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大学の「小学校戦略」
私立大学(学校法人)の小学校設立が相次いでいる。
若年者人口の囲い込みか?
学校法人全体の発展を目指すのか?
青山学院と関西学院、東西私学の雄に小学校戦略の目的と意義、施策を聞いた。
小学校を併せ持つ私学(学校法人)は以前から数多くあった。慶應幼稚舎や早稲田実業初等部、立教、青山学院、学習院などがその筆頭だが、近年、中部、関西、九州地域でも、大学を持つ学校法人が小学校設立に踏み切っている。「関関同立」や南山、西南学院などである。
いくつかの格付会社のアナリストたちは、これらの動きを「学校法人のロイヤル・カスタマー戦略」と口を揃えて指摘している。慶應幼稚舎を一つの成功例とする、上顧客の早期取り込みに、拍車がかかっているというわけである。
こうした新たな戦略の成否を握るものの一つが、「ブランド力」である。私学に限らず教育事業体のブランド力は一朝一夕に確立できるものではないが、「教育の質」そして「人材育成」(卒業生の社会貢献度等)が、ブランド力の構築に大きく影響するであろうことは想像に難くない。
関西の人気四私学「関関同立」では小学校の設置が相次いでおり、2006年に同志社と立命館が小学校を開校し、08年には関西学院が、09年には関西大学が開校を予定している。各校とも一クラス30名程度の少人数制と、大学までの一貫教育を謳い、既存の小学校との差別化を図っていることは共通しているが、教育の方針や環境整備においては、関関同立内での差別化を図っていくようである。
小学校から大学までエスカレーター方式で進学できる環境にあると、子どもたちが勉強しなくなるのでは? と不安視する声もあれば、受験勉強に縛られることがないので、幅広く奥深い勉学を、落ち着いた環境で実践できるという見方もある。
いずれにせよ、子どもたちや保護者にとっては、新たな選択肢が増えることになるわけであり、同時に私学にとっては、競争がますます激しくなることを意味するものでもある。
今回本誌では、青山学院と関西学院に話を聞くことができた。両校いずれも大学においては、名実ともにブランド校としての評価を得るに至っているが、小学校を持つ目的や意義、教育内容にはやはり違いがある。
青山学院初等部にはすでに七十年の歴史があり、わが国における「一貫教育」の先駆者として自負するものが数多くある。一方の関西学院も、初等部の歴史こそまだこれからではあるが、「早期囲い込み」といった目先のメリットではなく、建学の理念に基づく人間教育を、最大の強みとして打ち出そうとしている。
今後は「偏差値」ではなく、「人間形成力」こそが、私学のブランド力を支える、新しい指標となっていくのではないだろうか。
一貫教育の先駆者として
青山学院は、幼稚園から大学院まで一丸となって、総合的な視野で改革を進めようとしている。初等部開校から七十年の歴史を持つ青山学院ならではの経営手法や個性的な教育プログラムについて、深町正信院長に語っていただいた。
学校法人 青山学院 院長 深町正信
総合学園の強みを生かした教育体制
――近年、小学校(初等部)を持つ大学が増える傾向にありますが、明治初頭に創立した青山学院では、1937年に小学校を開校され、すでに70年の実績を築いてこられました。学院全体における小学校の存在意義について、お聞かせください。
深町院長(以下敬称略)青山学院が初等部をつくることになったのは、当時の阿部義宗院長が、「教育は、できるだけ小さいうちから始めなければならない。柔らかいうちに、大事なことをしっかりと教え込むことが基本である」と主張されたことがきっかけとなっています。
そうした方針のもと、当学院は発展し続け、現在、幼稚園、初等部、中等部、高等部、女子短期大学、大学、大学院、専門職大学院を有する大規模な総合学園を形成しています。
当然、下から上まで連続性、一貫性のある教育を行っているわけですが、大きな特徴として、上の学校に進むたびに、新たな生徒、学生が入学してきて、人数が段階的に増えてゆく仕組みになっている点が挙げられます。
まず、幼稚園には、男子20名、女子20名の計40名が入園します。次に初等部では、これに男子40名、女子40名が加わって合計120名になります。中等部ではさらに男女合わせて120名が加わり、合計240名といった具合に、下から上がっていく子どもたちと、外から入ってくる子どもたちが出会いながら、だんだん規模が大きくなっていくわけです。
このとき両者がいい意味で刺激を与え合うことによって、さらなる成長を期待することができます。そうして育っていくプロセスが、青山学院の一つの姿であると言えるでしょう。
――初等部の教育プログラムの特徴についてご説明ください。
深町 キリスト教信仰に基づいた教育を目指しているのはもちろんですが、青山学院初等部ならではの大きな特徴としては、宿泊をともなう行事が多いということが言えるでしょう。
当学院には、「あらゆる場所、時が教育のチャンスである」という考え方があり、6年間合計して約50日の宿泊行事を行っています。1年生の「なかよしキャンプ」に始まり、2年生には千葉県館山市の農漁村で生活をし、実際に刈入れなどの作業を体験します。
