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真の教養教育でイノベーション人材の育成を (三井物産戦略研究所 所長 寺島 実郎)

真の教養教育でイノベーション人材の育成を

三井物産戦略研究所 所長 寺島 実郎

少子高齢化や産業構造の変化など、社会全体が大きく変わりつつある近年、日本の多くの大学はさまざまな改革に取り組んできた。一連の改革が、少しずつ結果を出しつつある今、改めて大学のあり方を再確認する時期が訪れているのではないだろうか。海外でも知名度が高く、わが国を代表するエコノミストである寺島実郎氏に、今後の教育界のあるべき姿について話を伺った。

聞き手 ◎ 学生情報センターグループ
代表 北澤俊和


大学改革と産業界の現実

――中央教育審議会の委員を、ただ一人第一期から第四期まで連続で務められ、また同審議会の大学分科会の委員も兼務されていますが、日本の大学の現状、昨今の大学改革について、どのようなお考えをお持ちでしょうか。

寺島所長(以下敬称略) 三井物産に勤務しながら、私は中央教育審議会をはじめとして、国立大学の評価委員や、早稲田大学大学院の教授なども務めており、日本の高等教育にさまざまな形で触れる機会を持っています。ここでは、自らのそうした立場において感じたことを、本音で語らせていただきたいと思います。

近年、大学の改革ということが叫ばれ、さまざまな形で変革が行われてきましたが、そろそろいくつかの結論が見え始めています。今は、これまでの大学改革が本当に適切なものであったのかを、きちんと検証すべき局面にあるのではないかと考えています。とかく大学の改革というと、「産業界が要請している」という暗黙の了解のもと、例えばMBAのコースを新設してみたり、法科大学院を増やしてみたりと、いわゆる即戦力として使える人材育成に主眼が置かれてきたと言えます。また、そういう高等教育が、次代の大学のあり方として正しい、という考え方が力を得ていました。

しかしながら、日本の大学のMBAのコースをじっくり見てみると、アメリカのMBA教育を見よう見真似で取り入れたものが多く、単に金融スキルを身につけさせるための、社会人大学的な様相を呈しているようにも思われます。

そして、それが日本の産業界が本当に求める人材育成になっているのかといえば、必ずしもそうとは言えない。たとえるならば健全な産業観を持たないまま、マネーゲームのプロフェッショナルとなり、専門用語を駆使して人を煙にまくような人材を多く育てることで、日本経済がよくなるはずがありません。

法科大学院にしても、アメリカのような訴訟社会を想定して、従来よりもレベルの低い弁護士の人数をいたずらに増やしていけば、かえって「もめごと社会」を加速させることにもつながりかねず、そうした社会は決して健全とは言えないでしょう。

別の見方をすれば、教育の現場に、競争主義や市場主義を導入することが、大学改革の切り口の一つであると言われてきましたが、それが果たして正しかったのかどうかが、問い直されているのです。

――即戦力育成の必要性が強調されてきたが、必ずしも社会のあるべき姿と合致していないということですね。
寺島 そうです。また別の側面もあります。昨今は、個性的な力を持った学生を育てようということで、大学側がいろいろなチャンスを提供していて、私の学生時代に比べれば、海外に行く機会も多く、また海外からの留学生とのふれあいも増えました。そうした取組みの効果もあって、個性豊かな若者が増えていると言えますが、産業界の側は必ずしも個性的な人間ばかりを求めているわけではないのです。

例えば、この10年間の日本の産業界を振り返ってみれば、「労働の平準化」が、非常な勢いで進んでいます。バーコードの普及が典型的な例で、流通の情報管理は、光学読取機でバーコードをなぞるだけで行えるようになりました。

しかし、そもそもアメリカでバーコードが開発された背景には、語弊があるかもしれませんが、日本よりも教育水準の低い人たち、英語を話せない人たちでもミスをせずに働けるようにする目的があったわけです。つまり、大学では個性的な若者を育てつつ、産業界では個性を必要としない仕事が増えているわけです。こうした状況では、真面目な学生ほど夢や目標を見出せなくなってしまうでしょう。

もちろん、大学は改革に向けて大変な努力をされてきたわけですが、産業社会の変化に、これまで以上にもっと目を向けていただきたいと思います。また、中央教育審議会といった組織も、単に大学を叱咤激励するだけでなく、社会がどう動いているかを大学に伝え、どういう人材が必要であるかを訴えていかなければならないと思います。

産学連携の新しい形とは

――三井物産戦略研究所として、大学改革や産学連携などの活動には携わっておられるのでしょうか。
寺島 2007年春、当研究所と北海道の室蘭工業大学、ウラジオストックの極東工科大学の間で、「三者間学術交流協定」を締結しました。これは、私どもが仲介役となって実現したもので、産学連携の新しいあり方を示していく意味においても、とても重要な取組みであると考えています。

連携の具体的な内容としては、例えば、北方圏の住宅の省エネルギーの問題や、環境関連の技術など、これまで室蘭工業大学が蓄積してきた技術を、ロシアにおいて生かしていくといったことが挙げられます。

また、日本海全体の生態系の研究などは、日本だけでなく、ロシアや中国、韓国、北朝鮮などと一体になって進めていくべきであり、そうしたものにつなげていくためのステップとして、具体的な交流が始まっているのです。

ただ留学生が行き来するだけではなく、学長や教授レベルで交流を進めて、共通のプロジェクトを通じて何らかの達成感を得られるようなアプローチを行っており、非常に意味があると感じています。

今回の連携がうまくいった背景には、三井物産の私の先輩にあたる宮地隆夫氏が、室蘭工業大学の理事として入ったということがあります。つまり、産業界の現場の実情をよくわかった人間が、大学の運営や経営に参画することによって、儲け話につながるかどうかということではなく、産業現場と直結した、リアリティーのある形での産学連携のプラットフォームが整ってくると考えます。

今、国立大学の改革の一環として、産業界の現場を理解していくために、民間企業出身者を、理事や教授といった形で各大学が受け入れはじめています。こういう流れが生まれたのは、歓迎すべきことです。

専門家に求められる「全体知」

――産業界において、「イノベーション人材の育成」が求められていますが、どのようにお考えでしょうか。
寺島 まず、日本の理科系の教育が、大きな壁にぶつかっている点を考えなければなりません。そもそも、国や産業界が、今後どういう人材を腰を据えて育成すべきなのか、きちっとした定見を示していないことで、イノベーション人材が育ちにくくなっているように思えるのです。

原子力関連の技術者がいい例で、私たち団塊の世代が学生の頃、国立大学の原子力工学科には、学年でズバ抜けた成績を修めている理科系のトップエリートしか入れませんでした。ところが、社会における原子力への風当たりが強くなると、かつて花形だった原子力工学科に人が集まらなくなっています。

ここで大事なのは、国のエネルギー戦略の中で、20年、30年先に原子力がどういう位置づけになり、どういう人材を育てていくのかという方向性を明確に示していくことです。それがなければ、学生に対してイノベーション人材として育ってほしいと期待しても、単なる掛け声にすぎません。

もう一つ、イノベーション人材を育てるためには、それを迎え入れる側が、活躍できるフィールドをしっかりと整備しておかなければなりません。海外では、理科系の人が国のトップにのし上がっていく例が多くありますが、日本では、企業経営者も含めて理科系の人がなかなかトップに行けないという現実があり、学生たちはそれをよく知っています。

ですから、いくらイノベーション人材が大事だと説いても、学生たちの意欲を喚起するのは難しいのです。
そもそも、イノベーション人材の育成は、大学の改革で何とかなる問題ではなく、中央教育審議会のようなところが発信していくべき課題であると言えます。


また、イノベーション人材というと、専門家の育成ということになりますが、私のテーマから述べさせていただくと、そうした専門の勉強以前に、「真の教養教育」が重要だと考えています。専門知識というのは、あくまでも社会全体の中での部分的な知であり、各々の専門知識が、歴史軸の中でどういう意味を持ち、世界の中の日本という空間軸の中でどう位置づけられるのかといった「全体知」を身につけることが不可欠です。

ITの専門家たちと話していて感じるのは、彼らは確かにITに関する高度な知識とスキルを身につけています。ところが、そもそもインターネットはどういう思想のもとにつくり出されたのか、情報技術が進化して、その中で自分たちがどういう役割を果たしているのかといった、基本的なことを理解していない人が多いのです。

専門家を育てるにあたって、歴史軸や空間軸という観点で結びつけた「全体知」を、真の教養教育を通じて身につけさせなければ、結局は専門家として果たしていくべき役割を見出すことさえできないと思うのです。

地域社会における大学の役割

――大学はいかにして地域に貢献していくべきかについて、お考えをお聞かせください。
寺島 いくつかの大学から依頼されて、大学での講義等に関わっているのですが、2007年度から、関西の大学で、私がコーディネーターとなってリレー講座を開いています。「世界の潮流の中での日本」といったタイトルで、年間10回の講座のうち、最初と最後の二回を私が担当し、あとの八回は、国内外のさまざまな専門家に講義してもらっています。

もちろん正式な単位になる科目で、学生にはレポートを提出させ、採点もしています。
このリレー講座は公開となっていて、地域の人たちにも参加していただいているのですが、いつも教室の後方は、びっしりと一般の参加者の方々で埋め尽くされ、皆さん熱心に講義に耳を傾けていらっしゃいます。

こうした経験から、公開講座のような取組みを、地域社会が熱望していることに気づかされたのです。公開講座は、大学教員で行えますから、特別大きな予算がかかるわけではない。もちろんすでに実施されている大学も多いと思いますが、さらに踏み込んで進化させていくことが重要ではないかと思います。

また、国立大学の評価委員を務めている関係で、地域社会と大学に関するレポートを見ていますが、地域社会においては、医学部や病院を持っている大学の評価が非常に高いという傾向があります。つまり、地域の人々にとって、大学の病院の世話になっている、そこに命を預けているという意識が、とても強いのです。

反対に、文化系だけの大学に対する評価には厳しいものがあります。そうした大学は、よほど深く地域社会の問題に踏み込んで、例えば准教授クラスの人たちと地域の産業界の若手を結びつけるなどして、地域の活性化に取り組んでいくことが大切になってくるでしょう。
――今後、大学が向かうべき方向について、ご意見をお聞かせください。

