「ジャパン・モデル」で世界一を目指す
東京大学総長 小宮山 宏
東京大学が国立大学法人として生まれ変わって一年が経過した2005年4月、小宮山宏氏が第二八代総長に就任した。小宮山氏は理事や副学長の数を従来の九名から七名にスリム化するなど、就任当初から「東大改革」に全速力で着手。スピード感溢れる手腕により、早くも随所で成果が現れ始めている。
小宮山氏は本郷キャンパスを見下ろす本部棟・総長室で、「自律分散協調系」をキーワードに、時に厳しく冷静に、時にユーモアとジョークを交え、最高学府・東京大学のビジョンを熱く語った。
聞き手◎学生情報センターグループ 代表 北澤俊和
「課題解決先進国」ニッポン
――2007年問題に端的なように、大学にとって「生きづらい時代」です。たとえ東京大学といえども、その埒外ではありません。
小宮山総長(以下敬称略) 18歳人口が減っている日本は大変だというけれど、問題は世界的に同じですよ。バース・レートは小さくなり、多くの国で若年人口が減少しているわけですから。
例えば「国際社会」におけるわが国、そして本学のあり様を模索する際、わが国の特徴を改めて考えてみれば、進むべき道は見えてきます。
つまり、国土は狭く、エネルギー資源がない。そこに1億3000万人もの人間がいて、なおかつ先進国だっていうんでしょう。これって、もうすぐ地球全体の姿じゃないですか。
――地球全体が日本化すると。
小宮山) ひと昔前まで世界一の石油産出国で輸出国でもあったアメリカが、いまや六割以上を輸入に頼っている。要するに、アメリカに限らず多くの先進国が、わが国の来し方をトレースしているわけで、その意味で私は、日本を「課題先進国」と位置付けています。
しかし、課題があるということは、「必要は発明の母」の言葉の通り、チャンスなのであって、課題先進国であると同時に、「課題解決先進国」を目指し展開してゆく――これこそが「国際戦略」だと思うのです。
「小宮山・東大」の設計図
――大学に対するニーズが多様化していますが、その一つ「産学連携」をどのようにお考えですか?
小宮山) 産学、産官学、最近はそれでもうまくいかないから「産官学地」ですか? しかし言葉だけつくっても詮ないわけで、例えば「東京大学と連携を」といったところで、誰に何を、と具体的にイメージできますか。
問題はどこにあるのか。知識が爆発的に増大し、学術も高度に細分化しており、「全体」が誰にもわからなくなってしまったんです。
本学には4,000名の教員がいますが、それぞれが細分化し、先端を切って学問を探究しています。最先端の学問領域というのは針で岩に穴を開けるようなもので、さらに、その岩の穴を一つ一つは見ていられないのが現状であるわけです。しかし、それが見えなければ、連携も何もないでしょう。
――つまり、自律的かつ決定不能的に分散する「個」を、いかに捉えられるかということですね。
小宮山) 大学とは、その構成員である教員が自らの確信に基づいて行動する場です。その確信が時には崩れ変化することもあるのですが、その変化も他からの強制ではなく自律的に為されねばならない。
それが知の創造の場、最高教育研究機関として不可欠な条件であることを、人類は歴史の教訓から学んだのです。
しかし、一方において、組織として充分効率的に機能しているか否かを、大学は社会から鋭く問いかけられてもいるわけです。これに対し、世界の大学人が明快な答えを出しているとは、私には思えないのです。
――総長が考える明快な答えとは?
小宮山) 「自律分散協調系」という、生命体を表現する概念があります。例えば心臓や肝臓は体内に分散して存在し、それぞれ自律的に動いていますが、それら要素の総体としては協調的に機能し、生命が営まれています。これはまさに大学のあるべき姿を象徴していると思うのです。しかし、現在の大学は「自律分散」だけが強調され、「協調」が薄らいでいるかのように私の眼には映るのです。
「協調」の仕組みを導入できれば、大学全体としての研究や教育の機能が飛躍的に向上することは間違いありません。自律分散協調の実現に成功した大学は、二十一世紀の新しい大学のモデルを提供することになり、世界のリーディング・ユニバーシティとしての評価を獲得することになるでしょう。
――それが東京大学だと。
小宮山) 4,000名の教員が互いに理解を深め、大学で行っていることを社会に見てもらう、つまり説明責任を果たすには「知識が形として表現されること」が大事です。
こうした「知の構造化」は、細分化した知識を相互に関連づける営為であり、先端と基礎との距離を短縮する教育を実現するものです。それはひとえに、拡大してしまった学術と人との間の距離を短縮することでもあるのです。
基礎と先端を結ぶ仕掛け
――自律分散協調系の実現のため、具体的にはどのようなことを?
小宮山) まず、ユニバーシティ・ディベロップメント・プロジェクトというものを始めました。これは「協調」の思想に基づき、「もっとお互い分かり合いましょう」という努力だといえます。例えばセミナーを共催しようとします。
その時に、東京大学にはどのような先生がいるんですか? こんな相談にも応じていこう、このゼミナールではこのような人材が育っています、というようなことも発信していこうというものです。東京大学と社会の間をインターフェースする機能の中で、特に遊軍的な部分を、新設した「渉外本部」に託したわけです。
――基礎と先端の距離を短縮する教育というのは?
