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学生の「ため」ではなく学生の「立場」で

中央大学理事長 鈴木 敏文

名経営者が学校法人の経営に乗り出した――2005年11月、セブン&アイホールディングスの鈴木敏文氏が中央大学の理事長に就任。「消費は経済学ではなく心理学で考えなければならない」「買い手市場の時代の最大の競争相手は変化する顧客のニーズに他ならない」など、鈴木流経営学は国内のみならず世界のビジネス・パーソンが常に注目していることは周知の通りである。

氏が率いるセブン-イレブンは、日本の小売業全体の総売上げランキングでトップを維持、店舗数も一万店を突破している。「顧客の立場で考えれば、やるべきことは決まってくる」という氏の経営哲学は、顧客を「学生」に置き換えても充分に生きるほど普遍性を持っている。鈴木氏が見抜く、大学経営における「本当のようなウソ」とは――。

創立125周年に向けて

――大学における「経営」の視点が重要視される中で、世界に名だたる経営者が中央大学の理事長に就任され、その手腕に教育界全体が注目しています。
鈴木理事長(以下敬称略) 「経営」というものに対する考え方は、時代、時代によって多少の変化があるのでしょうが、だからといって、「学校法人経営は企業経営と全く別だ」という考え方が正しいとは私には思えません。母校である中央大学の理事長に就任するにあたって、このあたりの既成概念を変えてゆくことが、微力ながら私にできることだろうと思っています。

――基本的な経営姿勢は?
鈴木) 「事業を遂行するために必要な資金を確保する」「事業内容について全学で充分に話し合い、情報の共有化を進めながら理解を深める」「実行すべき事業内容のプライオリティーを明確にして、着実・確実に遂行する」という三つを据えています。さらに、経営のプライオリティーについても、三つの要素に絞りました。

第一に「創立125周年記念事業募金活動のさらなる推進と展開」です。本学は2010年に創立125周年を迎えますが、その記念事業の万全な推進のためには、これまでの体制・方法を可能な限り刷新し、新たな展開を図る必要があると考えています。
次に「財政構造の改革、効果的な財政計画の立案」として、管理会計制度の導入の可能性や予算運営の見直し、収益事業等の推進を図ってゆきます。

そして「管理運営体制の見直し」で寄付者や父母等の主要ステーク・ホルダーに対し、本学の現状や情報を的確に開示し、その上で全学的なコンプライアンスやリスクマネジメントを担保します。

――具体的な事業としては、どのようなものを構想されていますか?
鈴木) まず、都心新施設の整備を考えています。しかし、本学の都心展開の目的は、多摩の教育研究機能のすべて、または一部を移転させることではなく、大学院を中心とした教育研究機能を充実させることにあります。一方で、研究者養成機能を多摩キャンパスで展開することを前提として、21世紀館(仮称)の建設推進を構想しています。これは、中央大学の社会的役割、国際的コンソーシアムの展開、学部教育の文理融合を図るための情報環境整備等を視野に入れた多様な施設とすることを目指す事業です。

また、スポーツ振興支援のさらなる推進にも注力してゆきます。スポーツの振興は、本学の存在を世間に広くアピールするのみならず、本学関係者が一体感を持って大学全体を盛り立てることができる事業だからです。さらに、ビジネススクール設置の具現化を前向きに検討しています。社会に知を還元するためには、実務に基づく専門教育をさらに充実させてゆくこと。特に、専門職大学院の充実が必要だと考えています。ビジネス界に対し、実務に基づく専門教育を受けた人材を多く輩出して初めて、総合的に本学の知が社会に還元されます。そのためにも具体的な検討機関を早急に設置し、取り組んでゆかねばならない事業です。

大学経営の原理・原則

――企業経営者から見る、大学経営の原理・原則とは、どのようなものですか?
鈴木) やはり、学生を中心に据えてものを考え、一番勉強がしやすい、中央大学に入ってよかったと言ってもらえるような環境を作ってゆくことではないでしょうか。私も卒業生として強く思うのですが、仲間にも家族にも誇れる大学、自慢できる大学であるということが、大学にとっても一番わかりやすい評価ですから、そうあるために我々が何をしなければならないかを考えることが重要だと思います。

――「学生のため」の視点が必要だと。
鈴木) 小売業でも同じなのですが、今の時代に本当に必要なのは、「顧客のため」「学生のため」ではなく、「顧客の立場」「学生の立場」で考えることです。「ため」も「立場」もその人たちのことを考えているように見えますが、決定的な違いがあります。これが「本当のようなウソ」の一つです。
「ため」は自分の経験が前提になるのに対し、「立場」で考える時は、自分の経験をいったん否定しなければならないからです。