寺島 「時代の要請」あるいは「社会の要請」に関しての固定観念を、一度流動化させて、改めて見直してみるべきだと思います。

外から資金を集めやすい産学連携の取組みや、即戦力のスキル人間を育てるばかりでなく、10年1日のごとく歯を食いしばって基礎研究を続けている人たちにも、本当は日が当たらなければいけないのです。

大学のトップ経営者には、自分の大学が果たしている基礎的な役割を、しっかりと踏み固めていただくことを希望します。

寺島 実郎 Jitsuro Terashima

1947年生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程を修了後、三井物産株式会社に入社。米国三井物産ワシントン事務所長などを経て、現在同社の常務執行役員、戦略研究所所長を務めている。また、財団法人日本総合研究所会長、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授、中央教育審議会委員など多方面で活躍中。中央教育審議会では、第1期から現在の第4期まで、委員に名を連ねる唯一の人物。第15回石橋湛山賞を受賞した『新経済主義宣言』など多数の著書がある。

「知のルネサンス」を巻き起こす (甲南大学 教授 藤田昌久)

「知のルネサンス」を巻き起こす

――集積とイノベーションのダイナミズム

甲南大学 教授 藤田昌久

長い景気低迷期から脱却しつつあるとはいえ、極端な東京一極集中による地方との経済格差など、日本経済はなお多くの問題を抱えている。「空間経済学」の第一人者、藤田昌久氏に、独自の視点から都市と大学の問題について語っていただいた。


空間経済学の視点

私は、都市や地域を切り口とする地域経済学を専門に研究してきた。従来、地理的空間を扱う経済学としては、国と国との関係を扱う国際経済学や、特定の国をいくつかのエリアに分けて研究する地域経済学、個々の都市を分析する都市経済学などがあった。

ところが近年は、グローバル化の進展によって、国境の意味が非常に弱まり、これまでのような個々に細分化した学問では、現実の大きな動きを捉えきれなくなってきた。そこで、もう一段高い視点から統一的な理論を構築していくために、「空間経済学」という新しい学問が生み出されたわけである。

空間経済学では、財や人間、企業など、あらゆるものの「多様性」が重要となる。さらに、財の生産、情報や知識の創造など、さまざまな活動を行っていく上での「規模の経済」、そして財や情報を運ぶ際に必要となる「輸送費」という三つの観点を基本に、経済を分析していくのである。

IT革命も「インターネットを通じて膨大な情報を瞬時に世界中に運べるようになった」という意味において、広い意味では輸送費の低減につながっている。もちろんITの発展は、グローバル化の加速にも寄与しており、地球規模での経済・社会システムの再編成を促していることは言うまでもない。

さて、地図を見ても明らかなように、人間は「都市」を形成し、その集積の中で種々の活動を行っている。アメリカは非常に広大な国だが、国土のわずか数%の都市地域で、大部分の経済活動が行われている。日本においても、東京を中心とする大都市圏に3000万人の人口が集まり、国内総生産の約3分の一が集積している。

その都市は、その土地が人間にとって住みやすい自然条件を備えている、あるいは歴史的な偶然がきっかけとなって形成される。そして、ある程度集積が進むと、集積が集積を呼び、雪ダルマのように増殖して都市は大きくなっていく。

この集積力は、先に述べた「財や人の多様性」「規模の経済」「財や情報の輸送費」という三つの要素の相互作用によって育まれるものである。やがて、いったん都市ができあがると、それ自体がロックイン(凍結)効果を発揮するようになり、それが都市の永続性につながるというわけだ。

つまり、都市が発達して、人が集まれば集まるほど、当然ながら消費需要がどんどん大きくなっていく。これにより、非常に特化した消費財を提供する事業であっても、「規模の経済」によって利益が確保され、商売を成り立たせることができる。

消費者が多くなれば、より「多様」な消費財の生産者を引き寄せる効果が生まれ、供給される消費財が多様であるほど、消費者にはメリットが生まれる。これら全体が「ポジティブ・フィードバック(循環的関連作用)」を形成し、消費者と生産者が増加し続けて、都市はさらに大きくなるのである。

都市では、知識の創造も促進される。そもそも新しい知識とは、一人ひとり違った情報を持った多様な人間が集まって、フェイス・トゥ・フェイスでコミュニケーションを交わし、種々の情報が組み合わされたり、他の情報の刺激によって発想力が喚起されたりして生まれるものである。

まさに「三人寄れば文殊の知恵」であり、この「知的外部性」によって、イノベーションが促進されることになるわけである。世界経済の中で、アメリカのイノベーション競争力が際立っているのは、フロンティア国家という歴史を背景にして、非常に多様な知識労働者が集積しているからにほかならない。

頭脳集団としての都市国家

都市における知識の創造について考察する際、14世紀から16世紀にかけて、イタリアの都市国家を中心にヨーロッパで巻き起こった「ルネサンス」を分析しておくことも有意義である。

ルネサンス期において、イタリアのいくつもの都市国家では、多様な分野で「知の爆発」とも言える時代が訪れ、数多くの偉人たちが綺羅星のごとく現われた。文学者のダンテやボッカチオ、万能人のダ・ヴィンチやミケランジェロ、活版印刷を発明したグーテンベルク、世界を航海したコロンブスやアメリゴ・ヴェスプッチなど、いずれも後世に大きな影響を残した大人物ばかりである。

中でも、航海技術や陸上輸送など輸送技術の発達や、活版印刷の発明によって、「人・物・金・情報」の「輸送費」が大幅に低減されたことは、都市の発達に絶大な効果をもたらした。つまり、ヨーロッパと遠隔地との交易が大変盛んになるとともに、保険や金融業が発達し、新しい商人階層が出現したのである。

ここで注目すべきは、集積の経済、規模の経済の効果により、ある特定の産業に特化した「都市国家」が急成長したことであろう。例えばフィレンツェ共和国は金融都市として、ヴェネツィア共和国は海運都市として、大変な隆盛を誇ったのである。

作家の塩野七生さんは、ルネサンス時代の都市国家のことを、「土地は持っていないが頭脳は持っている人が集まってつくった頭脳集団」と定義づけているが、これは、現代の世界の大都市と照らし合わせてみても、非常に興味深い見解であると言える。

そして、高度に発達した複数の都市国家は、政治、経済、芸術などさまざまな分野で拮抗するようになる。そこに競争原理が働き、さらに切磋琢磨して発展していくという相乗効果が、ルネサンスをいっそう華々しいものにしていった。これこそが、低減された「輸送費」のおかげで世界を行き来しつつ、各都市で活躍した人々の「多様性」がもたらした最大の成果であろう。

地方都市の活性化が未来を拓く

明治維新以降の日本の近代史は、欧米に追いつくことに全力を注いできた歴史であるといっても過言ではない。少しでも早く追いつくために、中央集権国家を築き、厳しい受験戦争を勝ち残った優秀な者を東京に集めて、役所や大企業をつくってきたわけである。そのおかげで、1993年には、一人当たりの国内総生産(名目GDP)が、OECD諸国の中で一位となるまでに成長した。

しかし、それ以降、徐々に順位は下がり、05年には14位にまで落ち込んでいる。こうなった原因はさまざまあるが、一つには、欧米に追いつくために築いた、「いいものを真似てさらに磨き上げる」という日本的なシステムが、トップに立って真似る対象がなくなったことで、機能しなくなった面も否定できない。

従来日本経済の中心であった製造業は、中国などアジア諸国へのシフトが進み、もはやコスト競争では勝てない時代となっている。となると、先進国としていちばん重要なのは、「知の時代」にふさわしく、アメリカやEUなどとは住み分けた形で、日本が世界レベルの「知識創造の場」になっていくことなのである。

ここで問題となるのが、あまりにも極端な「東京一極集中状態」である。都市の集積のメリットは、違った知識を持つ者同士のコミュニケーションであると述べたが、長く一極集中状態が続いたおかげで、共有する知識が肥大化し、かえって新しい知識が生まれにくい状況に陥っているのだ。

これを打開するためには、各地方都市において、知が集積する場をつくり、これを土台として、地域独自の「知識創造の場」を構築していくことが必要であろう。東京以外の各地で、多様な知識がぶつかり合えば、これまでにない新しい知識を生む可能性が高まるはずだ。

このとき、インテリジェンスの集積である大学は、知識創造の中核としてそれぞれの都市に存在しなければならない。アメリカでは、学生が低価格で頭脳労働をベンチャー企業に提供しており、これがベンチャーを押し上げる大きな力となっている。先に述べた知識外部性という意味で、大学の存在価値は非常に高いものがある。

ただ、大学自身も問題を包含している。国立大学ばかりでなく、私立大学でさえ、文部科学省に褒めてもらおうと考えて、文科省の指導を100%満たすよう努力しているのが現状で、これでは東京一極集中の価値観と何ら変わらないと言わざるを得ない。大学の知によってイノベーションを生むには、各大学が個性や多様性をもっと発揮できるよう、教育システムを根本的に変えていかねばならないだろう。

さらに、地方の大学は、地域との連携をもっと強めていく必要がある。例えば京都などは、大学と民間との連携という意味では比較的伝統があり、古い街でありながら、革新的な知識をサポートしていく雰囲気がある。京都という街が元気なのは、このあたりに理由があると私は考えている。

これからの日本は、各都市において、大学と地域が連携を深めながら、豊かな地域性を備えた知の集積を構築していくべきである。そして、その多様性を最大限に生かせば、世界をリードする「イノベーションの場」として成長していくことができるであろう。日本の未来を切り拓く鍵は、日本中の地方都市で、「知のルネサンス」を巻き起こすことなのである。

藤田 昌久 Fujita Masahisa

1943年生まれ。66年に京都大学工学部土木工学科を卒業。67年、米ペンシルバニア大学において地域科学Ph.D.を取得する。72年、京都大学工学部交通土木工学科助教授となり、その後、ペンシルバニア大学地域科学部助教授、同準教授、同教授などを経て、95年に京都大学経済研究所の教授に就任し、文部科学官、応用地域学会会長などを歴任。現在は独立行政法人経済産業研究所所長も務めている。専門は都市・地域経済学。

都市の知的財産としての大学 (八王子市長 黒須隆一)

都市の知的財産としての大学

まちづくりにおける高等教育機関の役割

八王子市長 黒須隆一

聞き手 ◎ 学生情報センターグループ代表 北澤俊和

八王子市には、多くの大学が移転し、キャンパス建設が相次いだ。当初はインフラ整備が追いつかない状況だったが、今や大学は地域活性化に不可欠な存在に。まちづくりにおける高等教育機関の役割について、黒須隆一市長に語っていただいた。



学園都市としての発展過程

――八王子市は、大学、短大、高等専門学校などを合わせ、21のキャンパスが存在する全国有数の学園都市であり、現在、10万4000人もの学生が集まっています。黒須市長はかねてより、大学や学生は同市にとっての重要な知的財産と位置づけられているわけですが、大学とまちづくりの関係について、どのように考えておられますか?

