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真の教養教育でイノベーション人材の育成を

三井物産戦略研究所 所長 寺島 実郎

少子高齢化や産業構造の変化など、社会全体が大きく変わりつつある近年、日本の多くの大学はさまざまな改革に取り組んできた。一連の改革が、少しずつ結果を出しつつある今、改めて大学のあり方を再確認する時期が訪れているのではないだろうか。海外でも知名度が高く、わが国を代表するエコノミストである寺島実郎氏に、今後の教育界のあるべき姿について話を伺った。

聞き手 ◎ 学生情報センターグループ
代表 北澤俊和


大学改革と産業界の現実

――中央教育審議会の委員を、ただ一人第一期から第四期まで連続で務められ、また同審議会の大学分科会の委員も兼務されていますが、日本の大学の現状、昨今の大学改革について、どのようなお考えをお持ちでしょうか。

寺島所長(以下敬称略) 三井物産に勤務しながら、私は中央教育審議会をはじめとして、国立大学の評価委員や、早稲田大学大学院の教授なども務めており、日本の高等教育にさまざまな形で触れる機会を持っています。ここでは、自らのそうした立場において感じたことを、本音で語らせていただきたいと思います。

近年、大学の改革ということが叫ばれ、さまざまな形で変革が行われてきましたが、そろそろいくつかの結論が見え始めています。今は、これまでの大学改革が本当に適切なものであったのかを、きちんと検証すべき局面にあるのではないかと考えています。とかく大学の改革というと、「産業界が要請している」という暗黙の了解のもと、例えばMBAのコースを新設してみたり、法科大学院を増やしてみたりと、いわゆる即戦力として使える人材育成に主眼が置かれてきたと言えます。また、そういう高等教育が、次代の大学のあり方として正しい、という考え方が力を得ていました。

しかしながら、日本の大学のMBAのコースをじっくり見てみると、アメリカのMBA教育を見よう見真似で取り入れたものが多く、単に金融スキルを身につけさせるための、社会人大学的な様相を呈しているようにも思われます。

そして、それが日本の産業界が本当に求める人材育成になっているのかといえば、必ずしもそうとは言えない。たとえるならば健全な産業観を持たないまま、マネーゲームのプロフェッショナルとなり、専門用語を駆使して人を煙にまくような人材を多く育てることで、日本経済がよくなるはずがありません。

法科大学院にしても、アメリカのような訴訟社会を想定して、従来よりもレベルの低い弁護士の人数をいたずらに増やしていけば、かえって「もめごと社会」を加速させることにもつながりかねず、そうした社会は決して健全とは言えないでしょう。

別の見方をすれば、教育の現場に、競争主義や市場主義を導入することが、大学改革の切り口の一つであると言われてきましたが、それが果たして正しかったのかどうかが、問い直されているのです。

――即戦力育成の必要性が強調されてきたが、必ずしも社会のあるべき姿と合致していないということですね。
寺島 そうです。また別の側面もあります。昨今は、個性的な力を持った学生を育てようということで、大学側がいろいろなチャンスを提供していて、私の学生時代に比べれば、海外に行く機会も多く、また海外からの留学生とのふれあいも増えました。そうした取組みの効果もあって、個性豊かな若者が増えていると言えますが、産業界の側は必ずしも個性的な人間ばかりを求めているわけではないのです。

例えば、この10年間の日本の産業界を振り返ってみれば、「労働の平準化」が、非常な勢いで進んでいます。バーコードの普及が典型的な例で、流通の情報管理は、光学読取機でバーコードをなぞるだけで行えるようになりました。

しかし、そもそもアメリカでバーコードが開発された背景には、語弊があるかもしれませんが、日本よりも教育水準の低い人たち、英語を話せない人たちでもミスをせずに働けるようにする目的があったわけです。つまり、大学では個性的な若者を育てつつ、産業界では個性を必要としない仕事が増えているわけです。こうした状況では、真面目な学生ほど夢や目標を見出せなくなってしまうでしょう。

もちろん、大学は改革に向けて大変な努力をされてきたわけですが、産業社会の変化に、これまで以上にもっと目を向けていただきたいと思います。また、中央教育審議会といった組織も、単に大学を叱咤激励するだけでなく、社会がどう動いているかを大学に伝え、どういう人材が必要であるかを訴えていかなければならないと思います。

産学連携の新しい形とは

――三井物産戦略研究所として、大学改革や産学連携などの活動には携わっておられるのでしょうか。
寺島 2007年春、当研究所と北海道の室蘭工業大学、ウラジオストックの極東工科大学の間で、「三者間学術交流協定」を締結しました。これは、私どもが仲介役となって実現したもので、産学連携の新しいあり方を示していく意味においても、とても重要な取組みであると考えています。

連携の具体的な内容としては、例えば、北方圏の住宅の省エネルギーの問題や、環境関連の技術など、これまで室蘭工業大学が蓄積してきた技術を、ロシアにおいて生かしていくといったことが挙げられます。

また、日本海全体の生態系の研究などは、日本だけでなく、ロシアや中国、韓国、北朝鮮などと一体になって進めていくべきであり、そうしたものにつなげていくためのステップとして、具体的な交流が始まっているのです。

ただ留学生が行き来するだけではなく、学長や教授レベルで交流を進めて、共通のプロジェクトを通じて何らかの達成感を得られるようなアプローチを行っており、非常に意味があると感じています。

今回の連携がうまくいった背景には、三井物産の私の先輩にあたる宮地隆夫氏が、室蘭工業大学の理事として入ったということがあります。つまり、産業界の現場の実情をよくわかった人間が、大学の運営や経営に参画することによって、儲け話につながるかどうかということではなく、産業現場と直結した、リアリティーのある形での産学連携のプラットフォームが整ってくると考えます。

