トップページ > ナジックリリース > 第11号 > ボクも大学生だった - 平尾誠二

ボクも大学生だった - 平尾誠二

「許される失敗」を経験しろ!

近年のわが国のラグビー界において、数々の華々しい実績を残してきた平尾氏。
トッププレーヤーであると同時に、チームリーダーであり続けた同氏が、学生時代に学んだこととは…。

ラグビーをする環境を求めて大学に進学

1981年に京都の伏見工業高校ラグビー部キャプテンとして、全国大会優勝を果たした後、進路に迷った時期があった。僕は海外志向が強く、留学して外国でプレーすることを考えていたが、相談した方から、日本の大学への進学を勧められ、高校時代から時々練習試合に訪れていた同志社大学に入学した。

ラグビーが第1の目的で入ったため、正直なところ熱心に勉強したわけではない。もっといえば、授業には、卒業単位を得るために出席していたようなものだった。

当然だが、学校に通う目的は、人それぞれあっていいと思う。僕の場合は、ラガーマンとして成長していくための場として大学を選んだのだ。やることが明確な分、とことんラグビーに打ち込み、僕なりに充実した大学生活を送れたと思っている。

それでも、単位を取るために必要な勉強はしたが、いかに効率よく勉強するかを常に工夫したものだ。例えば、どうしても暗記しなければならないものは時間を省略できないから、その分、レポートの資料集めなど、情報収集の効率を上げて時間を節約する、といった具合。こうした努力(?)により、それほど苦労せずに卒業はできた。

僕にとって時間は「命」であり、時間をうまく使うことこそ成功の秘訣だと考えているが、そうした素地は、大学時代に培われたのかもしれない。

リーダーシップのあり方、チャレンジする大切さを学ぶ

同志社大学ラグビー部では、「一人ひとり自主的に考えて実行する姿勢」を学んだ。練習の内容や時間、試合中の指示など、監督の岡先生は、かなりの部分を学生の判断に任せるという指導方針を採っていたからだ。メンバー一人ひとりが自主的に考えて動くと、てんでバラバラのチームになりそうだが、実はそうではない。

各々が持ち味を発揮できる役割を与え、メンバー同士で足りない能力を補い合うことにより、チームは強くなっていく。大事なのは、リーダーとなる人間がメンバー全員の個性を許容するキャパシティーを持ち、それぞれが大きな力を発揮できるように仕向けることだ。

後にキャプテンとなった僕は、ラグビーチームという一つの組織の中で、人材をいかにマネジメントし、成果を上げていくかといった、実社会にも通ずる力を身につけられたと思っている。

僕自身、プレーに関しては、それなりの自信を持っていた。ところが一度だけ岡先生から「お前のプレーはおもろないなぁ」と苦言をいただいたことがあり、その時はプライドを傷つけられたと感じたものだった。

客観的に考えれば、キックすべき状況で的確にキックし、パスをすべき相手に正確にパスができる、という能力は評価されるものだと思う。しかし、「周囲がアッと驚くようなプレーをしないといかん。

お前のラグビーは真面目すぎるんや。ラグビーは人間がやっているもの。うまくいくことも失敗することもある。もっと挑戦しろ」と先生に言われた時、大切なことに気づいた。それまで僕は、「勝つ」ためにリスクを避けるラグビーを心がけていたのだが、勝ち負け以上に「挑戦する気持ち」を高めて、もっと大きなプレーをしていくことが重要だったのだ。

つまり、リスクを経験し、失敗から学習することによって人は成長できるということを教えていただいたのだと思う。各選手が自主的に考え、チャレンジする姿勢を身につけたことで、果たせるかな、同大ラグビー部は輝かしい戦績を残すことができたのだった。

リスクと失敗を経て人間は成長する

リスクを経験することによって、人は成長できると述べたが、ラグビーにおいては、「あの試合であの選手を使っておけば勝てたはずだ」とか、「あの場面で危険を冒してこういうプレーをしたが、結果的にはボールを奪われて逆転を許してしまった」といった状況が起こり得る。

その時は、「試合に負ける」という失敗に結びつくわけだが、一試合負けることぐらい、学生にとってはさして深刻な問題ではない、ちょっと乱暴な言い方だが。失敗の経験を通して、かえって、マネジメント能力や状況判断力を養うことにつながる。

これに対し、企業活動における失敗は会社の損失につながるため、気軽には体験できない。だからこそ、学生諸君には、さまざまなリスクにチャレンジし、若いうちに「許される失敗」を経験しておいてほしい。

初めから何もかもうまくいく人間なんていない。重要なのは失敗した時、内省し、原因をきちんと把握して次に活かすこと。若いうちから小さな成功を求めず、失敗してもいいから、果敢に挑戦すべきだと思う。

ラグビーを通して僕は、チームワークやリーダーシップ、スポーツに必要なインテリジェンスなどを学んだ。こうした経験や知識を活かし、現在、NPO法人「SCIX(シックス)」を設立して、スポーツ・コミュニティの創造など、種々の活動に取り組んでいる。今後も、チャレンジ精神を最大限発揮し、スポーツ文化の振興に取り組んでいくつもりである。

平尾誠二 Hirao Seiji

1963年、京都市生まれ。神戸製鋼ラグビー部GM(ゼネラルマネージャー)。81年、伏見工業高校3年の時、全国高等学校ラグビーフットボール大会優勝。82年、19歳4カ月で史上最年少の日本代表(当時)に選ばれる。
85年、同志社大学で史上初の全国大会選手権3連覇。86年、神戸製鋼に入社。89年以降、日本選手権大会V7達成。97年、ラグビー日本代表監督に就任。
99年、パシフィックリム選手権に優勝し、4大会連続のワールドカップ出場を達成。著書に『勝者のシステム』(講談社)、『「知」のスピードが壁を破る』『気づかせて動かす(共著)』(以上、PHP研究所)などがある。

大学改革提言誌「Nasic Release」第11号
記事の内容は第11号(2005年1月1日発行)を抜粋したものです。
ナジックリリース第11号・記事一覧