黒須市長(以下敬称略) これまで八王子市には、多くの大学キャンパスがつくられてきましが、特に市として誘致活動を行ったわけではありません。大学進学率の上昇とともに、都心の大学キャンパスは過密状態になっていきましたが、法律の関係で、都心では校舎を増築することができない状況が生まれました。

そこで、郊外に新たに土地を購入するなどして、大学の郊外移転が進められるようになったわけです。それも大きな要因でしょう。八王子市なら、広大な土地を比較的安価で確保できるだけでなく、東京都内ということで、地方からの学生を集めるのに有利だという考えがあったのではないでしょうか。

――大学はすぐに地域に溶け込みましたか?

黒須 ごく初期の段階では、行政や市民と大学との間に、深いつながりはなかったと思います。むしろ市民の中には、「大学が勝手にやってきた」という意識もあったでことしょう。また、当時は必要なインフラの整備も充分に進んでいませんでした。

状況が大きく変化しはじめたのは、1978年に中央大学が移転してきた頃からです。このとき、1万3000人の学生が一気に流入したことにより、「大学を地域における知的財産として関係強化を図り、都市づくりに生かしていこう」という考え方が、地元経済界や行政の間に生まれました。

当初、大学側はあまり乗り気ではなかったようですが、やがて18歳人口の減少が切実になるにつれ、大学にも地域に貢献していこうという意識が生まれ、徐々によい関係が育まれてきたと言えます。

促進される「産=学=公」の連携態勢

――大学と民間企業との関係は、どのように変化してきましたか?

黒須 八王子市には、「ものづくり」を手がける中小企業が約2000社存在しており、そのうちの1割程度は、世界の最先端技術に携わっています。

大量生産するものについては、近年、中国にかなりシフトしてしまいましたが、研究開発型の先端企業、高度な技術を要する多品種少量生産の分野については、わが国が今後も大きな役割を担っていくだろうと考えられます。

一方、工科系の大学では、学問的な立場から高度な研究が進められ、独自に新製品の開発が行われたり、あるいは特許を取得するといった取組みがなされたりしています。ただし、それが大学内で行われている限り、素晴らしい研究成果や、せっかく取得した特許が、実際の製品化にはなかなか結びつかない面があると思います。

そこで八王子市では、我々行政が企業と大学との仲立ちをすることによって、まずは相互の信頼関係構築を促進していきました。そこからさらに一歩進めて、大学と企業との積極的な連携を促し、双方の発展を図ってきたというわけです。この取組みに関し、八王子商工会議所とも連携をとりながら、すでに具体的な成果を上げています。

――行政と大学との連携は行われていますか?

黒須 我々と大学とのコラボレーションという意味では、東京工科大学と基金を拠出し合い、バイオディーゼル燃料の製品化に取り組んでいます。

緑豊かな八王子市では従来、大量の「剪定枝」が出ていました。以前は小さく切って処分していましたが、これを有効に活用して、現在注目されているバイオディーゼル燃料を製造するというわけです。5年で目処をつけるという目標を立てており、この計画が順調に進めば、次に生ゴミのバイオエネルギー化に取り組む予定です。

――大学、企業、行政がそれぞれ協力し合うことで、確かな実績を築いてこられたわけですね。

学園都市として現在抱えている課題

――10万人以上の学生がいるということで、学生が暮らしやすいまちづくりも重要です。
黒須 学生たちの生活面においては、今なおいくつかの問題、課題があると言えます。例えば、大学ができると、周辺地域にはたくさんの学生アパートが建設されます。

ご存じの通り、八王子はのどかで自然が豊かなところですから、子どもを送り出す親の立場からすれば、とても環境がいいということで、ひと目見て非常に安心されます。

ところが、そこに住む若い学生たちにとっては、生活に慣れてくると、やがては刺激や遊び場がほしくなりますし、生活していくためのアルバイト先も必要になってきます。多くの地域でそうした状況が生まれ、郊外のアパートには、学生が定着しにくくなっているのです。

加えて、市街地から離れた大学が多いことから、中心街と各大学との間の交通機関がいまだに充分に整備されていないという問題も残っています。

学生が多いといっても、キャンパスが広域に散在しているため、学生もそれだけ分散しており、例えば御茶ノ水や神田のような、学生たちによるまとまった活気があまり感じられないのも事実です。

これに関しては近く、JR八王子駅の南口で、大規模な再開発事業に着手する予定となっており、同駅から南側にある全ての大学のスクールバスを、駅の南口で発着させるという構想を練っています。

大学側としても、JRの駅からの利便性が飛躍的に向上しますから、学生を集める上でメリットがあるでしょう。最近は、八王子市の全大学の学長や理事長との懇談会を定期的に行っていますが、この再開発にはみなさん前向きに期待されています。

さらに、学生が街の中心に集まる環境をつくることで、市民との交流も促進され、新たな活気が生まれるはずであり、これは行政の役割として取り組むべきものと考えています。

学生と市民との交流の場として、八王子駅前に「八王子市学園都市センター」をつくっていますので、この施設も最大限に活用しながら、都市づくりを進めていかねばなりません。

――学長や理事長と、日頃から意見交換されているというのは、とても有意義なことではないかと思います。現役の学生たちと接する機会もお持ちでしょうか?

黒須 「市長と学生のふれあいトーク」という会合を開催し、学生たちと積極的に話し合う時間をつくっています。各大学でグループをつくって、いろいろなテーマで研究されたことを披露してもらっているのですが、今の学生たちは、おそらく八王子には2年から4年程度しか過ごさないにもかかわらず、地域のことをいろいろな角度からよく勉強していて、驚くようなアイデアを提供してくれることがあります。

例えば、八王子市は、環境問題への取組みの一環として、全国に先駆けてゴミ収集の有料化を実施しました。料金は、指定のゴミ袋を販売することによって回収するわけですが、学生から、そのゴミ袋に「災害時の緊急避難場所」を印刷してはどうかという提案を受けました。

これなどは、実現こそしていませんが、非常に面白いアイデアだと思っています。この他、杏林大学では、「八王子の観光」について、長い間継続して研究していただいていますが、常に問題を的確に捉えておられます。学生たちのこうした取組みには、心から感謝しています。

大学と市民との交流の重要性

――産学公連携以外の面で、大学および学生と市民との交流は、どのような形で行われていますか?
黒須 わかりやすい実績としては、小中学校教員のための「パワーアップ研修」が挙げられるでしょう。これは、大学側の協力を得て、夏休みの間に教員の実力向上を図ろうという取組みです。


現在、八王子には、約2200人の小中学校教員がいますが、このうち約8割にあたる教員が、この研修を受けており、さらにそのうち約9割の教員が、「非常に有意義な研修だった」と答えています。

大変好評であることから、4日間だった研修を、2007年度は6日間に延長しました。大学の先生方にとっても、実際に教育の現場にいる先生方に教えるという行為を通して、新たな刺激があるようです。

もう一つ、学生たちが小中学校に出向き、さまざまな面から生徒たちのサポートをする機会も設けられています。これも高く評価されており、大学と市民との距離は確実に縮まっていると言うことができるでしょう。
――近年開校された「市民大学」の取組みについて、お聞かせください。

黒須 八王子市では、2004年9月に「八王子学園都市大学」という市民大学を開校しました。「いちょう塾」という愛称がつけられたこの大学では、「誰もがいつでも多様に学び豊かな文化を育むまち」という方針を打ち立てています。

文字通り、八王子市民はもちろん、たとえ八王子市民でなくても、18歳以上で勉強したいという気持ちを持っておられる方なら、自由に受講していただくことができます。

これには、市内および市域の24の大学がすべて協力してくださっており、たくさんの講座を提供していただいております。まだ開校して間がないですが、現在約6000人の方々が、何らかの形で受講されております。

年齢層は、今のところ60代が最も多く、70代、50代がこれに続いており、まさしく「生涯学習の場」として、着実に市民に認知されつつあると言えるでしょう。「八王子市学園都市センター」で受講できる講座もあれば、市民が直接各大学に行って、学生とともにキャンパスで受けられる講座もあります。昼間や夜間、週末も開講していますし、無料の講座も一部用意されています。

このように、大学と市民との交流は、八王子の文化の発展に大きく寄与しており、八王子のまちづくりにおいて、大学は、極めて重要な役割を果たしていると認識しています。

黒須 隆一 Kurosu Ryuichi

1942生まれ。武蔵大学経済学部卒業。八王子市議会議員を3期、東京都議会議員を2期務めた後、2000年に八王子市長に就任。八王子市レクリエーション協会会長、八王子市体育協会顧問(現名誉会長)などの要職も歴任している。

大学「連合」の時代、大学間、そして地域との連携

さまざまな目的を掲げた大学間の連携は、わが国だけでなく、世界中で進んでいると言ってよい。しかし「大学連携」といっても、その内容は多様である。市場化の中で厳しさを増す大学間の競争の中で、なぜ連携が広がっているのだろうか。

連携の三つのタイプ

大学間の連携を大きく分類すると、次の三つに分けることができるだろう。
一つめは「協力型」である。大学同士が、学生の履修した単位互換の協定などを結ぶものだ。単位互換の制度は早くから認められていたが、1991年の大学設置基準改正以降に、他大学と単位互換協定を結ぶ大学の数が増加した。

文部科学省の資料によると、単位互換制度を設けている大学は、98年度には123大学だったが、2003年度は512大学、05年度には548大学にのぼっている。

しかし単位互換制度は、所属する大学での授業が過密であると、学生が受講しにくいという現実がある。そこで例えば首都圏西部大学単位互換協定会では、単位互換からさらに発展させた「共同授業」を行っている。これは、同協定会加盟大学の教員が、「現代社会とヒーリング」「こころとからだの科学」など統一テーマのもと連携し、隔週土曜日に授業を行うものである。

