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若者の精神的成長を促す社会づくりを

社会人基礎力とは何か〈前〉(全二回)

格差社会と言われる現代の日本において、格差が認められるのは経済面ばかりではない。中間層を占める約六割の若者の平均的水準が低下し、一部の優秀な若者との格差が広がっている。社会に適合して活躍できる人材を育てる仕組みをつくるため、社会人基礎力養成の取組みが始まっている。

法政大学大学院 政策科学研究科
教授 諏訪 康雄


人間性が育ちにくい社会構造

昨今、企業の現場で、若手社員に対する不満の声が多く上がっている。例えば、指示を与えられたことはやるが、指示がないと、自分からは何もしようとしない「指示待ち人間」が増えている。

あるいは、マニュアルに書いてある通りのことはできるが、そこからさらに自分で考えて工夫をしようという姿勢がない。コミュニケーション能力が不足していて意思の疎通ができない。チームワークに欠けていて、いつも一人で勝手に行動し、仕事をする上で当然あってしかるべき報告や連絡、相談が著しく不足している等々……。

なぜこのような若者が増えたのか。大きな原因として、社会構造が変化したことが挙げられる。第一に、家庭内での子どもの人数が少なくなってしまった。一人っ子が多く、たとえ兄弟がいても二人くらいまでの核家族が大半。家族間でのさまざまなやりとりや葛藤を経ながら大人になっていく過程が、昔よりも少なくなってしまった。

かつては祖父母やおじ、おば、同世代の従兄弟などが身近に生活していて、そうした人たちとのふれあいを通して、家族の中の自分のポジションを確認できたが、今はそういう機会も減っている。核家族化、家族の少人数化で、両親の過剰な愛情のもとに子どもが育てられる傾向にあるのも問題だろう。

地域社会も大きく変化した。一九五五年のデータを見ると、自営業で働いている人が五六%もいて、会社に勤めている人は四四%しかいなかった。自営業の大半は地域に根付いて商売をするなり、ものづくりをするなりしていたから、子どもたちの日常の行動範囲に、働く大人たちがたくさん存在していた。

つまり、地域には常に大人の目があったわけで、たとえ他人であっても、いたずらをすれば叱られる、危ない遊びをしていたら注意されるといったふれあいが、日常的にごく自然に行われていた。しかし、昼間に働いている大人たちが、子どもの周辺からいなくなった今、「地域の教育力」が極端に低下してしまったのである。

地域の教育力を高める方法の一つは、近隣の家族同士の付き合いを増やすことだが、日本という国は、家族社会学者が国際比較をしたところによると、珍しいくらい隣近所の家族との付き合いが少ないという。

とりわけ住宅地でその傾向が強く、会社内の縦の関係が付き合いの中心となっているため、地域の子ども同士の付き合いも減少し、仲間と遊んだりケンカをしたりすることを通じて、社会性が成長する機会も減っているのである。このような社会構造ができあがった結果、コミュニケーション能力が育ちにくく、社会性を身につける上での基礎訓練が足りなくなってきたと考えられる。

教育機関における問題点

学校教育のあり方にも問題がある。まず、基本的に日本の教育は「正解伝授型」で、先生から生徒に対して「正解を教えるから黙って聞きなさい。先生が教えることを筆記しなさい」といった具合に教える傾向が強い。

これでは子どもが「受身」になるばかりで、自ら考えて行動したり、仲間たちと一緒に協力して何かをするといった経験を積むことはできない。さらに入学試験は一人で頑張る以外になく、受験勉強も社会性を身につけることにつながりにくい。

こうした正解伝授型の教育が定着した理由は、明治維新以降、日本が早く先進国に追いつくために、時間をかけて自分で考える訓練を施すよりも、正解を丸暗記させるほうが手っ取り早いと考えた社会が、そのように方向づけたからであろう。

また、近年は、クラブやサークルに参加する生徒や学生が減っており、先輩後輩の関係から人間関係を学ぶことも少なくなっていると考えられる。

このように、家庭でも地域でも学校でも、社会性を身につけるのが困難になっているにもかかわらず、進学率は上昇し続け、就学年数は延び続けている。

特に四年制大学や大学院を卒業した若者は、人間性を揉む機会が少ない状態で大人と呼ばれる年齢に達している。その結果、社会人として最低限必要な基礎力が不足したまま企業に就職する人が増加し、企業の側からすれば、若手社員に対する不満が高まるという状況が生まれているのである。

