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世界に誇るクリエイターを輩出する夢工房 モード学園学長 谷まさる

どんな種類の学校でも、「人間を育てる場」としての役割を担っていることに変わりはない。
学校、教育のあり方を純粋に追究し、専門学校の新たな可能性を開拓し続ける、モード学園の谷学長が、教育の根本問題を語ってくださった。
〈聞き手〉学生情報センター副社長 西尾 謙


点数で評価する教育の過ち

――モード学園、コンピュータ総合学園HAL、大阪医専を通じ全国で14000人の学生数を誇る学校を経営・運営されるお立場として、学校が果たしてゆくべき役割について、どのようにお考えでしょうか?

谷学長(以下敬称略)本来学校は、若い人たちの夢を育み、その夢を実現できるように取り組んでゆく場であるべきです。その意味で私は、学校は「夢工房」であるべきだと考えています。

日本の学校教育の多くは、夢を育てるどころか、生徒や学生たちに、「自分は落ちこぼれである」という意識を植えつけているように思われてなりません。というのも、現在の教育システムは、明治時代につくられた官僚養成のための学校が原点になっていて、一部の大学を頂点とするピラミッドが形成されています。

その中では、頂点の学校に入学できたものが勝利者であり、そうでない人は程度の差こそあれ、「トップの人間よりも頭が悪い」という烙印を押されてしまうのです。

こうなると、多くの若者が、「自分はトップではなく、蕫そこそこ﨟の人間なんだ」と考えるようになり、何に挑戦しても、蕫そこそこ﨟のことしかできない器に育っていくのです。

しかし、その価値観・評価基準は、根本的に間違っています。そもそも、試験の成績を比較する時点で、大きな勘違いが始まっているのです。

日本の学校のすべての試験は、国語や数学、社会、英語、物理、化学など、複数の科目の「合計点数」によって順位がつけられ、優劣を判断しています。しかしよく考えてみると、国語の点数の価値と、数学のそれの価値は全く異なるものであり、それらを「足す」行為そのものが矛盾しているといえます。

仮に国語を「キログラム」、数学を「メートル」に譬えたとして、この両者を足して何かを判断する人なんていないでしょう? 価値基準の異なる要素を「足す」こと自体が、最初から不可能なのです。

――先生は「創造力教育」ということを常におっしゃっていますが。

谷) 先の事実に気づいて、生徒や学生の適性とか能力を判断しないと、その人間を本当の意味で育てることはできません。私は常日頃から、全教員、全学生にこうした話をして、好きなこと、得意なことを頑張れば、その分野でトップに立てる可能性は誰にでもあると教えています。

試験の点数が悪い人は、たまたま勉強が嫌いなためにそうなったのであって、脳の出来が悪いからではありません。その証拠に、成績は悪くても、大好きなオートバイの知識に関しては天才的な記憶力を発揮した学生もいました。まさに「好きこそものの上手なれ」であり、好きであることが、高い能力を養成する際の基本となるのです。

人間を育ててこそ教育

――学生に対して、どういう教育を施すべきだとお考えですか?
谷) 数学や国語ができないことよりも、人の心を思いやらないとか、礼儀をわきまえないとか、ルールを守らないことのほうが、人間としては悪いことである、という認識の上に立ち、生徒や学生の人格形成に力を尽くすことが、教師の最大の使命だと考えます。

人として正しい方向に導くためには、時には厳しさも必要であり、私は、「すべての教育はスパルタであるべきだ」という信念を持っています。

世の中には、もちろん素晴らしい先生もいらっしゃいますが、生徒が授業中に無駄話をしたり、遅刻や無断欠席を繰り返しても、叱ることのできない先生が増えているようです。また、過保護に育ててしまい、わが子を叱れない親も増えています。社会全体で、今一度教育について考え直さなければいけないのではないでしょうか。

私は、モード学園をはじめ、すべての系列の学校の教員に対して、「人間を育てている」ことをしっかりと自覚するよう指導しています。ややもすると、教員たちは、知識や技術を教えているうちに、人格教育を疎かにしてしまいます。しかし、実際にビジネスを行っているのは「人間」であり、人間を育てるという気構えがなくては、本当の教育はできないといえます。

広がり続ける専門学校の可能性

――大学全入が近づいているにもかかわらず、専門学校進学者は増加傾向にあります。なぜでしょうか?

谷) 大学は、基本的に「高等な学問」に取り組む所であり、その意味で、専攻した学問分野をよほど「好き」にならないと、面白さは感じられないものです。今の大学進学者は全員が学問好きなのでしょうか? そうでないなら大学が面白くない人は多くなり、それが学生集めにも影響する……。この先も大学の学生確保はどんどん難しくなってゆくはずです。

その点、専門学校は、専門家を養成する機関として、カリキュラムのつくり方など、かなり自由が認められています。つまり、ニーズに応える形で、また先駆的にであれ面白いと感じるものがあれば、いくらでもユニークで斬新な取組みができる教育機関なのです。大学のブランドよりも、実際の授業の中身を見て学校を選ぼうとする人たちが増え、その結果として専門学校を選択しているのは、ごく自然な流れであり、まっとうな判断でしょう。

――今後の取組み、ビジョンをお聞かせください。

谷) 私が30歳の時にモード学園をつくったのは、ファッションのプロを育成する学校が存在せず、社会が求める人材が絶対的に不足していたからです。同様に、コンピュータ技術者が足りない時代の要請に応えてHALを設立し、高齢化社会における医療・福祉分野の人材育成のために大阪医専をつくりました。パリ校も軌道に乗ってきました。

社会や時代のニーズにヴィヴィッドに対応し、世界一のクリエイターを輩出し続ける「夢工房」たり続けること――これがわが校の信条です。最も大切なことは、大きな夢を持つことです。今後も我々に、大いに期待していただきたいところです。

大学改革提言誌「Nasic Release」第11号
記事の内容は第11号(2005年1月1日発行)を抜粋したものです。
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