共同授業では、神奈川県の県立高校生も受け入れており、高校生にとって、さまざまな学問分野への興味づけとなっている。また、高校教員と同協定会加盟大学教職員との間に接点が生まれ、高大連携についての協議が進められるなど、カリキュラムの枠を越えた自由な教育実践の場となっている。

第二は「コンソーシアム型」で、複数の大学が何らかの枠組みで、単位互換をはじめとする教育面での相互協力、あるいはさらに多様な協力を行うものである。その嚆矢となったのは、94年に結成され、98年に財団法人となった「大学コンソーシアム京都」だ。

もともとは京都市内の私立大学の単位互換を具体的な内容として始まったものだが、その後は社会人への大学開放、京都市の活動との連携など事業の幅を広げている。

国内各地域の大学コンソーシアムの情報交流・研究交流を図る協議会組織である「全国大学コンソーシアム協議会」に加盟する大学コンソーシアム組織は、2007年7月現在で38となっている。ほとんどの都道府県で、所在する大学同士がコンソーシアムを形成していることになるわけである。

しかし、行政の連携・関与という点で見れば、理事会等の運営組織に首長や商工会議所等が参画しているのは、学都仙台コンソーシアム、社団法人学術・文化・産業ネットワーク多摩、大学コンソーシアムせと、西宮市大学交流協議会、久留米学術研究都市づくり推進協議会、特定非営利活動法人大学コンソーシアムおおいた等、まだ少数である。それに連動して、加盟校と地元企業間でのインターンシップ実施も、決して多いとは言えない。

学術・研究に特化する等、設立目的によって状況は異なってくるだろうが、地域社会への貢献という意義を考えれば、今後、行政との関わり合いを、さらに密接にしていく必要があるのではないだろうか。

一方で、北海道大学と九州大学、京都大学と慶應義塾大学など、都道府県や国私立の枠を越えたもの、さらには「環太平洋大学協会」(京都・東京・慶應義塾・北京・ソウル国立・スタンフォード・UCLAなど37大学)や「国際研究型大学連合」(東京・北京・イェール・シンガポール国立など10大学)など、国境を越えた協定・コンソーシアム等は増加している。

第三は、「統合志向型」。例えば国立大学に設置された大学院の「連合農学研究科」は、一部ではあれ、大学の教育研究組織を統合したケースである。01年にいわゆる「遠山プラン」において国立大学の統合再編が、文部科学省の施策として取り上げられ、法人化後、統合が進んでいる。

全国大学コンソーシアム協議会

先に挙げた「全国大学コンソーシアム協議会」は、国内各地域の大学コンソーシアム(大学連合体・大学連携組織)からなる協議会組織で、各大学コンソーシアムの情報・研究交流を図り、わが国の高等教育の発展に資することを目的として、04年11月に発足した。

同協議会では、地域に根ざす大学はもちろんのこと、地域の歴史、立地、特性を背景として設立された大学コンソーシアムを、「高等教育機関と地域社会とが深く結びつき、大学の発展と地域の活性化を実現する取組み」と位置づけている。

さらに、世界的にも高等教育を構成する重要なシステムである大学コンソーシアムは、連携でこそ実現可能な新しい学びと、知の社会還元を実現する可能性を有していると考えている。具体的な活動としては、各大学コンソーシアム間の情報・研究交流を図るためのフォーラム(全国大学コンソーシアム研究交流フォーラム)の開催や、各種情報の集約と発信等を行っている。

07年9月15・16日の両日には、「第四回全国大学コンソーシアム研究交流フォーラム」が、広島修道大学で開催された。このフォーラムのメインテーマは「連携の意義を問う」。基調講演では、中国新聞社・社長の川本一之氏が、新聞社との連携について事例を交えて紹介し、続くシンポジウムでは、市川太一氏(広島修道大学教授・教育ネットワーク中国代表幹事)、川本一之氏、山口あおい氏(大阪市計画調整局都市再生振興部科学技術振興担当課長)、脇田寛氏(京都市総合企画局プロジェクト推進室大学政策・市民参加担当部長)が、連携の意義について熱く議論を交わした(司会:中村三春氏〈山形大学教授・大学コンソーシアムやまがた〉)。

同フォーラム期間中には、「単位互換を中心とした大学間連携」「大学コンソーシアムを中心とした地域学への取組み」「FDとSDの課題と展望について」など五つの分科会も開催され、また、ポスターセッションも行われた。

競争と連携の矛盾?

現在、高等教育をめぐる状況は、競争的環境にあると言える。「21世紀COEプログラム」や「特色ある大学教育等支援プログラム」などに示されるように、社会は国際的な水準の教育研究を求めており、高度な内容には積極的な評価と資金が提供される。

大学制度も国立大学法人化に見られるように、学長や諸機関の位置づけの変更等、民間的手法による大学運営のあり方が要求される時代でもある。

そうした中で、大学は個性や総合力をさらに強化することにより、生き残りをかけて鎬を削っている。いわば自校より他は全てライバルと言える状況の中で、なぜそうしたライバル同士が手を取り合い、協力していく動きが加速しているのか?

高等教育の基本的なパラダイム転換が求められている今日、そうした相対比較だけではなく、新たなニーズに対応しうる根本的な質的転換が重要になってくるであろう。今後、高等教育は多様なステークホルダー(学生・社会人・地域・社会等)に対して、多様な教育サービスを提供していくことが求められる。

こうした考え方から大学連携の現状を見直すと、期待されるいくつかの役割が見えてくるのではないだろうか。

「品揃え」と「マーケティング力」

最も分かりやすいのは、連携によって「品揃え」効果が生まれることだろう。経済学の言葉で表現すれば「幅の経済(Economy of Scope)」である。例えば大学間の単位互換協定によって、学生が選択できる授業の幅が広がることになる。特に小規模大学では教養課程の教育で一定の幅の授業科目を揃えることは大きな負担となる。

また、専門課程でも、特殊な領域の科目を学びたいという学生のニーズに応えることができる。大学院教育や研究面でも、多様な領域間での活動が可能になる。

もう一つは「マーケティング力」効果である。高等教育を、大学教育の機会に対する需要(受験生)と供給(大学)という関係で捉えれば、4年制大学に限っても、約60万人の需要に対し、約700の供給が対峙する、極めて巨大な市場である。この中で大学は、より多くの、より高い資質を持った学生を惹きつけるために、激烈な競争を行っているわけである。

大学側が需要(受験生)を惹きつけるために取りうる手段には限りがある。何らかの形で受験生の認知を得ることが、大学にとっては重要な課題となってくる。特にコンソーシアム型の大学連携に期待されているのは、こうした効果ではないだろうか。

例えば大学コンソーシアム京都は、京都市内では学生を奪い合うかもしれないが、全国的に見れば、京都の大学の存在をさらに印象づけ、全国からの受験生を京都に惹きつける意味で、重要な役割を果たしている。

地域ニーズの掘り起こし

こうしたマーケティング力は、学部への入学者だけに効果を発揮するものではないはずだ。各大学にとって、地域のニーズを掘り起こすことは、受験生の関心を得ることよりも難しいことかもしれない。

地域をベースとした大学連携は、そうした意味でマーケティング力発揮の強力な手段となりうるのである。
事実、社会人や地域住民に向けて講義を行う公開講座を実施する大学は、年々増え続けている。
文部科学省の「生涯学習推進のための地域政策の調査研究」報告では、大学と地域の連携が、まちづくりにつながるための条件の一つを、次のようにまとめている。

「大学と地域の連携によって地域住民への生涯学習支援が進むことは望ましい。しかし、それがまちづくりへとさらに展開していくためには、生涯学習のテーマや内容が地域社会の抱える課題を共に解決する方向に向かう必要がある。大学は地域課題への取組みにおいて傍観者的なアドバイザーにとどまらず、学生をも資源としながらサポーター・パートナーとしての役割を果たすことが必要となる」

地域なくして大学は存在しえない。大学間の連携だけではなく、今後は、地域ニーズや行政をも含めた「連合」のスタイルが、大きな力を発揮するはずである。

もちろん、一者だけが恩恵を享受するのではなく、全パートナーそれぞれにメリットが生まれる「ウィン・ウィン」の関係へと発展させることは必須条件である。そして「一大学だけではできない教育の実現」を目指していかねばならない。

大学の「小学校戦略」 (学校法人 青山学院 院長 深町正信)

大学の「小学校戦略」

私立大学(学校法人)の小学校設立が相次いでいる。
若年者人口の囲い込みか?
学校法人全体の発展を目指すのか?
青山学院と関西学院、東西私学の雄に小学校戦略の目的と意義、施策を聞いた。

小学校を併せ持つ私学(学校法人)は以前から数多くあった。慶應幼稚舎や早稲田実業初等部、立教、青山学院、学習院などがその筆頭だが、近年、中部、関西、九州地域でも、大学を持つ学校法人が小学校設立に踏み切っている。「関関同立」や南山、西南学院などである。

いくつかの格付会社のアナリストたちは、これらの動きを「学校法人のロイヤル・カスタマー戦略」と口を揃えて指摘している。慶應幼稚舎を一つの成功例とする、上顧客の早期取り込みに、拍車がかかっているというわけである。

こうした新たな戦略の成否を握るものの一つが、「ブランド力」である。私学に限らず教育事業体のブランド力は一朝一夕に確立できるものではないが、「教育の質」そして「人材育成」(卒業生の社会貢献度等)が、ブランド力の構築に大きく影響するであろうことは想像に難くない。

関西の人気四私学「関関同立」では小学校の設置が相次いでおり、2006年に同志社と立命館が小学校を開校し、08年には関西学院が、09年には関西大学が開校を予定している。各校とも一クラス30名程度の少人数制と、大学までの一貫教育を謳い、既存の小学校との差別化を図っていることは共通しているが、教育の方針や環境整備においては、関関同立内での差別化を図っていくようである。

小学校から大学までエスカレーター方式で進学できる環境にあると、子どもたちが勉強しなくなるのでは? と不安視する声もあれば、受験勉強に縛られることがないので、幅広く奥深い勉学を、落ち着いた環境で実践できるという見方もある。