3年生と4年生には、「山の生活」を行い、グループで食事をつくったり山登りをしたりして、集団生活のあり方を学びます。5年生には「海の生活」を行い、平戸で水泳訓練や遠泳を体験し、最後までやり遂げる心を育み、キリシタンの歴史に触れて見聞を深めます。
最も規模の大きい行事は、6年生で実施する「洋上小学校」です。船舶に乗り込み、八泊9日の日程で本州を一周しながら、船員の指導のもとで、手旗信号を練習したり甲板を掃除したり、厨房で作業をしたり、寄港した土地の文化に触れたりと、さまざまな経験を通して、青山キャンパスでの学習を具現化し、自主的に行動し、自分の体で人に奉仕することを学ぶのです。
――初等部では、時代に先駆けた取組みもいくつかありますね。
深町 望ましい食習慣、マナー、健康に配慮した食生活を身につけるため、1945年の時点で給食を導入しました。以来、加工品を使わず、吟味された食材、栄養バランス、季節感彩への配慮を続けており、現在盛んに言われている「食育」を、当時から取り入れているというわけです。
また、「木曜ランチョン」では、本格的な陶製の食器を使っています。さらに、65年にはランドセルを廃止し、72年には週5日制を導入するとともに、通信簿を廃止しています。
画期的な新校舎で少人数教育を実践
――キャンパスでは、どのような教育に取り組まれているのでしょうか。
深町 今年度、初等部は校舎の建て替えを行い、設備などハード面の充実を図りました。設計する前に、約2年かけて教員のヒアリングを行い、構想を練りました。
「こういう教育をしていくために、こういう教室をつくってほしい」「音楽教室はこんなふうにしてほしい」「図工はこのように教えたい」といった意見や要望をすべて吸い上げて資料を作成し、それらを具現化する形で設計を行ったのです。具体的には、教室と廊下の間の壁はガラス張りにし、隣りに多目的に使えるスペースをつくったり、図書室は高学年用と低学年用を分けたりするなど、さまざまな工夫を盛り込んでいます。
これにともなって、ソフト面である教育内容の改革も進めています。いちばん大きな改革は、従来一クラス40人の三クラス編成だったのを、30人4クラス編成に変えたことです。ただし、経営面の整合性を図るために、一学年につき男子四名、女性4名の定員増を行い、結果的に一クラス32名という形に落ち着きました。この改革により、さらにきめ細かい教育を施していけるものと期待しています。
教学面では、当学院は以前から「英語の青山」と言われていますが、学院全体で英語教育のさらなる見直しを行いました。従来初等部では、2年から英語を学んでいたのを、1年から始めることにしたのです。
また、青山学院英語教育研究センターでは、教員が協力し合い、青山学院ならではのオリジナル英語テキストをつくりました。教える内容を、初等部の1年から4年、初等部の5年から中等部の2年、中等部の3年から高等部の3年まで、4年ごとの三段階に設定して、新しい英語教育を始めようとしているところです。
――昨今の世情を鑑みて、子どもたちを守るセキュリティシステムも導入されているそうですね。
深町 登下校時刻確認システムを取り入れています。これは、登下校時に、児童全員に持たせているカードを所定の機械に当てると、コンピュータが児童一人ひとりの名前と児童番号を認識します。
このとき同時に、保護者の携帯電話かパソコンに、登校したこと、下校したことをメールで知らせるというものです。安全対策の充実は、理事会でも最重要課題ととらえて、今後も取り組んでいくつもりです。
学院全体で強固な経営方針を構築
――少子化により、学校経営を取り巻く環境は厳しくなっていますが、今後の経営のあり方、教育面での抱負についてお聞かせください。
深町 経営に関して、当学院では、「単年度で赤字を出さないこと」を大原則としています。とはいえ、現在、青山キャンパスの再開発を進めているところであり、年度によって各部で収支のバラつきが生じることは予想されます。
しかし、仮に初等部が赤字になった場合でも、初等部単体の問題にしてしまうのではなく、常に青山学院全体の経営という視点で考えていくため、必要に応じて助け合うコンセンサスが取れています。この考え方が、今まで青山学院が常に一体感を持って運営されてきた非常に重要な要素となっているのです。
教育面では、キリスト教信仰に基づいた「建学の精神」により、青山学院の歴史と伝統をしっかりと守りながら、常に必要な改革を行い、新しい時代の要請に応えられる人間を育てていくつもりです。確かな進歩のためには、あらゆる評価に目を向け、進んで受け入れ、厳しい意見に対しても、真摯に対応していかなければならないと考えています。
深町 正信 Fukamachi Masanobu
1936年生まれ。59年、東京神学大学神学部を卒業。61年に同大学院神学専攻修士課程を修了。84年に青山学院大学国際政治経済学部教授に就任。90年に青山学院第12代院長となり、現在に至る。89年、社会福祉法人基督教児童福祉会理事長に就任、現在に至る(2005年に特定非営利活動法人チャイルド・ファンド・ジャパンに法人変更)。04年、日本キリスト教文化協会理事長に就任、現在に至る。名誉人文学博士(94年/アメリカ合衆国/アメリカン大学)。名誉教育学博士(2000年/大韓民国/啓明大学)。名誉哲学博士(06年/大韓民国/慶南大学)。
記事の内容は第16号(2008年1月1日発行)を抜粋したものです。