組んでいくべきだとお考えでしょうか。

清水 本年の福田総理の施政方針演説において、新たに「留学生30万人計画」が盛り込まれ、国をあげて留学生の受け入れ拡大を進めていくことになりました。したがって、留学生を受け入れる大学にとっては、社会のグローバル化に適応しながら、従来以上に受け入れ態勢を強化していくことが求められます。

留学生受け入れに関する世界の流れは、単に何人受け入れるかではなく、国際的な枠組みの中でどれだけ大学の質を高め、いかにして優秀な留学生を数多く獲得していくかという国際的な競争時代に突入しており、さらなるレベルアップが不可欠です。もちろん、住居や医療等の生活支援の問題も含めて、留学生には日本人学生よりも手厚いケアが必要です。

また、留学生が授業を受ける上で、すべてのカリキュラムについてこれるのか、言語の問題はどうなのかといった課題に対応していくことも重要です。新しい傾向としては、海外の大学と協同してカリキュラムを運営する「ジョイントディグリー」「ダブルディグリー」といった国際間連携が世界的に広がってきており、日本では、東京工業大学と中国の清華大学とのタイアッププログラムなどが注目されています。

現在日本全体で受け入れている12万人の留学生に対して、国費留学生や私費留学生への一部支援を合わせても、約2万人しか支援をしていないという現状です。文部科学省としても各行政機関とともに、留学生に関する解決すべき数多くの課題に取り組んでいるところです。

清水 潔 Kiyoshi Shimizu

1975年、東京大学法学部卒業後、文部省(当時)に入省。初等中等教育局教科書課長(92年)、教育助成局地方課長(95年)、高等教育局大学課長(97年)、大臣官房会計課長(99年)、大臣官房審議官〈高等教育局担当〉(2000年)、文部科学省大臣官房審議官〈高等教育局担当〉(01年)、研究振興局長(04年)を経て、06年より高等教育局長。

リスクを超えて進まねば成功には至らない (法政大学学事顧問 清成 忠男)

リスクを超えて進まねば成功には至らない

法政大学学事顧問
法政大学名誉教授
清成 忠男

2年間で四学部を新設したり、キャンパス施設を充実させたりしたことで、法政大学は近年大きな躍進を遂げた。大改革で手腕を発揮した清成学事顧問に、大学改革およびリーダーの在るべき姿について語っていただいた。


なぜ大学の質は低下しているのか

――法政大学で総長・理事長を9年間務められ、大改革を成功に導かれたご経験から、今日の大学改革についてご意見を賜りたいと思います。
清成学事顧問(以下敬称略) 日本の大学全体の雰囲気、あるいは客観的な条件に関しては、かつての小泉内閣時代の改革によって、大きく変化したと言ってもいいでしょう。

基本的には、「事前規制から事後チェック」への転換が図られました。つまり、大学に対する種々の規制はできるだけ緩和し、評価は後で行えばよいという方針になったわけです。これにより、学部や学科の新設が非常に迅速に行えるようになりましたし、大学の設置についても大幅に規制が緩和されたため、大学の数はこの間増え続けてきました。

少子化で18歳人口が減って、需要が小さくなってきたわけですから、普通の業界なら撤退するところが増えて、新規参入するところはほとんどないはずですが、大学に関してはまったく逆の状況になってしまいました。結果として競争が激化し、法人間で競争するようになり、各大学は、生き残りをかけて改革を進めているわけですが、経営の改革と、教育・研究の改革を同時に行わなければならないため、非常に経営判断が難しい時代になってしまったわけです。

――教育機関である大学は、改革を進めつつ、教育や研究の質も保証していかねばなりません。そのためには、どのような取組みが必要でしょうか。
清成 大学全入時代が訪れて、大学入学が容易になり、学生の質が低下しています。東京大学や京都大学といった超難関大学ですら、以前よりも入りやすくなっているわけですから、質が落ちるのはもはや当然の話と言えます。

それでも、質が落ちるだけならまだいいほうで、現在約4割の私立大学が定員割れの状態に陥っています。極端な話、志願者を全員合格させても定員割れしている大学は、事実上入試がないのも同然であり、質の保全が非常に困難な状況であると言えます。

入ってくる学生の質が下がってくる状況で、教育・研究の質を高めていく方法があるとすれば、それは教員の教育能力を高めるよりほかにありません。そのためには、ファカルティ・ディベロップメント(FD)を導入強化することも必要でしょう。

ただし、定員割れの状態にある大学で、本当に教育・研究の質を保全していけるのかと言えば、多くは財政的に行き詰まっているでしょうから、実際のところ非常に困難だと言わざるを得ません。

つまり入学者数が少なくなって、収入が減っているにもかかわらず、コストは人件費中心の下方硬直状態が続くわけで、やがては赤字に転落し、さらに赤字が累積していくことになります。そのような経営状態では、改革をしようにも、その原動力となる優秀な教員や職員たちが逃げてしまいます。

そうした段階に入ってしまった時点で、残念ながらほとんど手遅れと言わざるを得ないでしょう。立ち直るための改革は、まだ財務が健全なうちに取り組まなければならないのです。

営利企業に置き換えて考えてみるとより明白です。企業が倒産する第一の理由は、提供する製品やサービスが陳腐化して、消費者や取引先に見限られたからであり、倒産を避けるためには、新製品や新たなサービスを開発して売り出すか、ビジネスモデル自体を変えていく以外に方法はありません。

銀行の融資によって、財政的にサポートしてもらったとしても、製品やサービスが改善されない限り再生する見込みは薄いでしょう。これは大学経営においてもまったく同じだと言えます。

また、親の立場で考えれば、定員割れで財政難に陥った大学に、自分の子どもを行かせたいとは思わないでしょう。何らかの改善策が効果を発揮して、志願者が増えてくるのがわかれば、少しは安心するかもしれませんが、例えば大学のホームページなどで、志願者数や合格者数などのデータが公表されていなかったり財務状況の開示がなされていなければ、大学の実態を隠したり、改革のための諸施策を何も実施していないという印象を保護者に与えてしまいます。
保護者を含め、ステークホルダーに対して経営状況や改革の成果をきちんと説明していくことも、その大学が立ち直っていけるかどうかの鍵を握っていると言えます。

大学トップに求められる資質とは

――大学改革を正常に進めていくためには、改革を牽引していくトップの力量が問われると考えられますが。
清成 トップに立つ人間には、それ相応の資質が求められます。まず大切なのは、最終的なリスクを負えるだけの度量を持つということです。改革の施策であれ何らかの経営判断であれ、最終的に責任を負うのはトップであり、どんなリスクがふりかかってもそれを受け止めて、適切に対応していかねばなりません。また、目先のことだけにとらわれず、広い視野で全体的に物事を見て、正しい判断を下すことも必要です。

もちろん大学改革は未来の発展に向けた取組みですから、先を見通す「先見力」も不可欠と言えます。私は日頃からさまざまな会合に出席して、財界人のトップの方々と会う機会があり、「トップの力量とは何ですか」といった質問をよくするのですが、おっしゃることは皆さんほぼ一致しています。やはり、リスクを負う度量、視野の広さ、先見性といった資質が、トップには求められるとのことです。

一方、実際の大学のトップに目を向けてみると、例えば国立大学法人の学長の場合、ほとんど全員が教育者、研究者の出身であり、そもそも経営者としての教育や訓練を受けておらず、当然経営の経験もありません。学長は、企業で言えばCEOに位置づけられますが、経営者の力量を問うこと自体に無理があるとも言えます。もちろん素晴らしい資質を持っている方もいらっしゃるかもしれませんが、そんな方でも経営の経験がないのが現実です。

私立大学でも同じような状況と言えます。18歳人口が増大していた時代には、たとえ放漫経営でも大学は成り立っていたため、トップの資質を持った人材が十分に育っていませんし、そもそもトップを育てる仕組みもなかったのです。大規模大学では18歳人口の減少期でも学生が集まるため、ややもすると放漫経営に陥りがちになります。

そのため、たまたま力量のある人がトップになれば問題ありませんが、そうでなければいずれ経営が困難になるおそれがあります。要するに、教学の長である学長の適任者は多くいらっしゃいますが、経営のトップである理事長適任者は、大学の中にはまずいないと言えるのではないでしょうか。

法政大学改革のプロセス

――法政大学の総長・理事長を務めておられたとき、学部の新設など、大規模な改革を実現できた要因は何だとお考えでしょうか。
清成 私の場合、若い頃に貴重な経験を積んできたため、いわゆる学問一筋で来られた方とは違った感覚を持って、大学の経営、運営にあたることができたのではないかと考えています。30歳になったばかりの頃、私は社団法人日本経済調査協議会に参加しました。

そこには財界の大物や学会の錚々たる方々、官庁エコノミストなど、産官学のエリートが集まっていて、政治、経済、文化、教育などさまざまなテーマに基づいて調査研究し、報告書を作成していました。

当時で言えば、例えば「ニクソンショックで日本経済はどうなるか」といったテーマです。私はそこで生き方や身の処し方を学び、また産業界や官僚とのつきあいが広がり、他の大学の学長の姿も見ることができたのです。これは大変幸運なことだったと言えます。

――そうしたご経験が、法政大学の改革に生かされたわけですね。
清成 私が在任中に実行した、特に大きな改革事業としては、市ヶ谷キャンパスのシンボルとも言える、地上27階地下四階建ての「ボアソナード・タワー」を建設したことと、五つの学部を新設したことになると思います。

ボアソナード・タワーの後ろに新しい教室棟を建てました。私が総長・理事長だったとき、市ヶ谷キャンパスの学生会館で、タバコの火の不始末による火災が発生しました。私はこのピンチをチャンスに変えなければと考え、キャンパスを全面的に禁煙とする方針を打ち出すとともに、学生会館を取り壊して、新たに学生のためのビルを建てることを決めました。

学生会館の解体が大きな問題だったのは、そこに左翼活動家の拠点があったからで、ほとんど本学の学生ではなかったのですが、過去の本学幹部は、左翼活動家の報復を恐れ、どうしても手をつけられずにいたのです。しかし私は、今の活動家にそこまでの力はないと見極め、学生会館の解体を断行しました。

