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時代が求める真の専門教育の姿とは

大原学園学園長 青木靖明

「大学全入時代」を前に、問い直される大学の存在意義。「目的もなく大学に進学するよりも、確かな職能を身につけられる専門学校へ」という動きが加速している。全国に47校を展開する資格取得のパイオニア・学校法人大原学園の青木学園長に、真の専門教育の姿について伺った。(聞き手/学生情報センター社長 北澤俊和)

求められるスペシャリスト

――今なぜ専門学校が注目を集めているのでしょうか。
青木学園長(以下敬称略) 高校の教師や保護者の多くは、まだ大学教育一辺倒の考え方から逃れられていないようですが、当の高校生自身は、大学教育に大変不安を感じています。いったい大学へ行ってどうなるのかという具体的な将来像が描けないからです。

以前なら、「選ばれた人」だけが大学に行くことができた。大学へ行くということだけで、一つのステイタスになった。ところが、今や無試験同様に誰でも入学することができる大学まで現れるとなると、もはや「選ばれた」というステイタスは失われています。では、社会に出てから役に立つような職能が大学で得られるのかといえば、それもきわめて心許ない。

一方、企業サイドも、拡大路線を進んでいるときは、人材が不足し、大学生をどんどん採用していましたが、バブル崩壊後は一転して縮小路線に入りました。雇用は極端に減少し、必要な部署に必要な人材を、ピンポイント式に採用するようになりました。社会のニーズがゼネラリストからスペシャリストへ変化したのです。では、スペシャリストはどこで育成しているのかといえば、それは大学ではなく専門学校です。

こうしたことを背景に、専門学校は全国で2900校に達し、入学者数は短大を超えて、大学に次ぐ第二の高等教育機関へと成長したのです。

ゼネラリスト育成が大学の使命

――専門学校教育と大学教育はどこが違うのでしょうか。
青木) 大学は特定の目的を持つ集団ではなく、多種多様の考えを持つ多目的の集団です。専門学校は、これから何か具体的な職業能力を身につけるべく集まった、目的を同じくする人の集団です。

したがって、大学の授業は一般的な内容になる。例えば商法であれば、商法一般を学ぶということになるのです。これに対し、専門学校の授業は、特定の目的を持っています。例えば商法なら、公認会計士の資格を得るための商法の勉強です。目標がはっきりしていますから、その達成のためにみんな頑張ります。

ところが、大学は入ることそのものが目的になってしまっている場合が多い。そうすると入ったあと、学ぶ目的を見つけられず、ただ時間を空費してしまうということに陥りがちなのです。

――しかし、最近は資格取得をうたう大学も出てきていますが。

青木) 果たしてそれが本当に大学の役割であるのかどうかをよく考えてみなければなりません。大学教育とはそもそも、学問研究を通して、大局的な見地から物事を見られる指導者(リーダー)を育てていくこと、つまりゼネラリストの育成が使命です。

そこで行われる研究が個々の職能に直接結びつかなくてもよいのです。国をリードしていく、あるいは組織をまとめ統率していく、そういう人材を大学は育てなければなりません。ところが、今大学はそれと逆のことをやろうとしています。いつから資格取得が学問研究になったのでしょうか。

スペシャリスト育成が大学の使命でしょうか。もしそうだとするならば、学問の概念が変わったことになります。大学と専門学校の区別はなくなってしまいます。それならば、大学には教育助成を行い、専門学校には助成がないというのは、どう説明できるのでしょうか。

なぜ学生が本気になるのか

――貴校の専門教育は高く評価されていますが、その秘密はどこにあるのでしょうか。
青木) それは、私たちは他校にない教育精神を持ち、日々の現場でもその精神を貫いているからだと考えています。私たちは、学生が大原に在籍する二年間を、八カ月ずつ三つのステージに分けて捉えます。

第一段階は「引き剥がし」です。これは、高校までの十八年間の思いこみから解放するという意味です。高校までに勉強ができたかできなかったかは一切関係がない。今からすべてが始まるんだ、という意識づけの期間です。

その具体的な手法である「TWO―TWO作戦」についてお話ししましょう。これは、4月に入学した2カ月後の6月に、簿記検定2級に合格させるというものです。これは努力を惜しまなければ大抵の人には可能なことなのです。高校までの多科目教育とは違い、専門学校では一点集中の勉強ができるのがメリットです。

それを生かして徹底的に簿記をやるのです。大原には「明日来たときはみな同じ」という合言葉があります。「今日やったことは、学生によって理解度が違う。しかし、明日授業を始めるときには同じレベルになっていよう」という意味です。そのために、わからなかった学生は残って勉強し、先生も最後まで付き合います。
そういう校風ができあがっているのです。わかるまでやる。わかると面白くなる。できたという達成感がある。すると自発的に残って勉強するようになります。こうして大抵の学生が2級を取得するのです。「やればできる」ことを身をもって実感する、これまでの人生になかった体験です。これで学生たちは変わるのです。

――なるほど。高校までの自分とは違う、という自信が生まれるわけですね。

青木 そして次の「育成」の期間に入り、各自の能力と適性に合わせてさまざまな資格を取得していきます。ここで学生たちが手にした合格証書は、身についた実務能力であるとともに、彼らの積み重ねてきた努力の証でもあるのです。

そして、最後の八カ月は「加入」です。これは社会人になるために必要なことを身につける期間です。一般社会の現実を知り、そこへ勇気を持って飛び出していけるよう準備を万全に整えていきます。

「引き剥がし」「育成」「加入」。この3段階のトータルな教育システムを通して、学生たちは、入学したときの自分と卒業時の自分の違いを完全に理解します。こうした体験に裏打ちされた自信を持つのが大原のオリジナリティであり、卒業生が大原出身であることにプライドを持つ所以なのです。

今、社会のニーズは「どこを出たか」よりも「何ができるか」です。それに応える職業能力の育成と、正しい人生観を持った人格の形成を、どこまで本気で実践しているか、それがこれからの専門学校の浮沈のカギを握っているのではないでしょうか。

大学改革提言誌「Nasic Release」第10号
記事の内容は第10号(2004年5月15日発行)を抜粋したものです。
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