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新生・東京農工大学―発展のためのロードマップ (国立大学法人東京農工大学長 宮田 清藏)

新生・東京農工大学―発展のためのロードマップ

すべては社会と地球のサステイナビリティ《持続可能性》のために
新生・東京農工大学―発展のためのロードマップ

国立大学法人東京農工大学長 宮田 清藏
聞き手◆ナジック総合研究所 所長 小川弘行

1874年設立の農事修学場と蚕業試験掛をルーツとする東京農工大学。常に「実学研究」を軸に据え、産業界と高等教育界の橋渡し役を担ってきた大学である。
従来は旧七帝大でもなく、いわゆる「駅弁大学」でもない、国立大学の中にあって実力に反比例する形で「地味で隠れた存在」であったことは否定できない。

実際、同大学には、広く一般に名前が知れ渡っている教官は少ないが、わが国における品種改良の第一人者や動物の心臓移植手術を初めて成功させた獣医など、「その道のエキスパート」が数多く教鞭を執っている。特定の分野を研究したい者にとっては非常に恵まれた環境というわけだ。しかし、競争が激化する大学界にあって、いつまでも「分かる人には分かる大学」の座に甘んじるわけにもゆかない。

東京農工大学も2004年度から法人化の途を選択したが、その文字通りの牽引役が宮田清藏学長である。氏のマネジメント手腕には以前から定評があり、法人化後の舵取りにも注目と期待が集まっている。
小雨降る取材当日、宮田学長は府中キャンパスにある学長室において、時にはその大柄な身を乗り出しながら、緻密かつダイナミックな口調で質問に答えてくださった。

憧れと誇り

――東京農工大学も法人化を選択されました。「選ばれる大学」のための過当競争ともいえる状況の中、どういった大学づくりを目指しておられますか?
宮田学長(以下敬称略)) 学生の立場から見れば「超」のつく売り手市場にあって、「憧れと誇り」――これがとても重要だと考えています。本学で学ぶことに憧れを持ち、学んだことに誇りを抱いていただきたいのです。

憧れの対象としては、「教育・研究力」が、その一つとして挙げられるでしょう。

昨年の2月に日本経済新聞社が大学工学部の「研究力」を調査し集計したのですが、そこで東京農工大学は5位にランクされました(1位・大阪/2位・奈良先端科学技術/3位・東北/4位・東京)。

さらに指標別に見れば、教官1人当たりの主要学術誌での論文発表や特許出願数から分析する「成果発信力」で1位、企業との共同研究や研究成果の技術移転で分析する「産学連携力」で5位と、本学の研究力は非常に高く評価されています。

これらの結果は、いわゆる「大学改革」や「法人化」の議論以前から、本学が地道に積み重ねてきた努力の、一つの現れではないかと思っています。

――大学院重点大学への「昇格」も果たされました。
宮田) あくまでも文部科学省の分類ですが、大学院重点かそうでないかの議論が存在することは事実です。

例えば東京大学を筆頭に旧七帝大は大学院重点大学、すなわち研究大学としてその地位を確固たるものにしている。

われわれもそうした研究オリエントな大学になりたいと努力した結果が、先のランキングであり、「昇格」だといえるでしょう。

教育充実のための人材配置

――実学重視、高度研究型大学を志向するがゆえに、これまでの東京農工大学は、大学教育の、特に教育面にはあまり注力されてこなかったように感じられるのですが。
宮田) 確かにそうかもしれません。しかし、私の学長就任以来、「教育の充実」も決して疎かにはしていないんです、実は。そのあたりのアナウンスがうまくないというのが、本学の課題の一つなんでしょうが(笑)。

教育面を考える場合に、強い部分は何であるかを見極め、その強いものを、より強くしてゆこうという考え方があります。こうした「選択と集中」あるいは「資産の重点配分」は、他の何よりもまず第一に、人的配置が大事なのです。

そこで全教職員約700名のうちの3%、21名の人材を、学長直轄人事によって、本学が今後伸びるべきところに再配分することにしました。

まず、21名のうちの11名を獣医学科に配しました。本学の獣医学科は常に全国ランキング1位ですが、さらによい教育の場を提供しようという考えです。結果として現在、35名の学生に対し、38名の教官が指導にあたります。

残り10名のうち5名はFD(ファカルティ・ディベロップメント)の専門家です。どういう教授法が学生にとって理解しやすいか――この問題についてわれわれももはや看過できないからです。

高等学校の現役の校長を教授として招聘し、高大連携を活性化させる。あるいは出張授業等を行うことで高等学校のレベルアップにも加担してゆくなど、「いい学生」が本学へ来てくれるように、全体的な向上を目指しています。

残る5名は専門職大学院。本学では現在、「技術経営研究科技術リスクマネジメント専攻」の設置計画を申請中であり、今年4月の開設に向け準備を進めています。

――技術経営、リスクマネジメントとはどういうことですか?
宮田) 専門職大学院といえば、法科大学院や会計大学院が代表的ですが、理工系研究大学である本学にとっての専門職大学院とは何かを考えてみたのです。

例えば、原子力問題や三菱自動車問題に象徴的ですが、わが国には「技術に対するリスク」の意識が欠如しています。

「絶対に安全だ」という言葉を耳にすることがありますが、この世の中に「絶対」などあり得ない。あり得ないのであれば、そのリスクをいかにミニマムにするかを考えてゆくほうが、よほど現実的だと思いませんか? 

これからはものづくりにおいて、個々ではなく、トータルのリスクをどう減らしてゆくかを考えなければ、社会のサステイナビリティ(持続可能性)は保ちようがないのです。

技術経営研究科では教官16名、非常勤講師17名の計33名で、40名の学生の指導にあたる予定です。

また、学費の10%の値上げが、先に行われた経営協議会で承認されました。これは、国立大学では初めてのことですが、学外の実務家を多く招請することを鑑みれば、至極妥当なものだと考えています。

意思決定のスピード

――法人化にともない、経営協議会、役員会、教育研究評議会など、経営マインドを軸にした意思決定機関を設けられ、学外者もボードメンバーとして迎えられています。いわゆる「大学ガバナンス」の定石ともいえる仕組みづくりですが、一般にいわれる通り「意思決定のスピード」はアップしたのでしょうか?
宮田) 従来より多少は速くなったでしょう。しかし、意思決定はスピードさえ速ければいいというものではありませんから……。

例えば、今日私が何かを思いつき、サッと決断してしまうことが、大学にとって本当にいいことなのかどうかは疑問が残ります。

法律上は、教授会の賛成を得られなくても物事を進めることは可能ですが、それでは大学が空中分解してしまいます。スピード至上主義のガバナンス論には、どうも私は首肯できません。

とはいえ、私がこんなふうですから(笑)、教職員の皆さんも、競争下における危機感が多少は強くなっているようです。経営論的にアイデアル(理想的)な状態に対して、現状のリアルでどうかといえば、まだまだギャップはあると思いますが、少しずついい方向に進んでいると考えています。

モア・センス

――国立大学法人は六年の中期目標・計画に従い、国立大学法人評価委員会から経営および教育研究実績の総合的評価を受け、その評価の結果が予算配分に反映されます。これらを踏まえ、改めて東京農工大学のビジョンをお聞かせください。
宮田) これからは年度計画を作成し、その達成度について自己点検・評価を行い、業務実績の評価を受けながら、6年間の取組みで成果を出すことが課題となります。

交付金の1%ずつの削減も決まっていますから、産官学連携や特許戦略を含めた外部資金調達の方法も考えなければいけない。本学の場合、産官学連携や特許件数にはかなりの実績があるとはいえ、安穏とはできないわけです。

東京農工大学では基本理念を「従来の農学と工学の2つの科学技術系領域を基本とし、産業技術とそれに関連する諸分野を対象とした教育・研究を推進し、それを通じて、人類の生存・繁栄と美しい地球の持続を実現する」とし、この理念を「使命志向型教育研究―美しい地球持続のための全学的努力として―(MORE SENSE=Mission Oriented Research and Education giving Synergy in Endeavors toward a Sustainable Earth)」と称しています。

具体的には例えば、エネルギーや材料、食糧などを自分たちの手で持続的に得ることができるような技術開発をぜひやってゆこうと。それが可能になれば、資源の争奪戦がなくなるわけで、大きくいえば世界平和にも貢献できるわけですから。

私は本学において、科学技術系大学院を機軸としてさらなる高度化を図り、個性豊かなオンリーワン大学を創り上げてゆきたいと考えています。

そのための行動指針として、

①変化を恐れずに革新し、創造に挑戦すること
②環境変化に鋭敏であり、俊敏に行動すること
③常に学生の立場で考え、連帯感と思いやりを持ち、謙虚な心を絶やさないこと
④研究・教育・企画立案に対してプロフェッショナルとしての自覚と誇り、情熱を持つこと
⑤いかなることにも倫理観を持って行動すること

の5点を、全学的にアナウンスしました。

国立大学法人化はチャンスです。社会が大学に対して何を求めているかを常に考え、情報を収集し、次にそれを解析し、新生東京農工大学の発展につながる教育研究活動の活性化に邁進するとともに、競争的環境の中で、本学の存在をさらに高めてゆきたいと考えています。

宮田 清藏 Miyata Seizo

1941年、東京都生まれ。64年、東京教育大学理学部化学科卒業。69年、東京工業大学大学院理工学研究科化学工学専攻博士課程修了。69年、東京農工大学講師、70年、助教授、86年、教授。のち同大大学院生物システム応用科学研究科長を経て、2001年、学長に就任。この間、1982年、カリフォルニア工科大学客員教授、84年、ベル研究所客員研究員。2004年、フランス政府教育功労賞オフィシエ受勲。著書に『高分子材料の化学』(丸善)、『インテリジェント・マテリアル』(日刊工業新聞社)などがある。専門は有機光・電子材料。

競争時代を勝ち抜く大学・成長の条件 (株式会社ダイヤモンド社 松室哲生)

競争時代を勝ち抜く大学・成長の条件

株式会社ダイヤモンド社 元代表取締役専務 松室哲生
聞き手◆ナジック総合研究所副所長 藤井一成

『週刊ダイヤモンド』の特集「役に立つ大学」が好評である。これは他誌の大学ランキングとは違い、「企業の視点」から見た大学像を如実に反映するデータとして独自のものであり、社会的信憑性が高く説得力もある。
「大学全入時代」到来の二年前倒しが公表され、大学存亡の危機はまさに「いま、ここ」に迫っている。そんな中にあって、超・過当競争市場で生き残る大学=「ハズレない大学」の条件を、ダイヤモンド社の松室哲生氏に聞いた。松室氏は「役に立つ大学」を企画、制作した張本人。現在は編集の一線を退いているが、大学改革の動向には引き続き注目している。