ボアソナード・タワーは、研究室やゼミ教室、会議室などが中心です。だから、新しい教室棟には学生へのサービス機能をすべて集中させるため、計画にあたって学生スタッフの意見を取り入れました。このように、市ヶ谷キャンパスの施設充実を図ったのは、実は将来の「大学の都心回帰」を早い段階で予測していたからであり、そのタイミングを計りつつ、事業を推進していったわけです。

新しい学部の設置も、すんなり事が運んだわけではありません。私が総長・理事長に就任する前ですが、学内の意見統一ができないまま、新学部の申請を三回行って、三回とも取り下げるという状態でした。

法政大学は市ヶ谷、多摩、小金井の三カ所にキャンパスがあります。私は過去の申請時に、学部を一つだけ増やそうとしたのが失敗の原因と考え、1999年に市ヶ谷に二学部、2000年に多摩と小金井に各々一学部の、合計四学部を新設する方針を掲げたところ、誰も反対する理由がなく、実現にこぎつけました。もちろん、財政的な裏づけがあってこそ可能だったのです。

新学部設置により、法政大学は全学的に活性化し、良い意味での学内競争も生まれ、全体として改革が促進され、今日の評価に繋がってきたのだと思っています。

このように、大学改革にあたっては、すべて先を見通し、綿密に計算していくことが不可欠だと言えます。そして、教員、職員、学生を巻き込んで、しっかりとしたガバナンスを発揮していくことで、成功に近づくことができるのではないでしょうか。

清成 忠男 Tadao Kiyonari

1933年生まれ。56年に東京大学経済学部を卒業。73年に法政大学経営学部教授となり、同経営学部長を経て、96年に総長・理事長に就任。2005年まで三期務めた後、法政大学学事顧問となる。沖縄振興開発審議会会長、日本私立大学連盟副会長、大学基準協会会長などを歴任。現在、日本ベンチャー学会の特別顧問を兼任している。

女性を生涯にわたって応援し続ける大学を目指して (昭和女子大学 学長 坂東 眞理子)

女性を生涯にわたって応援し続ける大学を目指して


昭和女子大学
学長 坂東 眞理子

わが国において、女性の社会進出はどの程度進展しているのだろうか。確かに、あからさまな男尊女卑は影を潜めたかもしれないが、いまだ多くの場での男性優位傾向は継続していると言える。新時代の女性教育を推進する昭和女子大学の取組みについて、坂東学長に話を伺った。

現代社会において、女性の役割や立場は大きく変化してまいりました。また、少子化によって大学受験者数が年々減少していく傾向にあり、女子大学の将来を危ぶむ声もあります。しかし、それでもなお、女子大学ならではの大きな存在価値があると、私は考えています。

もし仮に、完全に女性差別がなくなり、女性と男性がまったく同じように扱われる社会になったとしたら、そのときは本当に女子大学の使命は終焉を迎えるでしょう。

ところが残念ながら、まだまだ日本の社会には、「女性だから」という理由で乗り越えねばならない課題が多く残っています。ですから、それらを乗り越える力や知恵を授け、応援していくためにも、女子大学は必要と言えるのです。

それでも、私が大学を卒業した頃よりはずいぶん進歩しています。当時は、女子学生に入社試験すら受けさせてくれない民間企業が数多くありました。1985年に男女雇用機会均等法ができて以降、女性を差別しないのは当たり前だという考え方が、徐々にではありますが、社会に浸透してきたと思います。

さらに、筋骨たくましい男性でなければできないような仕事はどんどん減少しているように思われますし、サービス業や情報産業において、外国語やコンピュータを操れる人は、男女を問わずニーズがあります。

そうした状況のもと、昭和女子大学としての強みを生かしながら、よりいっそう女性の成長に役立っていけるよう、教育内容の充実や新学科設置など、さまざまな改革に取り組んでいるところです。

国際人育成に向けた取組み

昭和女子大学の教育の特色としてまず挙げられるのは、伝統的に「国文科が強い」ことです。この強みを生かしながら、リベラルアーツ、いわゆる教養教育を基礎に据え、その上に専門知識を身につけた女性を輩出していけるよう努めています。

学部構成としては、国文科の流れを汲む「人間文化学部」、心理、福祉等を学ぶ「人間社会学部」、従来の家政科の系統である「生活科学部」、さらに短期大学部や大学院があります。

それぞれの学部、学科の充実を図る中で、大きな柱としては、国際的な分野を伸ばしていくことに力を注いでいます。例えば、最近は多くの大学が海外キャンパス運営から撤退していますが、本学ではアメリカのボストンにある「昭和ボストン」キャンパスを維持しています。

人間文化学部の中の「英語コミュニケーション学科」の学生は、全員必修でボストンに行って学んでいますし、他の学科でも、ボストンでの研修を選択することができます。

また現在、国際学科と健康デザイン学科を2009年4月にスタートさせるための準備を進めており、これに合わせて、国際教育をさらに強化していけるよう計画しているところです。方針としては、まず国際語としての英語は必ず身につけさせて、その上で、中国語や韓国語などアジア系の言語教育にも力を入れます。中国や韓国には提携校もありますので、交換留学なども含めて、英語とアジア言語を習得できるようにします。

さらに、国際教育を行う前提として、日本の社会や文化をきちんと勉強することも大切です。真の国際人となるためには、まず日本を知ることが不可欠ですから、これを東京でしっかりと学んだ上で海外に行くという順序になります。

地域連携と生涯教育

もう一つの大きな特徴は、キャンパスのある世田谷区と連携しながら、「学生が参加する地域の子育てプログラム」を推進していることです。07年度の「現代GP」に採択されたこの取組みは、学生の教育という意味でも、地域の子育て支援という意味でも、大きな成果をもたらしつつあります。

まず、「昭和チャイルド&ファミリーセンター」というNPOを組織しました。そして、世田谷区と「子ども・子育ての相互協力に関する協定」を締結し、区と大学とNPOが協働する地域住民の子育て支援活動を開始しました。

NPOでは、子育てを総合的に支援する施設「子育てステーション世田谷」を運営しています。ここには認定こども園のほか、お母さんたちが子ども連れで遊びに来て、息抜きしながらコミュニケーションを交わすひろばや、子どもを預かる一時保育施設などが揃っています。

本学の教員が発達相談や栄養相談に応じるなど、大学の支援も充実しています。また、保育士や幼稚園教諭を目指す学生が、ボランティアやアルバイトで活動に参加しています。学生たちにとっては、日頃教室で勉強していることを、保育や子育ての現場で実践的に学ぶことができます。

自分が実際にやってみることで、非常にモチベーションが高まるという効果があります。
これを足がかりとして、「サービスラーニング」にも力を入れはじめました。これは、ただ一方的な奉仕活動でなく、地域での学生の活動を、授業の一環として取り入れる学習方法です。計画中の国際学科では、これをさらに進めて、国内だけでなく途上国でのボランティア活動にまで広げていく構想を練っています。

そして、大学では再就職支援プログラムがスタートしました。結婚や出産で家庭に入り、子育てがひと段落ついた40歳前後の女性を対象に、再び社会に出ようとする意欲を応援する講座を用意しています。

最近の女子学生の傾向として、資格志向が非常に強いように感じられます。本学でも、保育士や栄養士、学校の先生など、学生たちは熱心に資格取得を目指して努力しています。

最初の話題とも関連しますが、社会において女性が男性とは違う扱いをされる中で、もちろん資格は役に立つわけですが、だからといって資格があるから通用するというわけでもありません。職場は決して生やさしいものではなく、資格を持った上で、直面する諸問題を乗り越えていく「パワー」が必要になるのです。

そのパワーを身につけるために、ボランティアやサービスラーニングは有効です。教室の中で与えられた勉強をするのとはまったく違った経験を積むことが、強いパワーを養うことに繋がるのです。

こうしたさまざまな教育プログラムを通して、私どもは、女性を生涯にわたって応援し続ける大学でありたいと願っております。

坂東 眞理子 Mariko Bando

富山県生まれ。東京大学を卒業後、1969年に総理府に入省。内閣広報室参事官、男女共同参画室長、埼玉県副知事などを経て、98年には女性初の総領事(オーストラリア・ブリスベン)となり、99年から内閣府初代男女共同参画局長を務める。2003年に昭和女子大学理事となり、04年には同大学女性文化研究所長および同大学大学院生活機構研究科生活機構学専攻教授を兼務。同大学副学長を経て、07年4月に同大学学長に就任し、現在に至る。『女性の品格』『親の品格』(以上、PHP新書)、『凛とした「女性の基礎力」』(暮しの手帖社)など著書多数。

生徒本位の大改革―都立高校再生の歩み (東京都教育委員会 教育長 中村正彦)

生徒本位の大改革―都立高校再生の歩み

東京都教育委員会 教育長 中村正彦

近年躍進著しい都立高校は、いかにして復活の道をたどったのか――。
教育長として手腕をふるう中村氏に、高校改革の要諦について語っていただいた。


都立高校改革の背景

――1998年度から10年間かけて都立高校を改革された背景は?
中村教育長(以下敬称略) かつて都立高校は学力レベルが高く、各校それぞれに特色があると言われた時代がありました。
ところがいつの間にかそれが崩れ、私立高校のほうが高く評価されるようになっていった。税金で運営している都立高校が、納税者である都民の方々のお子様方にとって魅力ある学校になっていなかったのでは大変申し訳ないことであり、そうした状況を打破するために、長期的な視野に立った改革を行ってきました。

――改革の骨子をご説明ください。
中村 各学校に特色を持たせるとともに、都内の学区を取り払うことで、生徒たちが自分の希望や能力に合った高校を自由に選べるようにしました。

というのも、中学を卒業する生徒のうち、97パーセントが高校へ進学しているわけですが、その中には学力の高い生徒もいれば、そうでない生徒もいます。

そのため学区で区切っていた時代は、必然的に幅広い学力レベルの生徒が一つの高校に集まっていました。学校としては、中間層に合わせた授業を行う必要性が生じ、結果的に、学力の高い生徒には物足りない、そうでない生徒にはついていけないレベルの教育内容にならざるを得なかったのです。