いずれにせよ、子どもたちや保護者にとっては、新たな選択肢が増えることになるわけであり、同時に私学にとっては、競争がますます激しくなることを意味するものでもある。
今回本誌では、青山学院と関西学院に話を聞くことができた。両校いずれも大学においては、名実ともにブランド校としての評価を得るに至っているが、小学校を持つ目的や意義、教育内容にはやはり違いがある。

青山学院初等部にはすでに七十年の歴史があり、わが国における「一貫教育」の先駆者として自負するものが数多くある。一方の関西学院も、初等部の歴史こそまだこれからではあるが、「早期囲い込み」といった目先のメリットではなく、建学の理念に基づく人間教育を、最大の強みとして打ち出そうとしている。

今後は「偏差値」ではなく、「人間形成力」こそが、私学のブランド力を支える、新しい指標となっていくのではないだろうか。

一貫教育の先駆者として

青山学院は、幼稚園から大学院まで一丸となって、総合的な視野で改革を進めようとしている。初等部開校から七十年の歴史を持つ青山学院ならではの経営手法や個性的な教育プログラムについて、深町正信院長に語っていただいた。

学校法人 青山学院 院長 深町正信


総合学園の強みを生かした教育体制

――近年、小学校(初等部)を持つ大学が増える傾向にありますが、明治初頭に創立した青山学院では、1937年に小学校を開校され、すでに70年の実績を築いてこられました。学院全体における小学校の存在意義について、お聞かせください。

深町院長(以下敬称略)青山学院が初等部をつくることになったのは、当時の阿部義宗院長が、「教育は、できるだけ小さいうちから始めなければならない。柔らかいうちに、大事なことをしっかりと教え込むことが基本である」と主張されたことがきっかけとなっています。

そうした方針のもと、当学院は発展し続け、現在、幼稚園、初等部、中等部、高等部、女子短期大学、大学、大学院、専門職大学院を有する大規模な総合学園を形成しています。

当然、下から上まで連続性、一貫性のある教育を行っているわけですが、大きな特徴として、上の学校に進むたびに、新たな生徒、学生が入学してきて、人数が段階的に増えてゆく仕組みになっている点が挙げられます。

まず、幼稚園には、男子20名、女子20名の計40名が入園します。次に初等部では、これに男子40名、女子40名が加わって合計120名になります。中等部ではさらに男女合わせて120名が加わり、合計240名といった具合に、下から上がっていく子どもたちと、外から入ってくる子どもたちが出会いながら、だんだん規模が大きくなっていくわけです。

このとき両者がいい意味で刺激を与え合うことによって、さらなる成長を期待することができます。そうして育っていくプロセスが、青山学院の一つの姿であると言えるでしょう。

――初等部の教育プログラムの特徴についてご説明ください。

深町 キリスト教信仰に基づいた教育を目指しているのはもちろんですが、青山学院初等部ならではの大きな特徴としては、宿泊をともなう行事が多いということが言えるでしょう。

当学院には、「あらゆる場所、時が教育のチャンスである」という考え方があり、6年間合計して約50日の宿泊行事を行っています。1年生の「なかよしキャンプ」に始まり、2年生には千葉県館山市の農漁村で生活をし、実際に刈入れなどの作業を体験します。

3年生と4年生には、「山の生活」を行い、グループで食事をつくったり山登りをしたりして、集団生活のあり方を学びます。5年生には「海の生活」を行い、平戸で水泳訓練や遠泳を体験し、最後までやり遂げる心を育み、キリシタンの歴史に触れて見聞を深めます。

最も規模の大きい行事は、6年生で実施する「洋上小学校」です。船舶に乗り込み、八泊9日の日程で本州を一周しながら、船員の指導のもとで、手旗信号を練習したり甲板を掃除したり、厨房で作業をしたり、寄港した土地の文化に触れたりと、さまざまな経験を通して、青山キャンパスでの学習を具現化し、自主的に行動し、自分の体で人に奉仕することを学ぶのです。

――初等部では、時代に先駆けた取組みもいくつかありますね。

深町 望ましい食習慣、マナー、健康に配慮した食生活を身につけるため、1945年の時点で給食を導入しました。以来、加工品を使わず、吟味された食材、栄養バランス、季節感彩への配慮を続けており、現在盛んに言われている「食育」を、当時から取り入れているというわけです。

また、「木曜ランチョン」では、本格的な陶製の食器を使っています。さらに、65年にはランドセルを廃止し、72年には週5日制を導入するとともに、通信簿を廃止しています。

画期的な新校舎で少人数教育を実践

――キャンパスでは、どのような教育に取り組まれているのでしょうか。

深町 今年度、初等部は校舎の建て替えを行い、設備などハード面の充実を図りました。設計する前に、約2年かけて教員のヒアリングを行い、構想を練りました。

「こういう教育をしていくために、こういう教室をつくってほしい」「音楽教室はこんなふうにしてほしい」「図工はこのように教えたい」といった意見や要望をすべて吸い上げて資料を作成し、それらを具現化する形で設計を行ったのです。具体的には、教室と廊下の間の壁はガラス張りにし、隣りに多目的に使えるスペースをつくったり、図書室は高学年用と低学年用を分けたりするなど、さまざまな工夫を盛り込んでいます。

これにともなって、ソフト面である教育内容の改革も進めています。いちばん大きな改革は、従来一クラス40人の三クラス編成だったのを、30人4クラス編成に変えたことです。ただし、経営面の整合性を図るために、一学年につき男子四名、女性4名の定員増を行い、結果的に一クラス32名という形に落ち着きました。この改革により、さらにきめ細かい教育を施していけるものと期待しています。

教学面では、当学院は以前から「英語の青山」と言われていますが、学院全体で英語教育のさらなる見直しを行いました。従来初等部では、2年から英語を学んでいたのを、1年から始めることにしたのです。

また、青山学院英語教育研究センターでは、教員が協力し合い、青山学院ならではのオリジナル英語テキストをつくりました。教える内容を、初等部の1年から4年、初等部の5年から中等部の2年、中等部の3年から高等部の3年まで、4年ごとの三段階に設定して、新しい英語教育を始めようとしているところです。

――昨今の世情を鑑みて、子どもたちを守るセキュリティシステムも導入されているそうですね。

深町 登下校時刻確認システムを取り入れています。これは、登下校時に、児童全員に持たせているカードを所定の機械に当てると、コンピュータが児童一人ひとりの名前と児童番号を認識します。

このとき同時に、保護者の携帯電話かパソコンに、登校したこと、下校したことをメールで知らせるというものです。安全対策の充実は、理事会でも最重要課題ととらえて、今後も取り組んでいくつもりです。

学院全体で強固な経営方針を構築

――少子化により、学校経営を取り巻く環境は厳しくなっていますが、今後の経営のあり方、教育面での抱負についてお聞かせください。

深町 経営に関して、当学院では、「単年度で赤字を出さないこと」を大原則としています。とはいえ、現在、青山キャンパスの再開発を進めているところであり、年度によって各部で収支のバラつきが生じることは予想されます。

しかし、仮に初等部が赤字になった場合でも、初等部単体の問題にしてしまうのではなく、常に青山学院全体の経営という視点で考えていくため、必要に応じて助け合うコンセンサスが取れています。この考え方が、今まで青山学院が常に一体感を持って運営されてきた非常に重要な要素となっているのです。

教育面では、キリスト教信仰に基づいた「建学の精神」により、青山学院の歴史と伝統をしっかりと守りながら、常に必要な改革を行い、新しい時代の要請に応えられる人間を育てていくつもりです。確かな進歩のためには、あらゆる評価に目を向け、進んで受け入れ、厳しい意見に対しても、真摯に対応していかなければならないと考えています。

深町 正信 Fukamachi Masanobu

1936年生まれ。59年、東京神学大学神学部を卒業。61年に同大学院神学専攻修士課程を修了。84年に青山学院大学国際政治経済学部教授に就任。90年に青山学院第12代院長となり、現在に至る。89年、社会福祉法人基督教児童福祉会理事長に就任、現在に至る(2005年に特定非営利活動法人チャイルド・ファンド・ジャパンに法人変更)。04年、日本キリスト教文化協会理事長に就任、現在に至る。名誉人文学博士(94年/アメリカ合衆国/アメリカン大学)。名誉教育学博士(2000年/大韓民国/啓明大学)。名誉哲学博士(06年/大韓民国/慶南大学)。

真の人間教育に基づく質的進化を (学校法人 関西学院 常任理事 阪倉 篤秀)

真の人間教育に基づく質的進化を

多くの大学が附属校を持つ傾向が強まる中、関西私学の雄である関西学院は、キリスト教主義教育の理念のもと、教育の質を重視した小学校の新設を進めている。その理念について、阪倉常任理事にお話を伺った。

学校法人 関西学院 常任理事 阪倉 篤秀


質的進化のための初等部新設

――2008年度から初等部をスタートされるわけですが、まず、関西学院が新たに小学校を持つことの意味、戦略等についてお聞かせください。

阪倉常任理事(以下敬称略)関西学院には五名の常任理事がおり、私はその中で、大学をはじめとして、従来ある中学部と高等部、今回始まる初等部、今後合併を予定している聖和大学および聖和短大と聖和幼稚園、さらには提携、協定関係にある高等学校等も含めて、すべてを「一貫性のあるもの」として考えていく「総合学園」という分野を担当しています。

そうした立場で近年の傾向を見ていると、大学が附属高校などを持つ際、大学入学者数を確保する「裾野拡大」という意味合いが強く、あちこちでそういう動きが目立っているのではないかと思います。

関西学院が、時代の流れと無関係というわけではありませんが、我々はそもそも拡大戦略という考え方をとっておらず、その面では特に積極的ではないと言えます。したがって、小学校を始めるといっても、必ずしも大学入学者数を増やすことが直接の目的ではありません。

現在関西学院大学には約二万人の学生が在籍していて、初等部は一学年90名で運営していくことになっているわけですから、入学者数を増やすというレベルの話でもないのです。

それよりも、学院全体の「質的進化」に主眼を置いており、学院のスクールモットーをいかに初等部の教育内容に反映していくかが、何よりも大切なことと考えています。

――数よりも質を重視されているわけですね。それ以外に、初等部新設の意義などがあればご説明ください。

阪倉 中学部や高等部には、以前から、関西学院の同窓の方々のお子様が多く入学していました。例えば、中学部は男子のみですが、父親が中学部から関西学院に通っていたから息子も入学させたいといった要望が非常に多いのです。