氏は「スーパーか、ニッチか」「異分子の活用」「消費者志向」などをキーワードに、専門学校の台頭や株式会社大学参入などのトピックスも交え、大学成長の条件を熱く語ってくださった。

「失われた10年」と大学改革

――「役に立つ大学」の発想はどこから?
松室氏(以下敬称略)) これは1992年にスタートしたのですが、当時『週刊ダイヤモンド』は大きな転換を行っている途上であり、インパクトのある特集が必要でした。

そうした中で、一つの試みとして「大学を評価してみよう」と。大学は実社会に人材を供給する役割があるわけで、その観点からもランキングは必要だというわけです。

欧米の経済誌では既に大学評価が存在しており、そのベースとなっていたのは、大学が公開した情報です。ところが、わが国の大学は情報を全く公開していなかった。評価しようにもネタがないし、取材も断られる……。だったら多少乱暴だけど企業の側からやってみようということです。

――企業は大学・学生に何を求めているのでしょうか?
松室) 「失われた10年」以降、企業だけでなくわが国社会全体が「なぜ失われ」「どう取り戻すか」を問い続けています。それが構造改革の本質です。そうした社会構造の変化に加え、少子化も大学にとっては大きなトピックのはず。

そうすると、市場(=人材を求めている側の企業)が変化してきているわけだから、送り出す側、つまり大学も変わらざるを得ないわけです。逆にいえば、そうした変化に無頓着な大学に対し、企業は興味を示さないでしょう。

また、求める人材も変わっています。従来の「物事を言われた通りに遂行する能力」ではなく、「新しい価値を創造する能力」が重要視されるようになってきています。

埋まらないギャップ

――しかし、「変化への対応」であれば、各大学はそれなりに動いているように思えるのですが。
松室) そうでしょうか? 『週刊ダイヤモンド』ではグループ会社が調査した「就職人気ランキング」も掲載していますが、これと経営者が評価する「企業イメージランキング」を比較すると面白いことが分かってくる。たとえば、これは1985年、95年、そして2002年で集計したものです。

――このギャップというか、学生側の隔世の感は如何ともし難いものを感じます。彼らは何を見ているのでしょうか……。
松室) 何も見てないんでしょう(笑)。企業人から見れば、学生の企業評価は信じられない。未だに財閥志向で安定性重視。規制庇護神話といえるかもしれない。

学生の見方とは、要するに大学の見方であって、「大学改革」の看板だけ掲げたって、こんなふうに意外なところにボロが出る。大学の教職員、関係者は社会のこと、産業界のことが全く分かっていない。残念ですがこれが実態だと思うんです。

スーパー、ニッチ あるいは……

――今、大学には何が必要なのでしょうか?
松室) ドラスティックな構造改革――これは当たり前であって、それだけではダメ。環境に適応するのは当然で、その後、自発的に自校の特徴をどう開発してゆくか。ここが生き残る大学=「ハズレない大学」のポイントです。

企業で進んでいる構造改革の結果、企業間に差がついてきた。ナンバーワン、ナンバーツーしか生き残れずに、あとはニッチとかブティックといった専門領域に特化して棲み分けることしか、生き残る方法はないということです。

これは、大学も同じで、スーパーかニッチか。そのどちらにも属さない、あるいは属することができない大学は、間違いなく淘汰されます。

例えば、東大、早稲田、慶應、法政、立命館などが「スーパーな大学」を志向していることに異論はないだろうし、日本文化大学なら警察官、大東文化ならスポーツなど、スーパーでなくとも何らかの特徴=貌がイメージできるでしょう。逆にいえば、いつまで経っても「何の印象もないまま」のところは危ない。

もう一つ、何らかの形で評価を得ている大学に共通しているのは、「事務方がしっかりしていること」。

「教授会自治」の美名のもと旧態依然とした組織を維持することは、ドラスティックな改革と矛盾するわけで、事務方、つまり組織能力(ケイパビリティー)を強化してゆくことも「ハズレない大学」の要件なのです。

異分子を活用する

――スーパーかニッチかの再構成が進むマーケットに、専門学校という新たな競合が台頭しています。
松室) 専門学校は大学に比べれば身軽です。組織もカリキュラムも変えやすいし、教職員も非常に熱心。予算の補助は全くありませんが……。

しかし、そうした統制、庇護がないがゆえに彼らは大学関係者が考える以上に真剣で、真剣だから学生が集まっている。

大学全入にもかかわらず、専門学校への進学者が増えているのは、その証左にほかならないでしょう。LECやデジタルハリウッドなどのいわゆる株式会社大学の参入も歓迎すべきことです。

異分子の活用――これも生き残りのポイントだと考えています。マーケットに専門学校や株式会社大学という異分子が入り活性化する。大学には外部から経営や財務のプロフェッショナルを招聘し、旧弊を打破する。これも異分子の活用です。

――先ほどの経営者が選んだ企業を見ると、「その企業自体が異分子であり続ける気概」みたいなものが漲っているところが多いですよね。

ハーバード大学は「ココ」です

――今の大学界を見ていると、学生=消費者という意識が、まだまだ薄いという気がしますが。
松室) 消費者志向について、野口悠紀雄さんに以前面白いことを聞きました。

ハーバード大学のホームページのFAQのトップには何が掲載されていると思いますか? 「ハーバード大学はどこにありますか」だということで、嘘だろうと思ってアクセスすると本当にそう書いてある。

大きな北アメリカ大陸の地図に「ココ」って(笑)。

――わが国の大学では考えられないことです。
松室) しかし、消費者志向とはそういうことだろうと。わが国の大学なら、そんな質問は端からバカにして掲載しないはず。概要と住所が書いてあって、アクセスマップを見れば分かるだろうというわけです。

しかし、大きな地図に「われわれの大学はココ」と書けるか書けないか。「ハズレない」大学の条件は、この辺りの認識にも関わってくるのではないでしょうか。

いささか誇張にすぎる部分もあるかもしれませんが、このエピソードは、些細なようで実は、大学にとって本質的な問題ではないかと思うのです。

松室 哲生 Matsumuro Tetsuo

1951年、兵庫県生まれ。76年、株式会社ダイヤモンド社入社。『月刊中小企業』『BOX』編集部等に在籍。84年、情報局システム開発編集部副編集長。91年、経営企画室副部長。同年、『週刊ダイヤモンド』副編集長を経て、95年、同編集長。その後、雑誌局長、取締役雑誌局長を経て、2001年、代表取締役専務。04年、取締役。同年11月、取締役を退任。学校法人自由学園評議員。NPO法人日本ファイナンシャルプランナーズ協会評議員。ビジネスプロセス革新協議会常務理事。

新キャンパスからの飛躍~アジアの中の九州大学~ (国立大学法人九州大学 副学長・理事 有川節夫)

新キャンパスからの飛躍~アジアの中の九州大学~

国立大学法人九州大学 副学長・理事 有川節夫
聞き手◆株式会社学生情報センター社長 北澤俊和

本誌巻頭インタビューで九州大学総長・梶山千里氏に話を伺ったのは第六号(2002年5月発行)でのこと。梶山氏が、法人化を見据えた「強い九州大学」のあり方や新キャンパス構想、アジアにおける位置付けなど、九州の最高学府としての課題と将来像を、大胆に提示されたことは記憶に新しい。

あれから二年――。全入時代の到来が二年早まり、九州大学も国立大学法人に移行した。新キャンパスの移転スケジュールが正式に決まり、いよいよ具体的になる中、今回は、その実質的な最高責任者である有川節夫副学長に登場願った。

有川氏は情報科学者らしい緻密なロジックで、新キャンパス計画の進捗から資金調達の方法、PFI(民間資本や経営ノウハウを導入し、民間主体で効率化を図る手法)の活用まで、国立大学法人としての、新しい九州大学の可能性を語ってくださった。

ワーストケースを想定

――「新キャンパス・マスタープラン2001」で当初10年と計画されていた移転スケジュールが、最長で15年とするスケジュールに変更されました。その背景は?

有川副学長(以下敬称略)) マスタープランの中で示した移転スケジュールでは、どういう塊を、どんな順序で移転するかなど、アウトラインを固めることが主眼であり、どれくらい時間がかかるかという部分は、概ね10年だろうと予想していたわけです。

財政状況その他の事情で延長はあり得るということも書いています、言い訳ではないんですが(笑)。

今回の新しいスケジュールは、財政面はもちろん、造成等の技術的な要素も考慮して、より具体的な形に見直したものです。2005年度の概算要求について文部科学省と協議する中で、合理的、効率的かつ具体的なスケジュールを詰め、2004年9月に学内の委員会に報告し、役員会で決定しました。

ただし、2019年度までというのはあくまでもワーストケースでして、進行が早くなる可能性はいくらでもあります。

――技術的な課題というのは?
有川) 遺跡の取扱いです。これはとても大事なことで、先だっても「大宝元年」と記された木簡が出ました。大宝律令時代の木簡が福岡で見つかるというのは、大きな意味があるようです。

そこで、北部の谷部を現状保存することにしたのです。一方でそれを補うため、丘陵部を削平し残土を搬出するのですが、これが少なく見積もっても5年以上はかかりそうです。

そういったことで、予想外の、非常に現実的な課題に直面しているわけで、先の財政面、つまり予算がどの程度つくかという部分と、おもに土地造成における技術的な現状を勘案して、15年という結論を導いたのです。造成ができれば後は建物ですから、その段階になれば予定通りに進むものと考えます。

新キャンパスは「楽しい」

――梶山総長にもお聞きしたのですが、副学長が考えられる新キャンパスの意義を改めてお聞かせください。
有川) キャンパスが新しくなる――これは学生にとって非常に楽しいことだろうと思います。楽しいというのは、何かが新しく動くことによるその瞬間に遭遇できる楽しさのことです。

高度経済成長期以降のわが国は、安定から成熟へと向かっており、「新しいムーヴメント」というものを感じにくい時代にさしかかっていると思います。

学生たちは、新キャンパスでさまざまなことに直接関わりながら、自分の目で見て、肌で感じることができる。これは大きなチャンスだと思います。

さらに、新キャンパスを核に学術研究都市を構築していくわけですが、産官学連携や地域との共生、こういった事業に参画できることを嬉しいと思えるかどうか、ここも大きなポイントです。
ゴタゴタするのは御免とばかり、小市民的なところで満足してしまうのではなく、課題をどんどんクリアして成果を残す。自身の研究領域を探究しつつ、問題解決能力が身につくのであれば、こんなに楽しいことはないと思うのですが、いかがでしょうか。

――「天神や中洲(福岡市の繁華街)から遠くなる」といった冗談も聞こえてきそうですが。
有川) 確かに(笑)。しかし、本当の意味での「学問」を修めようとするならば、ストイックさが不可欠です。そうであれば、いわば非日常的な部分をキャンパス自体が作り出し、そこで一定期間を過ごして集中するということも非常に重要なことだと思います。

