トップページ > ナジックリリース > 第13号 > 学生、若者、日本人にロマンを! 首都大学東京学長 西澤 潤一
学生、若者、日本人にロマンを!
聞き手 ◎ 学生情報センターグループ 代表 北澤俊和
東京都立大学・東京都立科学技術大学、東京都立保健科学大学・東京都立短期大学を統合し、2005年度に新生なった首都大学東京。
統合による人的・物的資産を活かしシナジー効果を発揮すべく学部構成を大胆に再構築(都市教養学部・都市環境学部・システムデザイン学部・健康福祉学部)するなど、新時代の公立大学のありようを模索している。
その首都大学東京の初代学長に就任したのが、東北大学総長、岩手県立大学学長を務めた西澤潤一氏である。氏は、PiN光通信ダイオード、静電誘導トランジスタなどの発明で名高いワールドクラスの半導体研究者。一方で「強い頭と速い頭」「日本人らしさ」「ロマン」などのキーワードを元に独自の論を展開する教育者でもある。東京・八王子にある南大沢キャンパスの学長室で、西澤氏は熱く語り始めた。
何を考え、何をするか
――大学は、国公私立を問わず、厳しい経営環境にあります。そうした中で、首都大学東京として新たなスタートを切られました。まずはどのようなビジョンをお持ちなのかをお聞かせください。
西澤学長(以下敬称略) これまで私は、岩手県立大学で、新しい大学のあり方を目指して様々な取り組みを行ってきました。その中には大きな成果が上がったものもありましたが、一方で、地方では難しい面もありました。
そうした折に石原慎太郎都知事から声がかかり、「東京でやったほうが遙かに世の中に対して影響が大きい。だから、どうせやるなら東京でやったらどうだ」と説得され、学長を引き受けることにしたわけです。教育方針、大学教育のあり方については、岩手でやってきたことと変わっていません。ただ、東京は首都であり一番大きな場所。「本当の教育のあり方」を実践するには、素晴らしい舞台が与えられたと感じています。
教育のビジョンですが、私は常々、日本人には人格が欠けているのではないかと考えています。憲法を読んでも、個人の身分保障については書いてありますが、「日本人としていかに生きるべきか」については、まったく書かれていない。これがいろんな意味で、大きな問題を引き起こす原因になっているのではないかと思っています。
実際に今の日本人を動かしているのは競争心です。幼い頃から日本人は、この競争心をさんざん仕込まれています。例えば、偏差値が出る年齢になった途端、親たちは目の色を変えて子供の偏差値を上げようと尻を叩く。そのため子供たちは、幼いうちから偏差値を上げることが、勉強の一番の目的と思ってしまう。そしてこの競争心の猛烈な者たちが世の中の一番上に集まる。
つまり、ただ競争心が旺盛なだけで、「日本人としていかに生きるべきか」ということを何ら持たない人たちが国のトップになるのです。これでは国としての方針もおかしくなってしまいます。人間というのは競争するために生きているのではありません。
一番大事なことは「その人間が何を考え、何をするか」です。そして、そもそも教育はその人格の確立のためにあります。本学のビジョンもここに立脚しなければならないと思っています。
――「中期目標」の「基本的な考え方」でも、画一的な人材を育成しようとするシステムが制度疲労を起こしていると指摘されています。
西澤) 昔の学士の卒業資格は「一人前としてやれること」を前提としていました。だからこそ「士」という言葉が使われています。「士とは使して師をはずかしめず」、つまり、言われてやっても親分を辱めないだけの仕事がちゃんとできる。できないことはできないと自分で言えるということです。
しかし、今の学生は生兵法のくせに、えらく自信だけ持っている。「世の中で一番偏差値が良いのだ」と自信過剰になっています。だから平気な顔をして事故を起こしてしまう。自分が完全にマスターしているわけではないと思っていたら「これでいいのか?」と絶えず思い続けることが大事で、「行いて恥ずるあり」。そういう謙虚な気持ちが今の日本人からは抜けてしまっているのではないでしょうか。この点をしっかりと教育し、士たるにふさわしい人材を社会に送り出してゆきたいと私は思っています。
一業に徹すれば一般に通ず
――首都大学東京という名の通り、都市に焦点を当てた、きわめて個性的な学部構成です。差別化という点では得策でしょうが、従来の幅の広さを失うことは、経営マネジメントのリスクになるのでは?