教育機関は、良い意味でのサービス機関でもあるわけですから、そうした声に、より良い態勢を築いて応えていくことも重要だと言えるでしょう。

また、社会全体の傾向として、当たり前のように公立小学校に入る時代ではなくなり、私立小学校への入学も有力な選択肢となっているわけですから、阪神地域において高い教育力を有する関西学院が、そうした社会の要望と正面から向き合うのも、やはり教育事業体として必要ではないかと思います。

また、関西学院の基本的な考え方として、高等部や中学部、初等部は、決して大学に附属するものとは考えていません。

そうした従属的な関係ではなく、「Mastery for Service(奉仕のための練達)」という理念、「キリスト教主義教育」という方針を共有する教育機関として、それぞれの学校が併設されているのであるということを強調しておきたいと思います。

こうした一貫性を持った関西学院の教育体系の中に、今回初等部が新たに加わることになったわけです。

独自の理念を具現化した授業体系

――初等部としての教育理念についてご説明ください。

阪倉 先ほど述べた「Mastery for Service」の考え方を、さらにわかりやすくして、「キリスト教の教えに基づくたくましい生き方の育成」「豊かな情操と国際感覚を持った世界市民の育成」「真理を探究する確かな基礎学力の育成」という三つのコンセプトを打ち立てています。

キリスト教は世界宗教の一つであり、近代社会を形成してきた文化の本源でもあります。つまり、世界中の多くの人々に受け入れられた「世界的な価値観」に基づいた考え方を、この学校で学んでいきましょうということです。

もう一歩踏み込んで表現するなら、思いやりや尊敬、友情、愛情といった「目に見えない大切なもの」に目を向けた教育方針を持って、具体的に実践していくのです。

――そうした教育理念を、どのような形でカリキュラムに反映されているのでしょうか?

阪倉 初等部のカリキュラムには、「関学タイム60」という独自のプログラムを盛り込み、児童の人間性の育成に生かしていくことになっています。関学タイム60に、まず、毎朝全児童と全教職員がチャペルに集まって礼拝をし、讃美歌を歌ったり説教をしたりする「こころの時間」があります。

次に、「風の時間」と称し、読むことや聴くことを通して蓄積した知識を、自分の言葉で表現する力を身につけていきます。続けて「光の時間」を設定していますが、ここでは、ネイティブの教員による外国語のレッスンを行います。

単に語学を学ぶのではなく、世界にさまざまな文化があることを知る窓口となるような授業にしていくことになっています。この「光の時間」の最終段階として、六年次には修学旅行でカナダのバンクーバーに行き、ホームステイを行うことが決まっています。

昼食後には「力の時間」を設けています。これは、子どもたちに推論する力や分析力を身につけさせる時間で、算数や理科を学ぶ基礎として、主として文章題を読み解く力を養成するためのものです。これら四つの時間をそれぞれ十五分ずつ、一日に合計六十分、「関学タイム」として時間割に組み込んでいます。

――「テーラーメイド教育」という方針も打ち出されていますが、具体的にご説明ください。

阪倉 子どもたちの成長にはそれぞれのスピードがあり、早く力をつける子もいれば、後からじっくり伸びてくる子もいます。「テーラーメイド教育」とは、それぞれの子どもたちが、何をどう理解しているかを教員がきちんと把握し、一人ひとりに合った形で授業を組み立てていく、その手法を意味しています。

これは、習熟度によって子どもたちを分け隔てるのではなく、可能な限り授業の中で対応し、それでも達成が難しい場合については、授業以外の部分でフォローしていこうというものです。

――最後に、関西学院初等部の最大の強みは何かを、お聞かせください。

阪倉 我々の気質として、他人を蹴落としてまで競争に打ち勝っていくという雰囲気はあまりなく、それは時に弱さだと言われることもあります。

しかし、人間存在の根幹を考えたとき、本当に大切なのは、他人を追い越し踏み越えて勝利者になることでも、無闇に金儲けをすることでもありません。そういう意味で、建学以来築いてきた、真の人間教育に取り組む姿勢そのものが、最大の強みではないかと考えています。

阪倉 篤秀 Sakakura Atsuhide

1949年生まれ。関西学院大学文学部を卒業後、同大学院文学研究科を修了。関西学院大学文学部教授。専攻は東洋史。東洋史学会、東方学会、中国社会文化学会、南京鄭和研究会などの学会に所属している。著書に『長城の中国史―中華vs.遊牧六千キロの攻防』(講談社選書メチエ)などがある。

若者の精神的成長を促す社会づくりを (法政大学大学院 教授 諏訪 康雄)

若者の精神的成長を促す社会づくりを

社会人基礎力とは何か〈前〉(全二回)

格差社会と言われる現代の日本において、格差が認められるのは経済面ばかりではない。中間層を占める約六割の若者の平均的水準が低下し、一部の優秀な若者との格差が広がっている。社会に適合して活躍できる人材を育てる仕組みをつくるため、社会人基礎力養成の取組みが始まっている。

法政大学大学院 政策科学研究科
教授 諏訪 康雄


人間性が育ちにくい社会構造

昨今、企業の現場で、若手社員に対する不満の声が多く上がっている。例えば、指示を与えられたことはやるが、指示がないと、自分からは何もしようとしない「指示待ち人間」が増えている。

あるいは、マニュアルに書いてある通りのことはできるが、そこからさらに自分で考えて工夫をしようという姿勢がない。コミュニケーション能力が不足していて意思の疎通ができない。チームワークに欠けていて、いつも一人で勝手に行動し、仕事をする上で当然あってしかるべき報告や連絡、相談が著しく不足している等々……。

なぜこのような若者が増えたのか。大きな原因として、社会構造が変化したことが挙げられる。第一に、家庭内での子どもの人数が少なくなってしまった。一人っ子が多く、たとえ兄弟がいても二人くらいまでの核家族が大半。家族間でのさまざまなやりとりや葛藤を経ながら大人になっていく過程が、昔よりも少なくなってしまった。

かつては祖父母やおじ、おば、同世代の従兄弟などが身近に生活していて、そうした人たちとのふれあいを通して、家族の中の自分のポジションを確認できたが、今はそういう機会も減っている。核家族化、家族の少人数化で、両親の過剰な愛情のもとに子どもが育てられる傾向にあるのも問題だろう。

地域社会も大きく変化した。一九五五年のデータを見ると、自営業で働いている人が五六%もいて、会社に勤めている人は四四%しかいなかった。自営業の大半は地域に根付いて商売をするなり、ものづくりをするなりしていたから、子どもたちの日常の行動範囲に、働く大人たちがたくさん存在していた。

つまり、地域には常に大人の目があったわけで、たとえ他人であっても、いたずらをすれば叱られる、危ない遊びをしていたら注意されるといったふれあいが、日常的にごく自然に行われていた。しかし、昼間に働いている大人たちが、子どもの周辺からいなくなった今、「地域の教育力」が極端に低下してしまったのである。

地域の教育力を高める方法の一つは、近隣の家族同士の付き合いを増やすことだが、日本という国は、家族社会学者が国際比較をしたところによると、珍しいくらい隣近所の家族との付き合いが少ないという。

とりわけ住宅地でその傾向が強く、会社内の縦の関係が付き合いの中心となっているため、地域の子ども同士の付き合いも減少し、仲間と遊んだりケンカをしたりすることを通じて、社会性が成長する機会も減っているのである。このような社会構造ができあがった結果、コミュニケーション能力が育ちにくく、社会性を身につける上での基礎訓練が足りなくなってきたと考えられる。

教育機関における問題点

学校教育のあり方にも問題がある。まず、基本的に日本の教育は「正解伝授型」で、先生から生徒に対して「正解を教えるから黙って聞きなさい。先生が教えることを筆記しなさい」といった具合に教える傾向が強い。

これでは子どもが「受身」になるばかりで、自ら考えて行動したり、仲間たちと一緒に協力して何かをするといった経験を積むことはできない。さらに入学試験は一人で頑張る以外になく、受験勉強も社会性を身につけることにつながりにくい。

こうした正解伝授型の教育が定着した理由は、明治維新以降、日本が早く先進国に追いつくために、時間をかけて自分で考える訓練を施すよりも、正解を丸暗記させるほうが手っ取り早いと考えた社会が、そのように方向づけたからであろう。

また、近年は、クラブやサークルに参加する生徒や学生が減っており、先輩後輩の関係から人間関係を学ぶことも少なくなっていると考えられる。

このように、家庭でも地域でも学校でも、社会性を身につけるのが困難になっているにもかかわらず、進学率は上昇し続け、就学年数は延び続けている。

特に四年制大学や大学院を卒業した若者は、人間性を揉む機会が少ない状態で大人と呼ばれる年齢に達している。その結果、社会人として最低限必要な基礎力が不足したまま企業に就職する人が増加し、企業の側からすれば、若手社員に対する不満が高まるという状況が生まれているのである。

三つの社会人基礎力

そうした社会情勢を改善していくため、経済産業省は、2005年に「社会人基礎力に関する研究会」を立ち上げた。私は座長という立場でこれに参加しており、社会人にとって必要な基礎力に関する研究を続けている。

まず、現代のビジネスの現場で求められる能力とはどのようなものであるかについて、「企業が採用時に重視する能力」「経営者がほしいタイプの人材像」に関する調査結果などを参考にしながら、研究会において議論を重ね、次の三つの傾向を探り出した。

一つめは「人との関係をつくる能力」で、コミュニケーション能力、協調性、人に働きかける力などが含まれる。二つめは「課題を見つけ、取り組む能力」で、課題発見力、実行力、創造力、チャレンジ精神などが該当する。

三つめは「自分をコントロールする能力」で、責任感や積極性、柔軟性などがこれにあたる。これらはあくまでも、社会人として働いていくための、思考と行動面での最低限の能力であり、通常の基礎学力や専門知識、より高度な能力であるリーダーシップなどはあえて含めず、ごく基本的な要素でまとめているのが特色といえるだろう。

こうした要素をさらに突き詰め、最近のビジネスや教育環境の変化を勘案しながら、若者の育成や評価の指標として活用していくことを前提に、次の三つの力を我々は「社会人基礎力」として定義づけている。