競争的な資金調達

――新キャンパスの福利厚生施設はPFI方式で事業化されますが、どのような課題がありますか?
有川) 第1期開校分の学生宿舎、250戸をPFIで建てます。同じ場所では、方式は未定ですが最終的にはその4倍、1,000戸を考えています。

しかし、これは分かりやすくいえば、国が借金するPFIで、宿舎費は1戸ひと月当たり4000~5000円になりそうです。もちろん安いに越したことはないのですが、これが普通だと考えてしまうと、著しく社会常識に欠けた卒業生が多く出はしないかと懸念しています。

やはり国ではなく、国立大学法人自らが負担するPFIがあってしかるべきではないでしょうか? 土地はこちらで用意しますから、月に40,000~50,000円で部屋を提供できるよう、建設とオペレーションをお願いします。

こんな発想があってもいいと思うのです。建物をつくり現実的な宿舎費が徴収できるのなら、手を挙げてくださる民間企業はいくらでもいらっしゃるはずです。

国立大学法人に移行して日が浅く、いきなりすべてを認めるわけにはいかないというのはよく理解できますので、今後さらに具体的な問題が出て、さまざまな提案がなされ、解決を図ることで、何らかの進展があるのでは、と期待しているところです。

――梶山総長には以前、休暇中に学生宿舎をホテルとして利用するというプランを紹介していただきましたが。
有川) 私も賛成です。大学は特に夏期のような長期休暇になると、多くの建物が、文字通り遊休施設に成り下がってしまいます。この厳しい時代に、これほどもったいない話はないのですから、少なくとも有効利用できる方法はないかと考える。そのためにわれわれに何ができるのかという発想が根本にあるわけです。

ホテル=金儲けということで印象が悪いかもしれませんが、例えば、学生以外の方々の教育、あるいは研修の場として活用できるはずです。宿泊施設を整備し、1週間なら一1間集中し、ある一定の最新技術なり知識なりを習得していただくという、いってみれば一つのビジネスモデルを確立せねばならないと思います。

――中期計画の実績と評価に基づいた予算が分配される国立大学法人ですが、資金面で安閑としてはいられない状況に、国公私の区別はありません。資金調達面で具体的なプランはありますか?
有川) 先のホテル構想もその一つですが、特に旧帝大や工科系大学であれば特許収入や産学連携での委託金収入などが原則的なところでしょうか。もう少し一般的なところでは、収益の上がる病院経営の実践や語学などの研修体系を整備するなども挙げられるでしょう。

要するに、資金の中でも競争的なものも含めて外部資金をどれだけ調達できるかがポイントだと思います。

――TOTOと共同で人材育成コースを開設されていますね。
有川) 大学の社会貢献の一環として、本学では産学連携を積極的に推進していますが、文系では初の試みとして、人材育成を目的としたビジネス・カレッジ事業をTOTOより受託しました。同社内で十年以上の職務経験を持つ中堅社員から若手管理職を対象とし、新たな価値を創造し伝達できる人材の育成を図っており、産学連携の新たなスタイルとして定着させたいと考えています。

AUの中心的存在として

――新しい取組みがいよいよ本格化し、これからの展開が楽しみです。
有川) 今後、世界におけるアジアの位置づけがさらに変化するはずです。アメリカに拮抗する形でEUが巨大化し、世界に対する相応の影響力も兼ね備えています。

アジアでもそうした共同体、AUとでも呼ぶものが発展的に形成されるのではないでしょうか。

アジア諸国を俯瞰してみても、現在のところわが国には、ほとんどの分野でまだアドバンテージがあるように思います。

アジアの中心は、やはりわが国であるべきなのです。

アジア学長会議が本学のイニシアティブで開催されていることはご承知の通りですが、他にも近年では拠点大学方式(core university program)の日本側の代表として韓国の忠南大学とともに拠点を形成し、日韓での「次世代インターネット」の研究を推進しています。

このように、アジアにおける関係性において本学は固有の実績を持ち、有利な立場にあります。こうした「強み」を強力に打ち出し、九州大学の進化のスピードを、さらに加速させたいと考えています。

有川 節夫 Arikawa Setsuo

1941年、鹿児島県生まれ。京都大学助手、九州大学助教授を経て教授。後に附属図書館長。2002年、副学長に就任。著著に『述語論理と論理プログラミング』(オーム社)、『オートマトンと計算可能性』(培風社)、訳書に『知識の帰納的推論』(共立出版)、『形式言語の理論』(丸善)、『再帰的思考法』(オーム社)などがある。専門は情報科学、特に発見科学、計算学習理論、情報検索。

拝啓大学殿~龍谷大学編~ (入試部長・法学部教授 窪田通雄)

拝啓大学殿~龍谷大学編~

往信

●学習指導要領改訂に伴う入学試験についての対応を、ホームページ等で積極的に公表されており、高等学校としては心強い限りです。さて、新課程対応の入試では、判断基準など従来と違うところはあるのでしょうか? ひと言でいえば試験問題は易しくなるのでしょうか?

●ひと昔前であれば精魂込めて願書に記入し、手を合わせながら投函するというようなことが、生徒たちにとってはある種儀式化しており、それはそれでいいものでした。近年はインターネット出願が普及しており、貴大学も実施されていますが、これまでに目立ったトラブルはなかったのでしょうか。またインターネット出願の比率は増えているのでしょうか?

●四年制大学の競争が激しくなる一方、専門学校への進学者も増えています。短期大学の存在意義をどのように考えておられますか? また、福祉専攻の四年制学部化は考えておられるのでしょうか?

●キャリア開発部を組織されていますが、たとえば高等学校へ出向いていただき、職業観開発講座のようなものを設けていただくことはできるのでしょうか?
●公募推薦入試ではどのような人材を求めておられるのでしょうか?

●龍谷大学の特色として「人間・科学・宗教」をキーワードとされていますが、近年の若者の倫理観、モラルの希薄さなどに対して、どのような教育に取り組まれていますか?

(滋賀県、京都府、大阪府、香川県の高等学校アンケートから作成)


龍谷大学 入試部長・法学部教授 窪田通雄
入試と教学両面の改革で、学力問題に対応します

「ゆとり教育」を標榜した新学習指導要領のもとで育った世代が、2006年に大学を受験することになるわけですが、本学の入試をどう改革していくかについて、学内では議論を継続しています。現在、試験問題の難易度という意味においては、基本的に従来通りのレベルを維持してゆく方針となっています。

というのも、各高校の教育の取組み方がさまざまで、受験生の学力レベルが多様化しているため、ターゲットを想定した入試問題の難易度設定は、非常に困難であると考えているからです。

例えば、中学校で三割削減された学習内容を、補修授業で取り戻せるように取り組んでいる高校もあれば、現実的にそこまでの対応が難しい高校もあるでしょう。

また、学習指導要領そのものも、最低ラインが決められた後で訂正された経緯があるうえ、学校によって使用している教科書もまちまちで、受験生たちが学習してきた内容に格差が生じています。この状況で、試験の難易度を変更すると、混乱を招く恐れがあると考えられます。

さらに、大学としては、新学習指導要領の問題だけでなく、広い意味での学力低下問題にも取り組む必要があります。学力の低下とは、言い換えれば、受験に必要な学力と、入学後、大学の授業を理解するために必要な学力が乖離しつつある、という問題でもあります。

大学教育においては、その差を埋めるための「リメディアル教育」への取組みが、重要性を増しているのです。もちろん入試問題の内容をさらに吟味することも大切ですが、もっと重要なのは、多様な学生を受け入れ、すべての学生に高い付加価値を与えて送り出すための、「教学改革」を推進することであると考えます。

多様な学生に対応するための、本学独自の教育システムの一例としては、「学部共通コース」が挙げられます。

法学部、経営学部、経済学部において、通常の学部内の専攻コース以外に、異文化共生をテーマとする国際関係コースと英語コミュニケーションコース、人間環境共生をテーマとするスポーツサイエンスコースと環境サイエンスコース、という四つの共通コースを用意しています。つまり、さまざまな学生が伸び伸びと学べるように、幅広い選択肢を用意しているというわけです。

入試と教学両面の改革で、学力問題に対応します

公募推薦入試においては、文系の学部であれば、英語と国語の試験(いずれも100点満点)、および高校の学習成績の平均評定値を10倍した値(50点満点)を合計した点数で合否を決めています。

つまり、高校の三年間、日頃からどれだけ真面目に勉強していたか、という要素を大きく加味していることになります。

近年、高等学校における評定値は、相対評価から絶対評価に変化しつつあり、平均評定値を評価すること自体の難しさもあります。しかし、いずれにせよ、公募推薦入試に関しては、受験科目だけでなく、クラブ等も含めて、高校の授業でしっかりと学んできた生徒たちに受験していただきたいと考えています。

インターネット出願の利用に関しては、現時点で、全志願者数のうち1.4%程度となっており、比率としては高くありませんが、今後は当然増加していくものと予想されます。システム的にはきちんと整備されているため、これまでにトラブルが発生したことはありません。

将来インターネットによる出願数が増加しても、技術的な問題や手続きの不備が発生しないように、しっかりと取り組んでいくつもりです。

社会福祉に特化し、短期大学部のメリットを追求します

短期大学部を4年制に移行するかどうかについては、これまでさまざまな角度から議論を重ねてきましたが、現在は、2年制の特色を活かす方向でカリキュラム改革を進めています。

以前は2教科ありましたが、そのうち仏教学科を廃止し、ニーズの多い社会福祉科のみにしましたので、そのぶん特化した態勢で、充実したカリキュラムを構築しています。そのため、確かな実力を備えた人材を輩出しており、各方面から高く評価されています。

短期大学部の特徴としては、まず、多様な資格・免許を取得できる点が挙げられます。具体的には、社会福祉士国家試験受験基礎資格、保育士、初級スポーツ指導員、レクリエーション・インストラクター、中学校教諭二種免許状(社会)、社会福祉主事(任用資格)などが取得可能です。さらに、専攻科に進学して所定の単位を取れば、国家試験免除で介護福祉士の資格を取得できます。

もちろん、授業の内容そのものも非常に充実しています。例えば、ボランティアを活用した実習授業は、文部科学省による2003年度「特色ある大学教育支援プログラム」に採択され、優れた教育効果や実績が認められました。この他、本学および他の4年制大学への編入学も可能であり、短期大学部の学生は、就職、編入、専攻科への進学など、さまざまな進路を選択することが可能となっています。