現在、特色ある学校に自由に進学できる制度を整えたことにより、難関大学を目指す生徒は進学教育を重視する学校を、部活動に熱心な生徒は部活動が盛んな学校を、職業教育を受けたい生徒は希望の分野の学校を選べるようになりました。

さらに、今まで力を発揮しきれなかった生徒のための学校も用意し、一人一人の生徒が有意義な高校生活を送れるよう工夫してきたのです。また、各学校とも、少人数指導や体験学習といった指導方法を導入し、教育効果を高めていける取組みも推進しています。

改革の具体的内容と成果

――どのような高校をつくられたのか、例を挙げてご説明ください。
中村 以前から進学指導に組織的に取り組んでいる学校をピックアップし、「進学指導重点校」に指定しました。

こちらでは国公立および難関私立大学への進学実績向上を目指して、7時間授業や始業前・放課後の講習、土曜日や長期休業日の講習など、充実した進学指導プログラムを用意しています。

工業高校の進化形である「アドバンスト・テクニカル・ハイスクール」では、工業教育の専門性を維持しながら、生徒の適性や希望に対応した教育課程を構築しています。

理工系大学進学を目指す生徒を育てる「スペシャリスト型」、工業技術の習得に重点を置いた「テクニカル型」、ものづくりへの関心が高い生徒向けの「マイスター型」という三つのタイプの高校から選択できます。

工業系の高校には、「東京版デュアルシステム」を設置しているところもあります。デュアルシステムとは、一定の期間、企業で就業訓練を行って各種の技術を習得する仕組みのことで、生徒が育てられるばかりではなく、受け入れ先の企業からも、自社の従業員教育にも効果が高いという評価をいただいています。

このほか、「総合学科高校」では、普通科目のほかに、工業、商業、情報、美術など、幅広い専門科目を学ぶことができます。続々と増えつつある「中高一貫教育校」では、6年間を見通したプログラムをつくり、効果的な学習を行っています。

さらに、不登校や中途退学を経験した生徒に自分の目標を見つけてもらうための「チャレンジスクール」、小中学校で能力を発揮できなかった生徒を手厚く支援して育てる「エンカレッジスクール」が設置されました。

これら以外にも、さまざまな特色を持った高校で、生徒たちの多様な希望に対応できるよう努めているところです。
これらの改革を進めた成果として、進学指導重点校では、徐々に進学実績が上がってきています。また、全国高校サッカー選手権大会に2年連続で都立高校が出場しましたが、これなども、特色ある高校をつくってきた成果の一つと言えます。
――生徒の人格教育やしつけについては、どのような取組みを?
中村 最も特徴的なのは、すべての都立高校で「奉仕」という教科を必須とし、社会奉仕を実際に体験させていることでしょう。

単なる労働力の提供に終わるのではなく、なぜ世の中に奉仕が必要なのか、奉仕活動を通してどのように社会に役立つことができるのか、といったことを考える機会を与えています。例えば、奉仕をした後、相手の方から「ありがとう」「ご苦労様」と声をかけてもらえることで、非常に感激する生徒もいます。
精神的に「自己否定」の状態に陥り、「自分は誰からも愛されていない」「誰にも相手にされない」と思い込んでいた生徒が、奉仕を通して人から感謝され、「自分が世の中のためになっている」ことを実感して、生きがいを見つけるケースもあり、一定の教育効果が得られているものと考えています。

――改革を進める際、忙しい現場の先生方の足並みをそろえ協力を得るのに、大変なご苦労があったと思われますが。
中村 そもそも教育の現場においては、管理職である校長と教頭以外の先生方は、全員「横一線」に並んでいて平等な立場にあるという意識があります。

そのため教員同士で問題を指摘し合ったり、あるいは校長や教頭の指示を一人一人の教員に徹底させるのに難しい面がありました。特に今回のような大きな改革を断行するには、学校が組織として一体となり動くことが不可欠であり、まず先生方の意識改革が重要な要素となりました。

そこで、学校の組織改革の一環として、都立高校では2003年度から「主幹制度」を導入しました。主幹は、教頭と教諭との間にあって、教頭の補佐をしながら、教諭の指導・監督も担当します。さらに主幹を中心にして、学校をどう改革していくかという、教員間のベクトルを一致させることにおいて、改革推進の大きな力となりました。

未来を見据えた大学改革を

――都立高校の改革を進めてこられた立場から、近年の大学改革のありようについてご意見を。
中村 第一に、自分の学校の現状をよく見て、疑問や不安材料をあぶり出し、改革を力強く実行していくという動機づけが大切ではないかと思います。

20年後、30年後には、必ず産業構造や就業構造が変化していますから、今の教育内容のままではやがて通用しなくなるわけで、そう考えると、何らかの手を打たなければいけないと思えるようになるはずです。

もちろん高等学校においても、例えば商業高校で昔ながらの伝票の書き方を教えていればいいというわけではなく、時代に対応したコンピュータ教育の導入はもとより、生産から流通まで学び、社会に貢献する産業人を育てる学校を設置するなどの改革を進めています。

また、大学の組織について詳しくは存じ上げませんが、例えば国立大学などを見ていると、独立行政法人化されたにも関わらず、組織構造が旧態依然としているのか、一つひとつの意思決定に非常に時間がかかっているように感じられます。そうした組織面の改善も含めて、未来社会をしっかりと見据えながら、有意義な大学改革を進めていただきたいと思います。

中村正彦 Masahiko Nakamura

1946年生まれ。71年に東京都庁職員となり、総務局副主幹、住宅局副主幹、労働経済局副参事、財務局主計部予算第二課長、同主計部議案課長、同経理部総務課長、住宅局参事、政策報道室広報部長、総務局知事室長、教育庁人事部長、同総務部長、危機管理監などを歴任。2005年6月、都議会の同意を得て東京都教育委員会委員に就任し、同時に定例教育委員会にて教育長に任命され、現在に至る。

企業人から見た大学経営 (学校法人名城大学 理事長 大橋正昭)

企業人から見た大学経営

今や多くの大学が、民間企業出身者を理事等に登用している。大学「運営」を「経営」へと転換していく中で、企業人の経験やスキルは、どのように活かせるのだろうか。

大橋正昭氏(名城大学理事長)には、企業経営者としての視点から話を伺った。銀行出身の清水敏行氏(広島大学理事)と小林栄一郎氏(早稲田大学常任理事)からは、経営の要としての財務戦略について、さらに、企業の組織改革に携わってきた吉武博通氏(筑波大学理事・副学長)からは、国立大学の業務・組織改革について話を聞くことができた。

因習を打破し、改善と発展を

学校法人名城大学
理事長 大橋正昭

大学全体で課題に取り組む姿勢を
私はトヨタ自動車株式会社に36年間勤務し、その後、愛知製鋼株式会社の取締役社長を経て取締役会長を務めていたとき、縁あって名城大学の非常勤の理事となり、2005年12月に理事長に就任した。

学校教育については本来門外漢ではあるが、大学の教育や運営等に関して、外部の人間でなければ気づけない問題もあるはずであり、そうした点を少しでも改善していければと理事長を引き受けた。

1926年に「名古屋高等理工科講習所」として開設された本学は、中部圏きっての規模を誇る総合大学に成長してきたわけだが、戦後の一時期、学内において創立者と教授会との対立が激化し、行政や経済界が間に入って解決にあたったことがあった。

もちろん争いは完全に収束しているが、そのときの名残りなのか、それとも大学には一般的にありがちな傾向なのか、「経営を担当する理事側と教育を担当する教員側の立場や考え方が、ある程度異なるのは仕方がない」と考える風潮があるように感じられた。

そして、時折「法人と教学」という言葉を用いて、経営側と教学側の立場の違いを表現していることを、私は理事を務めていたときから常に感じていた。

本学が今後さらなる発展を目指していくにあたって、外部から来た理事と教員が、互いに遠慮してコミュニケーションが取れない状態であってはいけない、組織全体がもっと一体となって皆で知恵を出し合い、力強く邁進しなければいけないと考えた私は、教員の人たちや事務職員との懇談会を重ね、コミュニケーションの重要性を訴え続けた。

その結果、学内の雰囲気は変化し、「法人と教学」という言葉自体、最近は使われなくなってきたようだ。
また、コミュニケーションを図るだけでなく、本学の中枢を担うメンバーがチームワークを深め、より一層進歩していけるよう、年に一回、「サミット」なる会合を開いている。

一泊二日の日程で、学部長クラスの教員や部長クラスの事務職員が参加し、外部から招いた講師に講演していただいたり、大学全体の課題について意見交換をしたり、本学の行動目標として策定している「MS―15」(Meijo―Strategy2015)という長期基本戦略について検証や見直しを行うなど、充実したスケジュールをこなしている。

こうした取組みにより、本学は徐々に風通しのよい組織へと生まれ変わりつつあると言えるだろう。ちなみに「MS―15」においては、「必要な人材の確保と育成」「教育の充実」「研究の充実」「学生・生徒支援体制の充実」「経営改革」といった八つの目標について具体的な内容を定めており、実現に向けて全学で取り組んでいる。

この他、私が理事長となってから、大学が抱える課題にどのように対処していくべきかを、より専門的に検討するため、理事長の諮問機関として「経営問題検討会」を発足させた。外部の理事に座長をお願いし、理事、卒業生評議員、教員、事務職員らが参加して、多方面からの意見を集約して大学改革に取り組もうとしている。

これまでは、大学の内部事情を詳しく知らないという理由で、外部の理事や評議員を務める有識者が、意見を述べるのを遠慮していた傾向があったが、皆で情報を共有し、議論を重ねて、こうした閉鎖性を打破していくことが大変重要と考えている。