1.前に踏み出す力(アクション)
「一歩前に踏み出し、失敗しても粘り強く取り組む力」のこと。学校では正解が一つしかない勉強をしてきたが、実社会の仕事において答えは一つではない。社会人には、失敗を恐れずに試行錯誤していく行動力が必要となるため、これを基礎力として取り上げた。自ら積極的に取り組む「主体性」、目的に向かって周囲の人々を動かしていく「働きかけ力」、目標を設定して行動に移す「実行力」といった能力要素が含まれる。

2.考え抜く力(シンキング)
「疑問を持ち、考え抜く力」のこと。よりよい仕事をしていくためには、常に問題意識を持って課題を見つけ、それを解決していく方法やプロセスをしっかりと考え抜くことが重要である。能力要素としては、現状を分析して課題を明らかにする「課題発見力」、課題の解決に向けたプロセスを準備する「計画力」、既存の発想にとらわれずに新しい解決方法を考える「創造力」などが挙げられる。

3.チームで働く力(チームワーク)
「多様な人とともに、目標に向けて協力する力」のこと。現代の仕事は、専門化や細分化が進んでいるため、一つの大きな目標を達成するためには、多くのメンバーと協力し合っていくことが不可欠である。そのためには、自分の考えを的確に伝えることに加え、他のメンバーの異なる考えも受け入れて、チームを進歩させていくことが重要となる。

能力要素には、自分の意見を伝える「発信力」、相手の意見をきちんと聞く「傾聴力」、自分と異なる意見や相手の立場を理解する「柔軟性」、自分とチームとの関係性を理解する「状況把握力」、約束やルールを守る「規律性」、チームの中でストレスを感じても前向きに乗り越えていく「ストレスコントロール力」などが含まれる。

以上三つの社会人基礎力について、企業や学校等の関係者が共通の認識を持ち、若者を育成していく枠組みを形成していくことが重要なのである。

次号に続く

諏訪 康雄 Suwa Yasuo

1947年生まれ。70年、一橋大学法学部を卒業。イタリアのボローニャ大学に留学した後、77年に東京大学大学院法学政治学研究科博士課程の単位を取得し、満期退学。法政大学社会学部専任講師、同助教授、ニュー・サウス・ウェールズ大学客員研究員、ボローニャ大学法学部客員教授、法政大学社会学部教授などを歴任。2004年から法政大学大学院政策科学研究科教授に就任し、現在に至る。経済産業省の「社会人基礎力に関する研究会」の座長を務めている。

確かな経営戦略で少子化時代をリードする (東北電子専門学校理事長 持丸寛一郎)

確かな経営戦略で少子化時代をリードする

コンピュータ教育を主軸とし、企業の即戦力となれる人材を育成することで、優れた実績を上げる東北電子専門学校。その校舎である15階建てのモダンなインテリジェントビルは、宮城県仙台市の中心部にある。少子化時代にあって、グローバルな視点に立った画期的な改革で進化し続ける同校の運営方針について、理事長の持丸寛一郎氏に語っていただいた。

学校法人日本コンピュータ学園
東北電子専門学校理事長
持丸寛一郎


最新技術を授業に導入する態勢を確立

――東北電子専門学校には、東北地方全域から多くの学生が集まっているとのことですが、まずは教育内容の特色についてご説明ください。

持丸理事長(以下敬称略)1966年に、「東北電子計算機専門学校」という名称で創立して以来、常に電子技術分野を中心とする最新の教育を施し、「即戦力」となれる人材の育成に力を尽くしてきました。

現在本校では、ビジネス、IT、ゲームやCG、音楽・音響・映像、電気工学、デザイン、建築など、現代社会のニーズと合致した幅広い分野の学科・コースを設定しています。地上一五階建てのインテリジェント校舎には、インターネットに接続した実習用のパソコン1,300台を用意し、音響・映像スタジオ等も含め、最高の学習環境を整えています。

そして、高度な技術を身につけた学生たちには「専門士」あるいは「高度専門士」の称号を付与し、技能を有する立派な社会人となるよう、育成しています。

――常に最新であり続けることは容易ではないと思われますが、どのような態勢で運営されているのでしょうか。

持丸 ご存じの通り、コンピュータの世界は、技術革新がめまぐるしく、ソフトウェアもわずか二、三年で最新バージョンに置き換えられる時代です。しかし、我々のような教育機関は、企業の最前線で必要とされている最新技術をリアルタイムに教えられる態勢をつくらねばなりません。

そこで本校では、「産学連携教育」によって、企業それぞれのノウハウによるカリキュラムをダイレクトに採り入れ、教育プログラムを展開しています。

例えば、バンダイナムコ社との提携では、実際に現場で活躍している開発スタッフを講師に招いて、最新のゲーム技術に関する授業を実施したり、あるいはマルチメディアコンテンツスクールとして実績のあるデジタルハリウッドとは、同校の教育ノウハウをベースに最新のCG技術を学べるようにしてきました。

また、マイクロソフトやオラクルといった世界的ベンダー企業との教育連携では、それぞれ自社製品についての知識や技術を認定する、いわゆるベンダー資格取得にも積極的に取り組んでいます。

このように、今、コンピュータ関連の最先端を担っている企業をはじめ、さまざまな提携先が持っている最新技術を、学生たちはリアルタイムで身につけられるわけであり、本人にとっては、就職活動を行なう際、即戦力としての優位性を発揮できることになります。

別の見方をすれば、そのときそのときの最も新しい技術に関しては、内部で教員を育成している時間がないとも言えます。しかし、現実問題として、こういう方法によらなければ、すぐに時代から取り残されてしまうのが、今の教育現場の実情なのです。

ですから、我々は常にアンテナを張って、最新の技術教育を導入できるよう努力しており、またそうした態勢を教育機関の中に構築できているかどうかが、非常に重要な課題と言えます。

すなわち、外の世界と学校との間に壁をつくって、その中で「これを勉強せよ」という姿勢ではなく、障壁を取り払い、社会と教育機関との間を常に行き来できる環境をつくらねばならないと考えています。

専門学校が大学と大きく違う点は、まさにここではないでしょうか。専門学校では、一般的に、二年間で約2000時間という、大学よりもかなり多い授業数を設定していますが、その中で、凝縮された効果的な教育をしっかりとやっていかねばならないのです。

――教員のレベルアップについては、どのようなことに取り組まれているのでしょうか。
持丸 ここでも壁を取り払うことが重要です。教員を育てるためには、学外の世界に出すことが重要だと考えています。本校では、教員を大学に派遣し、授業を行うことを経験してもらっています。

大学で教えるとなると、やはり相応のレベルを求められますから、本人たちは非常に努力しますし、また、そうした方針を理解してレベルアップできなければ、成果を上げることは難しいでしょう。

拡がり続ける専門学校の役割

――少子化が進み、大学全入時代が到来していますが、専門学校を運営される立場として、現状をどう認識され、いかなる対策を考えておられますか。

持丸 全入時代といっても、単なる数字合わせであって、実際に高等学校の進学希望者が全て大学に進学するという話ではありません。

大学の四年間で研究等を通じて身につける教養と、専門学校の二年間で身につける専門技術は全く異なるものであり、卒業後に就く仕事も違うわけですから、それぞれの教育機関が求める人材はもともと違います。

ですから、大学と専門学校は、本来はっきりと「住み分ける」べきなのです。
昨今は、大学が専門学校的な授業を取り入れる傾向がありますが、専門学校なら二年間で学ぶとしたら、大学で4年間も費やして学ぶのは、学生や家庭にとって、資金も時間も無駄になるのではないでしょうか。

将来、企業のマネジメントに携わる人材は、大学で学んだことをもとに、就職後も、企業が年月をかけて育てていくべきでありましょう。しかし、今の企業は、技術を身につけた即戦力を必要としているわけですから、専門学校としての存在価値や意義はこれからも継続していくはずであり、だからこそ住み分けが重要と言えるのです。

――これからは、専門学校同士の生き残り競争も激化すると思われます。
持丸 その通りです。我々はその中で、いわゆる「勝ち組」に入らねばならないと考えています。そのためにどうすればいいのか、教育環境の整備から教育体制のあり方、資格や就職への取組みなどを含め、いわば「学校力」なるものを強固にしていくことが肝要と考えています。

一方で本校の専門分野では、自動車や家電製品などで大量に使用されているコンピュータに必要な、いわゆる「組み込み系ソフトウェア」に関して、開発技術者が10万人も不足していると言われており、今後も、こうした情報処理やIT分野のニーズはさらに高まると思います。

こうした人材育成こそ専門学校に求められるものであり、我々はこれからもしっかりと時代を捉えて、社会に貢献しえる人材を送り出していきたいと考えています。
また少子化の時代、これからの専門学校は国内だけでなく、海外へも目を向けなければならないでしょう。

今、インドを中心として、アジア圏のIT産業は目覚ましい発展を遂げていますが、我々はこれに着目し、アジア圏からの留学生の受入れ態勢も構築しています。

グループ企業として、「仙台日本語国際学校」が同じ校舎内にあり、現在、インドや中国、韓国、モンゴル、ネパールなど、さまざまな地域から学生が集まっています。ここで学んだ人の多くが東北電子専門学校に入学して、専門技術を習得して日本の企業等に就職する道を歩んでいます。

これからは、さらに高度なITスキルを身につけさせて、アジアの経済発展に貢献する人材を育成していきたいと考えています。
今後も、時代をリードする勝ち組の専門学校として歩んでいけるよう、進化を続けていくつもりです。

女子教育の真価が問われる時代

共学か女子か――
18歳人口の減少と大学数の増加の中女子大学は今、岐路に立たされている。
女子大学の存在意義や今後の方向性について日本女子大学、椙山女学園大学、神戸女学院大学の名門3女子大学の学長・理事長に話を伺った。

女子大学を取り巻く環境

18歳人口の減少を主な要因とする大学の生き残り競争の中で、「女子大離れ」という問題が浮上している。これに先行する形で「短大離れ」の結果として、多くの短期大学が姿を消した現状を考えれば、女子大学が抱える事態も深刻である。

戦前の高等教育では、大学は男性にしか開放されず、女性の高等教育の機会は女子専門学校がほとんどを占めていた。戦後は男女平等の方針のもと女子教育の目標が転換され、数多くの女子専門学校が女子大学として認可された。1960年代以降、女性の高等教育への進学率は急増したが、80年代半ば頃から女性の共学志向、実学志向が強くなり、現在、女子大学全体としては志願者を減少させている。