――理事長の表現を借りれば、「過去の成功体験を捨てろ」ということですね。
鈴木) 過去に縛られるのは、成功体験がその人、あるいは組織にとって、非常に心地のよいハッピーなものだからです。だから、難局になればなるほどそれを思い出して、もう一度同じようなことをしてしまう。過去の成功体験から抜けきれない人間は、当然、顧客や学生、市場の変化に対応できません。しかし、困ったことに、当の本人がそれに気づいていないことが多いのですが……。

私が常々言っているのは、自分たちが商売の主体になってはいけないということです。人間は自分が主体になると、一歩下がって考えることができなくなります。「顧客とは、学生とはこういうものだ」という思い込みを絶対に持たず、常に自分を白紙の状態に置かねばなりません。

――しかし、それはとても難しいことです。
鈴木) 今は完全な買い手市場の時代です。顧客が求める新しくて価値のある商品を次々と投入しなければなりません。今日の顧客が求めていたものは、明日には飽きられてしまう。こうしたことがすべてそうだとは言いませんが、大学にとっても当てはまる部分は多いはずです。

とかく自分の経験を優先しがちになると、今来ている顧客、学生にばかり目が向いてしまいます。それでは、よくて現状維持、たいていは縮小均衡になり、拡大、発展の方向には絶対につながらないのです。

――最近の大学改革の頭打ち感と困難を見抜いた、鋭いご意見です。

推進力としての「仮説」

――理事長は「仮説を立てる」ことの重要性を常に指摘されています。
鈴木) 仮説を立てることに、理屈や特別なスキル、能力が必要かといえば、そうではありません。簡単な話、「立てようと思うかどうか」です。不可抗力的な何かのせいにして妥協したら、それで終わりです。
「どうすればいいのか」と自分なりに仮説を立ててみようと思ったら、競合のこともしがらみも何も考えず、過去の常識にもとらわれず、常に頭の中を白紙にして、なぜ、どうしてなのかとクエスチョンを発し続けることです。

もし、一所懸命やって成果が上がらないのなら、それは自分たちの方法にどこか問題があることを表している。そこで、その原因は何なのか……と問い、さらに新たに仮説を立ててゆけば、やるべきことは自ずから見えてくるものです。この繰り返しによってしか、仕事の推進力は生まれないと思います。

――次の一手はマーケットに聞くのではなく、自分で見出すということですね。
鈴木) ニーズが刻々と変わる変化の時代には、明日求められる新しいものは目に見えません。それが見えれば誰も苦労しませんよ(笑)。今日の顧客にどのような新しい商品がほしいかアンケートを取っても、今ないもの、見たことがないものについては誰も答えられないのです。

例えば、セブン―イレブンで発売した『こだわりおむすび』にしても、「200円近い高級おにぎりをコンビニで買いますか?」と事前にアンケートや消費者調査を行ったら、ほとんどの人が「ノー」と答えていたでしょう。
顧客は現物を提示されて初めて、「こんなものがほしかった」と気づきます。だからこそ、自分で仮説を立てることが非常に重要になってくるのです。

素直に考え当たり前のことをやる

――理事長のリーダーシップのもと、今後の発展が楽しみです。
鈴木) リーダーシップ云々の議論がありますが、それも「本当のようなウソ」ではないでしょうか。企業も大学も、それぞれの分野の専門家の集まりです。その方たちのがんばりがあってこそ、トップの信念やリーダーシップも生きてくるのです。

従って、私にできることは、風通しのいい環境、素人の意見でもいいから、それが出やすい雰囲気を作ってゆくことでしょう。というのも、言われたからではなく、自分で物事を決定し動いていると実感していただくことが何よりも重要だからです。現場の活力を生むのは、やらされているのではなく、自分でやっているという「自己統制感」です。

目の前の課題を一つひとつ解決してゆきたいと考えています。もちろん、将来的な目標を見据えてひたすらに邁進するという行き方もあるでしょう。ただ、目の前の石垣を一つひとつ積んでゆかねば、いくら先を眺めても仕方がない。とはいえ、そんなに頭をひねって考えたり、悩み抜いているわけではなく、どちらがいいか、何が必要かを素直に考え、当たり前のことを当たり前にやっているだけなのです。

鈴木 敏文 Suzuki Toshifumi

1932年生まれ。56年、中央大学経済学部卒業。同年、東京出版販売に入社。
63年、伊藤ヨーカ堂(現・イトーヨーカ堂)に入社。71年、取締役、77年、常務、83年、専務、85年、副社長を経て92年、社長に就任。2003年、会長兼CEOとなる。この間、78~92年まで、セブン―イレブン・ジャパン社長を兼務し、のちに会長。2005年、イトーヨーカ堂、セブン―イレブン・ジャパン、デニーズジャパンなどで持株会社セブン&アイホールディングスを設立し、会長兼CEOに就任。

大学改革提言誌「Nasic Release」第14号
記事の内容は第14号(2006年5月11日発行)を抜粋したものです。
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