高齢社会を迎え、医療や福祉に従事する人材が求められている状況下、本学の短期大学部は、大きな社会的使命を担っていると考えています。2年という短期間で、即戦力となれる人材を育成できる意味でも、むしろ積極的に短期大学の特色を打ち出していきたいと思います。

職業観だけでなく、人間教育に力を注いでいます

本学のキャリア開発部は、従来の就職部が発展してできた組織です。学生が、将来自分はどのような仕事を通じて社会に貢献するのかという目標を設定して、持てる能力を存分に開発・発揮できるように、その支援体制を整備しました。

高校からの要請に応えて、職業観開発講座等にスタッフを派遣することは可能だと思いますが、その際には講座の目的や位置づけ等をご指示いただいてご相談することになると思います。

職業観に関する教育については、高校同様、大学においても大きな課題となっています。近年は、高等学校でも、企業人を招いて職業に関する講義を開催するなど、さまざまな取組みがなされているようですが、これからは就職面の教育でも、高校と大学の連携態勢をつくっていく必要があるように思います。

その一方で、大学で教鞭を執っている立場としては、就職に直結する課題に取り組むと同時に、人間としての生き方や、夢を持ち、夢に向かって頑張ることの大切さを教えていくことも重要だと思っています。

私自身は、学生や保護者の方々に対して、「大学に入るということは、社会に出るのを四年間猶予されるということです。

ですから、専門的知識や高い一般教養を身につけて、よりいっそう社会に貢献できる人間に育たなくてはいけません。学生諸君はそのために勉強をしているのです」といった話を、機会あるごとにさせていただいています。

人間教育という意味で、本学は西本願寺を母体とする仏教系の大学であり、浄土真宗の宗祖である親鸞聖人の教えが、建学の精神に反映されています。仏教の精神は他者への思いやりを持つことです。

現在の社会を見れば非常に大切な精神です。その心を持った学生を育てる教育(教科や行事など)活動を重視しています。

異なる宗教や文化との共在は現代的テーマであり、本学は「共生を目指すグローカル大学」をスローガンにして、教育・研究に取り組んでいます。

夢に向かって努力する生徒を育てたい (学校法人郁文館学園 理事長 渡邊 美樹)

夢に向かって努力する生徒を育てたい

教育界に必要なのは健全な競争原理である

夢を持たない若者、フリーターやニートが増加し、日本の将来を懸念する声が高まっている。今、若き経営者が、教育が抱える問題にメスを入れ、新しい風を吹き込もうとしている。

学校法人郁文館学園 理事長
ワタミフードサービス株式会社 代表取締役 渡邊 美樹

偏差値教育が生んだ歪み

特定非営利活動法人スクール・エイド・ジャパンの理事長を務める私は、同法人によって設立されたカンボジアの学校を毎年視察している。行くたびに、現地の子供たちの「夢の強さ」を思い知らされ、教育の意義について考えさせられることしきりである。

例えば彼らに、「何のために勉強するのか?」と尋ねてみると、「学校の先生になりたいから」「医者になりたいから」「弁護士になりたいから」といった明確な答えが即座に返ってくる。医者を目指すという少年に、「なぜ医者になりたいのか?」と聞いたとき、「自分の村には医者がいなくて、2歳の妹が死んでしまった。だから僕は医者になるんだ」と話してくれて、心を打たれたものだった。

同じ質問をわが国の子供たちに投げかけると、たいていは「いい成績を取るため」「いい学校に入学するため」といった答えしか返ってこない。そこには、自分がどう生きたいのか、人生において何を成し遂げていきたいのか、という中身がないのである。

さらに「ではなぜ国語や算数を勉強するのか?」と尋ねると、ほとんど誰も答えられなくなってしまう。カンボジアという貧しい国で育っている子供たちが、勉強に意義を見出し、夢に向かって一所懸命頑張っているというのに、豊かな日本の子供は、いったいどうしてしまったのだろうか……。

こうなった要因は、他人よりもいい点数を取ることに価値をおいた、戦後の日本の「偏差値教育」にある。教師も親たちも、「学歴」や「偏差値」という比較論に基づく価値観に支配されてしまい、夢を持って努力し、人として人間性を高めていくことの大切さを忘れてしまっているのだ。

また、就職活動をしている学生のうち、「人気の高さで企業を選んでいる人」が93%、「こんな仕事をしたいと思わないで就職活動をしている人」が83%もいるという調査結果がある。

つまり、ほとんどの学生が、好きなことを仕事にしようとせず、企業の人気ランキングという相対的な価値観で職場を選んでいることになる。そのような動機で就職した者が、強い情熱を持って仕事に向かう可能性はきわめて低く、ゆくゆくは日本経済そのものがパワーを失っていくことが懸念される。

このような学生、子供たちばかりになってしまったら、いったい日本はどうなってしまうのか――そんな危機感から、私は教育事業に取り組んでいるのである。

理想の教育への挑戦

私は、学生の頃から教育に強い関心を抱き、施設の子供たちを集めてイベントを開くなどの活動を行っていた。24歳で飲食関連の会社をつくったときには、一店舗つくったら塾を一軒開いて、さらに一店舗出したら塾をつくり、やがては塾を大きくして学校を設立したい、という夢を日記に綴っていたが、現実のビジネスは非常に厳しく、すぐには教育事業に進出できなかった。

その後、1999年に北海道で「自然学校」を始めたのを契機に、本格的に教育事業に取り組むようになり、2003年春、中学・高校・国際高校を擁する郁文館学園の理事長に就任。ようやく夢の実現に向けて第一歩を踏み出すことができた。

私の教育事業は、言葉は悪いが、マイナスからのスタートだった。当初、郁文館学園は30億円の負債を抱えており、1700名いる全校生徒のうち、毎日約600名が当たり前のように遅刻。校舎のガラスは割れ、教室はゴミ箱のように汚れている状態だったのだ。

そこで私は、教員たちに対して、「教師とは聖職であり、生徒のために死ねる人間であるべきだ」という話をして、まず教師の意識改革から始めた。私の改革に反発して、20名以上の教師が辞めていったが、理想の学校をつくるためには、やむをえないことだったと考えている。

さらに、生徒に対しては、「笑顔で元気よく挨拶のできる礼儀正しい人となれ」「約束を守り、嘘をつかぬ誠実な人となれ」といった「郁文十訓」を掲げて指導したところ、素直な子供たちは瞬く間に成長し、ほどなく遅刻者はゼロになった。

郁文館学園の教育目標は、生徒たちの「夢」指数=DQ(Dream Quotient)を高めていくことである。

「夢」指数とは、夢や希望を絵空事に終わらせず、実現に向けて具体的な課題をクリアしていく能力と考えている。「夢」指数は、心の広さの指数であるEQ(Emotional Quotient)、自分自身を正しく自覚する指数であるSQ(Spiritual Quotient)、知識を力にする指数であるIQ(Intelligence Quotient)の3つを総合したものと位置づけており、本学園では、これら3つのQを高める教育を推進しているのである。

プログラムの一例としては、年に1回、長野県の研修センターで行っている「夢合宿」が挙げられる。9泊10日の合宿中、「自分の夢とは何か」「将来何をやりたいのか」といったテーマについて、徹底的に考えさせている。

そして、夢をかなえるために、学校で実際に何をすればいいのかを「夢達成シート」にまとめさせる。これにより、自分が設定した目標に向かって努力するきっかけをつくることができるというわけである。

夢があれば、周囲から押しつけられなくても、本人の意思で必要な勉強をするようになり、学力は自然に上がってくるものである。夢を実現するうえで、大学に進学する必要があれば、そこで初めて受験勉強のことを真剣に考えればよいのであり、夢があればこそ、子供たちは底力を発揮するようになる。もちろん、大学に行く必要がない夢なら、受験勉強ではなく、夢と直結した勉強をすればいい。

それを自分で考えることが、何よりも大切なのだ。

生徒たちだけでなく、保護者の方々に対しても、「子供に必要なのは夢であり、偏差値ではない」という話をしている。教育とは、保護者と学校の両方で取り組まねばならないものであり、そのためには、教師と保護者の意識改革が不可欠なのである。

よい学校だけが生き残る環境づくり

企業経営者という立場から見ると、学校という組織は大きな問題を抱えている。民間企業では、一人ひとりの社員が努力して実績を残さなければ、給料は上がらない。それどころか、必要ない社員は肩を叩かれるのが当たり前である。ところが、教育界では、旧態依然とした年功序列の考え方が残っていて、しかも、努力しなくても解雇されることがない。


つまり、教師になった瞬間に、努力するしないにかかわらず、定年までの自分の将来が見えてしまうのである。これでは、よほど教育に情熱を持っている人でなければ、努力する意欲が湧かない構造、環境になっているといわざるを得ない。

この問題を解決するには、中学、高校、大学を含めて、生徒に対してよい教育をしようと努力しない学校を、閉鎖に追い込む仕組みをつくるしかないと考えている。ニーズに応えられない企業が倒産するのと同じで、どんな学校であろうと、よい教育のために努力しない学校が存在する意味はない。

具体的には、生徒に教育バウチャーを交付し、集まったバウチャーに応じて補助金が与えられるバウチャー制度しか、今の日本の教育を改革する方法はないであろう。これにより、完全な競争原理が働き、よい学校だけが生き残れる「健全な環境」が形成されると考えられる。

郁文館学園の改革は、未だ道半ば。しかし、私の、そして子供たちの夢を叶える準備は整った。さあ、学校をはじめよう――郁文館学園から日本の教育を変えてゆけるよう、全力を尽くしてゆく覚悟である。

渡邊 美樹 Watanabe Miki

1959年、神奈川県生まれ。明治大学商学部を卒業後、宅配便の仕事をして独立資金を貯め、84年に有限会社渡美商事を設立する。その後、ワタミフードサービス株式会社に社名を変更し、96年に店頭公開して、さらに2000年3月に東証一部上場を果たす。同年に学校法人郁文館学園の理事長に就任。04年から医療法人幸会喜多病院の副理事長、日本経団連理事も務めている。著書に『社長が贈りつづけた社員への手紙』(中経出版)、『思いをカタチに変えよ!』(PHP研究所)、『さあ、学校をはじめよう』(ビジネス社)などがある。

変わる6・3・3教育 (ナジック総合研究所)

変わる6・3・3教育

6・3・3から6・6へ。あるいは4・4・4なのか12なのか――。
義務教育の弾力化にともなって、12年という枠内での境界線の位置が変わってきた。注目を集める中高一貫教育の是非と展望についてレポートする。
文責:ナジック総合研究所

中高一貫教育とは

1997年6月の中央教育審議会第二次答申「21世紀を展望した我が国の教育の在り方について」(以下、2次答申)において、中高一貫教育の選択的導入が提言された。翌98年には「学校教育法等の一部を改正する法律」が成立、99年4月1日から中高一貫教育校の設置が可能となった。