存在意義の再構築

わが国において女性が置かれている社会的環境を見ると、男女間の賃金格差が依然として大きいこと、女性の労働力率が低いこと 、また、大学全体での女性教員比率が低いことなど、さまざまな場面で、いまだ男女格差が残っていると言える。

女子大学が自らの存在意義を再構築していくためには、こうした女性が抱える問題に対して、大学が果たせる役割を認識し、その具体的な方法を、広く社会に告知していくことが必要であろう。

女子大学が単なる「女性だけしか入学できない大学」から脱却し、真の意味で「女性のための大学」として機能していくことが今、求められているのである。今号で取材した日本女子、椙山女学園、神戸女学院、三校とも共学化は当面のところ視野には入れていないという。

「信念徹底・自発創生・共同奉仕」(日本女子)、「人間になろう」(椙山女学園)、「愛神愛隣」(神戸女学院)という、それぞれの教育理念、モットーのもと、「人間教育」を中心とした教養教育を重視している点が共通項として挙げられる。

また、地域や社会への貢献を重視していることも特徴的だ。地域、社会における女性の役割の重要性を認識しながら、公開講座はもちろんのこと、生涯学習機会の提供や同窓会組織との連携など、さまざまな形での共生を図っている。

もちろん三校のトップは皆、女子大学全体の厳しい現状は認めている。そうした中にあって、存続からさらなる発展への方策を、どのように見出しているのか――3校に共通する部分、また、各校に特徴的な取組み、それらのすべてから、女子大学の将来が見えてくるのかもしれない。

女性の能力と可能性を最大限に開花させる

日本女子大学 学長 後藤祥子

1961年、日本女子大学文学部国文学科卒業。63年、東京大学大学院人文科学研究科国語国文学専攻修士課程修了、67年、同専攻博士課程単位取得満期退学。
日本女子大学一般教育課程助教授、文学部助教授などを経て、86年に文学部教授となる。2001年、日本女子大学学長・学校法人日本女子大学理事長に就任。文部科学省国立大学法人評価委員会委員、社団法人日本私立大学連盟理事ほか。


――女子大学の意義をどのようにお考えですか?

後藤学長(以下、敬称略) 全入時代の到来が叫ばれ、共学化を進めた女子大学が何校もありますが、私はその必要はないと考えています。学問的に明らかですが、男女では知識や教養を受けとめるスタンスに違いがあります。

女性の場合、体験の反復による指導が効果を発揮する傾向が強く、その点、本学は附属幼稚園から大学院博士課程までを備えた一貫教育機関であるという強みがあります。

これまでの社会を振り返って、女性が伸びることによって改革がなされたのだとすれば、そのことに全く無自覚なまま、男女同権を唱えても始まりません。ここに至るまでにどれだけ大変だったか、その努力を今後も維持しなければならないことを、自覚的に教育する必要があります。

社会をよくするために女性がもっと進出することが求められるのであれば、その目的を最も効果的な方法で達成するには、女子大学というスタイルがふさわしいのではないでしょうか。

――特徴的な取組みは?
後藤 創立当時から続いているのが、各学部必修「教養特別講義」です。各分野で活躍している方を講師として招き、実務家から現場の生の声を聞くことで社会を広い視野で眺め、自分が、ひいては人類がどう進んでいくべきかを考える契機とするものです。

また、文部科学省の「戦略的国際連携支援」に採択された「アジアの女性高等教育とエンパワーメント」があります。これは、アフガニスタンの女性教育支援に始まり、サウジアラビアやベトナムと広がって、アジアの女性教育を支援するものです。

このプロジェクトの伏線として2002年には、お茶の水、津田塾、東京女子、奈良女子と本学の五女子大学で、アフガニスタン女性教育支援のコンソーシアムを締結しています。さらに「女性研究者マルチキャリアパス支援モデル」「子どもの安全確保のための大学院教育の構築」「社会人の学び直しニーズ対応教育推進プログラム」などが採択されています。

これらは、現代を生きる女性にとって、とても重要な課題ばかりです。本学で学び、体得した可能性の芽が、現代のニーズに繋がっていくと考えています。

――今後の抱負は?
後藤 女性が輝かなければ、社会はよくなりません。女性が持つしなやかな能力と可能性を、最大限に開花させる教育・研究環境をさらに整備したいと思います。内から輝くことができるように知識と教養を身につけ、人類と社会の発展に貢献できる女性を育てていきたいと考えています。

女性が直面する課題を解決するリーダーを育成

椙山女学園大学 学長 泉 有亮

1957年、東京大学理学部化学科卒。徳山曹達株式会社(現:株式会社トクヤマ)研究部研究員、主任研究員、主席研究員を経て、78年、名古屋大学工学部教授、96年、名古屋大学大学院工学研究科教授、98年、名古屋大学名誉教授。98年、椙山女学園大学生活科学部教授に就任。2004年4月から椙山女学園大学学長。工学博士。専門は触媒化学。99年、紫綬褒章受章。


――女子大学の現状は厳しいと言われていますが。
泉学長(以下、敬称略) 大学というものが、必ず共学であらねばならないという理由はないと思います。選択肢の一つとして女子大学というものがあっても、不自然ではないでしょう。

というのも、男女平等、機会均等は、むろんそうあってしかるべきですが、現実のありようは、そうした崇高な理念とはかけ離れているように感じています。社会のあらゆる部分で、女性にばかり負担がかかっていることが、いまだに少なからずあるのです。

そうしたさまざまな問題を、男性ばかりで解決するのは難しい。女性の感性で応じたほうがはるかに効果的なことがたくさんあると思います。女性のリーダーシップを養成できることは、女子大学の大きな特徴の一つですが、中でも女性が社会で直面する課題に対し、その解決のためのリーダーシップをとれる人材を育成するには、やはり女子大学が適していると考えています。

――就職率の高さは特筆に値します。
泉 卒業生1,000人以上の女子大学の中で、卒業者総数に対する就職決定者の割合という指標で、4年連続トップになることができました。

高い就職実績を支えるものとしては、「地元優良企業からの高い評価」「低学年から意識づけを行う積極的なサポート」「個人面談を重視したキャリアサポート体制」「就職活動を支える多数の卒業生」が挙げられます。「就職の椙山」という一つの伝統は堅持し、一人でも多くの女性の夢を叶えられるよう、きめ細かくサポートしています。

――どのような改革を進めていますか?
泉 2007年に教育学部を開設し、本学は女子大学としてはわが国最大の六学部を擁する総合大学となったのですが、受験生や保護者の方々、あるいは大学基準協会からも、学部の名称や教育内容の差異が、若干わかりづらいというご指摘をいただいています。

2004年に設置した「大学改革審議会」では、教養教育と学部再編を大きなテーマに掲げてきました。学士課程教育の見直し、教養教育の充実とともに、学部のあり方についても改善の余地があるかもしれません。

――今後の抱負を。
泉 戦争、テロ、家庭内暴力、幼児虐待……毎日の新聞やテレビニュースにこんな言葉が飛び交う今だからこそ、人間らしさを問う本学の教育理念「人間になろう」の意義の大きさを実感せざるを得ません。

本学での勉学や経験を通じて、知識やスキルを超えた、本当の知性を身につけた女性、「人間らしい人間」が数多く巣立ってくれることを願っています。

視野を広げ、自ら学ぶ自立した女性へ

神戸女学院大学 学長 川合真一郎

1943年生まれ。京都大学農学部水産学科卒業。71年、京都大学大学院農学研究科博士課程修了、農学博士。大阪市立環境科学研究所研究員を経て88年4月、神戸女学院大学教授に就任。教務部長、大学研究所長、人間科学部長などを歴任。2006年4月から学長。神戸女学院大学・山本義和教授との共著『明日の環境と人間――地球を守る科学の知恵』(化学同人)は『21世紀に残したい環境の本100冊』にも選ばれるなど好評で、版を重ねている。


――どのような教育を目指していますか?
川合学長(以下、敬称略) 本学では建学以来、「愛神愛隣」の標語のもと、人間の生き方を探りながら、女性に必要な自主的かつ国際的な思考力や判断力、語学力の育成に努めてきました。

その根幹となるのが、「リベラルアーツ&サイエンス」です。こうした教養教育を重視できるのは女子大学ならではの利点であり、実践の場としての少人数教育も徹底しています。さらにこうした考えを具体化する形で、2007年度後期から、「女性のライフステージに応じたキャリア教育プログラム」(現代GPに採択)として、「副専攻制度」を導入しました。

コースは「メディア・コミュニケーション」「アート・マネジメント」「ホスピタリティ・マネジメント」「ボディ・サイエンス」の4つで、いずれも三学部五学科の学問領域を横断するバラエティに富んだ科目を、バランスよく配置しています。

この制度では、専門分野にかかわる多彩な教養や知見を広げ、学生の総合的・全人的な成長を促すことを目指しています。

――地域と女子大学の関わりは?
川合 地域貢献はいまや、いずれの大学にも必須の責務でしょうが、本学でも重要課題の一つとし、積極的に取り組んでいます。女性の就職率は高くなっていますが、30歳以上の就業人口を見ると、やはり男性より少ないのが現実です。

つまり多くの女性は一度は家庭に入るわけで、必然的に地域とのつながりが男性より強くなると思うのです。当然、地域を支える女性の役割は大きく、そうした地域の活性化に、本学の卒業生が大いに活躍してくれることを期待しています。

――『女性を幸せにする大学』という本を出版されました。
川合 NHKアナウンサーの武内陶子さんや有働由美子さんをはじめ、さまざまな分野で活躍する卒業生たちが、大学で何を学び、本学の美しいキャンパスで過ごした時間がどのように人生に影響したかなどを紹介しています。

本学の卒業生の多くが、キャンパスライフでの最大の収穫として、「自分の本当の能力を見つけることができたこと」を挙げます。女性が「本当の自分らしさ」を見つけることができるのも、女子大学の大きな意義だと考えています。

――今後の抱負をお聞かせください。
川合 学生には大きな可能性が秘められています。たとえ一人ではできないことでも、教職員、そして友人に支えられて成せることがきっとあるはずです。

私たちは学生一人ひとりの未来に広がる、無限の可能性を信じ、しっかりと支えていこうと思っています。