西澤) 都市ばかりやろうというのは、ほんの一部に過ぎないじゃないかという声がありますが、決してそうではありません。都市をどんどん突き詰めてゆくと非都市部にも援用できる考え方が出てきます。
例えば、田舎とは「都会のカウンターバランス」であって、都会のことを調べてゆけば「田舎は如何にあるべきか」も研究する必要が出てくる。
「一業に徹すれば一般に通ず」の通り、学問というのは、ある一定の研究を深めることで、全てのことが理解できるようになっているのです。したがって、それはリスクではない。
現実から足を離すと、抽象的で毒にも薬にもならぬ展開になりがちです。
新たな発見、あるいは学問というのは、やはり身近な現場、本学であれば都市、そこに取り組む中から生まれてくると自信を持っています。
自分の仕事に対する畏れ
――首都大学東京の開学とは、すなわち統合大学の大改革に他なりません。しかし改革には少なからず抵抗がつきものですし、急激な改革には歪みも生じます。この点についてどうお考えですか。
西澤) 昔は、毎年変えたんです。例えば東京大学に入ったと思ったら、翌年には大学が解散になったということもありました。長くてもせいぜい二年で、大学の名前なんて何回変わったかわかりません。
悪い点があったらさっさと変える。良い点を変えないことは結構ですが、今は変えること自体を恐れて悪い点まで変えようとしない。これでは何も良くなりません。考え方を変えて、思い切って「変えるべきは変えねばならない」のではないでしょうか。
基本的に今の人間教育は教養部で行われています。しかしそれだと少し年を取りすぎている。人間が一番伸びるのは、ちょうど異性を意識し始めた時。その時期に人間教育を行うべきです。
さらに、そもそもいろんな性格を持った人間を、全部同じに仕上げること自体がおかしな話で、向き不向きを調べ、個性に応じた教育を行わなければなりません。そういうことをよく研究しながら教育のあり方の手直しをどんどんしてゆく必要があると私は思っています。
――いわゆる「事務方改革」の必要性も叫ばれています。
西澤) 職員に限らず教員もそうですが、やはり自分の仕事に責任を持つこと。これが大切だと思います。例えば入学試験にしても、若者の人生を支配してしまうわけです、合否あるいはミスの有無によって。そうした、ある意味で非常に緊迫した仕事を手がけているのだという心構え、畏れと言ってもいいかもしれない、これがあまり見受けられないように思うんです。
確かに戦後から近年まで教官メインで物事を進めてきたことは否めません。
しかし、それが現在の制度疲労を招く要因の一つでもあったわけですから、職員の方々に「自分の仕事に対する畏れ」を持っていただくことが急務であることは確かだと思います。
ロマンが若者を集める
――経営体質のスリム化・強化は、どの大学でも優先順位の高い課題です。
しかし、だからといって、必要なものまで削減してしまっては本末転倒です。ここが難しいところだと思うのですが……。
西澤) 確かに、人件費の削減ということで、じゃあ語学教官を大幅に減らしましょうといったって、何も良いことはありません。中学校・高等学校の英語と、大学の英語は内容が違いますから。
私も身に覚えがありますが、大学の英語というのは、一面、イギリスの文化史のようなものでした。つまり大学ならではの語学教育があるのです。
しかし、まずはどうしても経済的に成り立ってゆかなければいけません。高いお金を払ってでもその講義を聴きたいという人がいれば、それはそれでやれるでしょう。しかしそれは現実的に難しい。
そこで、よその大学にお願いできるものはお願いし、あるいは外国語そのものであれば外部委託をするというかたちで急場を切り抜けようとしているわけです。決して今が理想的な状態ではありません。
――今、大学にとっては、質と効率の両立をいかに図るかが鍵だと思いますが、そのためには何をなすべきだとお考えですか。
西澤) 基本はやはり「良い先生を集める」ということです。いくら難しいことを知っていても、学生と一緒になってやってくれるような先生でなければ質を上げることはできません。良い先生がいてはじめて良い学生が育つのです。
一方、効率ですが、本来、教育ほど効率的なものはありません。一人の先生から何人もの学生が育ちます。教官の定年まで考えると、育つ人材の数は相当なものになります。
結局、質と効率の両立は、いかに良い先生を集めるかにかかっていると思います。
全て本質を見直し、一番大事な方法に戻る必要があります。核になる部分をしっかりと支え、育成してゆくことが、最終的には大学の未来、ひいては日本の将来を築くことになるのです。
大学経営においてはもちろんそろばん勘定も大事です。しかし、一番大事なのはロマンを持つことです。ロマンを持って取り組んでゆけば、必ずそれに共鳴する若者が出てきます。私はそう信じています。
西澤 潤一 Junichi Nishizawa
1926年生まれ。東北大学工学部電気工学科卒業、同大大学院第2期特別研究生修了後、62年に同大学の教授に就任。68年、財団法人半導体研究振興会半導体研究所所長を経て90年に東北大学名誉教授に就任、同年から96年まで総長を務める。
98年より岩手県立大学学長。05年から現職。99年には日本人初のエジソンメダルを受章。02年、IEEEはJ.ニシザワメダルを制定。日本原子力産業会議会長、日本工学アカデミー会長を歴任。工学博士。専門分野は電気通信工学、電子工学、半導体工学。
記事の内容は第13号(2006年1月1日発行)を抜粋したものです。