2004年度には全国で152校が開設しており、2005年度にはさらに33校増えて185校となる見通しである。
中高一貫教育とは、中学校の課程を前期中等教育、高等学校の課程を後期中等教育と位置づけ、6年間の一貫した教育課程を構築して重複や無駄を省き、ゆとりを生み出すことで質的向上を図ろうとする教育システムであり、それを行っているのが中高一貫教育校である。

この中高一貫教育校には大きく三つの形態がある。一つの学校で中高一貫教育を行う中等教育学校。高等学校入学者選抜を行わずに同一の設置者による中学校と高等学校を接続する併設型の中学校・高等学校。そして既存の市町村立中学校と都道府県立高等学校が、教育課程の編成や教員、生徒間交流等で緊密に連携を図ることで中高一貫教育を実施する連携型の中学校・高等学校である。

また、中高一貫教育校では、生徒一人ひとりの能力、適性を育むとの趣旨から、選択教科をより幅広く導入できるなどの教育課程の基準の特例が設けられ、さらに特別な受験エリート校化したり、受験競争の低年齢化を招くことがないよう、入学者選抜にあたっては学力検査を行わない(中等教育学校、併設型)こととされている。

学科の類型という観点で見れば、ゆっくりと自分のペースで学ぶための普通科タイプ、多様な教科・科目を設定し、その中から生徒が主体的に選択できる総合学科タイプ、明確な生徒の目的意識に応じて興味、関心を深めやすい専門学科タイプ(職業科、芸術科、外国語科等)などが設けられ、学校単位としても、地域に関する学習を重視する学校、国際化に対応する教育を重視する学校、情報化に対応する教育を重視する学校等、特色ある学校づくりが図られている。

中高一貫教育の利点と欠点

ところで、中高一貫教育にはいったいどのような利点があるのだろうか。
二次答申では、中高一貫教育の利点として、
①高等受験に妨げられずに「ゆとり」のある学校生活が送れる
②計画的・継続的な一貫した教育ができる
③生徒の個性や才能を発見、育成しやすい
④異年齢集団の中で社会性、人間性を育めること
などが挙げられている。

また、中高一貫教育推進会議の報告では、⑤生徒の希望に応じた系統的、計画的な学習によって、就職や上級学校への進学などが円滑に行える、⑥中学校段階では特色ある教育課程の編成・実施ができる、⑦高等学校段階では、総合学科や単位制の活用等により特色ある多様な教育活動が展開できる、⑧中学校と高等学校の教員の交流により学校の活性化が期待できる、⑨多様な教育活動、学校運営等の中で地域社会との連携が密になることなどが挙げられ、さらに一般の中学校、高等学校に刺激を与え、学校教育全体の活性化も期待できるとの指摘がなされている。

一方、何事にも利点があれば欠点もある。中高一貫教育校の問題、欠点とは何か。
二次答申では留意すべき点として、
①受験競争の低年齢化
②受験教育への偏向
③幅広い異年齢集団の学校運営の難しさ
④生徒集団が長期間同一メンバーで固定されることによる問題や、途中での転学のしづらさ
などが挙げられている。

この他にも、具体的に自治体において設置が議論される中で、いくつかの問題が指摘されている。例えば、⑤中高一貫教育校を開設することでさらに学校数が減り、むしろ選択の幅が狭まるのではないかということ、⑥受験がないために中だるみが起こりやすく、「ゆとり」が「ゆるみ」になりかねないこと、⑦小学校の卒業段階での進路選択がきわめて困難であることなどがある。

中高一貫教育とわが国の教育

99年9月21日に公表された文部科学省の「教育改革プログラム」には、「当面は、高等学校の通学範囲(全国で500程度)に少なくとも1校整備されることを目標に整備を促進する」と明記されている。
今後、さらに中高一貫教育校が増えることは明らかである。とすれば、考えるべきことは中高一貫教育の選択的導入をいかにわが国の教育に活かすかということであろう。このような観点から、注意すべきことを何点か取りあげたい。

「ゆとり」が生まれるとの前提のもと、中高一貫教育校には実に多くのことが要望されている。しかし、あれもこれもと要望が多くなるほどに、教育現場は混乱し、教育力が低下することは、昨今の学校教育の現場を見れば明らかである。
特に中高一貫教育では、その眼目である「ゆとり」を失わないよう、為すべきことを十分に吟味、取捨選択することが大切である。

また、中高一貫教育校の設置は、選択の幅を広げるものであって、決して従来の中学校、高等学校を否定するものではない。したがって、中高一貫教育校のみを優遇するような措置はその趣旨に反する。
たとえば、中高一貫教育校に強く求められている中学校と高等学校の教員の交流や協力関係の充実、あるいは教科の重複、無駄をはぶくという点などは、一般の小学校、中学校、高等学校においても推し進められるべきである。そうしたことが過不足なく適切に行われてこそ、真に生徒それぞれの自由な選択が可能となる。

中高一貫教育校を志望する生徒、保護者の動機は、①受験に追われずゆったりと過ごせること、②公立学校に対するいじめや学級崩壊、知育への不安、③有名私立進学校の代わりなど、実に多様である。
確かに、中高一貫教育校ではゆったりと過ごせるかもしれない。しかし、必ずしもそれが生徒のプラスになるとは限らない。有名私立大学のある教授は、エスカレーター式で入学してきた学生は、概して大らかではあっても勉学に対する意欲に欠け、自らの進路についても主体的に考え、行動する力が弱いと述べている。

また、中高一貫教育校では、受験教育に特化しないようにとされているため、受験対策の教育を期待する保護者の要望には十分に応えることができない。生徒、保護者は、こうした実情等をよく理解し、十分に納得したうえで、自己責任のもとで一般の学校か中高一貫教育校かを選択すべきである。

今後、中高一貫教育校はさらに増える。あわせて、中高にとどまらず小中高、さらには大学まで含むものなど、さまざまな教育システムの学校が生まれてくることが予想される。
たとえば品川区では、小中一貫教育を08年度から実施するとしている。八四年に設置された臨時教育審議会の議論において指摘されたとおり、実際に中高一貫教育への取組みは、義務教育のあり方や六・三・三制の学校体系の転換を迫りつつある。

さらには、トヨタ自動車・中部電力・JR東海の三社が、株式会社法人による中高一貫教育校を設置することになっている。これが成功すれば、新たな法人格の中高一貫教育校等が増えることにもなる。

中高一貫教育の導入は、わが国の教育にとって一つのターニングポイントとなるに違いない。そしてその成否は、わが国の教育の未来を大きく左右すると考えられる。教師や教育関係者に丸投げするのではなく、今こそ保護者のみならず国民一人ひとりがもっと教育に対する関心を高め、積極的に協力、支援し、これを好機としてわが国の教育のさらなる発展に力をあわせてゆくことが必要であろう。

大学進学者の住まい探しと高等学校の責務 (ナジック総合研究所)

大学進学者の住まい探しと高等学校の責務

親元を離れて勉学に励もうとする生徒たち
――住まい探しから防犯、金銭問題、ひとり暮らしのノウハウなど、高校生や保護者たちは不安でいっぱいだ。

大学進学にふさわしい学力を身につけさせる一方、人格教育にも注力することが高等学校の責務であることに変わりはない。しかし、それらに加えて、ひとり暮らしをしようとする生徒たちへの、住まいのサポート
――「安心・安全」をサポートする新たなサービスがいま、高等学校にも求められているのである。
文責:ナジック総合研究所

十八歳人口の都市部への流出

2004年度の高等学校卒業者に占める大学等進学率は45.3パーセントと0.7ポイント上昇し、過去最高となった。しかし、進学者数は562,000人で前年より12,000人減少している(2004年度学校基本調査速報による)。大学全入と少子化のダブルバインドが、端的に数字に表れているというわけだ。

近年、工場等制限法の撤廃などにより、大都市部にキャンパスを移転する大学が相次いでいるが、こうした傾向がさらに進めば、受験生の都市部への集中がさらに進むことになるだろう。

情報や知識などの文化的側面、教育・アメニティ施設の充実度などを鑑みれば、若者たちが都市部のそれらに魅了されることは無理のない話であり、地元を巣立とうとする若者の「志」を一概に否定するわけにもゆかない。

「魅力ある地元」を認識させるには、各都道府県内の大学教育を充実させるとともに、産業界においても、キラリと光る「強み」を、それぞれが持たなければならない。

若年層の都市部への集中は、教育だけの問題ではない。特に地場産業の活性化という観点に立てば事態はいっそう深刻である。各自治体の地元活性化への努力、また、教育界と産業界の戦略的連携などによって、若年層の流出と流入のバランスが取れること。そして大学卒業後に地元で就職する「Uターン」組が、今以上に増加してゆくことなどを期待したい。

巣立つ若者を取り巻く不安

さて、親元を巣立つ決心をした若者にとって、最初に直面するのが「住まいの問題」である。「都市部は賃料がとても高いのでは?」「悪徳業者などの詐欺にあったらどうしよう?」「物騒な都会で安全に暮らせるのだろうか?」など、本人だけでなく保護者にとっても、不安が募ることばかりである。

また、初めての地に赴いて不動産業者から物件の紹介を受けても、判断基準がないために不当な条件のまま入居契約をしてしまうといったケースも多数見受けられる。

もちろん、入居を検討する側が充分に下調べし、豊富な予備知識を持っておくことや、入居条件を明確にしておくこと。また、いくつかの不動産業者に出向き、複数の物件を検討することなどで、かなりのトラブルは防げるものである。

しかし、それでもなお防ぎ切れないトラブルケースがあることも事実。そうであれば、いわゆる「自己責任」だけに委ねてしまうのではなく、送り出す側=高等学校が住まいを斡旋し「安心・安全」を担保することで、若者の新生活へスタートをサポートする――こんな「サービス」も、今後の高等学校には必要になってくるのではないだろうか。

斐太高等学校の取組み

昨年11月17日、斐太高等学校(岐阜県高山市)において、株式会社学生情報センター協賛による「下宿相談会」が開かれた。同校はテレビドラマ『白線流し』の舞台となった学校であり、県下でも有数の進学率を誇っている。

しかし、同校も岐阜県内の高等学校の例に漏れず、地元を巣立ってゆく生徒が多数おり、そうした県外進学者から、住まいの斡旋を求める声が高まっていたのである。

相談会当日は多数の生徒と保護者が相談会に参加。関係者による「ひとり暮らしへの心構え」や「ノウハウ」、「安心できる物件選びのポイント」などの説明に、熱心に耳を傾けていた。
斐太高等学校関係者は「こうした試みが、ここ高山で行われるのは初めてのこと。今後も、定期的に相談会を開催し、生徒たちの巣立ちをサポートしてゆきたい」と語った。

学業とスポーツ、そして人格的な教育に励んできた高等学校。今後はその「出口」において、新生活の「安心・安全」を提供する――こうしたことも、「選ばれる学校」であるための、一つの条件となってゆくことだろう。

ボクも大学生だった - 平尾誠二

「許される失敗」を経験しろ!