小宮山) これは大学における学術の陰と陽と言えるかもしれませんが……。陽は、東京大学には素晴らしい先生方がおられて、さまざまな体験ができるということ。
陰は、私も学生時代に感じたことなのですが、先生が授業で教えてくれることと、新聞などで見る先端的な研究や技術との距離、自分の将来を考えた時の大学と社会のギャップですね。
そのギャップは我々の時代より今はもっと大きくなっています。東大生になって初めて聴く講義は、昔とそれほど変わらない、いわゆる基礎です。基礎は言うまでもなく重要だけれども、基礎と先端の距離がものすごく広がっていると思うんです。
駒場で、以前から同じ数学の試験を学生たちに受けさせて統計を取っていますが、得点は下降しています。しかし、私はある程度は当然のことだと思っています。だって、我々の頃にはなかったゲノムや情報科学など、別の基礎がたくさん誕生しているわけですから。我々が行うべきことは、この距離を何とかして縮めることです。そのために、教養の再構成にも勇気をもって取り組む必要があるでしょう。
――新たに始まった「学術俯瞰講義」はその端緒ですね。
小宮山) 一年次の夏学期と冬学期、そして二年次の夏学期で、二つの分野ずつ計六つの分野を網羅し、学術を俯瞰する講義を行うものです。小柴昌俊先生(東京大学特別栄誉教授・ノーベル物理学賞受賞)にも講義していただきましたが、私も「眼からウロコ」の連続でしたよ。
――まさに「リベラル・アーツ」の復権とも思えるのですが、異なる専門分野の学生にとっても刺激的でしょうね。
小宮山) 実は私も登壇したのですが、物質についての講義に、おそらく二割程度は文科系の学生が出席していたのではないでしょうか。
この「学術俯瞰講義」は、いわば学術の地図を学生に与えるためのものです。もちろん地図を手にしたからといってすべてが解決するわけではないし、講義の内容が理解できなくても構わないのです。
幸いにして情報技術も進化していますから、講義の内容をホームページにアップロードすれば、学生は容易に何度でも見ることができます。まだまだ手探りの状態ではありますが、こうした試みは世界的に見てもおそらく初めてのことでしょうから、最低限、英語と中国語に翻訳して発信するつもりです。
人真似ではない東大独自の道を
――グローバル化する熾烈な大学間競争の中で、言うまでもなくトップを目指す東京大学。その方策は?
小宮山) 一八六八年に近代国家が成立した百年後、1968年にわが国のGDPは世界第二位になりました。どういうことかと言うと、百年で西洋化=人真似のキャッチ・アップは終わったということです。にもかかわらず、以降四十年弱、日本、そしてわが国の大学は、アメリカ中心の人真似から脱却できていません。
アメリカ、ヨーロッパ、アジア……世界のリーディング・ユニバーシティのことは熟知しているつもりです。それは東京大学総長としての重要な責務の一つですから。しかし、私は真似はしません。人真似の時代はとうの昔に終わっているのです。
人材育成の場として、未来を牽引する研究の場として、社会との間で知が交叉する創造の場として、どの大学が二十一世紀をリードするのか。
大学の使命は、言うまでもなく教育と研究にあります。さらに、社会の知が結集して新しい概念を産み出す場となることにあります。従って、優秀な若者に、トップクラスの研究者に、問題意識を抱くすべての人々に、いかに魅力のある環境を提供できるか――これが大学の競争力の本質です。
それに加え、知識の洪水に流されない「本質を捉える知」、独善に陥らない「他者を感じる力」、そして「先頭に立つ勇気」。これらを具備した人材を輩出し、「知の復権」を成し遂げることが、私の決意であると同時に、世界一の総合大学たる東京大学の使命だと確信しています。
小宮山 宏 Komiyama Hiroshi
1944年生まれ。67年、東京大学工学部卒業。72年、同大学院工学系研究科博士課程修了。
88年、東京大学工学部教授に就任し、2000年4月~2002年3月まで同大学院工学系研究科長・工学部長。
03年に副学長に就任し、05年4月より現職。著書に『動け! 日本』(日経BP社)、『地球持続の技術』(岩波新書)、『理系のためのサバイバル英語入門』(共著・講談社)、『バイオマス・ニッポン』(共編著・日刊工業新聞社)など多数がある。専門は化学システム工学、機能性材料工学、地球環境工学。
――大学における「経営」の視点が重要視される中で、世界に名だたる経営者が中央大学の理事長に就任され、その手腕に教育界全体が注目しています。
日本の大学(私立大学)は従来、財務マネジメントにおいていわゆる「自己資金原則」に則ってきた。
社会人基礎力の具体的な内容を示すにあたっては、わが国社会におけるいわば「共通言語」となるよう、分かりやすく、焦点を絞ったものとすることが重要です。同時に育成・評価の指標として活用してゆくために、具体的なイメージが湧くものとすることが求められます。
――「チャレンジ精神」とは具体的にどのようなものですか?
――自分を売り込む道具が、どんどん強力になっていますね。
その理由は、評価の正当性に対する懐疑、旧来の凝り固まった人事体制への諦めといった障害に対して、時間制限を設けてまで取り組もうという危機感を募らせた責任者が現れなかったからではなかろうか。
そうした状況を想定すると、学生確保の手段を一般入試に大部分依存するこれまでのやり方では、学生の質・量ともに一定レベルを維持することは困難です。我々は入学の構造について抜本的な改革が必要であることを、早くから念頭に置いていました」と本郷氏。
兵庫医療大学