今、国立大学の改革の一環として、産業界の現場を理解していくために、民間企業出身者を、理事や教授といった形で各大学が受け入れはじめています。こういう流れが生まれたのは、歓迎すべきことです。

専門家に求められる「全体知」

――産業界において、「イノベーション人材の育成」が求められていますが、どのようにお考えでしょうか。
寺島 まず、日本の理科系の教育が、大きな壁にぶつかっている点を考えなければなりません。そもそも、国や産業界が、今後どういう人材を腰を据えて育成すべきなのか、きちっとした定見を示していないことで、イノベーション人材が育ちにくくなっているように思えるのです。

原子力関連の技術者がいい例で、私たち団塊の世代が学生の頃、国立大学の原子力工学科には、学年でズバ抜けた成績を修めている理科系のトップエリートしか入れませんでした。ところが、社会における原子力への風当たりが強くなると、かつて花形だった原子力工学科に人が集まらなくなっています。

ここで大事なのは、国のエネルギー戦略の中で、20年、30年先に原子力がどういう位置づけになり、どういう人材を育てていくのかという方向性を明確に示していくことです。それがなければ、学生に対してイノベーション人材として育ってほしいと期待しても、単なる掛け声にすぎません。

もう一つ、イノベーション人材を育てるためには、それを迎え入れる側が、活躍できるフィールドをしっかりと整備しておかなければなりません。海外では、理科系の人が国のトップにのし上がっていく例が多くありますが、日本では、企業経営者も含めて理科系の人がなかなかトップに行けないという現実があり、学生たちはそれをよく知っています。

ですから、いくらイノベーション人材が大事だと説いても、学生たちの意欲を喚起するのは難しいのです。
そもそも、イノベーション人材の育成は、大学の改革で何とかなる問題ではなく、中央教育審議会のようなところが発信していくべき課題であると言えます。


また、イノベーション人材というと、専門家の育成ということになりますが、私のテーマから述べさせていただくと、そうした専門の勉強以前に、「真の教養教育」が重要だと考えています。専門知識というのは、あくまでも社会全体の中での部分的な知であり、各々の専門知識が、歴史軸の中でどういう意味を持ち、世界の中の日本という空間軸の中でどう位置づけられるのかといった「全体知」を身につけることが不可欠です。

ITの専門家たちと話していて感じるのは、彼らは確かにITに関する高度な知識とスキルを身につけています。ところが、そもそもインターネットはどういう思想のもとにつくり出されたのか、情報技術が進化して、その中で自分たちがどういう役割を果たしているのかといった、基本的なことを理解していない人が多いのです。

専門家を育てるにあたって、歴史軸や空間軸という観点で結びつけた「全体知」を、真の教養教育を通じて身につけさせなければ、結局は専門家として果たしていくべき役割を見出すことさえできないと思うのです。

地域社会における大学の役割

――大学はいかにして地域に貢献していくべきかについて、お考えをお聞かせください。
寺島 いくつかの大学から依頼されて、大学での講義等に関わっているのですが、2007年度から、関西の大学で、私がコーディネーターとなってリレー講座を開いています。「世界の潮流の中での日本」といったタイトルで、年間10回の講座のうち、最初と最後の二回を私が担当し、あとの八回は、国内外のさまざまな専門家に講義してもらっています。

もちろん正式な単位になる科目で、学生にはレポートを提出させ、採点もしています。
このリレー講座は公開となっていて、地域の人たちにも参加していただいているのですが、いつも教室の後方は、びっしりと一般の参加者の方々で埋め尽くされ、皆さん熱心に講義に耳を傾けていらっしゃいます。

こうした経験から、公開講座のような取組みを、地域社会が熱望していることに気づかされたのです。公開講座は、大学教員で行えますから、特別大きな予算がかかるわけではない。もちろんすでに実施されている大学も多いと思いますが、さらに踏み込んで進化させていくことが重要ではないかと思います。

また、国立大学の評価委員を務めている関係で、地域社会と大学に関するレポートを見ていますが、地域社会においては、医学部や病院を持っている大学の評価が非常に高いという傾向があります。つまり、地域の人々にとって、大学の病院の世話になっている、そこに命を預けているという意識が、とても強いのです。

反対に、文化系だけの大学に対する評価には厳しいものがあります。そうした大学は、よほど深く地域社会の問題に踏み込んで、例えば准教授クラスの人たちと地域の産業界の若手を結びつけるなどして、地域の活性化に取り組んでいくことが大切になってくるでしょう。
――今後、大学が向かうべき方向について、ご意見をお聞かせください。

寺島 「時代の要請」あるいは「社会の要請」に関しての固定観念を、一度流動化させて、改めて見直してみるべきだと思います。

外から資金を集めやすい産学連携の取組みや、即戦力のスキル人間を育てるばかりでなく、10年1日のごとく歯を食いしばって基礎研究を続けている人たちにも、本当は日が当たらなければいけないのです。

大学のトップ経営者には、自分の大学が果たしている基礎的な役割を、しっかりと踏み固めていただくことを希望します。

寺島 実郎 Jitsuro Terashima

1947年生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程を修了後、三井物産株式会社に入社。米国三井物産ワシントン事務所長などを経て、現在同社の常務執行役員、戦略研究所所長を務めている。また、財団法人日本総合研究所会長、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授、中央教育審議会委員など多方面で活躍中。中央教育審議会では、第1期から現在の第4期まで、委員に名を連ねる唯一の人物。第15回石橋湛山賞を受賞した『新経済主義宣言』など多数の著書がある。

大学改革提言誌「Nasic Release」第16号
記事の内容は第16号(2008年1月1日発行)を抜粋したものです。
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