大学の教職員にとっても、外部の有識者との触れ合いを通じて、視野が一層大きく広がることにつながるものと期待している。

理事会そのものも、従来は学外理事の人数のほうが多く、やはり学内の事情を知らないという理由で、なかなか力を発揮できずにいた。これについては、副学長を二人制にし、両者を理事に加え、学内のことをよく理解した理事が中心となり、外部理事の意見も取り入れて大学運営に当たるべきだとの考えからだ。

さらに私自身は、本学の附属高校へも頻繁に足を運んで、教職員との接点を多くつくっている。こちらでは「高校活性化方策検討会」を発足して議論を展開しており、具体的な行動目標が定まれば、本学の基本戦略である「MS―15」に盛り込むことも視野に入れている。

高校に関しても、教職員にマネジメント的発想をより強く持たせ附属高校の改革を進めることで、これまで以上に社会的評価を高め、大学ともいっそう連携を深めて、全体でレベルアップを図っていきたいと考えている。

事務手続きの改善が急務

一般企業から大学の中に入り、特に大きく異なると感じたのは、何らかの事柄が決定して実行に移されるまでの手続きの煩雑さである。

企業の場合、例えばトップが打ち出した方針は、すぐに全社員に行き渡って業務に反映されるようになるものだが、本学では、一枚の稟議書がたくさんの部署の責任者のチェックを経なければならず、理事長である私の手元に届くまでに非常に多くの印鑑が押され時間がかかっている。

一人の責任者のところに1日ずつ書類が留まっていたとすると、その提案が動き出すまでには、かなりの日数が費やされてしまう。

もちろん大きな組織であるため、ある程度時間を要するのはやむを得ないが、業務の内容によっては、もっとスピーディーに処理して1日でも早く実行に移したほうが、大学や高校にとって、あるいは学生や生徒たちにとって、よりよい結果をもたらす場合もあるはずである。

ケースバイケースとはいえ、業務の流れを簡素化し、「打てば響く組織」になっていくことも、これからの課題であると思う。

事務処理に関しては、もう一つ、職員の「多能工化」の必要性を感じている。例えばトヨタ自動車の工場の製造現場であれば、一人の作業者が複数の作業を行えるよう訓練されており、誰かがやむを得ず休んだとしても、他の作業者がその穴を埋めることができる。

ところが大学の場合、一つの業務をたった一人の職員が担当していて、他の職員ではその業務の進め方がまったく分からないというケースが度々見受けられる。

つまりその職員が休暇や出張だと、一つの業務が完全に停滞してしまうのである。職員一人ひとりが自分の仕事に責任を持つのも大切なことだが、やはり業務の性質や内容によっては、他の職員の代わりをすぐに務められるように、日頃からチームとして業務を遂行するようにするべきだろう。

特に近年はコンピュータを使ってさまざまなデータを処理しているのであるから、複数の職員が情報を共有するのは難しいことではない。これも、業務および組織の構造改革のテーマとして取り組んでいくつもりである。

人間性を育てることの重要性

本学に限ったことではなく、今の学校教育全体の問題として、いわゆる人間教育が不足し、学生が社会常識を身につける機会が少なくなってきたように思えてならない。

というのも、企業で新入社員を見ていたとき、皆とても素直で、言いつけたことはきちんと一通りこなすが、言われたこと以外やろうとしない人が多いことが、非常に気になっていた。

そのため、入社式のたびごとに、「与えられた仕事に対して、自分でしっかりと考えて、何か役に立つと思うことを一つ付け加えて結果を持って来るように心がけなさい」ということを盛んに話していた。

このような若者が増えたのは、教育機関において人間教育があまりなされておらず、教えられたことを素直に守ったり、偏差値の高い学校に合格することばかり評価する偏った教育姿勢に原因があるのではないだろうか。その結果、「言われたことだけやればいい。

余分なことをやっても叱られるだけだ」という意識が植えつけられ、自分から動かない「指示待ち人間」が多く育ってしまったものと考えられる。

理事長の立場で大学内部を見るようになって、やはり、学校教育のあり方にいくらか問題があるのがわかった。そもそも人間教育とは、特定の学科や科目で教えられるものではなく、教職員と学生との日常のさまざまな接点の中で教わったり、あるいは先生の背中を見て育っていくものであるはずだ。

ところが名城大学の場合、理系の学部においては、実験などで研究室に学生が出入りして、教員と学生との交流がそれなりに図られているが、文系の学部においては、教員と学生との人間関係がやや希薄であるように感じられる。

もちろん先生方は皆お忙しく、なかなか講義以外で学生と接触する時間をつくるのは難しいかもしれないが、学生たちが人間としてより大きく成長していくために、なんとか力を貸していただきたいと考えている。

具体的には、教員が学生に何らかの指示を与えて、それに対して学生が指示以上、期待以上の結果を出してきたとき、学生を心からほめると学生はおのずと、自ら積極的に考える姿勢が身につくのではないだろうか。

反対に、きちんと考えず、必要なことができない学生に対しては、上下関係や社会常識を教員がきちんと指導していくことが大切だ。

2008年1月、私は理事長に再任され、2012年1月まで二期目を務めることになった。
今後も本学の発展のために、企業での経験を最大限に生かしながら、教職員とともに一体となって力を尽くしていく所存である。

大橋 正昭 Masaaki Ohashi

愛知県出身。東北大学大学院工学研究科修士課程を修了した後、1957年にトヨタ自動車工業株式会社(現トヨタ自動車株式会社)に入社。同社の取締役、常務取締役、専務取締役を経て、92年に愛知製鋼株式会社の取締役副社長に就任。同社の取締役社長、取締役会長、相談役を経て、2006年に顧問となる。また、2000年から学校法人名城大学の理事を務め、05年12月に同理事長に就任し、現在に至る。財団法人豊田理化学研究所評議員、財団法人ファインセラミックスセンター顧問、東海商工会議所顧問、財団法人愛知県体育協会参与などを現任。02年に勲三等瑞宝章を授章。

費用対効果を見極め、選択と集中を (広島大学 理事 清水敏行)

費用対効果を見極め、選択と集中を

広島大学 理事
清水敏行

国立大学法人に「民間の知」を注入
広島大学は、現在、昨年9月に浅原利正学長が打ち出した「広島大学アクションプラン2007」に基づき、教育、研究、社会貢献、国際戦略、附属病院、附属学校、管理運営体制など、さまざまな面で積極的な改革に取り組んでいる。

アクションプランは、「未来社会に貢献し、発展を続ける大学」をつくりあげていくために、2011年までに遂行していく行動計画を具体的に記したものであり、理事および教職員全員が共通認識を持つために明文化されたものであるとも言える。

私は以前、広島銀行に勤めていたが、浅原学長から打診があり、「民間の目で財務を見てもらいたい」という意向を受けて、昨年5月、財務担当理事として本学で働くことになった。

浅原学長は常に積極的に外部の意見を取り入れている。本学の「経営協議会」は、年間五回ほど開催され、外部の有識者である学外委員との意見交換に多くの時間を割き、出された意見について、実施可能なものはすぐに対応し、それに対する検討結果も必ず報告するという姿勢を貫いている。

こうした環境の中で、私は国立大学法人の財務に携わるようになったわけだが、いざ中に入ってみると、財務の考え方や感覚が、民間とはかなり異なっており、最初は戸惑うことも多かった。

例えば、財務の指標となる「国立大学法人会計基準」に目を通したとき、収益を追求する民間企業と違って、「収益という概念そのものがない」ことにまず驚いた。

もちろん、教育、研究、社会貢献を本分とする国立大学が、営利を求める組織でないのは当然であるが、法人となった今、健全な経営基盤を構築するには、財務に関する民間企業の手法や考え方の導入も不可欠であり、私は双方をうまく融合させるために、力を尽くしていかなければならないと考えている。

財政改革の鍵は「選択と集中」

国立大学法人の財務の大前提として、収入のうち、「運営費交付金」が毎年一パーセントずつ減額されることが定められている。本学の場合、運営費交付金が収入全体の40数パーセントを占めていることから、大学を安定した状態で運営していくためには、非常に大きな課題としてのしかかっている。

当然ながら、収入がどういう状態であっても、教育、研究、社会貢献に関しては、これまで以上に充実させていかなければならず、後退は決して許されない。ということは、それ以外の部分で、いかに効率的に運営し、経費を節減していくかが急務となる。

ここで陥ってはならないのが、収入が減っているのに業務改革を行わず、従来あるすべての部署に「まんべんなく少なく配分する」ことである。これでは効果がないばかりか、業務そのものが後退していくのは必至であろう。

大切なのは、「費用対効果」をしっかりと見極めながら、資金配分の「選択と集中」を進めることである。
例えば職員の手を煩わせていた単純作業を、適宜アウトソーシングしていくことで、人員等を大幅に削減することができる。

また、そこで発生した余剰人員を、他の重要な部門に再配置したり、「アクションプラン」の重要課題に対しての陣容を充実させることが可能となる。

本学財務部では、こうした業務の効率化をすでに進めている。会計作業として大学全体で発生する「大量かつ反復的な業務」を、すべて財務部に集中し、作業そのものは基本的に派遣社員が担当する体制を構築した。

いわば「大学内アウトソーシング」とも言える手法であり、これによって、常勤職員は大量反復作業に追われることがなくなった。その分、職員は「企画・立案・評価・改善」といったクリエイティブな業務に専念でき、財務部としての機能を大きく向上させることに繋がった。

浅原学長の思いとして、常勤職員にはできるだけ企画・立案業務に力を入れてもらいたいという方針があり、まさにそれが具現化されつつあると言える。

その他、経費削減の方法として、業者との契約交渉において、単価の縮減に努力することも重要だ。例えば複数年で契約することによって、購入単価が下がれば、それだけ支出を抑えることができる。

また、細かいことのようだが、大量にコピーをとるときは、カラーではなく白黒にするとか、書類はできるだけA4の用紙一枚にまとめて作成するといった地道な取組みでも、大学全体で継続して行えば、やがては大きな節減効果に繋がる。