三つの社会人基礎力

そうした社会情勢を改善していくため、経済産業省は、2005年に「社会人基礎力に関する研究会」を立ち上げた。私は座長という立場でこれに参加しており、社会人にとって必要な基礎力に関する研究を続けている。

まず、現代のビジネスの現場で求められる能力とはどのようなものであるかについて、「企業が採用時に重視する能力」「経営者がほしいタイプの人材像」に関する調査結果などを参考にしながら、研究会において議論を重ね、次の三つの傾向を探り出した。

一つめは「人との関係をつくる能力」で、コミュニケーション能力、協調性、人に働きかける力などが含まれる。二つめは「課題を見つけ、取り組む能力」で、課題発見力、実行力、創造力、チャレンジ精神などが該当する。

三つめは「自分をコントロールする能力」で、責任感や積極性、柔軟性などがこれにあたる。これらはあくまでも、社会人として働いていくための、思考と行動面での最低限の能力であり、通常の基礎学力や専門知識、より高度な能力であるリーダーシップなどはあえて含めず、ごく基本的な要素でまとめているのが特色といえるだろう。

こうした要素をさらに突き詰め、最近のビジネスや教育環境の変化を勘案しながら、若者の育成や評価の指標として活用していくことを前提に、次の三つの力を我々は「社会人基礎力」として定義づけている。

1.前に踏み出す力(アクション)
「一歩前に踏み出し、失敗しても粘り強く取り組む力」のこと。学校では正解が一つしかない勉強をしてきたが、実社会の仕事において答えは一つではない。社会人には、失敗を恐れずに試行錯誤していく行動力が必要となるため、これを基礎力として取り上げた。自ら積極的に取り組む「主体性」、目的に向かって周囲の人々を動かしていく「働きかけ力」、目標を設定して行動に移す「実行力」といった能力要素が含まれる。

2.考え抜く力(シンキング)
「疑問を持ち、考え抜く力」のこと。よりよい仕事をしていくためには、常に問題意識を持って課題を見つけ、それを解決していく方法やプロセスをしっかりと考え抜くことが重要である。能力要素としては、現状を分析して課題を明らかにする「課題発見力」、課題の解決に向けたプロセスを準備する「計画力」、既存の発想にとらわれずに新しい解決方法を考える「創造力」などが挙げられる。

3.チームで働く力(チームワーク)
「多様な人とともに、目標に向けて協力する力」のこと。現代の仕事は、専門化や細分化が進んでいるため、一つの大きな目標を達成するためには、多くのメンバーと協力し合っていくことが不可欠である。そのためには、自分の考えを的確に伝えることに加え、他のメンバーの異なる考えも受け入れて、チームを進歩させていくことが重要となる。

能力要素には、自分の意見を伝える「発信力」、相手の意見をきちんと聞く「傾聴力」、自分と異なる意見や相手の立場を理解する「柔軟性」、自分とチームとの関係性を理解する「状況把握力」、約束やルールを守る「規律性」、チームの中でストレスを感じても前向きに乗り越えていく「ストレスコントロール力」などが含まれる。

以上三つの社会人基礎力について、企業や学校等の関係者が共通の認識を持ち、若者を育成していく枠組みを形成していくことが重要なのである。

次号に続く

諏訪 康雄 Suwa Yasuo

1947年生まれ。70年、一橋大学法学部を卒業。イタリアのボローニャ大学に留学した後、77年に東京大学大学院法学政治学研究科博士課程の単位を取得し、満期退学。法政大学社会学部専任講師、同助教授、ニュー・サウス・ウェールズ大学客員研究員、ボローニャ大学法学部客員教授、法政大学社会学部教授などを歴任。2004年から法政大学大学院政策科学研究科教授に就任し、現在に至る。経済産業省の「社会人基礎力に関する研究会」の座長を務めている。

大学改革提言誌「Nasic Release」第16号
記事の内容は第16号(2008年1月1日発行)を抜粋したものです。
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