近年のわが国のラグビー界において、数々の華々しい実績を残してきた平尾氏。
トッププレーヤーであると同時に、チームリーダーであり続けた同氏が、学生時代に学んだこととは…。

ラグビーをする環境を求めて大学に進学

1981年に京都の伏見工業高校ラグビー部キャプテンとして、全国大会優勝を果たした後、進路に迷った時期があった。僕は海外志向が強く、留学して外国でプレーすることを考えていたが、相談した方から、日本の大学への進学を勧められ、高校時代から時々練習試合に訪れていた同志社大学に入学した。

ラグビーが第1の目的で入ったため、正直なところ熱心に勉強したわけではない。もっといえば、授業には、卒業単位を得るために出席していたようなものだった。

当然だが、学校に通う目的は、人それぞれあっていいと思う。僕の場合は、ラガーマンとして成長していくための場として大学を選んだのだ。やることが明確な分、とことんラグビーに打ち込み、僕なりに充実した大学生活を送れたと思っている。

それでも、単位を取るために必要な勉強はしたが、いかに効率よく勉強するかを常に工夫したものだ。例えば、どうしても暗記しなければならないものは時間を省略できないから、その分、レポートの資料集めなど、情報収集の効率を上げて時間を節約する、といった具合。こうした努力(?)により、それほど苦労せずに卒業はできた。

僕にとって時間は「命」であり、時間をうまく使うことこそ成功の秘訣だと考えているが、そうした素地は、大学時代に培われたのかもしれない。

リーダーシップのあり方、チャレンジする大切さを学ぶ

同志社大学ラグビー部では、「一人ひとり自主的に考えて実行する姿勢」を学んだ。練習の内容や時間、試合中の指示など、監督の岡先生は、かなりの部分を学生の判断に任せるという指導方針を採っていたからだ。メンバー一人ひとりが自主的に考えて動くと、てんでバラバラのチームになりそうだが、実はそうではない。

各々が持ち味を発揮できる役割を与え、メンバー同士で足りない能力を補い合うことにより、チームは強くなっていく。大事なのは、リーダーとなる人間がメンバー全員の個性を許容するキャパシティーを持ち、それぞれが大きな力を発揮できるように仕向けることだ。

後にキャプテンとなった僕は、ラグビーチームという一つの組織の中で、人材をいかにマネジメントし、成果を上げていくかといった、実社会にも通ずる力を身につけられたと思っている。

僕自身、プレーに関しては、それなりの自信を持っていた。ところが一度だけ岡先生から「お前のプレーはおもろないなぁ」と苦言をいただいたことがあり、その時はプライドを傷つけられたと感じたものだった。

客観的に考えれば、キックすべき状況で的確にキックし、パスをすべき相手に正確にパスができる、という能力は評価されるものだと思う。しかし、「周囲がアッと驚くようなプレーをしないといかん。

お前のラグビーは真面目すぎるんや。ラグビーは人間がやっているもの。うまくいくことも失敗することもある。もっと挑戦しろ」と先生に言われた時、大切なことに気づいた。それまで僕は、「勝つ」ためにリスクを避けるラグビーを心がけていたのだが、勝ち負け以上に「挑戦する気持ち」を高めて、もっと大きなプレーをしていくことが重要だったのだ。

つまり、リスクを経験し、失敗から学習することによって人は成長できるということを教えていただいたのだと思う。各選手が自主的に考え、チャレンジする姿勢を身につけたことで、果たせるかな、同大ラグビー部は輝かしい戦績を残すことができたのだった。

リスクと失敗を経て人間は成長する

リスクを経験することによって、人は成長できると述べたが、ラグビーにおいては、「あの試合であの選手を使っておけば勝てたはずだ」とか、「あの場面で危険を冒してこういうプレーをしたが、結果的にはボールを奪われて逆転を許してしまった」といった状況が起こり得る。

その時は、「試合に負ける」という失敗に結びつくわけだが、一試合負けることぐらい、学生にとってはさして深刻な問題ではない、ちょっと乱暴な言い方だが。失敗の経験を通して、かえって、マネジメント能力や状況判断力を養うことにつながる。

これに対し、企業活動における失敗は会社の損失につながるため、気軽には体験できない。だからこそ、学生諸君には、さまざまなリスクにチャレンジし、若いうちに「許される失敗」を経験しておいてほしい。

初めから何もかもうまくいく人間なんていない。重要なのは失敗した時、内省し、原因をきちんと把握して次に活かすこと。若いうちから小さな成功を求めず、失敗してもいいから、果敢に挑戦すべきだと思う。

ラグビーを通して僕は、チームワークやリーダーシップ、スポーツに必要なインテリジェンスなどを学んだ。こうした経験や知識を活かし、現在、NPO法人「SCIX(シックス)」を設立して、スポーツ・コミュニティの創造など、種々の活動に取り組んでいる。今後も、チャレンジ精神を最大限発揮し、スポーツ文化の振興に取り組んでいくつもりである。

平尾誠二 Hirao Seiji

1963年、京都市生まれ。神戸製鋼ラグビー部GM(ゼネラルマネージャー)。81年、伏見工業高校3年の時、全国高等学校ラグビーフットボール大会優勝。82年、19歳4カ月で史上最年少の日本代表(当時)に選ばれる。
85年、同志社大学で史上初の全国大会選手権3連覇。86年、神戸製鋼に入社。89年以降、日本選手権大会V7達成。97年、ラグビー日本代表監督に就任。
99年、パシフィックリム選手権に優勝し、4大会連続のワールドカップ出場を達成。著書に『勝者のシステム』(講談社)、『「知」のスピードが壁を破る』『気づかせて動かす(共著)』(以上、PHP研究所)などがある。

大学改革ストラテジー これが大学の生きる道《第三回》 (アクセンチュア株式会社 榎原 洋)

大学改革ストラテジー これが大学の生きる道《第三回》

アクセンチュア株式会社
官公庁本部・戦略グループ
シニアマネジャー 榎原 洋

戦略を決めた。ガバナンスも整備した。次は組織能力(ケイパビリティー)の強化である。
いらないモノはサッサと捨てて、コア機能に重点投入――単なる外注スキームではなく、戦略的アウトソーシングを駆使しなければ、組織はダブつく一方だ。

ネコの手を借りる

「忙しいかって? 決まってらい。こちとら、ネコの手も借りてぇくらいだよ、全く」
古今亭志ん生あたりの小咄ではなくて、あくまで大学のお話なのだが、まずはイントロとして企業経営論から確認しよう。

従来のわが国の企業経営は垂直統合型、自前主義が主流で、終身雇用を前提として人材、資源を内部化し、各部門のプロフェッショナルを育成することにより差別化を図ってきた。

企業行動の中には業種や業態に応じた独自の方法が存在することも否定しないが、一方で国際会計基準を筆頭に、これほどまでにグローバル・スタンダードが進展する昨今にあって、「実は汎用化できる部分が多いのではないか?」と考えてみる必要は大いにあるだろう。

民間企業は現在、「定型化・共通化」と、「高度な専門性」が必要なのであり、その習熟と維持にコストを要する業務については、当該業務を専門とする外部資源に委ねたほうが、コスト・パフォーマンスの点からは望ましい――これがアウトソーシングの根幹である。

翻って、数年前まで大学ではアウトソーシングというと、「あっ、外注でしょ?」という認識が支配的だった。冒頭のセリフに象徴される状況の中、ネコの手を借りたいけれど借りられない(滅相もない)。あるいは借り方が分からないという按配で、いち担当者が捌かねばならない業務は雪ダルマ式に膨れあがってしまい、必然的に効率が著しく低下するというわけだ。

戦略的アウトソーシング

民間企業の多く、おそらく大学であればそのほとんどが、「人手不足解消」と「コスト削減」を目論んでアウトソーシングを検討することだろう。そこで、一部個人レベルの現行業務だけを、ただアウトソース(というより旧来の『外注』)のスキームに対応させるわけだが、残念ながらそれでは規模効率の面からもメリットは出にくい。

先の「定型化・共通化」でいえば、溢れた業務を取り繕う形で外注するのではなく、職員の業務を精査し、処理や決裁等、定型化・共通化できる業務を見極め、それらを集約するオペレーション・センター(OC)の設置と絡めて、可能なものはOC業務の対象として大括りにアウトソーサーに提供させる。こうした「戦略的アウトソーシング」を先進的な企業は既に駆使しているのである。

実際、われわれのデータによれば、アウトソーシングの目的を「コスト削減」だけに絞っている企業が21%にすぎない一方、それを戦略価値の中~高程度に位置づける企業は、65%にのぼっている。

アウトソーシング以前

要するに、他に比して「差別化できる部分」こそは自分たちでやり、そうでないところは、もっとうまくできるところが外部にあるのならそこでやる。差別化できる部分に物的・人的資源を重点投入できるよう、いらないところは自前主義を捨て、アウトソースを活用する。こうした「メリハリ」のある組織を構築する必要があることを、われわれは口を酸っぱくして言っているわけである。

差別化できる部分(=コア業務)とそうでないところ(=ノンコア業務)を見極めるにはまず「戦略(連載第1回)」が必要であり、それを実行へ移すための「ガバナンス(同第2回)」であり「アウトソーシング」なのだ。アウトソーシングそれ自体が目的となっては本末転倒ということは、充分にお分かりいただけるだろう。

改めて言うが、アウトソーシングを活用するうえで最も重要なことは、自社(自校)の業務プロセスや戦略ドメインを慎重に検討し、どのような業務を外部に出すのかを決めることである。

図では、アウトソーシングが、包括的な施策の、いちプロジェクトであることを示した。「③外部資源の活用範囲の最大化」にアウトソーシングは含まれるわけだが、それ以前にまず「①業務の進め方の改善・最適化」が必要であり、次に「②最適業務の遂行に適した組織/職務の集約・再定義」を経なければならない。また、業務プロセスでは「⑥業務・規定・制度の円滑運用のための仕組みの埋め込み」、人事制度では「④最終的に必要な正規職員の能力・モティベーションの向上」「⑤余剰工数の新用途創出と、過剰支払い人件費の縮減」が①~③に相関する。

金銭的メリットが発生するタイミングは、①と⑤にマークしており、③には付していない。金銭的なメリットは、アウトソーシング自体の本来的な意義ではなく、包括的な施策の最終的な結果として期待すべきである。
図には、前頁の図における各プロジェクトの具体例を挙げておく。ただしこれはあくまでもサンプルであり試算値であることを考慮いただきたい。