こうしたことも含めて、教職員全員のコストに対する意識を高め、無駄をなくしていくことが何よりも重要なのである。

外部資金の増加と事業性の向上

もちろん、支出の削減ばかりでなく、収入をいかに増やしていくかも考えていかなければならない。といっても、そもそも大学は収益を生む組織ではないため、実施できる方法はどうしても限られてしまうが、知恵をしぼって、多様な財源を確保していけるよう取り組んでいるところである。

本学の場合、授業料や附属病院の収入以外で、重要な位置を占めているのは、「受託研究等収入」と「寄付金収入」である。受託研究等収入については、近年順調に伸びており、それに伴って経常収益に対する外部資金比率も少しずつ高まってきた。

また、寄付金に関しては、新たに「広島大学基金」を創設し、本学の活動にご賛同いただける方々からいただいた寄付金を、各種事業に有効に配分する体制を確立している。

例えば、優秀でありながら経済的理由で大学進学が困難な者を支援していく「フェニックス奨学金」などに充てていくことが決まっており、今後の基金の本格運営に期待がかかっている。

また、資金の運用にも、少しずつ取り組みはじめている。今のところは短期間の運用だが、きめ細やかな資金管理を行い着実に収益をあげてきており、こうした努力は今後も継続していくつもりである。

この他、大学が持っている施設の貸し出しなど、国立大学法人としてできる範囲の「事業性向上」に向け工夫しているところである。

管理運営体制の抜本的改革

一連の財務改革だけにとどまらず、広島大学では、大規模な組織改革が進行している。本学には、学長と各理事で構成される「役員会」がある。

この役員会について、執行の最終決定は役員会が行うが、理事が所管する各部署についての責任は、理事が直接負うという体制につくりかえた。民間企業でいえば、取締役会のもとで業務を進めていくようなものである。

さらに本年の4月からは、職員が所属する「部」を廃止して、「グループ制」に移行し、従来の課長が「グループの長」を務めるようになった。グループの長には、課長時代よりも大きな権限を与えており、その分、責任が大きくなるが、「やりがい」もまた大きくなる。同時に、各グループの長は理事と直接つながり、理事はグループを直接統括・指揮する。

このように管理運営体制をシンプルにすることで、組織全体が動きやすくなり、業務の大幅な効率化が図られている。こうしたドラスティックな改革によって、広島大学は今、着実に進化しつつあるのである。

清水 敏行 Toshiyuki Shimizu

1949年生まれ。京都大学法学部を卒業後、株式会社広島銀行に入行。広島銀行にて、主計課長、融資企画課長、営業統括部副部長、銀山町支店長・大阪支店長、常任監査役を努め、2007年5月、広島大学の理事(財務担当)に就任。広島大学では、財務部の予算決算・契約(外部資金も含む)・経理(会計センター含む)・管財と、社会連携部の産学連携センター・地域連携センター(08年4月より社会連携から施設に担当変更)を担当し、現在に至る。

学生のため、大学の将来の発展に繋がる組織改革を (筑波大学 理事・副学長 吉武 博通)

学生のため、大学の将来の発展に繋がる組織改革を

筑波大学
理事・副学長 吉武 博通

組織改革のエキスパートとして
1985年の「プラザ合意」以降、円高が急速に進み、経済のグローバル化が促進され、さらにバブル崩壊という流れの中で、鉄鋼業界は激しい国際競争の中に放り込まれた。
新日本製鐵株式会社に勤務していた私は、この時代、経営・組織改革に携わった。具体的には87年以降、数次にわたる「中期経営計画」の策定に関わったのである。

同計画においては、本社業務の改革や生産設備の集約・合理化、大規模なコスト削減、いわゆるホワイトカラーの大幅削減、国際会計基準等への対応、連結経営によるグループ全体の効率化などが大きなテーマであった。

このような組織改革実務のメンバーとして働いた経験を活かすため、法人化を契機として進められている筑波大学の改革に、2003年から参加することになった。

そして現在、総務・企画および国際連携の担当として、種々の業務に取り組んでいる。仕事内容について、総務としては業務の総合的な調整や、会議での実質的な審議を通じて、大学の優先的な課題を計画的に実行していくことに力を注いでいる。

企画に関しては、中期計画や年度計画などを策定するとともに、計画の一連の「PDCAサイクル」に関わる業務を担当している。さらに岩崎洋一学長の指示により、「本学の十数年後の姿を描く」という趣旨で策定を進めている「筑波大学2020ビジョン」の、実務的な取りまとめを行っている。

法人化における課題と取組み

国立大学法人化の本質は、文部科学省の一部門であった国立大学が、すべて自律的に運営しなければならなくなったということである。

したがって、それまでは国家公務員法や人事院規則で定められていたものが、各大学が個々に労働基準法に基づいて就業規則を策定し、個々の大学の責任で大学全体の予算を編成し、企業会計基準に準じる会計制度のもと、決算を行うといった業務が求められるようになった。

本来ならば、法人化というチャンスを有効に生かしてチャレンジしなければならないときに、業務量も増えてしまい、また、国の人件費削減方針もあり、成果に結びつけていくのに苦労しているというのが正直なところだ。

この事態を打開するためには、従来の業務を大幅に効率化して、できれば半分くらいに減らし、そこで生まれた余力を新しい仕事に置き換えていくことが不可欠となる。

本学の中期計画には、「事務等の効率化・合理化に関する目標を達成するための措置」として、事務組織の再編や、意思決定の迅速化、諸手続きの簡素化・情報化の推進、アウトソーシングの推進などを盛り込んでいる。

これらを総合的に推し進めていくことで効率化が図られ、筑波大学が進化していくために、より大きなエネルギーを振り向けることができるのである。

いかに組織の体質を変えていくか

国立大学の法人化に際しては、いわゆる「役所的」「役人的」体質から脱却するために、職員の意識改革を行う必要があるといった指摘を受けることがある。

こうした意見について、私も民間にいたときは同様の認識を持っていたが、現実には、意識改革という次元とは別のところに問題があるのがわかった。

まず、国立大学が長く国の機関であったために、職員は、すべて「国が決めたこと」「上の人が決めたこと」に忠実に従う形で仕事を遂行せざるを得なかった。

また、国公私立を問わず、大学では教員が中心的存在で、職員はそのサポート役であるという意識が強いことから、「職員一人ひとり自らが当事者としてリスクを負って判断する」という経験を積むことができなかったのである。

これは職員の体質や責任というよりも、彼らの立場上、そうしたトレーニングを積めなかっただけのことなのである。
この状態から脱却するためには、職員たちに自らが考えて判断する機会を数多く提供しなければならない。

判断するには判断基準が必要であり、職員たちには、「もし判断に迷ったら、学生のためになるかどうか、筑波大学の将来の発展に繋がるかどうか、社会に説明ができるかどうかという三つの基準をもとに決断してほしい」と話している。

最終的な責任は担当理事がとるという前提のもと、それぞれの職員が、それぞれの現場で判断する経験を積んでいけば、より力強い組織をつくっていけるはずだ。

もちろん大学であろうと民間企業であろうと、管理者にとって、部下に任せることは大変難しいことではある。しかし、こうした取組みを現場レベルで丁寧にやっていかなければ、本当に血の通った、息の長い、地に足がついた大学改革にはならないと考えている。

この他、「業務改善推進本部」を設置し、国立大学時代から踏襲してきた業務ルール改善にも努めている。従来、国立大学の諸々の業務は、「適正性」を最優先して、「効率性」は二の次になってきた背景がある。

例えば、政府や会計検査院からの指導を忠実に守っていくために、一つひとつの業務に仔細なルールがつくられているが、そのルール通りに処理しようとすると、作業が非常に繁雑かつ困難になり、結果的に著しく非効率的になっていたのである。

適正性を追求するあまり効率性が損なわれ、そのせいでかえって適正性が損なわれていたのでは、何のためのルールなのかわからなくなる。このあたりの仕組みや考え方が、国と民間との最も大きな違いなのだろう。

業務の進め方はできるだけ効率化して、シンプルにすることで、必ずわかりやすくなり、結果として仕事のクオリティを上げることに繋がるはずである。

筑波大学が取り組むべき課題とは

現在策定中の「筑波大学2020ビジョン」に盛り込まれている本学の今後の課題の中でも、私はまず、「教育の質の向上」が重要ではないかと考えている。

国立大学の研究力は、世界の水準から見て決して低くはないが、教育の方法・内容・システム等について、日本はまだまだ改善の余地を残していると思われるからだ。

また「国際化」に関しても、本当に国際的に開かれた大学になっているかと言えば、まだまだ不十分と言わざるを得ない。例えば海外から多くの留学生を受け入れている割に、本学から海外へ留学する学生の数は少なく、外国人教員の比率も低く、学内の掲示板は日本語でしか書かれていないといった状況であり、さらなる国際化を進める努力が必要である。

また従来、個人プレーが中心だった教育についても、カリキュラムの体系化をよりいっそう推進するために、これからはもっと組織的にマネジメントしていくことが必要になってくるだろう。

今年は法人化後4年間の取組みに対する評価が行われる年である。100年に一度と言われる新体制への移行が、大きな混乱なく進んでいることは大いに評価されるべきであるが、一方では課題も山積している。

改革成功に向けて、教員をはじめ多くの人たちの力強い協力も得ており、大学全体で力を合わせて、これからも前向きな改革に取り組んでいきたいと考えている。

吉武 博通 Hiromichi Yoshitake

1954年生まれ。77年に九州大学法学部を卒業し、新日本製鐵株式会社に入社。同社総務部組織室長、総務・組織グループリーダーなどを歴任し、同社の経営および組織改革の立案・推進を担った。2003年に筑波大学社会工学系教授となり、04年には同大学学長特別補佐、大学院ビジネス科学研究科教授となる。06年4月に同大学理事に就任し、現在に至る。1994年以降、警察大学校講師を務めるなど講演・執筆活動も行う。

財務施策を駆使し、発展に導く (早稲田大学 常任理事 小林 栄一郎)

財務施策を駆使し、発展に導く

早稲田大学 常任理事
小林 栄一郎

創立125周年記念事業について
早稲田大学の同窓会組織である「校友会」の代表を務めていた関係で、私はまず非常勤の理事となり、さらに数年前からは財務担当の常任理事として、母校の経営、運営に携わっている。
昨年、早稲田大学は125周年を迎え、これまで種々の記念事業を展開してきた。事業の大きな柱となったのは、何といっても学校設備の充実である。

というのも、第二次世界大戦時の空襲でほとんどの校舎が壊れ、終戦直後の応急的建物が多い本学施設は老朽化が進んでいたからだ。具体的には、学生会館や複数の学部の校舎の建て替え、および大隈講堂のリニューアルなどを、記念事業の一環として行ったわけだが、これらには合計360億円の費用がかかっている。

このうち、160億円は大学が自前で用意し、残りの200億円は募金でまかなうという方針で取り組んだところ、本年3月時点で目標金額の90数パーセントまで募金が集まり、ほぼ達成する目処が立っている。各方面から多大なご協力をいただき、関係者一同心から感謝しているところである。

さらに本学では、次のステップとして、教育の中身の改革を進めていこうとしている。「教育」「研究」「国際化」「世界レベルの人材輩出」など、いくつかの命題について、より具体的に改革内容を練っているところだ。

大学経営における「運用」の重要性

このように、大学を維持する通常の運営に留まらず、さらなる発展に向けて各種の事業を展開しているわけだが、当然ながら、どんな事業を行うにも資金が必要となる。

支出が大きくなることで大学の財政を圧迫させないためにも、健全な財務基盤を確立し、これを強化していくことが、財務担当理事としての使命であると考えている。

言うまでもなく、「入るを図って出ずるを制する」のが財務の基本。幸いにして「出ずるを制する」部分については、私の前任者が「無駄な支出を省く」ことに尽力していてくれたおかげで、私が財務を見るようになった時点で、大掛かりな支出削減をする余地はなくなっていたと言える。

そこで私は、「入るを図る」部分を充実させるべく取り組んでいるわけだが、企業と違って学校は、単純に新しく儲ける方法を探すというわけにはいかない。学費を値上げするといっても、本学の場合は年間0・7パーセントの上昇幅を維持させているため、大幅な増加は望めない。こうした事情から、「入るを図る」といっても、できることは最初から限定されているのである。

そこで私は、銀行での経験を生かし、資金の運用を柱とした「資金効率の向上」に力を注いでいる。これまでさまざまな形で運用を行ってきた結果、私が理事になった当初、運用による利益、いわゆる「運用果実」は、年間で8億円程度だったのが、現在では約38億円にまで増加している。

運用というと、一見、大学の財務の仕事からは縁遠いように思われるかもしれない。ところがアメリカのハーバード大学などは、3兆円以上の資金を有し、それを20パーセント近くの利回りで運用して、なんと本学の年間経費の数倍もの果実を得ている。

日本の18歳人口はなお減少し続けており、本学に限らず、大学の経営環境が今後ますます厳しくなるのは必至という状況において、運用果実を増やしていくための施策は、どの大学にとっても重要な課題となるのではないだろうか。

資金運用と奨学金拡大施策

本学において、ここ数年で増加した運用果実は、現在二期目を務めている白井総長の打ち出した改革方針に基づき、主として「学内奨学金」を充実させるための資金源に充てている。

その成果は着実に上がっており、奨学金の受給者数は、以前よりも約3倍に増加させることができた。例えば、入学試験に合格した人のうち、成績上位二パーセントの学生の学費を無料にする「大隈記念特別奨学金」など、さまざまな名目の奨学金を新設することで、学生への支援体制強化を進めているのである。

奨学金充実の目的は、とりもなおさず優秀な学生をできるだけ多く集めるためであり、その財政面を支える運用果実の増加は、大学発展の鍵を握る重要施策と言っても過言ではない。

ここで持論を述べさせていただくと、これから先、日本の大学は、学費をある程度引き上げていく必要が生じてくるのではないかと考えている。

アメリカの大学の学費は日本の約3倍であり、学生の数を絞ってはいるが、学費が高い分、教育の中身を充実させている。日本においても、教育内容をもっともっと充実させていくことで、高くした学費に見合った教育を施し、優れた人材を育成していく必要があるはずだ。

その代わり、奨学金を従来よりも厚くし、給付対象者を増やすことで、優秀でありながら家庭の経済事情で学費を払うことが困難な若者が、受験を断念しなくても済むように計らうのである。

少子化に対応しながら大学のレベルを高め、さらに国際競争力をつけていくためには、この方法しかないのではないかと、個人的には考えている。

建設的な資金調達方法の構築が不可欠

奨学金の充実以外に、早稲田大学の改革の柱の一つとして、受け入れ留学生の人数を、向こう5年間で現在の2700人から8000人に増やしていくという目標がある。

なぜ留学生を増やすかといえば、アジア諸国から日本にやってくる留学生には優秀な人材が多いため、大学のさらなるレベルアップに不可欠と考えているからだ。

これについても、当然大きな資金がかかることは間違いない。例えば、留学生は全員住居が必要となるため、一括して寮を借り上げるとか、新たに自前で寮を建設するといった対応をしなければならない。そのためには、ごく大雑把な計算だが、留学生一人あたり約1000万円のイニシャルコストがかかることになる。

つまり留学生を5000人増やすためには、居住費だけで500億円の資金を捻出しなくてはならないのである。現在の本学の総収入から経常費を支払って残った黒字から充てるとしても、額が大きすぎてすべてをまかなうのは難しい。そこで、不足分を補うために、私募債という形で「学校債」を発行する計画も立てている。

この他、125周年記念事業の募金実績を踏まえ、今後は恒常的に募金を受け入れるシステムを構築していくつもりであり、金融関係の経験者を配置するなど、具体的な準備を進めている。主に企業、卒業生、学生の父母をアプローチの対象と考えており、特に企業からの募金が重要であると考えている。

というのも、記念事業を行った際、「CSR(企業の社会的責任)」の観点から、大学への支援を前向きに考える企業が増えてきたことがわかったからだ。

もちろん一方的に寄付を受け取るだけではなく、本学の多様な研究成果を活用して、産学連携事業を強化するなどの方法で、企業に貢献していくことが肝要であろう。

これからの大学には、財務の健全性を保ち、必要な資金を確保するために、さまざまな「建設的手法」を実行していくことが求められる。わが国を代表する私学として、こうした面でもリードしていきたいと願っている。

小林栄一郎 Eiichiro Kobayashi

1938年生まれ。61年に早稲田大学第一商学部を卒業後、株式会社協和銀行に入行。同取締役、同常務取締役を経て、94年に株式会社あさひ銀行代表取締役専務となる。97年に同代表取締役副頭取となり、98年に株式会社あさひ銀行総合研究所の代表取締役社長に就任。2002年にAIGスター生命保険株式会社の顧問となり、現在に至る。早稲田大学では常任理事として財務を担当。

第1回大阪大学・京都大学・神戸大学連携国際シンポジウム

歴史上初の三大学連携国際シンポ

関西から世界に通用する人材を育成し、世界に向けて「知」を創出、発信していく――京都大学、大阪大学、神戸大学が連携しての初の国際シンポジウム「三大学連携による知の創出と発信」が、2008年2月27日、大阪国際会議場で開催された。

このシンポジウムは、情報通信をはじめとした科学技術、文化、芸術等の振興に関する教育・研究事業を三大学が連携して行うことにより、卓越した研究者・技術者の人材育成に貢献し、関西の産業発展と地域活性化に寄与することを目的に、07年度から11年度までの5年間実施される。
本企画は学生情報センターグループとともに関西テレビ放送、産経新聞社の三大学への働きかけをきっかけに実現したものであり、「後援」は大阪府、京都府、兵庫県、関西経済連合会など九団体。

「協賛」には関西電力、松下電器産業など関西の代表企業が顔を並べた。当日は大学関係者や経済界などから約320名が参加し、会場は満席となった。

ソフトウェア技術者教育をめぐって

オープニングでは、今回のシンポジウムの委員長を務める鷲田清一・大阪大学総長を皮切りに、尾池和夫・京都大学総長、野上智行・神戸大学学長が挨拶。三大学が歴史上初めて連携したことの意義や、日本にとどまらず世界に向け三大学の「知」を発信しようとの抱負を述べられた。
今回のテーマは「ソフトウェア技術者教育」。第一部前半では、NTT西日本副社長・大竹伸一氏が、関西におけるソフトウェア技術者教育に対する期待を、また、ドイツのフラウンホーファー実験的ソフトウェア工学研究所所長、カイザーズラウテン大学教授・ディーター・ロンバック氏が、ドイツや欧州のソフトウェア工学分野の人材育成の状況をめぐって講演を行った。

「まず日本が取り組むべきことは、全体を見渡せる高度な技術者を、産学官共同で育成することだと思う。技術者の地位を上げ、スター性のある人を輩出することで、若者に選ばれる魅力ある職業になるだろう。その意味で文部科学省の『先導的ITスペシャリスト育成推進プログラム』に期待を寄せている」(大竹氏)

「欧州のソフトウェア工学の教育は、何より実践重視が特徴。ベースになる科学も重要で、その上に技術者としての要素を築いていく教育システムである。ドイツの大学院のソフトウェア工学コースでは、教員の三分の二がソフトウェア技術者で、より実践的なケーススタディーを通じて、高度な技術者育成が可能になっている」(ロンバック氏)
第一部後半では、アメリカ、韓国、インドの招待者が、各国の現状等を紹介した。

「ソフトウェア工学の変化は激しく、常に技術者の再教育を行い、優秀なエンジニアを養成しなければならない。アメリカの場合、多様なバックグラウンドを持つ人たちがチームを組んで開発することが、良いソフトを生み出す強みになっている」(ポール・ニールセン氏〈カーネギーメロン大学附属ソフトウェア工学研究所所長:アメリカ〉)

「なぜ今ソフトウェア工学が重要なのか――医療も防衛も家電製品も、あらゆることがソフトに依存している。情報通信大学(ICU)が国家予算で設立されたのも、優秀なソフトウェアエンジニアの育成が、国の経済成長の要と考えているからだ。