「変革」のメッセージ

手前味噌になるが、われわれのアウトソーシング事例を紹介しよう。
英国の一流通信企業・ブリティッシュ・テレコム(BT)と、800年の歴史を持つコペンハーゲン市の市役所は共通の課題を抱えていた。両者には共に、数百名のスタッフが在籍し、人事コストが高騰していたのである。

BTは通信サービスを2000万人以上の住人や法人顧客に提供すること、コペンハーゲン市役所は五〇万人の市民に多種多様なサービスを提供することが、それぞれ必須の基幹業務である。これらの管理コストを向上させることが双方の組織にとっての戦略上の緊急課題であり、その障壁となる人事業務の大半を一括してわれわれにアウトソースすることでコスト削減目標を達成し、株主と納税者に長期的な価値を提供できるとの結論に達したのだ。

現在、コペンハーゲンは、世界最大の人事アウトソーシング・プロジェクトの本拠地となっている。その一方でBTはわれわれとの合弁事業から完全なアウトソーシング契約に移行している。両者は欧州における人事アウトソーシングの先駆者だが、2003年以降、テレコム・イタリアとマドリッド金融公庫もまた、われわれと人事アウトソーシング契約を結んでいる。

如何だろうか。差別化できる部分において優れていること。そして他と違わない部分でムダのないパフォーマンスを発揮することによって、企業も大学も成長する。

今回紹介したアウトソーシングの考え方は、明らかに従来のものとは違っている。それはひとえに、ある部分をアウトソースするというよりも、「サービスを購入している」ということである。保守的で変化を好まないとされてきた教育界において、戦略的に自ら進んでそうしたサービスを購入しようとする姿勢は、それ自身「真剣に変革を考えている」という強烈なメッセージとなることだろう。

榎原 洋 Ebara Hiroshi

慶應義塾大学経済学部卒業後、アクセンチュア入社。大学・学校法人の他、研究機関、病院、公共交通・運輸業などのコンサルティングに携わる。大学・学校法人においては、募集戦略、新学部学科のフィジビリティスタディ、新規事業戦略、組織再編、人事制度改革、教育プログラム改訂、情報化計画、業務効率化など、多種プロジェクトに従事。

共同討議・高大連携の着地点 ~ソフト・ランディングは可能か?

大学と高等学校間における公開授業や出張講義、単位の認定や互換といった相互の歩み寄り――高大連携が急増している。

その背景には18歳人口の急激な減少、いわゆる少子化問題が挙げられる。いわば大学主導の売り手市場が、受験生主導の買い手市場に180度転換し、大学にとって高校生は「お客様」となったのだ。そうした顧客に対するデモンストレーション、それが高大連携というわけだ。

もちろん大学教育の大衆化による門戸開放や、わが国の教育改革の一端と見ることもできるが、それ以上にマーケット確保のベクトルが、より若年層へシフトしていると考えるのがやはり妥当だろう。

そうした「大学の思惑」を高等学校は基本的に歓迎している。しかし、実際には、例えば地方の高等学校への出張講義はほとんど行われていないし、講義内容すべてに満足が得られるものでもない。公開授業もあくまで「見学」の印象は拭えず、高校生に大学の魅力をどれだけ訴求できるかは未知数だ。

高等学校の要望と消えないギャップ

財団法人学生サポートセンターのヒアリング調査では、高等学校が大学へ要望する事項として「入り口」の問題、つまり入学試験のありようを問う意見が最も多い。
「AO入試などを含む入試の多様化は受験生への迎合」「アドミッション・ポリシーが不明確」「『新課程』の生徒たちを大学はどう受け入れるつもりなのか」などが最たる例である。

入り口だけでなく、「就職支援は?」「人材育成のビジョンは?」など「出口」とそこへ向かう過程についても高等学校は不安視している。高大連携の件数は、文部科学省によればここ10年で4倍以上に増えているが、両者間のギャップは依然存在している。

学生サービスと人材育成の可能性

2004年9月18日、財団法人学生サポートセンター(東京都渋谷区)において、高大連携の可能性を探る共同討議が開催された(主催:全私学新聞/後援:財団法人学生サポートセンター)。参加諸氏の発言内容は以下の通りだが、一貫した認識は「多様化する学生へのサポート」と「社会的責任を全うする人材の育成」であった。

学力の低下や職業観の変化への対応とともに、マナー向上やモラルの再認識など、「実社会を生きる一人の人間」を育成するための連携が、今後も活発に行われることが期待される。

九里廣志氏 山形県 九里学園高等学校 校長

・われわれの世代に比べ、今の子供たちが大学へ進学する姿勢は多様になっている。それを受ける形で、あまりにも多様になった選抜方法によって入学する子供たちを、一つの集団として十把一絡げに教育するのは、もはや難しくなってきているのではないだろうか。

・進学における子供たちのニーズが多様化とともに、より明確化する中で、「どの大学・学部でもいい」というところから、「自分たちのやりたいことを確実に目指す」という方向に、進路指導のポイントもシフトしている。

・多様な子供たちが大学に入学して、どのように扱われるのか。また、そうした多様性の中で、子供たちが順応できる環境が整備されているのか。こうしたことを教職員や保護者は不安に思っている。

北島端男氏 茨城県 水城高等学校 校長

・以前は「大学は入学できればどこでもよく、大学と名がつけばどこも同じ」という感覚の生徒層が多く、保護者にもそうした傾向が見られた。しかし近年は「どういう大学であり、実際の教育・研究内容はどうなのか」というところまで調べる生徒や保護者が多くなってきた。高等学校に対しても、ただ大学へ送り出すのではなく、「どういう大学に、どのように送り出したか」が問われるなど、「高校選び」の視点が変化している。

・大学への進学の際はもちろんのこと、学力等諸般の事情により専門学校への進学を決定するにあたっても、「仕方がないから……」という消極的な理由ではなく、その学校を卒業したうえでのキャリアプラン、自分の将来をしっかりと見据えた選択を行うよう指導している。

平林尚武氏 長野県 松商学園高等学校 校長

・かつては「大学教授が就職の世話などするものではない」「大学進学とはアカデミズムの中に身を投じること」という風潮があったが、今は時代が違う。危機的な就職難の中で、進路について大学の教職員が親切に相談に乗る、そんな姿勢を期待している。

・高等教育は今や広く普及し、いい意味で大衆化している。そうした中で、進路をはじめ生徒たちのさまざまな相談事に、きめ細かく対応できる大学が求められているのではないだろうか。

・進学、就職を問わず、地域社会に必ず校友がいる。あるいは幅広く多面的な活躍で社会に貢献する卒業生を排出すべく指導にあたっている。

角田浩子氏 株式会社リクルート『キャリアガイダンス』編集長

・「フリーター」増加への予防策を立てなければならないが、すべての子供たちに効果的な方法など存在しない。いろいろな方法を、さまざまな立場の大人が仕掛け、刺激を与えてゆくしかないと考えている。

・たとえすぐにはやりたいことが見つからなくても、本気で取り組まなければならないことを気づかせる働きかけや刺激は、高大連携の中でも可能なのではないか。

・例えば模擬授業で学問の楽しさを教えるだけでなく、大学教員の職業観や、就職活動に苦しんだ先輩学生の話などがあってもいい。実際、就職支援が全く手つかずという大学もあるわけで、そこまで調べたうえでの大学選びをしてほしい。

・高等学校も大学も「社会に出てゆく人たちを育てる」という共通テーマのもと、いっそうの協力が必要なのではないか。

曽田成則氏 東海大学教学部学生支援室 室長

・学生生活のサポートを目的とする専門セクションを初めて設けた東海大学だが、追随する形で7校に同様の組織ができている。初年度が8000人、2003年度は11000人の学生が利用し、2004年度は8月現在で既に6200人の学生が来室。開設から3年が経ち、われわれの活動が学内で定着してきたことを実感している。

・学生には日々新しい悩みがあるため、ともに悩み、考えてゆくというのが基本スタンスである。今、重点的に取り組んでいることがいくつかあるが、その一つが面接指導。また、小論文が書けない学生が少なくない現状を鑑み、教学サイド等の了解を取ったうえで、面接や小論文の指導を行っている。

努力したぶん成果があがる過程は、われわれも勇気づけられる。
・高等学校の教職員や生徒の期待は充分に理解している。高大が一体となりさまざまな取組みが実現することを願っている。

山中茂己氏 日本大学総合学生部学生生活課 課長

・日本大学では、自分を見つめ直すチャンスとして「コミュニケーションセミナー」という合宿を行い、学生の「話す力」を引き出そうとしている。当初は友達づくりが苦手な学生が対象だったが、就職面接にも有効だということで、就職活動を控えた学生たちも参加するようになっている。

・また、3年に一度、学生実態調査を行い、大学へのニーズを把握している。大学の規模が非常に大きいため、要望に学部ごとの特徴が出る傾向にあるが、学部単位で解決できるものは解決し、全体的な課題には全学規模での改善を図っている。

・高大連携にまつわるシンポジウムを「個性輝く教育の展開――大学と附属高校との連携を考える」という冊子にまとめるなど、両者の連携を引き続き探り続けている。

小林清次郎氏 駒澤大学入試センター入試課 課長

・入学試験の多様化は限界を迎え、これ以上新しいアイデアを考えにくい段階に入った。

・入学試験は「どんな才能を持った学生を集めるか」に議論が集中する傾向にある。いわば原石を集める、あるいはその方法を考えることばかりに労力が払われている。集めた原石を「どのように光らせるか」という議論はほとんどない。
入学試験の現場からいえば、「どう集めるか」ではなく「どう育て、送り出すか」をアピールしなければならない時代だと感じている。

・高校生までは哺乳瓶で栄養が与えられるが、大学は「自分で食材を探し調理する場である」という譬えをよく援用する。大学での過ごし方が子供たちの人生の基盤をつくるという認識を、高等学校だけでなく大学も再確認する必要がある。

小山田正宏氏 福島県 日本大学東北高等学校 校長

・今は比較的容易に大学に進学できるため、生徒たちはあまり勉学に励まず、競争意識が減退しているように感じる。しかし高等学校にとっては、生徒たちにどんな付加価値をつけ、どれだけの学力をつけて大学へ送り込むかが、依然として重要な責務である。

・子供たちの「コミュニケーション能力の欠如」は高等学校でも大きな問題である。また、指示待ち、自立心や自己肯定感の欠如、さらに人間関係が構築できないなど、問題は深刻化している。専任のカウンセラーを常駐させ、あらゆる相談に対応できるようにしているが、大学においても、カウンセリングを常時実施できる体制の構築を希望する。