ICTは揺籃期にあるが、産官学連携を早くから強めたことで良いスタートを切った」(ダン・ヒョン・リー氏〈情報通信大学ソフトウェア技術研究所所長:韓国〉)

「インドでは毎年約200万人がエンジニアになっている。とりわけ優秀なソフトウェアエンジニアを輩出することで知られるのがインド工科大学(IIT)だ。IITの教育の特徴は、自分独自の考え方を創造するプロセスを大切にしている点で、卒業生は世界のIT企業から高く評価され、就職先は多い。

企業も大学に協力的でインターンシップ制度を設けたり、ワークショップを開いたり、さまざまな活動を行っている」(ガルギ・キーニ氏〈タタコンサルタンシーサービス副社長:インド〉)

IT教育の実践と展開

第二部では、わが国のIT教育の実践について、筑波大学、東京大学、慶應義塾大学、名古屋大学、大阪大学、九州大学の各グループによる発表が行われた。これら六グループは、文部科学省が支援する『先導的ITスペシャリスト育成推進プログラム』に選定されている。

東京大学グループの竹内郁雄・東京大学教授は「先導的ITスペシャリストとは、統率力があり、世界に発信できるソフトウェアを創造できる人材。そこで基礎力、開発力、創造力を三本柱として、それらを養う『情報理工実践プログラム』を企画した。

完成したソフトウェアを携えてアメリカへ飛び、マイクロソフトなどに提案してソフトが通用するかどうかを試す『プレゼン武者修行』も実践する」と発表した。

第三部では、わが国の今後のIT教育の在り方についてパネルディスカッションが行われ、プロジェクトを客観的に評価する仕組みづくりや、小手先の技術ではない「将来への適応力」育成の重要性などが議論された。
この三大学連携国際シンポジウムは今後、将来的課題である防災や環境問題、文化財保護といったさまざまな分野において、三大学連携により世界の「知」を集積し、社会への発信に取り組んでいく。

08年度は京都大学、09年度は神戸大学が各々幹事校となり、シンポジウムのテーマや運営を担っていくことになる。関西の各行政機関、企業にとどまらず日本全国、国際的にも注目を浴びる三大学連携となるであろう。

大学の質とは何か

大学の質とは何か

大学は“淘汰の時代”を迎え、個性・特色を明確にすることで機能的に分化しながら、多様化の方向に進んでいると言える。また、規制緩和の一環として、大学設置基準等においても「事前規制から事後チェック」への転換が図られてきた。

こうした環境の変化は、高等教育機関としての大学の在り方を根底から再認識しようとする動きに繋がってきている。教育力を向上させ、大学としての質を保証することで、社会との信頼を築き上げることが喫緊の課題なのである。

設置基準の隙間を埋める

2008年4月、「教育力の向上」と「質の保証」の観点から大学設置基準等の一部が改正・施行され、既設を含めたすべての国公私立大学に適用された(大学院・短大にも準用)。この改正にはシラバスの明示、成績評価・卒業認定基準の明確化、そしてファカルティ・ディベロップメント(FD)実施の義務化などが盛り込まれている。

大学設置基準の大綱化(1991年)以降、政策誘導という一面はあるにせよ、各々の大学は独自の改革に取り組み、環境も大きく変化してきている。

2003年度からは「構造改革特別区域法」に基づいて、株式会社による大学が設立されたり、すべての授業をインターネットで行う通信制の大学が開設されたりと、以前は想像さえできなかった設置形態の大学等も、「個性化」「多様化」の産物として出現している。

授業形態の多様化も進み、大学として専用の施設を持たない、ビデオ授業で教員がいないなど、さまざまな問題が浮上し、文部科学省から改善勧告を受ける大学も出てきている。

今回の改正の背景のひとつには、大綱化により緩和された基準の隙をついた設置・授業形態の多様化に一定の歯止めをかけるため、改めて基準を明文化する必要が生じたことが挙げられるだろう。

入口から出口までの関連づけ

わが国の大学の質は従来、事前規制と入学試験によって保たれてきたと言える。しかし、大綱化による「事後チェック」への転換によって、運営や品質管理は各大学の自主性と責任に委ねられることとなった。
また、少子化の影響から受験者数、入学者数確保のため、推薦入試やAO入試を実施する大学が増加。加えて数値の上では「全入」が成立しており、いわゆる「入口」における質の保証が、本来の機能を十分に果たしにくくなってきている。

こうした事態は、05年の中央教育審議会(中教審)答申「我が国の高等教育の将来像」(将来像答申)で既に把握されており、大学の個性・特色の明確化とともに、教員の教育研究能力向上(FD)と「出口管理強化」の重要性に言及。

各々の大学の個性化・特色化を推進していく上で、「入口」=アドミッション・ポリシー(受入れ方針)、「プロセス」=カリキュラム・ポリシー(教育研究課程の編成・実施方針)、「出口」=ディプロマ・ポリシー(学業評価・学位授与方針)を明確にし、それらを相互に関連づけ運用していくことが重要だとしている。

「教育力」探る試み

大学の入口と出口を繋ぐプロセスにおいて、質の向上に大きく寄与する取組みのひとつがFDである。高等学校以下の学習指導要領の変更に伴い、学力・勉学意欲の多様な学生が増加している中で、質の高い教育を実施するためには、教員の能力・資質を向上させることが必要不可欠になってきている。

また本来、大学における教育活動は研究活動と表裏一体であるから、教育活動の改善が研究活動にも良い結果をもたらすはずである。

「FDに真剣に取り組もう、教育力を高めようと考えている大学が増えていることを実感しています」と語るのは、読売新聞東京本社・編集委員の中西茂氏である。中西氏は同紙の長期連載記事「教育ルネサンス」のデスクを務め、わが国の教育問題を取材し続けている。

「大学改革の議論の中で、FDの必要性や重要性は、確かにその都度言及されてきたのですが、過去の調査データを見ると、講演会の開催だけにとどまっているといったケースもまだあるようです。今回の設置基準等改正によるFDの義務化というタイミングで実態を把握し、全大学の『教育力』を探ろうと考えています」(中西氏)

読売新聞社が実施する調査は「大学の実力――教育力向上への取組み」。728校ある国公私立4年制大学の全学長を対象に実施され、偏差値やブランドによらない大学選びのための情報を提供するのが狙いだという。

調査では、学生の授業評価や教員評価を始めとして、FDの取組みとその成果、学長自身の教育方針など、教育力向上の取組み等について約50項目が多角的に問われる。調査項目については「大学の実力検討委員会」(座長・清成忠男法政大学学事顧問)で検討を重ねた。

中西氏によると、物理的な制約等から、FDの実施状況について学部や学科単位で差のある実態を把握するのは難しいが、そうであればこそ、学長のリーダーシップの下、各大学がどこまで真剣に取り組もうとしているかをレポートすることは意義があるのではないかという。

「学長のリーダーシップや指導力は、今後、大学改革の中でさらに重要になっていくでしょう」と中西氏は指摘する。

なお集計結果は同紙に掲載され、ユニークな取組みについては追加取材を行い「教育ルネサンス」で紹介するなど、長期的な大学教育の現状分析が展開される予定である。

包括的な学習成果

大学設置基準の大綱化以降、FDも含め、改革の名の下にさまざまな取組みがなされてきている。

それらは大学、つまり「教育を提供する側」の問題として扱われてきたわけだが、ここに来て次の段階への移行、すなわち「教育を受ける側が大学で何を身につけていくか」という観点に重心が移りつつあると考えるのは、早稲田大学教育・総合科学学術院教授・吉田文氏である。

吉田氏は中教審大学分科会にある教育・制度部会の「学士課程教育の在り方に関する小委員会」専門委員も務めている。
08年3月に中教審が公表した「学士課程教育の構築に向けて(審議のまとめ)」は、同委員会で進められた審議結果を盛り込んだ報告である。同報告では「質の維持向上への努力を怠る大学の淘汰は不可避」と強調。

「わが国の大学の大きな問題の一つは『質』の管理が緩いことだ」と明確に指摘し、入口から出口まで、総合的に大学の質を保証する仕組みづくりが急務だとしている。

「学士課程教育の構築に向けて(審議のまとめ)」ではさらに、「学士力」についての提案がなされている。学士力とは、大学での学習活動の終わりに学生が何を知っているべきか、何を理解すべきか、何ができるべきかを示した学習成果(ラーニング・アウトカム)を明確にするための参考指針である。

「欧米でもラーニング・アウトカム重視の傾向に拍車がかかっています。その背景には、アカウンタビリティーの問題があります。投資に見合った付加価値を、大学は与えることができているかを説明する責任があるわけです。こうした流れが『学士力』の議論に一定程度の影響を及ぼしていることは事実です」(吉田氏)

「将来像答申」で、今世紀は「知識基盤社会」の時代と位置づけている。そうした中で、専門分野の知識や技能の習得はもちろん重要だが、それらが社会に出てから一生通用する時代ではないかもしれない。
したがって専門的な知識・技能を下支えするジェネリック・スキル(汎用的能力)を養成することが急務ではないかという認識も学士力が提唱されている背景であり、「応用可能性、転用可能性を育む能力が、今後さらに求められるでしょう」と吉田氏は力説する。

「学士課程教育の構築に向けて(審議のまとめ)」は中教審大学分科会での審議とヒアリングを経て、今夏頃に「答申」とされる予定だ。

グローバル化する時代の中で、「知識基盤社会」を形成する重要な担い手である大学は、強い進学需要に応えつつ、国際的なレベルをも備えた、質の高い教育を行うことが必要になってきている。教育力向上や質保証の取組みが、大学をさらに活性化させ、わが国の教育・研究が世界に伍するレベルにまで、いっそう底上げされていくことを期待したい。

中西茂(なかにし・しげる)

早稲田大学卒業。1983年、読売新聞東京本社入社。社会部文部省担当、解説部次長を経て、現在、編集委員(「教育ルネサンス」担当デスク)。

吉田文(よしだ・あや)