・生徒たちの進路は多様化しているが、ひと言でいえば「何が得られるか」を基準に、生徒たちは進路を選択している。

桜井龍太氏 群馬県 樹徳中学高等学校進路指導部 部長

・「ゆとり教育」のツケはすべて高等学校に回ってきている。一次不等式さえ習っていない生徒たちが高等学校へ進学し、さらに勉強をしなくても出口がキチンと整っているというのが現状である。

・社会に出る、仕事をするということは「社会的責任である」ということを、義務教育の段階からしっかりと教えておかないと、高大連携で「やりたいことを探せ」といっても、生徒たちは何も見つけられない。少子化によって我が儘に育ってきた子供たちが、高等教育のみで劇的に変化することはほとんどあり得ない。

・大学においては、専門教育に必要な知識や学力を、もっと明確にアピールしてもらいたい。人員を確保してから補習するのではなく、大学生活のスタートにおける最低限の学力を、高等学校に求めてもいいのではないだろうか。

栗岡教治氏 静岡県 静岡学園中学高等学校進路課 課長

・ミスマッチの解消――これが進路指導の課題だと考えている。入学後の学力差を鑑み、能力別授業を実施している大学もあるようでありがたいことだが、一方で、学問、研究に真面目に取り組みたい生徒が、周囲の不真面目さに失望してしまうといった、ミスマッチの顕著な例もある。

・大学に対し、ここ数年で強い関心を払っているのが「就職支援活動をどのように行っているか」。生徒たちには、オープンキャンパスで生の大学を感じるとともに、卒業後の進路、就職先がどうなっているかを明確に記録してくるよう指導している。

・進学時のセキュリティーガイドをまとめ、ひとり暮らしの注意点を示すなどのサポートも行っている。

柳澤敏勝氏 明治大学学生部 部長 商学部教授

・学生が多様なニーズを抱えていることは事実だが、一方で将来設計ができない学生、大学は「自分探しの場」だと考えている学生が非常に増えているのではないか。従来は「大人」を前提に大学教育が行われていたが、今の学生は適合できない。

・大学が学生に対し何ができるか。概ね2つの方向――「キャリア教育の充実」と「学生生活全般のサポート」に進みつつある。加えて、大学に馴染めない、適応できないというメンタルな問題を抱える学生が急増している。「メンタルケア」をどうするかが、今後の大学にとっての課題になるだろう。

・明治大学では「スチューデントセンター構想」を計画中である。これは、同センターが、学業と学生生活の両方に関わって、ワンストップサービスができる体制、学生がどの窓口に来ても対応できる体制をつくってゆこうというものである。

青木伸子氏 全国私学父母の会 会長

・子供たちの自立性の欠如が指摘されるが、それは親の責任でもある。少なくとも成人するまでに、体力づくり、いつどこでどのような事態に遭遇しても対応できる心づくりを、保護者、あるいは家庭が行っておくべきである。

・電車の中や市井で、立っていられない子供たちを見ると、家庭における健康管理や家庭のあり方そのものに問題があるように思う。

・全国紙に「大学生に勤勉志向」と題する記事が掲載されていた。「出席を厳しく管理すべき」「大学は学問の場」「大学教授は厳しく指導したほうがよい」などと考える学生が増えているという主旨のもので、子供たち自身、大学には入学さえできればいいという考え方からは変わってきているようだ。

北澤俊和氏 財団法人学生サポートセンター 理事長

・学生のコミュニケーション能力の低下は、社会常識やモラル、マナーの低下に繋がっている。社会へ出る前の彼らの一助になればと財団活動を続けている。教育という観点では、高校、大学などの教育機関と連携を深めながら進めてゆきたい。

・財団法人学生サポートセンターでは、ひとり暮らしを初めて経験する学生に役立つよう、『安全・安心なひとり暮らしマニュアル』を作成し、無償で学生や保護者に配布している。高校や大学からの問い合わせも多い。

・フリーター、ニート対策も含め、学生の就職支援は社会的な構造変化、雇用システムの多様化に対応して、早期に、しかも柔軟に取り組む必要がある。大学は、就職率を上げることだけでなく、もっと求人企業の業務内容を知り、本気で就職活動をしている学生の支援をすべきだろう。学生サポートセンターとしても、真剣な就職支援の手助けをしてゆきたい。

日塔喜一氏(コーディネーター) 機会均等等研究所 代表

・これからの子供たちは知識社会に向けて生きてゆくわけで、その道程は容易なものではないだろう。

・真面目に授業に出ている学生の約7割が授業を理解できないという調査結果があり衝撃を受けたことがある。しかし、その原因は教官の板書や発声、つまり「授業の方法」の不徹底が大きなウエイトを占めていることがわかった。「学力低下」を嘆く以前に、FDや授業評価など、大学自身が改善すべきことが、まだ多く残されているのではないだろうか。例えば授業評価、学生満足度調査などは複数年に一度という長閑なスパンではなく、頻繁に行うべきである。

・子供たちは「社会の役に立ちたい」という気持ちで、大学に対し多様な知識を求めてくるのだと考える。そうした真摯な要請に対し、高等教育界のみならず、わが国の社会全体で応えてゆくことが必要なのかもしれない。

世界に誇るクリエイターを輩出する夢工房 (モード学園学長 谷まさる)

どんな種類の学校でも、「人間を育てる場」としての役割を担っていることに変わりはない。
学校、教育のあり方を純粋に追究し、専門学校の新たな可能性を開拓し続ける、モード学園の谷学長が、教育の根本問題を語ってくださった。
〈聞き手〉学生情報センター副社長 西尾 謙


点数で評価する教育の過ち

――モード学園、コンピュータ総合学園HAL、大阪医専を通じ全国で14000人の学生数を誇る学校を経営・運営されるお立場として、学校が果たしてゆくべき役割について、どのようにお考えでしょうか?

谷学長(以下敬称略)本来学校は、若い人たちの夢を育み、その夢を実現できるように取り組んでゆく場であるべきです。その意味で私は、学校は「夢工房」であるべきだと考えています。

日本の学校教育の多くは、夢を育てるどころか、生徒や学生たちに、「自分は落ちこぼれである」という意識を植えつけているように思われてなりません。というのも、現在の教育システムは、明治時代につくられた官僚養成のための学校が原点になっていて、一部の大学を頂点とするピラミッドが形成されています。

その中では、頂点の学校に入学できたものが勝利者であり、そうでない人は程度の差こそあれ、「トップの人間よりも頭が悪い」という烙印を押されてしまうのです。

こうなると、多くの若者が、「自分はトップではなく、蕫そこそこ﨟の人間なんだ」と考えるようになり、何に挑戦しても、蕫そこそこ﨟のことしかできない器に育っていくのです。

しかし、その価値観・評価基準は、根本的に間違っています。そもそも、試験の成績を比較する時点で、大きな勘違いが始まっているのです。

日本の学校のすべての試験は、国語や数学、社会、英語、物理、化学など、複数の科目の「合計点数」によって順位がつけられ、優劣を判断しています。しかしよく考えてみると、国語の点数の価値と、数学のそれの価値は全く異なるものであり、それらを「足す」行為そのものが矛盾しているといえます。

仮に国語を「キログラム」、数学を「メートル」に譬えたとして、この両者を足して何かを判断する人なんていないでしょう? 価値基準の異なる要素を「足す」こと自体が、最初から不可能なのです。

――先生は「創造力教育」ということを常におっしゃっていますが。

谷) 先の事実に気づいて、生徒や学生の適性とか能力を判断しないと、その人間を本当の意味で育てることはできません。私は常日頃から、全教員、全学生にこうした話をして、好きなこと、得意なことを頑張れば、その分野でトップに立てる可能性は誰にでもあると教えています。

試験の点数が悪い人は、たまたま勉強が嫌いなためにそうなったのであって、脳の出来が悪いからではありません。その証拠に、成績は悪くても、大好きなオートバイの知識に関しては天才的な記憶力を発揮した学生もいました。まさに「好きこそものの上手なれ」であり、好きであることが、高い能力を養成する際の基本となるのです。

人間を育ててこそ教育

――学生に対して、どういう教育を施すべきだとお考えですか?
谷) 数学や国語ができないことよりも、人の心を思いやらないとか、礼儀をわきまえないとか、ルールを守らないことのほうが、人間としては悪いことである、という認識の上に立ち、生徒や学生の人格形成に力を尽くすことが、教師の最大の使命だと考えます。

人として正しい方向に導くためには、時には厳しさも必要であり、私は、「すべての教育はスパルタであるべきだ」という信念を持っています。

世の中には、もちろん素晴らしい先生もいらっしゃいますが、生徒が授業中に無駄話をしたり、遅刻や無断欠席を繰り返しても、叱ることのできない先生が増えているようです。また、過保護に育ててしまい、わが子を叱れない親も増えています。社会全体で、今一度教育について考え直さなければいけないのではないでしょうか。

私は、モード学園をはじめ、すべての系列の学校の教員に対して、「人間を育てている」ことをしっかりと自覚するよう指導しています。ややもすると、教員たちは、知識や技術を教えているうちに、人格教育を疎かにしてしまいます。しかし、実際にビジネスを行っているのは「人間」であり、人間を育てるという気構えがなくては、本当の教育はできないといえます。

広がり続ける専門学校の可能性

――大学全入が近づいているにもかかわらず、専門学校進学者は増加傾向にあります。なぜでしょうか?

谷) 大学は、基本的に「高等な学問」に取り組む所であり、その意味で、専攻した学問分野をよほど「好き」にならないと、面白さは感じられないものです。今の大学進学者は全員が学問好きなのでしょうか? そうでないなら大学が面白くない人は多くなり、それが学生集めにも影響する……。この先も大学の学生確保はどんどん難しくなってゆくはずです。

その点、専門学校は、専門家を養成する機関として、カリキュラムのつくり方など、かなり自由が認められています。つまり、ニーズに応える形で、また先駆的にであれ面白いと感じるものがあれば、いくらでもユニークで斬新な取組みができる教育機関なのです。大学のブランドよりも、実際の授業の中身を見て学校を選ぼうとする人たちが増え、その結果として専門学校を選択しているのは、ごく自然な流れであり、まっとうな判断でしょう。

――今後の取組み、ビジョンをお聞かせください。

谷) 私が30歳の時にモード学園をつくったのは、ファッションのプロを育成する学校が存在せず、社会が求める人材が絶対的に不足していたからです。同様に、コンピュータ技術者が足りない時代の要請に応えてHALを設立し、高齢化社会における医療・福祉分野の人材育成のために大阪医専をつくりました。パリ校も軌道に乗ってきました。

社会や時代のニーズにヴィヴィッドに対応し、世界一のクリエイターを輩出し続ける「夢工房」たり続けること――これがわが校の信条です。最も大切なことは、大きな夢を持つことです。今後も我々に、大いに期待していただきたいところです。