1981年、東京大学文学部卒業。89年、東京大学大学院教育学研究科博士課程満期退学。同年、放送教育開発センター助教授。メディア教育開発センター助教授、教授を経て、現在、早稲田大学教育・総合科学学術院教授。専門は教育社会学。

学生情報センターグループ「教育環境創造」活動の軌跡

「学生の支援」を第一義の使命として

企業とは営利を生むために存在するものであるが、近年多発する企業の不祥事は、営利を第一義として社会正義を失ったことがその原因と考えられる。
学生情報センターグループは、学生を育て、支援するという使命を第一義とし、健全な経営を心がけながら、社会に求められる企業として成長していく道を追究し続けている。

学生対象事業に取り組むまで

学生情報センターが産声を上げたのは、1975年11月のことである。創業者である北澤俊和は、勤めていた会社を退職した後、営業社員として信頼関係を築いていた得意先の方々から依頼される形で「北和建設」の名で起業した。

北和建設は現在、学生情報センターのグループ企業として、学生マンションのみならず教育関連施設や医療福祉施設、商業施設等での数多くの実績を重ね、技術力、財務力双方を兼ね備えた全国でも屈指の地位を築いている。

北澤の事業が大学との距離を縮めたきっかけは、同志社大学が86年に京都府田辺町(現京田辺市)にキャンパスを開設したことであった。
このキャンパス計画が発表された84年当時、田辺や宇治地域に学生向けのアパートやマンションが全くなかったことに着目した北澤は「学生マンションを計画・提案して、北和建設で建築から建物管理まで一括して受注する」というビジネスモデルを確立し、同社を発展に導いたのである。

その後、88年には「学生情報センター」を設立し、名古屋に進出を果たした。バブル崩壊後の荒波にも守勢に回ることなく、京都と東京、大阪に展開する積極果敢な事業戦略によって、今日の学生情報センターグループの基盤骨格を確立した。こうして学生マンションに特化した事業を展開しながら、学生情報センターは、同社の向かうべき道を見出し、大きな目標に向かって歩を進めることになる。

教育の場としての学生マンション運営

学生情報センター(NATIONAL STUDENTS INFORMATION CENTER=略称NASIC)が掲げた独自の目標とは「ナジックマンションは一つの教育機関である」という立場に立ち、入居する学生に対して「安全」と「安心」を「愛情」をもって提供していくことであった。

言い換えれば、単なる住居提供事業にとどまらず、さまざまな取組みを通じて学生を力強く支援し「教育環境創造企業」を目指していく、という事業目標を打ち出したのである。

「学生マンションでの一人暮らしのスタートを、社会人の第一歩」と位置づけ、入居学生に対して、ゴミの出し方、共同生活のルール、近隣とのつきあいやマナー等を指導したり、入居後も社員がマンションを巡回し、トラブルや事故、そして夜間や休日の火災等の緊急災害時においても、親身になって学生を守っていくという企業カルチャーやサービスの品質を地道にコツコツと向上させてきた。

また、毎年5月から6月にかけて、東京、京都、大阪、名古屋、福岡、広島、仙台で「ウェルカムパーティー」というイベントを20年間毎年開催している。
ナジックが主催するこのパーティーには、新たに学生マンション事業をスタートいただいたオーナー、新入居の学生、学校関係者、企業人など全国八会場で数千名を招き、学生同士はもちろん、オーナーと学生との交流が促進され、学校関係者間の情報交換の場としても活用されている。

この新しいユニークな交流の場は、一人暮らしに不安を持つ学生の「5月病」を防いだり、オーナーとの交流を通じ社会人としての第一歩を踏み出した学生には貴重な体験となり、毎年大きな成果が得られている。これも、ビジネスを度外視した取組みの一つと言える。

さらにナジックマンションに入居した学生には「ナジッククラブ24」のサービスが提供される。これは、入居学生をあらゆる面から24時間365日ケアしていくシステムであり、設備トラブルへの対処、医療機関の紹介、ストーカーやセクハラの相談受付、保険サービス、就職支援など、一人暮らしの学生を手厚くサポートする体制が整っている。

このように、学生情報センターでは、安心して過ごせる安全な環境を確保しながら、愛情をもって学生を育てていけるよう、グループ全体で努力し続けているのである。

大学へのソリューション事業

学生への数々の支援と並行して、大学とのコラボレーションも進めている。その代表的なものは、大学の「下宿紹介業務」を一括して請け負うことだ。大学側からすれば、煩雑な業務のアウトソーシング化が進むことになる。これは98年に、千葉工業大学から「下宿紹介業務を全面的に引き受けてもらいたい」との打診を受けたことに始まっている。

学生情報センターでは、同大学に登録されている下宿の物件概要を一軒ずつデータ化してコンピュータに取り込み、下宿相談会を開催するなど、学校の業務の効率化と学生、家主さん双方へのサービス向上に繋げた。

自社の物件を優先することなく、ほとんどボランティア同然のコストで、常に学生の視点に立ち、学校や保護者のみならず学校と長年関係の深い家主や不動産業者からも確固たる信頼を勝ち得たのである。その後、立命館大学、同志社大学、東京理科大学、明治大学と「下宿紹介業務」を大学から一括して引き受ける新事業は、順調に拡大していった。

学生情報センターと大学との提携は、基本的に「課題解決型」であり、立命館大学との提携はその典型である。立命館大学が、理工学部などを滋賀県草津市に移転した際、周辺地域に学生のための住居が必要となったが、バブル期の影響でサブリース方式で学生マンションを開発する地元等の開発業者が乱開発を行い、結果的に学生や保護者の負担を増大させる家賃の高騰を招いてしまっていた。

これでは立命館大学の新キャンパス構想そのものに影響を及ぼすと危機感を持った大学と共同し、家賃を低く抑え、かつ「安全」で「安心」な高品質のサービスを学生や保護者に提供し、同時にマンションオーナーの利益にも配慮し、マンション開発を展開するという難題に果敢にチャレンジしていった。

大学も、学生や保護者への支援とともに地元の方にも配慮するため、これらマンションを優先的に推薦、紹介し、結果として他のマンションも家賃を下げざるを得なくなった。ナジックと大学が協力し合って、すべての状況が理想に近づいた好事例と言えるだろう。

学生、学校への各種の支援活動

これらの取組みが大学からの高い評価に繋がり、近年は大学の寮施設等の管理業務にまで展開するようになり、2005年、九州大学伊都キャンパスでのPFI事業による学生寮や食堂等の学生支援施設の運営管理に乗り出した。その後、国立大学では広島大学、名古屋大学、東京藝術大学等に、また私立大学においても、明治学院大学、南山大学、同志社大学、関西大学、広島国際大学、福岡大学等へ急速に拡大していった。

さらに近年の取組みとしては、留学生支援の分野にも積極的に展開している。早稲田大学では、交換留学生の宿舎等に関する支援業務を早稲田大学留学生センターから委託された。

また、多摩エリアの40大学・短大、九自治体、34企業団体で構成される社団法人学術・文化・産業ネットワーク多摩では、留学生支援事業の一環として「留学生・研究者宿舎開発プロジェクト」を発足させ、ナジックが事務局として運営を支援している。

また、行政や企業、住民等の地域社会と学生・大学の連携を支援する活動も行っている。名古屋では名古屋市と名古屋大学はじめ市内六大学、企業が連携し、学生を主体として地域との連携を目的とした環境イベント「We love NAGOYA 2007」。

関西では、京都大学、大阪大学、神戸大学が歴史上初めて連携し、関西から世界で活躍する人材を育成し、世界に向けて「知」を創出し、発信していく「第一回大阪大学・京都大学・神戸大学連携シンポジウム」の実現に大きく関与した。神戸でも、ポートアイランドにキャンパスを開設した神戸学院大学ほか四大学連携の開設記念イベント「ポーアイ学びライブ」。

福岡では、九州大学、福岡大学はじめ福岡都市圏の大学と福岡の魅力を高校生にアピールする、福岡市と17大学・短大主催の「ふくおかで学ぼう2007」を支援してきた。

また、学生のキャリア育成においては「株式会社ナジック・アイ・サポート」において、有給型インターンシップ「ワークプレースメント(学生派遣)」を中心に、安全で良質な就業体験を通じた社会人基礎力の育成を推進している。2003年より開始の学生課のアルバイト紹介業務をWEB化した「学生アルバイト情報ネットワーク(aines)」は、安全で良質なアルバイト情報を大学のHP等から紹介するシステムで、業務内容を大学規定に基づき徹底して審査、運営する方式が評価され、全国で127大学、利用対象者112万人にまで広がっている。さらに、若手研究者(ポストドクター)の就職問題に関して、京都大学から委託され、ポスドク専用の就職マッチングウェブシステム「研究人材データベース(仮)」を開発した。

そのほかに、ナジック・アイ・サポートでは、大学事務業務支援として、名古屋大学で公開講座の運営や大阪大学で学生教育研究災害傷害保険の入金照合事務等も行っている。

そして「株式会社ナジック教育ソリューション」では、学内業務のコンサルティングを行っており、モバイルを使って災害時に学生の安否が確認できる安否確認システムや、休講情報、出欠管理ができるモバイルポータルサイト等、大学独自のモバイルシステムを効率よく構築できる大学向けASPシステム「モバイルキャンパス」を展開している。

また2003年4月に設立された文部科学省高等教育局所管の「財団法人学生サポートセンター」では、北澤が創業以来掲げてきた「学生のため、学校のため」の理念を具現化する活動を、北澤自らが理事長に就任し展開している。学生のモラル向上のためのモラル・マナーセミナーや、学生ベンチャーやボランティア活動の支援などを通じて、学生の人格教育にも取り組んでいる。

また、留学生支援として「日本ベトナム留学生情報センター」を開設しており、ベトナムの大学への日本の大学の情報提供やベトナム人学生を日本に招聘し、東京大学等への公式訪問や交流会開催を毎年行っている。

これらの事業は、すべて「教育環境創造企業」という立場から発想し、発信しているものである。学生情報センターグループは、教育関連事業を推進し、次代を担う学生を支援し続けることで、企業としての社会貢献を果たしていこうとしているのである。